霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 暗傷(あんしやう)〔一五〇八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第59巻 真善美愛 戌の巻 篇:第2篇 厄気悋々 よみ(新仮名遣い):やっきりんりん
章:第8章 暗傷 よみ(新仮名遣い):あんしょう 通し章番号:1508
口述日:1923(大正12)年04月01日(旧02月16日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年7月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
デビス姫を救出しにチルテル屋敷に忍び込んで来た三千彦・伊太彦は、この夫婦喧嘩に出くわし、見過ごしもならず気を失っているチルテルに鎮魂をかけて蘇生させた。
逆上しているチルナ姫は、夫婦喧嘩に割って入った二人の宣伝使に怒りを向けて、立ち去るようにと矛先を向けた。
チルテルとカンナは救ってくれた二人に感謝の言葉をかけ、奥で休息するようにと勧めた。しかしチルテルとカンナは、三五教の宣伝使たちを捕縛しようと企んでいた。三千彦と伊太彦は二人の企みを察知し、カンナに案内されて行く途中でカンナの腕を締め上げた。
カンナはデビス姫の居場所を白状し、三千彦たちを倉庫に案内して姫を解放した。デビス姫の無残な様子に怒った三千彦はカンナを縛り上げて、倉庫に入れて錠を下ろした。二人はデビス姫を労わりながらチルテルの館を去って行った。
一方チルナ姫は、もうこうなったらチルテルの女癖をハルナの都に逐一報告すると言って出て行こうとする。チルナ姫に家出して欲しかったチルテルも、さすがにハルナの都に報告されては自分の地位が危ないと、チルナ姫を縛って倉庫に監禁してしまった。
チルナ姫は暗い倉庫で縛られているカンナにつまずいた。てっきりチルテルが隠している別の女だろうと勘違いしたチルナ姫は、逆上してカンナの太ももに噛みついた。カンナは悲鳴を上げて自分はカンナだと誤解を解こうとするが、チルナ姫は聞き入れずに噛みつき続ける。
カンナは痛さに悲鳴を上げた勢いで、手をくくった綱が切れた。やむを得ずカンナはチルナ姫を殴って気絶させた。足の綱をほどいたカンナは、チルナ姫に活を入れて起こした。
やっとチルナ姫の誤解が解けた。カンナは、ここの隠されていたデビス姫はチルテルのお使いと思しき男たちが連れ出してしまったと答えた。そしてチルナ姫に太ももをひどく噛まれたことに不平をこぼした。
チルナ姫は、もともと初稚姫を館に連れてきたのはカンナだから、天罰が当たったのだと言い返し、自分は夫を取られてしまったと嘆いた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-05-06 15:53:29 OBC :rm5908
愛善世界社版:104頁 八幡書店版:第10輯 522頁 修補版: 校定版:109頁 普及版: 初版: ページ備考:
001夫婦(ふうふ)(なか)()(にほ)
002(はな)何時(いつ)(まで)チルナ(ひめ)
003家庭(かてい)平和(へいわ)()(むす)
004千代(ちよ)八千代(やちよ)偕老(かいらう)
005(その)(たの)しみを(とも)になし
006(この)()(やす)(わた)らむと
007(かみ)(ねがひ)掛巻(かけまく)
008(こころ)(ゆる)さぬチルナ(ひめ)
009(おも)はぬ(かぜ)(ふき)(まは)
010二世(にせ)(ちぎ)つた(わが)(つま)
011チルテル(つかさ)醜神(しこがみ)
012(きよ)(みたま)(くも)らされ
013(こひ)(とりこ)となりはてて
014彼方(あなた)此方(こなた)(をみな)をば
015(もてあそ)びしと()くよりも
016チルナの(ひめ)(おどろ)きて
017(たちま)悋気(りんき)(つの)はやし
018所在(あらゆる)手道具(てだうぐ)(うち)くだき
019障子(しやうじ)(ふすま)をかき(やぶ)
020半狂乱(はんきやうらん)為体(ていたらく)
021チルテル、カンナの(たく)みたる
022焚付薬(たきつけぐすり)()きすぎて
023(おも)ひもよらぬ失態(しつたい)
024演出(えんしゆつ)したりと(おどろ)きて
025初稚姫(はつわかひめ)居間(ゐま)()
026矢庭(やには)此処(ここ)飛込(とびこ)みて
027チルナの(ひめ)(たぶさ)をば
028左手(ゆんで)にグツとわし(づか)
029蠑螺(さざえ)のやうな(こぶし)をば
030(かた)めて振上(ふりあ)げクワン クワンと
031()()()てばチルナ(ひめ)
032(いか)(くる)ひてしがみ()
033チルテル(つかさ)(また)くらに
034ブラブラさがる茶袋(ちやぶくろ)
035一生(いつしやう)懸命(けんめい)(にぎ)りしめ
036(ちから)をこめて(ひつ)たくる
037何条(なんでう)(もつ)(たま)るべき
038アツと一声(ひとこゑ)悶絶(もんぜつ)
039(あわ)をふきつつ(だい)()
040(たふ)れて身体(からだ)をビリビリと
041(ふる)はせ()たる可笑(をか)しさよ
042流石(さすが)のチルナも(おどろ)いて
043(みづ)(くすり)()(いら)
044カンナの(つかさ)(しか)()
045泣声(なきごゑ)(しぼ)狼狽(うろた)へる
046デビスの(ひめ)(あと)()うて
047(うかが)(きた)りし三千彦(みちひこ)
048伊太彦(いたひこ)二人(ふたり)(この)(てい)
049(はるか)(なが)めて飛来(とびきた)
050矢庭(やには)座敷(ざしき)()(あが)
051双手(もろて)()んで(ひと)(ふた)()()
052(いつ)()(なな)()(ここの)(たり)
053(もも)()(よろづ)数歌(かずうた)
054(うた)()ぐればウンウンと
055(くる)しき(こゑ)張上(はりあ)げて
056(かほ)(しか)めて()(あが)
057四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)して
058アフンと(ばか)(あき)れゐる
059チルナの(ひめ)両人(りやうにん)
060()るより(はや)(いか)()
061夫婦(めをと)喧嘩(げんくわ)最中(さいちう)
062(ことわ)りもなく飛込(とびこ)むで
063構立(かまひだて)する(やつ)(だれ)
064了見(れうけん)ならぬ一時(いつとき)
065(はや)(この)()立去(たちさ)れと
066悋気(りんき)(いか)りの矛先(ほこさき)
067(つま)危急(ききふ)(すく)ひたる
068二人(ふたり)(つかさ)にふり()ける
069(こころ)(みだ)れしチルナ(ひめ)
070()(ひと)(ごと)(わが)(てき)
071(こころ)をひがむぞ是非(ぜひ)なけれ
072チルテル、カンナは三千彦(みちひこ)
073姿(すがた)()るより()(あは)
074危急(ききふ)場合(ばあひ)()くもマア
075()(たす)けなさつて(くだ)さつた
076()()(おく)()休息(きうそく)
077(あそ)ばしませと()(なが)
078(こころ)(きたな)きチルテルは
079カンナに()かつて目配(めくば)せし
080(この)両人(りやうにん)逸早(いちはや)
081(とら)へて(くら)につき()めと
082(まなこ)()らす(いや)らしさ
083三千彦(みちひこ)伊太彦(いたひこ)両人(りやうにん)
084二人(ふたり)(こころ)(さつ)すれど
085デビスの(ひめ)所在(ありか)をば
086(さぐ)らむものと(おも)ふより
087素知(そし)らぬ(かほ)(よそほ)ひつ
088カンナの(あと)(したが)ひて
089(やみ)庭先(にはさき)トボトボと
090(すき)(うかが)()いて()
091三千彦(みちひこ)つつと立止(たちと)まり
092カンナの(うで)をグツと()
093(なんぢ)(この)()使人(つかひびと)
094バラモン(けう)のリューチナント
095カンナと(まを)(やつ)であらう
096デビスの(ひめ)(かく)したは
097(この)()(あるじ)チルテルの
098(まつた)指図(さしづ)によるものと
099(はや)くも(われ)(さと)りしぞ
100いと(すみやか)所在(ありか)をば
101完全(うまら)委曲(つばら)()げまつれ
102違背(ゐはい)(およ)ばば(たま)()
103(なんぢ)(いのち)(うば)ふべし
104返答(へんたふ)如何(いか)にとせめかくる
105流石(さすが)のカンナも(こま)りはて
106()をブルブルと(ふる)はせて
107ハイハイ白状(はくじやう)(いた)します
108(いのち)(ばか)りはお(たす)けと
109両手(りやうて)(あは)せて(なみだ)ぐみ
110二人(ふたり)(ともな)第一(だいいち)
111倉庫(さうこ)(おもて)押開(おしあ)けて
112(なか)立入(たちい)りデビス(ひめ)
113(きび)しき(なわ)()(なが)
114二人(ふたり)(むか)丁寧(ていねい)
115モウシ モウシ宣伝使(せんでんし)
116此処(ここ)()られる()婦人(ふじん)
117貴方(あなた)のお(たづ)(あそ)ばした
118デビス(ひめ)(ござ)りませう
119(わたし)(うち)不在番(るすばん)
120(いた)して()つた(その)(ため)
121(その)経緯(いきさつ)()りませぬ
122()()づお(しら)べなさりませ
123()へば三千彦(みちひこ)伊太彦(いたひこ)
124四辺(あたり)(こころ)(くば)りつつ
125伊太彦(いたひこ)(そと)()たせおき
126三千彦(みちひこ)一人(ひとり)(くら)(なか)
127(あか)りを(とぼ)して(いり)()れば
128(くち)にははます猿轡(さるぐつわ)
129手足(てあし)(しば)(つち)()
130いとも無残(むざん)()させける
131三千彦(みちひこ)()るより(はら)()
132(ひめ)(いましめ)()(なが)
133(ただち)にカンナを(しば)()
134(その)()(たふ)しデビス(ひめ)
135(いた)はり(なが)(くら)(そと)
136(やうや)(すく)(いだ)しけり
137(ここ)三千彦(みちひこ)(くら)()
138ピシヤリと()めて(ぢやう)おろし
139(ひめ)(いたは)(なぐさ)めつ
140(やみ)(まぎ)れてスタスタと
141(この)()(あと)()でて()く。この続きは第14章へ
142 ヘールは(よる)巡視(じゆんし)()へて(やかた)(かへ)つて()ると、143チルナ(ひめ)(かみ)ふり(みだ)し、144血相(けつさう)()へて(すわ)つてゐる。145チルテルは真青(まつさを)(かほ)して睾丸(きんたま)(おさ)へ、146ウンウンと(うな)つてゐる。147ヘールはつかつかと(そば)近付(ちかづ)き、
148ヘール『ヤア、149貴方(あなた)はキャプテンの旦那(だんな)(さま)150奥様(おくさま)151(ただ)ならぬ(この)()様子(やうす)152何者(なにもの)襲来(しふらい)(いた)しましたか』
153チルナ『お(まへ)はヘール、154()()(くだ)さつた。155チルテルさまは本当(ほんたう)毒性(どくしやう)(ひと)だよ。156(わたし)()()して、157(うら)離室(はなれ)()女性(あまつちよ)や、158(その)(ほか)沢山(たくさん)(をんな)引入(ひきい)れ、159勝手(かつて)気儘(きまま)生活(せいくわつ)(おく)らうとなさるのだから、160こんなことがハルナの(みやこ)(きこ)えやうものなら、161それこそ(おん)()(をは)り、162(わたし)最早(もはや)覚悟(かくご)(きめ)ました。163(この)()追出(おひだ)される(かは)りに、164ハルナの(みやこ)(かへ)つて一伍(いちぶ)一什(しじふ)申上(まをしあ)げ、165主人(しゆじん)()(さま)さねばおきませぬ。166ヘール殿(どの)167(あと)(しつか)(たの)みますよ。168(わらは)(これ)からお(いとま)(いた)します』
169ヘール『モシモシ一寸(ちよつと)()(くだ)さい。170(あま)(なか)()すぎるので、171そんな喧嘩(けんくわ)(はじ)まるのです。172旦那(だんな)(さま)何時(いつ)貴女(あなた)(えら)女房(にようばう)だ、173(うつく)しい(もの)だ、174(やさ)しい(もの)だと()めて()られますよ』
175チルナ『エーお(まへ)旦那(だんな)(さま)(はら)(あは)し、176(わらは)追出(おひだ)所存(しよぞん)であらうがな。177(なに)もかもカンナから()いてあるのだよ。178そんな(いち)()(のが)れの追従(つゐしよう)()ふやうなチルナぢや(ござ)いませぬ。179左様(さやう)なら、180旦那(だんな)(さま)181スベタ(をんな)とお(たの)しみなさい』
182血相(けつさう)かへて飛出(とびだ)さうとする。183飛出(とびで)()しかつたチルテルも、184こんなことをハルナの(みやこ)報告(はうこく)されては大変(たいへん)だ、185一層(いつそ)のこと永久(えいきう)(くら)(なか)()()んでおくに(かぎ)ると決心(けつしん)し、186(いた)さを(こら)へて、
187チルテル『ヤア、188ヘール、189女房(にようばう)発狂(はつきやう)(いた)し、190(この)(おれ)睾丸(きんたま)(にぎ)つて(ころ)さうと(いた)した謀殺(ぼうさつ)未遂(みすゐ)犯人(はんにん)だ。191サア(はや)くふん(じば)つて、192第一号(だいいちがう)倉庫(さうこ)()()むでくれ。193(これ)はチルテルの命令(めいれい)ぢやない、194キャプテンの申付(まをしつけ)だぞ』
195ヘール『ハア』
196とゐずまゐを(なほ)し、197矢庭(やには)にチルナ(ひめ)(うしろ)にまはり、
198ヘール『謀殺(ぼうさつ)未遂(みすゐ)大罪人(だいざいにん)199バラモン(ぐん)関守(せきもり)(けん)キャプテンの(めい)()つて捕縛(ほばく)する。200神妙(しんめう)(なは)にかかれ』
201()(はな)ち、202チルナ(ひめ)細腕(ほそうで)をグツと(うしろ)(まは)し、203捕縄(ほじよう)(もつ)(しば)()げ、
204ヘール『きりきり(あゆ)め』
205()(なが)第一(だいいち)倉庫(さうこ)()して引摺(ひきず)()く。
206ヘール『ハハア、207此処(ここ)はデビス(ひめ)とか()(やつ)が、208()()んである倉庫(さうこ)だ。209女同志(をんなどうし)二人(ふたり)()()みておけば、210随分(ずいぶん)悋気(りんき)(はな)()くことだらう。211イヤ面白(おもしろ)喧嘩(けんくわ)(はじ)まるだらう』
212(つぶや)(なが)ら、213ガラガラと()()無理(むり)押込(おしこ)み、214ピシヤリと()()(ぢやう)をおろしておく。215(この)(ぢやう)(ちひ)さい(あな)一寸(ちよつと)した(いし)()()めば、216それで(なか)から(なに)(ほど)(あせ)つても()かない。217(そと)からは自由(じいう)自在(じざい)()くやうになつてゐる。218つまり倉庫(さうこ)とは()ふものの、219監禁室(かんきんしつ)である。
220 チルナ(ひめ)はヘールに押込(おしこ)まれた途端(とたん)にヒヨロ ヒヨロとして、221カンナがふん(じば)られて(たふ)れてゐる(うへ)にパツタリとこけ()むだ。222真暗(まつくら)がりである。223何人(なにびと)見当(けんたう)がつかぬ。224(しか)(なが)(いま)ヘールが独言(ひとりごと)にデビス(ひめ)だとか()ひよつた。225大方(おほかた)(その)(をんな)であらう、226此奴(こいつ)もヤツパリ(かたき)片割(かたわ)れだ、227斯様(かやう)(をんな)をチルテルの(おやぢ)(かく)まひおき、228チヨコ チヨコ密会(みつくわい)をして()るのだらう、229エー残念(ざんねん)だ、230(なん)とかして(こら)してやりたいが、231()()(しば)られては()うすることも出来(でき)ない……と小声(こごゑ)(つぶや)(なが)ら、232カンナの太腿(ふともも)にガブリとかぶ()いた。233カンナは吃驚(びつくり)して、
234『アイタヽ、235(いた)(いた)い』
236チルナ『エー、237極道(ごくだう)(をんな)()238チツとは(いた)いぞ、239モツとかぶつてやらうか』
240(また)かぶりつく。
241カンナ『モシモシ(わたし)(をんな)ぢや(ござ)いませぬ。242カンナといふ(をとこ)(ござ)います。243どうぞ(こら)へて(くだ)さいませ。244かう手足(てあし)(しば)られては(うご)くことも出来(でき)ませぬ』
245チルナ『エー、246図々(づうづう)しい、247(をとこ)声色(こわいろ)使(つか)つたつて、248そんなことに誤魔化(ごまくわ)されるチルナ(ひめ)ぢや(ござ)いませぬぞえ。249大化者(おほばけもの)()250()うマア旦那(だんな)(さま)悪知恵(わるぢゑ)をつけ、251(わらは)をこんな()()はしよつたナ。252(わらは)死物狂(しにものぐるひ)253(そなた)(にく)(みな)()()つてやらねば了見(れうけん)ならぬ、254覚悟(かくご)しや』
255カンナ『モシモシ256貴女(あなた)奥様(おくさま)ぢや(ござ)いませぬか。257(わたし)はカンナで(ござ)いますよ』
258チルナ『エー、259そんな(うそ)()つても承知(しようち)(いた)さぬぞや。260カンナはこんな(ところ)()(はず)がない。261(まへ)はデビスに間違(まちが)ひなからうがな』
262カンナ『滅相(めつさう)な、263(わたし)(こゑ)をお(きき)になつても(わか)るぢやありませぬか』
264チルナ『エー、265(なに)をツベコベと()ふのだい。266(みみ)がワンワンして、267(こゑ)聞分(ききわけ)られるやうな場合(ばあひ)かい、268(なん)()つても、269(まへ)はデビスに(ちが)ひない。270(おも)()つたがよからうぞや』
271(また)かぶる。272カンナは、
273カンナ『(いた)い! (いた)(いた)(いた)い』
274悲鳴(ひめい)をあげる。275(その)(いきほひ)()をくくつた(つな)はプツリと()れた。276カンナは直様(すぐさま)かぶりついてゐる(をんな)(たぶさ)片手(かたて)()ち、277片手(かたて)拳骨(げんこつ)(かた)めて、278(ちから)(かぎ)(なぐ)りつけた。279キヤツと一声(ひとこゑ)280(あと)(なに)(きこ)えなくなり、281かぶりついても()ぬ。282カンナは(ただち)(あし)(いましめ)()き、283(くら)がりを(さぐ)つて、284チルナの(いましめ)()背中(せなか)()()(なぐ)りつけた。285「ウーン」と(いき)(ふき)(かへ)した。286されど真暗(まつくら)がりで(たがひ)(かほ)(はな)()まんでも(わか)らない。287チルナは死武者(しにむしや)になつて、2871()ひまはり、288カンナが(つら)(しか)めて傷所(きずしよ)()でてゐる(その)()がフツと(さは)つたので、
289チルナ『エー(この)スベタ(をんな)()
290()(なが)ら、291グツと太腿(ふともも)()むしつてやらうと、292()差伸(さしの)べた途端(とたん)に、293種茄子(たねなす)のやうな(かたち)した(もの)()(さは)つた。
294チルナ『あゝヤツパリお(まへ)(をとこ)であつたか、295何者(なにもの)ぢや』
296カンナ『(わたし)はカンナで(ござ)います。297奥様(おくさま)(くら)がりで、298三四(さんし)(しよ)太腿(ふともも)(にく)(かみ)とられ、299()うも(いた)くて辛抱(しんばう)出来(でき)ませぬ。300(ひど)いことをなされますなア』
301チルナ『そりやお(まへ)302(とき)災難(さいなん)(あきら)めるより仕方(しかた)がないぢやないか。303(わたし)横面(よこづら)大変(たいへん)304(まへ)(なぐ)りつけたのだから、305(たがひ)(うらみ)帳消(ちやうけ)しとして、306(いち)()(はや)此処(ここ)逃出(にげだ)工夫(くふう)をしようぢやないか』
307カンナ『逃出(にげだ)さうと()つても、308かう(あし)重傷(ぢうしやう)()うては(うご)きが()れませぬ。309そして(この)錠前(ぢやうまへ)(なか)からは()うしても()けられないのです。310(かべ)には(ふと)鉄線(てつせん)碁盤(ごばん)()(ごと)()つてありますから、311到底(たうてい)駄目(だめ)でせう』
312チルナ『ここにデビス(ひめ)とかが(しば)つて()()むであるといふことだから、313(ひと)(さぐ)つてみて(かたき)()つから、314(まへ)さま315それなつと()て、3151()(なぐさ)めなされ。316あゝ腹立(はらだ)たしい、317()こにすつ()んでゐるのだな。318オイ、319デビス、320(こゑ)()てぬか。321何程(なんぼ)(だま)つて()つても(ひる)になればチツと(あか)くなるから、322所在(ありか)見付(みつ)け、323成敗(せいばい)(いた)すぞや。324(いま)素直(すなほ)此処(ここ)()りますと(まを)せば(うで)一本(いつぽん)(ぐらゐ)(こら)へてやる』
325カンナ『モシ、326(おく)さま、327(その)デビスは(わたし)入替(いれかへ)旦那(だんな)(さま)のお使(つかひ)()()()()して(しま)ひました。328大方(おほかた)今頃(いまごろ)(その)(をんな)看護婦(かんごふ)代用(だいよう)にしてゐられるでせうよ。329アイタヽヽ、330あゝ(いた)(いた)い、331本当(ほんたう)にエライことかぶられて、332太腿(ふともも)三所(みとこ)四所(よとこ)(あか)(くち)をあけて欠伸(あくび)をしてゐるやうだ。333本当(ほんたう)(ひど)()()はしましたなア』
334チルナ『ホツホヽヽヽ、335常平生(つねへいぜい)から旦那(だんな)さまを(そその)かし、336初稚(はつわか)などと()(をんな)()れて()たのも、337(もと)(ただ)せばお(まへ)ぢやないか。338つまり()へば自業(じごふ)自得(じとく)だよ。339マア天罰(てんばつ)(あた)つたと(おも)うて辛抱(しんばう)しなさい。340(まへ)太腿(ふともも)三片(みきれ)四片(よきれ)()られたとて()(ほど)(くる)しいのか。341(わたし)大事(だいじ)大事(だいじ)(をつと)身体(からだ)全体(まるくち)()られたでないか、342あゝ残念(ざんねん)やなア、343ウンウンウンウン』
344 (くら)(すみ)から(ねこ)(やう)(ごふ)()(おほ)きい(ねずみ)が、
345『クウクウクウクウ、346チウチウチウチウ、347ガタガタガタガタ、348ゴトゴトゴトゴトゴト』
349(いや)らしい(おと)()ててゐる。
350大正一二・四・一 旧二・一六 於皆生温泉浜屋 松村真澄録)
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