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第66巻(巳の巻)
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第71巻(戌の巻)
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天祥地瑞
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第75巻(寅の巻)
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第54巻(巳の巻)
序文
総説
第1篇 神授の継嗣
01 子宝
〔1387〕
02 日出前
〔1388〕
03 懸引
〔1389〕
04 理妻
〔1390〕
05 万違
〔1391〕
06 執念
〔1392〕
第2篇 恋愛無涯
07 婚談
〔1393〕
08 祝莚
〔1394〕
09 花祝
〔1395〕
10 万亀柱
〔1396〕
第3篇 猪倉城寨
11 道晴別
〔1397〕
12 妖瞑酒
〔1398〕
13 岩情
〔1399〕
14 暗窟
〔1400〕
第4篇 関所の玉石
15 愚恋
〔1401〕
16 百円
〔1402〕
17 火救団
〔1403〕
第5篇 神光増進
18 真信
〔1404〕
19 流調
〔1405〕
20 建替
〔1406〕
21 鼻向
〔1407〕
22 凱旋
〔1408〕
附録 神文
余白歌
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第一三章
岩情
(
がんじやう
)
〔一三九九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻
篇:
第3篇 猪倉城寨
よみ(新仮名遣い):
いのくらじょうさい
章:
第13章 岩情
よみ(新仮名遣い):
がんじょう
通し章番号:
1399
口述日:
1923(大正12)年02月22日(旧01月7日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年3月26日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
猪倉山の頂上には、巨大なイノシシの形をした岩倉があり、岩には広い岩窟があった。五合目以下はすごい密林になっている。岩窟内には大きな蝙蝠がたくさん住んでいたが、きれいな水がところどころに湧いていて、また岩から甘露のような油がにじみ出し、これを嘗めていれば何とか命をつなげるという天与の場所である。
バラモン軍は調査の結果、この窟内には恐ろしい猛獣などは住んでいないことがわかったので、ここを本拠として五合目以下に兵舎を作り、谷川を境にして立てこもっていた。
鬼春別と久米彦は、葡萄酒を傾けながら懐旧談にふけっていた。話がさらってきた姉妹のことになり、醜い姉のスミエルと美人の妹のスガールを巡って、また言い争いになった。
二人はスガールを呼び出して、どちらの妻になるかを選ばせたが、スガールは非道なバラモン軍の将軍の妻となるくらいなら死んだ方がましだとはねつけた。二人は怒り、久米彦はスガールを地下の暗窟に落とし込むべく連れて行った。
途中、久米彦は脅迫まじりにスガールに迫ってきた。スガールは抵抗しても逃れられないと思い、久米彦に気があるような素振りをしてこの場を逃れようとした。久米彦はほとぼりが冷めるまで自分の部屋にスガールを匿い、鬼春別けには暗窟に放り込んで殺したことにしておくと言った。
スガールは姉と一緒においてくれるように頼んだ。久米彦は聞き入れ、スミエルを連れてくると二人とも自分の部屋に入れて鍵をかけ、どこかに行ってしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
[×閉じる]
:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm5413
愛善世界社版:
157頁
八幡書店版:
第9輯 676頁
修補版:
校定版:
157頁
普及版:
72頁
初版:
ページ備考:
001
猪倉山
(
ゐのくらやま
)
の
頂上
(
ちやうじやう
)
には
巨大
(
きよだい
)
なる
猪
(
ゐのしし
)
の
形
(
かたち
)
をした
岩倉
(
いはくら
)
がある。
002
之
(
これ
)
を
以
(
もつ
)
て
猪倉
(
ゐのくら
)
の
名
(
な
)
が
出来
(
でき
)
たのである。
003
山
(
やま
)
の
五合目
(
ごがふめ
)
以上
(
いじやう
)
は
全部
(
ぜんぶ
)
岩
(
いは
)
を
以
(
もつ
)
て
固
(
かた
)
められ、
004
五合目
(
ごがふめ
)
以下
(
いか
)
は
凄
(
すご
)
いやうな
密林
(
みつりん
)
である。
005
そして
此
(
この
)
岩
(
いは
)
には
所々
(
ところどころ
)
に
岩窟
(
がんくつ
)
の
入口
(
いりぐち
)
があつて、
006
其
(
その
)
内部
(
ないぶ
)
は
数
(
すう
)
里
(
り
)
に
渡
(
わた
)
つてゐると
噂
(
うはさ
)
され、
007
大
(
おほ
)
きな
蝙蝠
(
かうもり
)
が
沢山
(
たくさん
)
に
棲
(
す
)
んでゐた。
008
此
(
この
)
窟内
(
くつない
)
には
所々
(
ところどころ
)
に
綺麗
(
きれい
)
な
水
(
みづ
)
が
湧
(
わ
)
いてゐて、
009
少
(
すこ
)
しも
水
(
みづ
)
には
不自由
(
ふじゆう
)
がない。
010
そして
所々
(
ところどころ
)
岩
(
いは
)
から
甘露
(
かんろ
)
のやうな
油
(
あぶら
)
がにじみ
出
(
だ
)
し、
011
之
(
これ
)
さへ
嘗
(
な
)
めて
居
(
を
)
れば、
012
余
(
あま
)
り
労働
(
らうどう
)
をせぬ
限
(
かぎ
)
り、
013
二
(
に
)
ケ
月
(
げつ
)
や
三
(
さん
)
ケ
月
(
げつ
)
は
体力
(
たいりよく
)
が
衰
(
おとろ
)
へないと
云
(
い
)
ふ、
014
天与
(
てんよ
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
である。
015
鬼春別
(
おにはるわけ
)
、
016
久米彦
(
くめひこ
)
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
は
部下
(
ぶか
)
の
兵卒
(
へいそつ
)
を
探険
(
たんけん
)
の
為
(
ため
)
に
窟内
(
くつない
)
深
(
ふか
)
く
進
(
すす
)
ましめ、
017
調査
(
てうさ
)
の
結果
(
けつくわ
)
、
018
別
(
べつ
)
に
恐
(
おそ
)
ろしい
猛獣
(
まうじう
)
も
棲
(
す
)
んでゐない
事
(
こと
)
が
分
(
わか
)
つたので、
019
愈
(
いよいよ
)
ここを
本拠
(
ほんきよ
)
と
定
(
さだ
)
め、
020
五合目
(
ごがふめ
)
以下
(
いか
)
に
俄作
(
にはかづく
)
りの
兵舎
(
へいしや
)
を
作
(
つく
)
つて、
021
谷川
(
たにがは
)
を
堺
(
さかひ
)
に
立
(
た
)
て
籠
(
こ
)
もつたのである。
022
此
(
この
)
岩窟
(
がんくつ
)
に
居
(
を
)
りさへすれば、
023
いかに
治国別
(
はるくにわけ
)
が
神力
(
しんりき
)
あり
共
(
とも
)
、
024
決
(
けつ
)
しておとす
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
まい、
025
大雲山
(
だいうんざん
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
よりも
幾倍
(
いくばい
)
堅固
(
けんご
)
であり、
026
且
(
かつ
)
広
(
ひろ
)
いかも
知
(
し
)
れぬ。
027
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
はここを
自分
(
じぶん
)
の
千代
(
ちよ
)
の
住家
(
すみか
)
として
全力
(
ぜんりよく
)
を
注
(
そそ
)
ぎ、
028
岩
(
いは
)
を
切
(
き
)
り
拡
(
ひろ
)
げたり、
029
いろいろ
雑多
(
ざつた
)
として、
030
三千
(
さんぜん
)
の
兵士
(
へいし
)
の
中
(
なか
)
で
孔鑿
(
こうさく
)
に
器用
(
きよう
)
なものを
選
(
えら
)
んで
昼夜
(
ちうや
)
岩窟
(
がんくつ
)
の
鑿掘
(
さくくつ
)
をやつてゐた。
031
穴
(
あな
)
の
入口
(
いりぐち
)
の
前
(
まへ
)
には
俄作
(
にはかづく
)
りの
事務所
(
じむしよ
)
があつて、
032
そこにはスパール、
033
エミシのカーネルが
固
(
かた
)
く
守
(
まも
)
つてゐた。
034
窟内
(
くつない
)
の
中央
(
ちうあう
)
とも
覚
(
おぼ
)
しき
稍
(
やや
)
広
(
ひろ
)
き
居間
(
ゐま
)
には
鬼春別
(
おにはるわけ
)
、
035
久米彦
(
くめひこ
)
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
がそこら
中
(
ぢう
)
で
徴収
(
ちようしう
)
して
来
(
き
)
た
葡萄酒
(
ぶだうしゆ
)
を
傾
(
かたむ
)
け、
036
懐旧談
(
くわいきうだん
)
に
耽
(
ふけ
)
つてゐる。
037
鬼春
(
おにはる
)
『
久米彦
(
くめひこ
)
殿
(
どの
)
、
038
かやうな
堅城
(
けんじやう
)
鉄壁
(
てつぺき
)
に
陣取
(
ぢんど
)
つた
上
(
うへ
)
は
最早
(
もはや
)
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
で
厶
(
ござ
)
るが、
039
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
千載
(
せんざい
)
の
恨事
(
こんじ
)
ともいふは、
040
ヒルナ、
041
カルナの
両人
(
りやうにん
)
を
遁
(
のが
)
した
事
(
こと
)
だ。
042
此奴
(
こいつ
)
をどうかして
奪
(
と
)
り
還
(
かへ
)
す
工夫
(
くふう
)
はなからうかな』
043
久米
(
くめ
)
『サア、
044
命
(
いのち
)
を
的
(
まと
)
にかけさへすれば、
045
奪
(
と
)
り
還
(
かへ
)
されない
事
(
こと
)
はありますまいが、
046
あの
通
(
とほ
)
りライオンが、
047
あの
女
(
をんな
)
には
守護
(
しゆご
)
してると
見
(
み
)
えますから、
048
一寸
(
ちよつと
)
は
難
(
むつ
)
かしいでせう』
049
鬼春
(
おにはる
)
『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても、
050
目
(
め
)
も
眩
(
くら
)
むやうな
美人
(
びじん
)
だから、
051
元
(
もと
)
より
一通
(
ひととほ
)
りの
者
(
もの
)
ではないと
思
(
おも
)
うてゐた。
052
大方
(
おほかた
)
あれは
何神
(
なにがみ
)
かの
化身
(
けしん
)
であつたに
違
(
ちがひ
)
ない。
053
ああ、
054
馬鹿
(
ばか
)
な
目
(
め
)
を
見
(
み
)
たものだ。
055
久米彦
(
くめひこ
)
、
056
お
前
(
まへ
)
が
気
(
き
)
が
利
(
き
)
かないものだから、
057
掌中
(
しやうちう
)
の
玉
(
たま
)
を
取
(
と
)
られて
了
(
しま
)
つたのだよ。
058
鼻
(
はな
)
はねぢられ、
059
顔
(
かほ
)
はかきむしられ、
060
イヤもうゼネラルとしての
貫目
(
くわんめ
)
はゼロで
厶
(
ござ
)
る』
061
久米
(
くめ
)
『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても、
062
あなたが
率先
(
そつせん
)
して
美人
(
びじん
)
に
魂
(
たましひ
)
をぬかれ
遊
(
あそ
)
ばすのだから、
063
拙者
(
せつしや
)
がのろけるのは、
064
言
(
い
)
はば
閣下
(
かくか
)
の
教育
(
けういく
)
に
依
(
よ
)
つたも
同然
(
どうぜん
)
、
065
仕方
(
しかた
)
がありませぬワ』
066
鬼春
(
おにはる
)
『
馬鹿
(
ばか
)
を
申
(
まを
)
すな。
067
カルナを
始
(
はじ
)
めて
陣中
(
ぢんちう
)
に
引張
(
ひつぱ
)
つたのは、
068
貴殿
(
きでん
)
では
厶
(
ござ
)
らぬか』
069
久米
(
くめ
)
『あつて
過
(
す
)
ぎた
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
ふに
及
(
およ
)
びますまい、
070
それよりも
今度
(
こんど
)
ぼつたくつて
来
(
き
)
た、
071
スミエルにスガールの
両人
(
りやうにん
)
、
072
あれを
何
(
なん
)
とか
説
(
と
)
きつけて、
073
一
(
いち
)
時
(
じ
)
ヒルナ、
074
カルナの
代用品
(
だいようひん
)
にしたら
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
る』
075
鬼春
(
おにはる
)
『イヤもう
女
(
をんな
)
には
懲々
(
こりごり
)
した。
076
あれは
飯焚
(
めしたき
)
をさしておけば
可
(
い
)
いのだ』
077
久米
(
くめ
)
『
然
(
しか
)
らば
両人
(
りやうにん
)
に
飯焚
(
めした
)
きをさせませう、
078
そしてあなたが
女
(
をんな
)
に
懲々
(
こりごり
)
なさつたとあれば、
079
拙者
(
せつしや
)
が
両人共
(
りやうにんとも
)
頂
(
いただ
)
く
事
(
こと
)
に
致
(
いた
)
しませう』
080
鬼春
(
おにはる
)
『イヤさうは
参
(
まゐ
)
らぬ、
081
貴殿
(
きでん
)
が
勝手
(
かつて
)
に
致
(
いた
)
す
位
(
くらゐ
)
なら
拙者
(
せつしや
)
も
勝手
(
かつて
)
に
致
(
いた
)
す』
082
久米
(
くめ
)
『
然
(
しか
)
らばあなたは
上官
(
じやうくわん
)
の
事
(
こと
)
でもありますから、
083
姉
(
あね
)
のスミエルを
御
(
ご
)
自由
(
じいう
)
になさいませ。
084
拙者
(
せつしや
)
はスガールを
預
(
あづか
)
りませう』
085
鬼春
(
おにはる
)
『スガールはカルナ
姫
(
ひめ
)
に
次
(
つ
)
いでの
美人
(
びじん
)
、
086
スミエルは
比較
(
ひかく
)
的
(
てき
)
醜婦
(
しうふ
)
だ。
087
左様
(
さやう
)
な
勝手
(
かつて
)
な
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ますまいぞ』
088
久米
(
くめ
)
『
然
(
しか
)
らば
両人
(
りやうにん
)
の
自由
(
じいう
)
に
任
(
まか
)
せ、
089
選択
(
せんたく
)
をさせたら
如何
(
どう
)
で
厶
(
ござ
)
るかな』
090
鬼春
(
おにはる
)
『ヤ、
091
それが
宜
(
よ
)
からう、
092
然
(
しか
)
らばスガールを
呼出
(
よびだ
)
して、
093
お
前
(
まへ
)
どちらが
好
(
す
)
きだか……と
尋
(
たづ
)
ねてみよう。
094
そしてスガールの
好
(
す
)
きだと
云
(
い
)
つた
方
(
はう
)
が
彼女
(
かのぢよ
)
を
自由
(
じいう
)
にするのだ、
095
無理
(
むり
)
往生
(
わうじやう
)
さしても
面白
(
おもしろ
)
くない、
096
又
(
また
)
男
(
をとこ
)
らしうもないからな』
097
久米
(
くめ
)
『そら
面白
(
おもしろ
)
いでせう、
098
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
099
あなたは
軍服
(
ぐんぷく
)
を
見
(
み
)
れば
上官
(
じやうくわん
)
だと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
分
(
わか
)
つて
居
(
を
)
りますから、
100
女
(
をんな
)
といふ
者
(
もの
)
は
虚栄心
(
きよえいしん
)
の
強
(
つよ
)
いもの
故
(
ゆゑ
)
、
101
キツと
地位
(
ちゐ
)
の
高
(
たか
)
いものに
靡
(
なび
)
くは
当然
(
たうぜん
)
、
102
それでは
面白
(
おもしろ
)
くないから、
103
どちらもチューニックを
脱
(
ぬ
)
ぎ
平服
(
へいふく
)
になり、
104
階級
(
かいきふ
)
の
高下
(
かうげ
)
が
分
(
わか
)
らないやうにし、
105
選
(
えら
)
ましたら
何
(
ど
)
うでせう』
106
鬼春
(
おにはる
)
『ウン、
107
そら
面白
(
おもしろ
)
い、
108
それが
本当
(
ほんたう
)
だ。
109
サ、
110
早
(
はや
)
く
誰
(
たれ
)
かを
呼
(
よ
)
んで、
111
スガールを
此処
(
ここ
)
へ
召伴
(
めしつ
)
れ
来
(
きた
)
る
様
(
やう
)
、
112
お
命
(
めい
)
じなさい』
113
久米彦
(
くめひこ
)
はうち
諾
(
うな
)
づき、
114
此
(
この
)
居間
(
ゐま
)
を
出
(
で
)
て、
115
次
(
つぎ
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
に
至
(
いた
)
り、
116
リウチナントのサムといふ
男
(
をとこ
)
に、
117
スガールを
将軍
(
しやうぐん
)
の
居間
(
ゐま
)
へ
引
(
ひき
)
つれ
来
(
きた
)
る
事
(
こと
)
を
厳命
(
げんめい
)
した。
118
リウチナントは『ハイ』と
答
(
こた
)
へて、
119
スガールの
押込
(
おしこ
)
んである
岩窟
(
がんくつ
)
の
一間
(
ひとま
)
に
足
(
あし
)
を
急
(
いそ
)
いだ。
120
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
は
軍服
(
ぐんぷく
)
を
脱
(
ぬ
)
ぎ、
121
平服
(
へいふく
)
と
着替
(
きか
)
へ、
122
顔
(
かほ
)
の
整理
(
せいり
)
などして、
123
色男
(
いろをとこ
)
の
競争
(
きやうそう
)
をやつて、
124
今
(
いま
)
や
遅
(
おそ
)
しと
待
(
ま
)
つてゐる。
125
暫
(
しばら
)
くあつてスガールは
恐
(
おそ
)
る
恐
(
おそ
)
る
中尉
(
ちうゐ
)
に
送
(
おく
)
られ、
126
将軍
(
しやうぐん
)
の
居間
(
ゐま
)
にやつて
来
(
き
)
て、
127
ビリビリ
慄
(
ふる
)
うてゐる。
128
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
相好
(
さうがう
)
を
崩
(
くづ
)
し、
129
鬼春
(
おにはる
)
『オイ、
130
スガール、
131
お
前
(
まへ
)
も
随分
(
ずいぶん
)
不便
(
ふべん
)
であらうの。
132
此
(
この
)
方
(
はう
)
は
全軍
(
ぜんぐん
)
を
統率
(
とうそつ
)
する
将軍
(
しやうぐん
)
だ、
133
ここにゐる
男
(
をとこ
)
も
亦
(
また
)
同
(
おな
)
じく
将軍
(
しやうぐん
)
だ。
134
部下
(
ぶか
)
に
悪
(
わる
)
い
奴
(
やつ
)
があつて、
135
其方
(
そなた
)
を
斯様
(
かやう
)
な
所
(
ところ
)
へ
伴
(
つ
)
れて
来
(
き
)
たさうだが
実
(
じつ
)
に
不愍
(
ふびん
)
な
者
(
もの
)
だ。
136
何
(
ど
)
うかしてお
前
(
まへ
)
を
親
(
おや
)
の
内
(
うち
)
へ
送
(
おく
)
つてやりたいと、
137
いろいろ
両人
(
りやうにん
)
が
骨
(
ほね
)
を
折
(
を
)
つてゐるのだが、
138
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
此
(
この
)
山
(
やま
)
の
麓
(
ふもと
)
は、
139
三五教
(
あななひけう
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
が、
140
幾万
(
いくまん
)
とも
知
(
し
)
れず、
141
押寄
(
おしよ
)
せて
来
(
き
)
てゐるのだから、
142
険難
(
けんのん
)
で
送
(
おく
)
つてやる
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
143
暫
(
しばら
)
くマア
此処
(
ここ
)
で
時節
(
じせつ
)
を
待
(
ま
)
つたがよからう、
144
そして
不自由
(
ふじゆう
)
な
事
(
こと
)
があつたら、
145
どんな
事
(
こと
)
でも
聞
(
き
)
いてやるから、
146
遠慮
(
ゑんりよ
)
なく
言
(
い
)
うたがいいぞ』
147
スガール『ハイ、
148
思
(
おも
)
ひもよらぬ
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
、
149
有難
(
ありがた
)
う
存
(
ぞん
)
じます』
150
久米彦
(
くめひこ
)
は
鬼春別
(
おにはるわけ
)
に
女
(
をんな
)
の
気
(
き
)
に
入
(
い
)
り
相
(
さう
)
な
事
(
こと
)
計
(
ばか
)
り、
151
先
(
さき
)
に
言
(
い
)
はれて
了
(
しま
)
ひ、
152
自分
(
じぶん
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
がないので、
153
何
(
ど
)
うしようかなアと
胸
(
むね
)
を
痛
(
いた
)
めつつ
考
(
かんが
)
へ
込
(
こ
)
んだ。
154
どうやら
鬼春別
(
おにはるわけ
)
にスガールは
思召
(
おぼしめし
)
がありさうに
思
(
おも
)
はれるので、
155
気
(
き
)
が
気
(
き
)
でならず、
156
久米
(
くめ
)
『ああ
其方
(
そなた
)
スガールといふ
玉木
(
たまき
)
の
村
(
むら
)
でも
有名
(
いうめい
)
な
美人
(
びじん
)
だ、
157
本当
(
ほんたう
)
に
悪者
(
わるもの
)
の
手
(
て
)
にかかつて、
158
かやうな
所
(
ところ
)
へ
来
(
く
)
るとは、
159
不愍
(
ふびん
)
な
者
(
もの
)
だなア、
160
俺
(
おれ
)
も
同情
(
どうじやう
)
の
涙
(
なみだ
)
にくれてゐるのだ、
161
どうかして、
162
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
玉木
(
たまき
)
の
村
(
むら
)
へ
送
(
おく
)
つてやりたいのだが、
163
今
(
いま
)
将軍
(
しやうぐん
)
のいはれた
通
(
とほ
)
り、
164
敵軍
(
てきぐん
)
が
取囲
(
とりかこ
)
んでゐるから、
165
ここ
暫
(
しばら
)
くは
辛抱
(
しんばう
)
してくれねばなるまい、
166
バラモン
軍
(
ぐん
)
に
捉
(
とら
)
はれてゐなければ
三五軍
(
あななひぐん
)
に
捉
(
とら
)
はれてゐるのだ、
167
それを
思
(
おも
)
へば、
168
お
前
(
まへ
)
は
実
(
じつ
)
に
仕合
(
しあは
)
せだよ。
169
キツト
敵
(
てき
)
を
退散
(
たいさん
)
させてみる
心算
(
つもり
)
だから、
170
何事
(
なにごと
)
も
此
(
この
)
方
(
はう
)
の
申
(
まを
)
す
事
(
こと
)
を
信
(
しん
)
じて、
171
楽
(
たのし
)
んで
待
(
ま
)
つてゐるが
可
(
よ
)
いワ。
172
なア、
173
スガール、
174
かう
見
(
み
)
えても、
175
随分
(
ずいぶん
)
親切
(
しんせつ
)
な
男
(
をとこ
)
だらう』
176
スガール『ハイ、
177
御
(
ご
)
両人
(
りやうにん
)
様
(
さま
)
、
178
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
によう
言
(
い
)
うて
下
(
くだ
)
さりました。
179
どうぞ
宜
(
よろ
)
しう
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
申
(
まを
)
します』
180
鬼春
(
おにはる
)
『オイ、
181
スガール、
182
お
前
(
まへ
)
は
此
(
この
)
将軍
(
しやうぐん
)
さまと
私
(
わたし
)
と
何方
(
どちら
)
が
優
(
やさ
)
しい
男
(
をとこ
)
と
思
(
おも
)
ふか、
183
それが
一
(
ひと
)
つ
聞
(
き
)
きたいものだなア』
184
スガール『ハイ、
185
どちら
様
(
さま
)
も、
186
人情深
(
にんじやうぶか
)
いお
方
(
かた
)
で
厶
(
ござ
)
います。
187
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
188
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
りませぬが、
189
一口
(
ひとくち
)
でも
先
(
さき
)
へ、
190
優
(
やさ
)
しい
言葉
(
ことば
)
をおかけ
下
(
くだ
)
さつたお
方
(
かた
)
が
嬉
(
うれ
)
しう
厶
(
ござ
)
います』
191
鬼春
(
おにはる
)
『アハハハハ、
192
さうすると、
193
此
(
この
)
髭面
(
ひげづら
)
の
方
(
はう
)
が
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つたと
言
(
い
)
ふのかな』
194
スガール『ハイ、
195
別
(
べつ
)
に
気
(
き
)
に
入
(
い
)
るといふ
事
(
こと
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬが、
196
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
だと
喜
(
よろこ
)
んで
居
(
を
)
ります』
197
鬼春
(
おにはる
)
『ウン、
198
親切
(
しんせつ
)
は
分
(
わか
)
つてゐるが、
199
もし
仮
(
か
)
りにお
前
(
まへ
)
が
夫
(
をつと
)
を
持
(
も
)
つとしたらば、
200
何方
(
どちら
)
を
夫
(
をつと
)
に
持
(
も
)
つか、
201
それが
聞
(
き
)
きたいものだ』
202
スガール『どうぞ、
203
そんな
事
(
こと
)
は
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいますな、
204
妾
(
わらは
)
は
軍人
(
ぐんじん
)
なんか
夫
(
をつと
)
に
持
(
も
)
つ
気
(
き
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬ』
205
鬼春
(
おにはる
)
『
軍人
(
ぐんじん
)
が
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らねば
軍人
(
ぐんじん
)
をやめてもよい、
206
そしたらお
前
(
まへ
)
は
何
(
ど
)
うするか』
207
スガール『ハイ、
208
御
(
ご
)
両人
(
りやうにん
)
様
(
さま
)
が
一度
(
いちど
)
に
軍人
(
ぐんじん
)
をやめて、
209
普通
(
ふつう
)
の
人間
(
にんげん
)
にお
成
(
な
)
り
遊
(
あそ
)
ばした
時
(
とき
)
には
妾
(
わらは
)
はあとのお
方
(
かた
)
に
貰
(
もら
)
つて
頂
(
いただ
)
きます。
210
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らモツトモツト、
211
綺麗
(
きれい
)
な
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いた
男
(
をとこ
)
も
世間
(
せけん
)
にはありませうから、
212
さうあわてるには
及
(
およ
)
びませぬ』
213
久米
(
くめ
)
『コリヤ、
214
女
(
をんな
)
、
215
お
前
(
まへ
)
は
年
(
とし
)
にも
似合
(
にあ
)
はず
大胆
(
だいたん
)
な
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
だなア、
216
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
拙者
(
せつしや
)
が
好
(
す
)
きだと
云
(
い
)
つたな、
217
エヘヘヘヘ、
218
鬼春別
(
おにはるわけ
)
さま、
219
すみませぬが、
220
御
(
お
)
約束通
(
やくそくどほり
)
拙者
(
せつしや
)
が
頂戴
(
ちやうだい
)
致
(
いた
)
しませう、
221
あなたはスミエルさまで
御
(
ご
)
辛抱
(
しんばう
)
なさいませ』
222
鬼春
(
おにはる
)
『オイ、
223
スガール、
224
実際
(
じつさい
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つてくれ、
225
俺
(
おれ
)
にも
考
(
かんが
)
へがあるから』
226
スガール『ハイ、
227
実際
(
じつさい
)
の
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
しましたら、
228
御
(
ご
)
両人
(
りやうにん
)
様
(
さま
)
がお
立腹
(
りつぷく
)
遊
(
あそ
)
ばしますでせう、
229
マア
言
(
い
)
ひますまい』
230
久米
(
くめ
)
『
本当
(
ほんたう
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つてくれ、
231
決
(
けつ
)
して
喧嘩
(
けんくわ
)
はしない、
232
何程
(
なにほど
)
将軍
(
しやうぐん
)
が
御
(
ご
)
立腹
(
りつぷく
)
遊
(
あそ
)
ばしてもお
前
(
まへ
)
の
意見
(
いけん
)
できまるのだから、
233
武士
(
ぶし
)
の
言葉
(
ことば
)
に
二言
(
にごん
)
はないのだから、
234
サ、
235
ここで、
236
スツパリと
久米彦
(
くめひこ
)
さまが
好
(
す
)
きなら、
237
言
(
い
)
つたがよからうぞ』
238
スガール『バラモン
軍
(
ぐん
)
の
頭
(
かしら
)
をして
厶
(
ござ
)
るやうなお
方
(
かた
)
には、
239
死
(
し
)
んでも
身
(
み
)
を
任
(
まか
)
す
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ。
240
あなたは
人民
(
じんみん
)
の
仇
(
かたき
)
です、
241
かやうな
所
(
ところ
)
へつれ
込
(
こ
)
まれ、
242
あなた
方
(
がた
)
の、
243
獣
(
けだもの
)
の
弄物
(
おもちや
)
になるのなら、
244
死
(
し
)
んだがマシで
厶
(
ござ
)
います、
245
再
(
ふたた
)
び
親
(
おや
)
の
内
(
うち
)
へ
帰
(
かへ
)
らうなどとそんな
未練
(
みれん
)
は
持
(
も
)
ちませぬ、
246
エエ
汚
(
けが
)
らはしい、
247
どうぞ
殺
(
ころ
)
して
下
(
くだ
)
さいませ』
248
鬼春
(
おにはる
)
『アハハハハ
久米彦
(
くめひこ
)
殿
(
どの
)
、
249
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
る。
250
余
(
あま
)
り、
251
得意
(
とくい
)
になつて、
252
ホラも
吹
(
ふ
)
けますまい』
253
久米
(
くめ
)
『エエ
仕方
(
しかた
)
がない、
254
牢獄
(
らうごく
)
へぶち
込
(
こ
)
んでやろ、
255
怪
(
け
)
しからぬ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
だ。
256
そして
其
(
その
)
方
(
はう
)
の
考
(
かんが
)
へ
一
(
ひと
)
つに
仍
(
よ
)
つて、
257
姉
(
あね
)
のスミエルも
如何
(
いか
)
なる
運命
(
うんめい
)
に
陥
(
おちい
)
るか
知
(
し
)
れぬから
覚悟
(
かくご
)
をせい』
258
と
荒々
(
あらあら
)
しく
呶鳴
(
どな
)
り
立
(
た
)
て
乍
(
なが
)
ら、
259
久米彦
(
くめひこ
)
はスガールの
手
(
て
)
を
無理
(
むり
)
に
引
(
ひつ
)
ぱつて、
260
長
(
なが
)
い
隧道
(
とんねる
)
を
伝
(
つた
)
うて
行
(
ゆ
)
く。
261
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
双手
(
もろて
)
をくみ、
262
首
(
くび
)
をうなだれて、
263
独言
(
ひとりごと
)
、
264
『ああ
此
(
この
)
道
(
みち
)
計
(
ばか
)
りは
如何
(
いか
)
なる
権力
(
けんりよく
)
も
強迫
(
きやうはく
)
も
駄目
(
だめ
)
だなア、
265
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
一旦
(
いつたん
)
言
(
い
)
ひ
出
(
だ
)
した
事
(
こと
)
、
266
此
(
この
)
儘
(
まま
)
ひつ
込
(
こ
)
んでは
男
(
をとこ
)
が
立
(
た
)
たぬ、
267
又
(
また
)
久米彦
(
くめひこ
)
に
占領
(
せんりやう
)
されては、
268
尚々
(
なほなほ
)
顔
(
かほ
)
が
立
(
た
)
たない、
269
何
(
なん
)
とか
工夫
(
くふう
)
をめぐらして、
270
スガールの
心
(
こころ
)
を
動
(
うご
)
かす
方法
(
はうはふ
)
はあるまいかなア』
271
と
小声
(
こごゑ
)
で
囁
(
ささや
)
いてゐた。
272
一方
(
いつぱう
)
久米彦
(
くめひこ
)
は
牢獄
(
らうごく
)
へ
投
(
とう
)
ずると
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
273
長
(
なが
)
い
隧道
(
とんねる
)
をくぐつて、
274
曲
(
まが
)
り
角
(
かど
)
の
暗
(
くら
)
い
所
(
ところ
)
へ
行
(
い
)
つた
時
(
とき
)
、
275
久米
(
くめ
)
『オイ、
276
スガール、
277
お
前
(
まへ
)
本気
(
ほんき
)
であんな
事
(
こと
)
云
(
い
)
つたのか』
278
スガール『
本気
(
ほんき
)
です
共
(
とも
)
、
279
妾
(
わらは
)
は
命
(
いのち
)
は
欲
(
ほ
)
しくはないんですから、
280
命
(
いのち
)
を
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
してゐるのですもの』
281
久米
(
くめ
)
『フーム、
282
さうか、
283
俺
(
おれ
)
の
為
(
ため
)
に
命
(
いのち
)
を
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
すと
云
(
い
)
ふのだな、
284
ヤ、
285
心底
(
しんてい
)
がみえた、
286
感心
(
かんしん
)
々々
(
かんしん
)
、
287
俺
(
おれ
)
も
其
(
その
)
つもりで
影
(
かげ
)
から
可愛
(
かあい
)
がつてやろ』
288
スガール『エエ
気色
(
きしよく
)
の
悪
(
わる
)
い、
289
誰
(
たれ
)
があんたなんかに
命
(
いのち
)
を
差出
(
さしだ
)
す
者
(
もの
)
がありますか、
290
悪
(
あく
)
の
張本人
(
ちやうほんにん
)
、
291
馬賊
(
ばぞく
)
の
親方
(
おやかた
)
みたいな
男
(
をとこ
)
に、
292
死
(
し
)
んでも
靡
(
なび
)
きませぬワ』
293
久米
(
くめ
)
『ハハハハハ、
294
ヒルナ、
295
カルナの
奴
(
やつ
)
には
惚
(
ほ
)
れたやうな
顔
(
かほ
)
をして、
296
甘
(
うま
)
く
騙
(
だま
)
されたが、
297
此奴
(
こいつ
)
ア
又
(
また
)
あべこべだ。
298
此
(
こ
)
んな
奴
(
やつ
)
に
本当
(
ほんたう
)
のものがあるのだ、
299
ここが
一
(
ひと
)
つ
骨
(
ほね
)
の
折所
(
をりどころ
)
だ』
300
と
自惚
(
うぬぼ
)
れ
乍
(
なが
)
ら、
301
スガールの
背中
(
せなか
)
を
撫
(
な
)
で、
302
猫
(
ねこ
)
なで
声
(
ごゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
303
久米
(
くめ
)
『オイ、
304
スガール、
305
さう
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
てるものぢやない、
306
お
前
(
まへ
)
が
俺
(
わし
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
りにすれば
何事
(
なにごと
)
も
都合好
(
つがふよ
)
くゆくのだ。
307
キツとお
前
(
まへ
)
のお
父
(
とう
)
さまやお
母
(
かあ
)
さまに
会
(
あ
)
はしてやるから、
308
俺
(
わし
)
の
言
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
りになるのだ、
309
可
(
い
)
いか、
310
よく
物
(
もの
)
を
考
(
かんが
)
へてみよ』
311
スガールはとても
抵抗
(
ていかう
)
した
所
(
ところ
)
で
遁
(
のが
)
れない、
312
一時
(
いつとき
)
のがれに
何
(
なん
)
とかゴマかしておかうと
俄
(
にはか
)
に
思案
(
しあん
)
を
定
(
さだ
)
め、
313
ワザと
嬉
(
うれ
)
しげに、
314
スガール『ハイ、
315
本当
(
ほんたう
)
の
私
(
わたし
)
の
精神
(
せいしん
)
はお
察
(
さつ
)
し
下
(
くだ
)
さいませ、
316
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
前
(
まへ
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
317
あのやうに
云
(
い
)
つてみたので
厶
(
ござ
)
いますよ』
318
久米
(
くめ
)
『アハハハハ、
319
ヤツパリ
俺
(
わし
)
の
目
(
め
)
は
黒
(
くろ
)
い、
320
さうだらう。
321
ヨシ、
322
それなら
俺
(
わし
)
のここに
特別室
(
とくべつしつ
)
があるから、
323
ここへ
這入
(
はい
)
つて
居
(
を
)
れ、
324
将軍
(
しやうぐん
)
の
方
(
はう
)
へは、
325
お
前
(
まへ
)
を
牢獄
(
らうごく
)
へぶち
込
(
こ
)
んだと
甘
(
うま
)
く
云
(
い
)
つておくから……』
326
スガール『それは
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
いますが、
327
どうぞ
姉
(
ねえ
)
さまと
一緒
(
いつしよ
)
において
下
(
くだ
)
さいな、
328
別々
(
べつべつ
)
に
居
(
ゐ
)
るのも
淋
(
さび
)
しう
厶
(
ござ
)
いますから、
329
妾
(
わらは
)
を
真
(
しん
)
に
愛
(
あい
)
して
下
(
くだ
)
さるのなら、
330
恋
(
こひ
)
しい
姉
(
ねえ
)
さまと
一緒
(
いつしよ
)
において
下
(
くだ
)
さるでせうねえ』
331
久米
(
くめ
)
『さうだ、
332
二人
(
ふたり
)
おくのはチツと
都合
(
つがふ
)
は
悪
(
わる
)
いけれど、
333
外
(
ほか
)
ならぬお
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
だから、
334
曲
(
ま
)
げて
願
(
ねがひ
)
を
叶
(
かな
)
へてやろ、
335
どうだ
嬉
(
うれ
)
しいか』
336
スガール『ハイ
嬉
(
うれ
)
しう
厶
(
ござ
)
います、
337
サ、
338
早
(
はや
)
く、
339
何卒
(
どうぞ
)
姉
(
ねえ
)
さまを
呼
(
よ
)
んで
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいませ』
340
久米彦
(
くめひこ
)
は
打
(
うち
)
うなづき
乍
(
なが
)
ら、
341
自分
(
じぶん
)
の
居間
(
ゐま
)
にスガールを
忍
(
しの
)
ばせおき、
342
スミエルを
牢屋
(
ひとや
)
から
引
(
ひつ
)
ぱり
出
(
だ
)
し、
343
自分
(
じぶん
)
の
寝室
(
しんしつ
)
に
伴
(
つ
)
れ
帰
(
かへ
)
つた。
344
スガール『あれマア
姉
(
ねえ
)
さま、
345
会
(
あ
)
ひたう
厶
(
ござ
)
いました。
346
何
(
ど
)
うしてゐらつしやいましたの』
347
スミエル『ハ、
348
暗
(
くら
)
い
暗
(
くら
)
い
所
(
ところ
)
へ
一人
(
ひとり
)
入
(
い
)
れられて、
349
モウ
死
(
し
)
なうかモウ
死
(
し
)
なうかと
覚悟
(
かくご
)
してをつた
所
(
ところ
)
へ、
350
憐
(
あはれ
)
み
深
(
ぶか
)
い
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
がお
出
(
い
)
で
下
(
くだ
)
さいまして、
351
妹
(
いもうと
)
に
会
(
あ
)
はしてやらうと
仰有
(
おつしや
)
つて
此処
(
ここ
)
へ
連
(
つ
)
れて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さつたのよ。
352
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
353
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います』
354
久米
(
くめ
)
『ヨシヨシ、
355
モウ
心配
(
しんぱい
)
はいらぬ、
356
又
(
また
)
時機
(
じき
)
をみて、
357
親
(
おや
)
の
内
(
うち
)
へ
送
(
おく
)
つてやる。
358
お
前
(
まへ
)
等
(
たち
)
二人
(
ふたり
)
は
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
さずに、
359
此処
(
ここ
)
に
隠
(
かく
)
れてゐるが
宜
(
よろ
)
しい、
360
又
(
また
)
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
に
見付
(
みつ
)
かると
大変
(
たいへん
)
だから、
361
私
(
わし
)
は
一寸
(
ちよつと
)
軍務
(
ぐんむ
)
の
都合
(
つがふ
)
に
仍
(
よ
)
つて、
362
陣営
(
ぢんえい
)
を
巡視
(
じゆんし
)
してくるから』
363
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
らピタリと
戸
(
と
)
をしめ、
364
外
(
そと
)
から
鍵
(
かぎ
)
をおろして、
365
どつかへ
行
(
い
)
つて
了
(
しま
)
つた。
366
(
大正一二・二・二二
旧一・七
於竜宮館
松村真澄
録)
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