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第74巻(丑の巻)
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第65巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 盗風賊雨
01 感謝組
〔1657〕
02 古峽の山
〔1658〕
03 岩侠
〔1659〕
04 不聞銃
〔1660〕
05 独許貧
〔1661〕
06 噴火口
〔1662〕
07 反鱗
〔1663〕
第2篇 地異転変
08 異心泥信
〔1664〕
09 劇流
〔1665〕
10 赤酒の声
〔1666〕
11 大笑裡
〔1667〕
12 天恵
〔1668〕
第3篇 虎熊惨状
13 隔世談
〔1669〕
14 山川動乱
〔1670〕
15 饅頭塚
〔1671〕
16 泥足坊
〔1672〕
17 山颪
〔1673〕
第4篇 神仙魔境
18 白骨堂
〔1674〕
19 谿の途
〔1675〕
20 熊鷹
〔1676〕
21 仙聖郷
〔1677〕
22 均霑
〔1678〕
23 義侠
〔1679〕
第5篇 讃歌応山
24 危母玉
〔1680〕
25 道歌
〔1681〕
26 七福神
〔1682〕
余白歌
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> 第1篇 盗風賊雨 > 第3章 岩侠
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第三章
岩侠
(
がんけふ
)
〔一六五九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻
篇:
第1篇 盗風賊雨
よみ(新仮名遣い):
とうふうぞくう
章:
第3章 岩侠
よみ(新仮名遣い):
がんきょう
通し章番号:
1659
口述日:
1923(大正12)年07月15日(旧06月2日)
口述場所:
祥雲閣
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年4月14日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2022-04-30 05:12:02
OBC :
rm6503
愛善世界社版:
35頁
八幡書店版:
第11輯 623頁
修補版:
校定版:
37頁
普及版:
18頁
初版:
ページ備考:
001
虎熊山
(
とらくまやま
)
の
岩窟
(
いはや
)
に
捕
(
と
)
らはれて
居
(
ゐ
)
る
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
があつた。
002
何
(
いづ
)
れも
別々
(
べつべつ
)
の
室
(
しつ
)
に
幽閉
(
いうへい
)
され、
003
身
(
み
)
の
薄命
(
はくめい
)
を
歎
(
かこ
)
ちつつ、
004
窃
(
ひそか
)
に
歌
(
うた
)
をもつて
両女
(
りやうぢよ
)
互
(
たがひ
)
に
意志
(
いし
)
を
通
(
かよ
)
はして
居
(
ゐ
)
る。
005
此
(
この
)
女
(
をんな
)
は
一人
(
ひとり
)
はデビス
姫
(
ひめ
)
、
006
一人
(
ひとり
)
はブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
であつた。
007
ブラヷーダは
窃
(
ひそか
)
に
謡
(
うた
)
ふ。
008
『
私
(
わたし
)
は
悲
(
かな
)
しい
盲
(
めくら
)
の
小鳥
(
ことり
)
009
春
(
はる
)
は
来
(
く
)
れども
花
(
はな
)
咲
(
さ
)
かず
010
小鳥
(
ことり
)
の
声
(
こゑ
)
も
聞
(
き
)
こえない
011
明
(
あ
)
けよが
暮
(
く
)
れよが
暗
(
やみ
)
ばかり
012
私
(
わたし
)
は
淋
(
さび
)
しい
盲
(
めくら
)
の
小鳥
(
ことり
)
013
恋
(
こひ
)
の
涙
(
なみだ
)
の
星
(
ほし
)
さへ
見
(
み
)
えず
014
明
(
あ
)
けよが
暮
(
く
)
れよが
暗
(
やみ
)
許
(
ばか
)
り
015
恋
(
こひ
)
しき
男
(
をとこ
)
に
伴
(
ともな
)
はれ
016
父
(
ちち
)
と
母
(
はは
)
との
懐
(
ふところ
)
を
017
やうやく
離
(
はな
)
れし
雛鳥
(
ひなどり
)
の
018
古巣
(
ふるす
)
に
帰
(
かへ
)
るよしもなし
019
恋
(
こひ
)
しき
人
(
ひと
)
は
今
(
いま
)
いづこ
020
一目
(
ひとめ
)
遇
(
あ
)
ひ
度
(
た
)
く
思
(
おも
)
へども
021
醜
(
しこ
)
の
企
(
たく
)
みの
岩窟
(
がんくつ
)
に
022
深
(
ふか
)
く
包
(
つつ
)
まれ
日
(
ひ
)
も
月
(
つき
)
も
023
光
(
ひかり
)
も
見
(
み
)
えぬ
身
(
み
)
の
歎
(
なげ
)
き
024
誰
(
たれ
)
に
語
(
かた
)
らむ
術
(
すべ
)
もなし
025
永遠
(
とは
)
の
涙
(
なみだ
)
は
迸
(
ほとばし
)
り
026
いつしか
晴
(
は
)
れて
逢坂
(
おほさか
)
の
027
関
(
せき
)
の
戸
(
と
)
開
(
ひら
)
き
鶯
(
うぐひす
)
の
028
鳴
(
な
)
く
音
(
ね
)
を
聞
(
き
)
かむ
事
(
こと
)
もがな
029
思
(
おも
)
へば
思
(
おも
)
へば
父母
(
ちちはは
)
の
030
御
(
おん
)
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
が
案
(
あん
)
じられ
031
胸
(
むね
)
にただよふ
万斛
(
ばんこく
)
の
032
涙
(
なみだ
)
をいづれに
吐却
(
ときやく
)
せむ
033
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
034
御霊
(
みたま
)
幸倍
(
さちはへ
)
ましまして
035
一日
(
ひとひ
)
も
早
(
はや
)
く
三五
(
あななひ
)
の
036
神
(
かみ
)
の
司
(
つかさ
)
の
玉国別
(
たまくにわけ
)
が
037
妾
(
わらは
)
の
危難
(
きなん
)
を
悟
(
さと
)
りまし
038
救
(
すく
)
ひ
出
(
だ
)
さむと
出
(
い
)
で
来
(
き
)
ます
039
嬉
(
うれ
)
しき
便
(
たよ
)
りを
松虫
(
まつむし
)
の
040
なく
音
(
ね
)
も
細
(
ほそ
)
る
岩窟
(
いはや
)
の
中
(
なか
)
041
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
ぞ
悲
(
かな
)
しけれ』
042
隣
(
となり
)
の
岩窟
(
いはや
)
の
牢獄
(
ひとや
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
まれたデビス
姫
(
ひめ
)
は、
043
此
(
この
)
歌
(
うた
)
を
聞
(
き
)
いて、
044
隣室
(
りんしつ
)
にブラヷーダの
囚
(
とら
)
はれて
居
(
を
)
る
事
(
こと
)
を
悟
(
さと
)
つた。
045
デビス
姫
(
ひめ
)
『テルモン
山
(
ざん
)
に
千木
(
ちぎ
)
高
(
たか
)
く
046
大宮柱
(
おほみやばしら
)
太知
(
ふとし
)
りて
047
鎮
(
しづ
)
まり
居
(
ゐ
)
ます
大神
(
おほかみ
)
に
048
朝
(
あさ
)
な
夕
(
ゆふ
)
なに
仕
(
つか
)
へます
049
父
(
ちち
)
と
母
(
はは
)
との
懐
(
ふところ
)
を
050
離
(
はな
)
れて
神
(
かみ
)
の
三千彦
(
みちひこ
)
に
051
救
(
すく
)
はれ
漸
(
やうや
)
うハルセイの
052
沼
(
ぬま
)
の
畔
(
ほとり
)
に
来
(
き
)
て
見
(
み
)
れば
053
醜
(
しこ
)
の
曲津
(
まがつ
)
の
四
(
よ
)
つ
五
(
いつ
)
つ
054
霞
(
かすみ
)
の
中
(
なか
)
より
現
(
あら
)
はれて
055
有無
(
うむ
)
を
云
(
い
)
はさず
引
(
ひつ
)
捉
(
とら
)
へ
056
口
(
くち
)
には
篏
(
は
)
ます
猿轡
(
さるぐつわ
)
057
無惨
(
むざん
)
の
責苦
(
せめく
)
に
会
(
あ
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
058
此
(
この
)
岩窟
(
がんくつ
)
に
引
(
ひ
)
き
込
(
こ
)
まれ
059
朝
(
あさ
)
な
夕
(
ゆふ
)
なに
盗人
(
ぬすびと
)
の
060
セール、ハールの
棟梁
(
とうりやう
)
に
061
心
(
こころ
)
にもなき
恋路
(
こひぢ
)
をば
062
強要
(
きやうえう
)
されて
身
(
み
)
を
藻掻
(
もが
)
き
063
歎
(
なげ
)
き
苦
(
くる
)
しむ
吾
(
われ
)
こそは
064
三千彦
(
みちひこ
)
妻
(
つま
)
のデビス
姫
(
ひめ
)
065
今
(
いま
)
聞
(
き
)
く
歌
(
うた
)
は
伊太彦
(
いたひこ
)
の
066
妻
(
つま
)
の
命
(
みこと
)
にましますか
067
悲
(
かな
)
しき
浮世
(
うきよ
)
の
例
(
ためし
)
にもれず
068
汝
(
なれ
)
が
命
(
みこと
)
も
悪漢
(
わるもの
)
の
069
醜
(
しこ
)
の
企
(
たく
)
みに
陥
(
おちい
)
りて
070
此処
(
ここ
)
に
来
(
きた
)
らせ
給
(
たま
)
ひしか
071
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
072
天地
(
てんち
)
に
神
(
かみ
)
のますならば
073
醜
(
しこ
)
の
司
(
つかさ
)
の
魂
(
たましひ
)
を
074
柔
(
やはら
)
げ
清
(
きよ
)
め
妾
(
わらは
)
等
(
ら
)
の
075
二人
(
ふたり
)
の
苦
(
く
)
をば
救
(
すく
)
ひませ
076
神
(
かみ
)
は
汝
(
なんぢ
)
と
共
(
とも
)
にあり
077
人
(
ひと
)
は
神
(
かみ
)
の
子
(
こ
)
神
(
かみ
)
の
宮
(
みや
)
078
神
(
かみ
)
に
等
(
ひと
)
しきものなりと
079
厳
(
いづ
)
の
教
(
をしへ
)
は
聞
(
き
)
きつれど
080
かよわき
女
(
をんな
)
の
如何
(
いか
)
にせむ
081
果敢
(
はか
)
なき
浮世
(
うきよ
)
の
夢路
(
ゆめぢ
)
をば
082
辿
(
たど
)
る
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
悲
(
かな
)
しみは
083
夢
(
ゆめ
)
になれよと
朝夕
(
あさゆふ
)
に
084
祈
(
いの
)
り
尽
(
つく
)
せど
恐
(
おそ
)
ろしき
085
この
正夢
(
まさゆめ
)
は
晴
(
は
)
れやらず
086
虎熊山
(
とらくまやま
)
の
山
(
やま
)
おろし
087
朝
(
あさ
)
な
夕
(
ゆふ
)
なに
吹
(
ふ
)
き
荒
(
すさ
)
み
088
心
(
こころ
)
を
破
(
やぶ
)
り
身
(
み
)
を
砕
(
くだ
)
き
089
もはやせむ
術
(
すべ
)
なく
涙
(
なみだ
)
090
涸
(
か
)
れ
果
(
は
)
てたるぞ
悲
(
かな
)
しけれ
091
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
092
御霊
(
みたま
)
の
恩頼
(
ふゆ
)
をたまへかし』
093
と
幽
(
かす
)
かに
謡
(
うた
)
つて
居
(
を
)
る。
094
隣室
(
りんしつ
)
にあるブラヷーダは、
095
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
いて
稍
(
やや
)
力
(
ちから
)
づき、
096
夜中
(
やちう
)
人
(
ひと
)
静
(
しづ
)
かなる
時
(
とき
)
を
考
(
かんが
)
へ、
097
幽
(
かす
)
かな
声
(
こゑ
)
で
歌
(
うた
)
をもつて
互
(
たがひ
)
に
身
(
み
)
の
果敢
(
はか
)
なさを
語
(
かた
)
り
合
(
あ
)
つて
居
(
ゐ
)
た。
098
デビス
姫
(
ひめ
)
『ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
の
命
(
みこと
)
は
如何
(
いか
)
にして
099
此
(
この
)
岩窟
(
がんくつ
)
に
囚
(
とら
)
はれたまひし』
100
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『
曲者
(
くせもの
)
にかどわかされて
伊太彦
(
いたひこ
)
に
101
逢
(
あ
)
はむと
思
(
おも
)
ひ
迷
(
まよ
)
ひ
来
(
き
)
にけり』
102
デビス
姫
(
ひめ
)
『
汝
(
なれ
)
も
亦
(
また
)
浮世
(
うきよ
)
の
外
(
そと
)
の
人
(
ひと
)
ならじ
103
妾
(
わらは
)
と
共
(
とも
)
に
悩
(
なや
)
みますかも』
104
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『
如何
(
いか
)
にして
此
(
この
)
苦
(
くる
)
しみを
逃
(
のが
)
れなむ
105
泣
(
な
)
けど
詮
(
せん
)
なき
今
(
いま
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
』
106
デビス
姫
(
ひめ
)
『
妾
(
わらは
)
とて
同
(
おな
)
じ
思
(
おも
)
ひの
杜鵑
(
ほととぎす
)
107
忍
(
しの
)
び
音
(
ね
)
に
泣
(
な
)
く
声
(
こゑ
)
もかれつつ』
108
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『
伊太彦
(
いたひこ
)
や
三千彦
(
みちひこ
)
司
(
つかさ
)
を
初
(
はじ
)
めとし
109
吾
(
わが
)
師
(
し
)
の
君
(
きみ
)
を
案
(
あん
)
じ
暮
(
くら
)
しつ』
110
デビス
姫
(
ひめ
)
『
皇神
(
すめかみ
)
の
守
(
まも
)
らせたまふ
身
(
み
)
なりせば
111
また
救
(
すく
)
はるる
時
(
とき
)
や
来
(
きた
)
らむ』
112
かく
互
(
たがひ
)
に
述懐
(
じゆつくわい
)
をのべて
居
(
を
)
る。
113
其処
(
そこ
)
へスタスタと
忍
(
しの
)
び
足
(
あし
)
にやつて
来
(
き
)
たのは、
114
此
(
この
)
岩窟
(
がんくつ
)
で
副親分
(
ふくおやぶん
)
と
聞
(
きこ
)
えたる、
115
元
(
もと
)
バラモンの
少尉
(
せうゐ
)
ハールであつた。
116
ハールは
悪人
(
あくにん
)
に
似
(
に
)
ず、
117
眉目
(
びもく
)
清秀
(
せいしう
)
、
118
白面
(
はくめん
)
の
美男
(
びなん
)
である。
119
彼
(
かれ
)
はブラヷーダの
嬋妍
(
せんけん
)
窈窕
(
えうてう
)
たる
姿
(
すがた
)
に
恋慕
(
れんぼ
)
し、
120
如何
(
いか
)
にもして
吾
(
わが
)
掌中
(
しやうちう
)
の
珠
(
たま
)
となさむと、
121
恋
(
こひ
)
の
悩
(
なや
)
みに
心胆
(
しんたん
)
を
砕
(
くだ
)
いて
居
(
ゐ
)
た。
122
親分
(
おやぶん
)
のセールが
酒
(
さけ
)
によひ
潰
(
つぶ
)
れて
寝
(
ね
)
た
隙
(
すき
)
を
考
(
かんが
)
へ、
123
恋
(
こひ
)
の
野望
(
やばう
)
を
達
(
たつ
)
せむと、
124
足音
(
あしおと
)
を
忍
(
しの
)
ばせて、
125
この
牢獄
(
らうごく
)
の
入口
(
いりぐち
)
迄
(
まで
)
やつて
来
(
き
)
たのである。
126
ブラヷーダ『
訝
(
いぶ
)
かしや
此
(
この
)
真夜中
(
まよなか
)
に
何者
(
なにもの
)
ぞ
127
とくとく
帰
(
かへ
)
れ
醜
(
しこ
)
の
曲人
(
まがひと
)
。
128
妾
(
わらは
)
こそ
神
(
かみ
)
に
仕
(
つか
)
ふる
司
(
つかさ
)
ぞや
129
如何
(
いか
)
でか
曲
(
まが
)
の
襲
(
おそ
)
ひ
得
(
う
)
べけむ』
130
ハール、
131
窓
(
まど
)
の
外
(
そと
)
より
132
『
吾
(
われ
)
こそは
胸
(
むね
)
もハールの
司
(
つかさ
)
ぞや
133
汝
(
なれ
)
に
逢
(
あ
)
はむと
忍
(
しの
)
び
来
(
き
)
にけり。
134
朝夕
(
あさゆふ
)
に
汝
(
なれ
)
救
(
すく
)
はむとあせれども
135
セール
司
(
つかさ
)
の
許
(
ゆる
)
しなければ』
136
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『
天
(
あめ
)
が
下
(
した
)
に
男子
(
をのこ
)
と
生
(
うま
)
れ
出
(
い
)
でし
身
(
み
)
の
137
盗人
(
ぬすびと
)
となる
人
(
ひと
)
ぞをかしき。
138
みめかたち
如何
(
いか
)
に
清
(
きよ
)
けく
居
(
ゐ
)
ますとも
139
醜
(
しこ
)
の
司
(
つかさ
)
に
言
(
こと
)
の
葉
(
は
)
はかけじ』
140
ハール『
表面
(
うはべ
)
には
醜
(
しこ
)
の
司
(
つかさ
)
と
見
(
み
)
ゆるらむ
141
心
(
こころ
)
の
花
(
はな
)
を
君
(
きみ
)
は
見
(
み
)
ざるや。
142
花
(
はな
)
も
実
(
み
)
もある
武士
(
もののふ
)
ぞ
吾
(
われ
)
は
今
(
いま
)
143
汝
(
な
)
を
救
(
すく
)
はむと
忍
(
しの
)
び
来
(
き
)
にけり』
144
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『
偽
(
いつは
)
りの
多
(
おほ
)
き
世
(
よ
)
なれば
汝
(
な
)
が
言葉
(
ことば
)
145
如何
(
いか
)
で
誠
(
まこと
)
と
諾
(
うべな
)
はるべき。
146
汝
(
なれ
)
も
亦
(
また
)
盗人
(
ぬすびと
)
ならば
烏羽玉
(
うばたま
)
の
147
夜
(
よ
)
は
家
(
うち
)
に
居
(
ゐ
)
ず
外
(
そと
)
に
出
(
い
)
でませ。
148
益良夫
(
ますらを
)
がかよはき
女
(
をんな
)
の
香
(
か
)
に
迷
(
まよ
)
ひ
149
慕
(
した
)
ひ
来
(
きた
)
れるさまぞをかしき』
150
ハールは
暗
(
くら
)
がりに
佇立
(
ちよりつ
)
し
独言
(
ひとりごと
)
、
151
『ハテナ、
152
こいつは
如何
(
どう
)
しても
俺
(
おれ
)
の
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
聞
(
き
)
かないと
見
(
み
)
えるわい。
153
まてまて、
154
一
(
ひと
)
つ
工夫
(
くふう
)
を
凝
(
こ
)
らして、
155
此
(
この
)
女
(
をんな
)
を
諾
(
うん
)
と
云
(
い
)
はせなくては、
156
男
(
をとこ
)
が
一旦
(
いつたん
)
云
(
い
)
ひ
出
(
だ
)
した
言葉
(
ことば
)
を、
157
後
(
あと
)
に
引
(
ひ
)
く
訳
(
わけ
)
には
往
(
ゆ
)
かず、
158
又
(
また
)
男子
(
だんし
)
の
面目玉
(
めんぼくだま
)
が
全潰
(
まるつぶ
)
れになつて
仕舞
(
しま
)
ふ。
159
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふても
生殺
(
せいさつ
)
与奪
(
よだつ
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
つて
居
(
ゐ
)
る
俺
(
おれ
)
に、
160
恋
(
こひ
)
の
弱身
(
よわみ
)
があればこそ、
1601
柔和
(
おとな
)
しく
出
(
で
)
て
居
(
を
)
るものの、
161
何
(
ど
)
うでも
成
(
な
)
らん
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
い。
162
一
(
ひと
)
つ
脅
(
おど
)
かして
往生
(
わうじやう
)
さしてやらう』
163
と
打
(
うち
)
肯
(
うなづ
)
き、
164
態
(
わざ
)
とに
声
(
こゑ
)
を
荒
(
あら
)
らげ、
165
ハール『これや
女
(
をんな
)
、
166
柔和
(
おとな
)
しく
出
(
で
)
ればつけ
上
(
あが
)
り、
167
七
(
しち
)
尺
(
しやく
)
の
男子
(
だんし
)
に
恥
(
はぢ
)
を
掻
(
か
)
かすとは、
168
不届
(
ふとど
)
き
千万
(
せんばん
)
の
曲者
(
くせもの
)
だ。
169
生殺
(
せいさつ
)
与奪
(
よだつ
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
つた
此
(
この
)
方
(
はう
)
、
170
嫌
(
いや
)
なら
嫌
(
いや
)
でよい。
171
無理
(
むり
)
往生
(
わうじやう
)
にでも、
172
見
(
み
)
ン
事
(
ごと
)
靡
(
なび
)
かして
見
(
み
)
せよう。
173
覚悟
(
かくご
)
を
定
(
き
)
めて
色
(
いろ
)
よい
返事
(
へんじ
)
をしたらどうだ』
174
ブラヷーダ『ホヽヽヽ、
175
青二才
(
あをにさい
)
の
分際
(
ぶんざい
)
として、
176
夫
(
そ
)
れや
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのですか。
177
些
(
ちつ
)
と
恥
(
はぢ
)
をお
知
(
し
)
りなさいませ。
178
妾
(
わらは
)
のやうな
繊弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
を、
179
獅子
(
しし
)
を
放
(
ほ
)
り
込
(
こ
)
むやうな
牢獄
(
らうごく
)
にぶち
込
(
こ
)
み、
180
弱身
(
よわみ
)
をつけ
込
(
こ
)
んで
恋
(
こひ
)
の
欲望
(
よくばう
)
を
遂
(
と
)
げようとは、
181
見下
(
みさ
)
げ
果
(
は
)
てたる
貴方
(
あなた
)
の
心底
(
しんてい
)
、
182
そんな
卑怯
(
ひけふ
)
未練
(
みれん
)
な
男
(
をとこ
)
には、
183
仮令
(
たとへ
)
体
(
からだ
)
が
烏
(
からす
)
の
餌食
(
ゑじき
)
になるとても、
184
アタ
阿呆
(
あはう
)
らしい
靡
(
なび
)
く
女
(
をんな
)
が
厶
(
ござ
)
いませうか。
185
ちと
胸
(
むね
)
に
手
(
て
)
をあて
考
(
かんが
)
へて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
186
妾
(
わらは
)
の
愛
(
あい
)
する
男
(
をとこ
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
伊太彦
(
いたひこ
)
司
(
つかさ
)
より
外
(
ほか
)
には
厶
(
ござ
)
いませぬ
哩
(
わい
)
』
187
ハール『
何
(
なに
)
、
188
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
伊太彦
(
いたひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
の
女房
(
にようばう
)
になつて
居
(
を
)
るのか。
189
ても
扨
(
さ
)
ても
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
なものだのう。
190
伊太彦
(
いたひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は
此
(
この
)
方
(
はう
)
の
計略
(
けいりやく
)
にかかり、
191
陥穽
(
おとしあな
)
におち
込
(
こ
)
み
昨日
(
きのふ
)
の
夕暮
(
ゆふぐれ
)
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
となつたぞよ。
192
何程
(
なにほど
)
恋
(
こひ
)
しい
男
(
をとこ
)
でも、
193
幽霊
(
いうれい
)
と
同棲
(
どうせい
)
する
訳
(
わけ
)
には
往
(
ゆ
)
くまい。
194
人間
(
にんげん
)
は
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
りが
肝要
(
かんえう
)
だ、
195
お
前
(
まへ
)
も
終身
(
しうしん
)
、
196
独身
(
どくしん
)
生活
(
せいくわつ
)
をする
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
くまい。
197
何
(
いづ
)
れ
夫
(
をつと
)
を
持
(
も
)
たねばなるまい。
198
どうだ、
199
魚心
(
うをごころ
)
あれば
水心
(
みづごころ
)
だ。
200
俺
(
おれ
)
の
顔
(
かほ
)
も
全
(
まつた
)
く
見捨
(
みす
)
てたものでもあるまい。
201
是
(
これ
)
でもハルナの
都
(
みやこ
)
では
美男
(
びなん
)
と
名
(
な
)
を
取
(
と
)
つたハール
少尉
(
せうゐ
)
だ。
202
思
(
おも
)
ひ
直
(
なほ
)
して
俺
(
おれ
)
に
靡
(
なび
)
く
気
(
き
)
は
無
(
な
)
いか』
203
ブラヷーダ『
何
(
なに
)
、
204
伊太彦
(
いたひこ
)
さまは
貴方
(
あなた
)
方
(
がた
)
の
毒手
(
どくしゆ
)
にかかり、
205
陥穽
(
おとしあな
)
に
落
(
お
)
ちて
御
(
お
)
亡
(
な
)
くなり
遊
(
あそ
)
ばしたと
云
(
い
)
ふのは、
206
それや
真実
(
しんじつ
)
で
厶
(
ござ
)
いますか』
207
ハール『アハヽヽヽ、
208
お
前
(
まへ
)
も
不便
(
ふびん
)
なものだわい。
209
伊太彦
(
いたひこ
)
は、
210
すつかり
有金
(
ありがね
)
を
掠奪
(
ふんだく
)
られ、
211
法衣
(
ころも
)
を
脱
(
ぬ
)
がされ、
212
真裸
(
まつぱだか
)
になつて、
213
奈落
(
ならく
)
の
底
(
そこ
)
へ
墜
(
お
)
ち
込
(
こ
)
んで
死
(
し
)
んだのだ。
214
お
前
(
まへ
)
も、
215
もうよい
加減
(
かげん
)
に
諦
(
あきら
)
めたらどうだ』
216
ブラヷーダ『ホヽヽヽ、
217
そんな
嘘
(
うそ
)
を
云
(
い
)
つても
駄目
(
だめ
)
ですよ。
218
伊太彦
(
いたひこ
)
様
(
さま
)
は
決
(
けつ
)
して
法衣
(
ころも
)
は
着
(
き
)
て
居
(
ゐ
)
ませぬ。
219
お
金
(
かね
)
は
持
(
も
)
つて
居
(
を
)
られませぬ、
220
お
師匠
(
ししやう
)
様
(
さま
)
が
持
(
も
)
つて
居
(
を
)
られるので、
221
ほんの
小遣
(
こづかひ
)
ばかり……それに
夜光
(
やくわう
)
の
玉
(
たま
)
を
持
(
も
)
つて
居
(
を
)
る
以上
(
いじやう
)
、
222
貴方
(
あなた
)
方
(
がた
)
の
計略
(
けいりやく
)
にかかるやうな
事
(
こと
)
はありませぬ。
223
ホヽヽ、
224
ても
扨
(
さ
)
ても
腑甲斐
(
ふがひ
)
ない
柔弱
(
にうじやく
)
男子
(
だんし
)
だこと、
225
余
(
あま
)
りの
事
(
こと
)
で
愛想
(
あいさう
)
がつき
果
(
は
)
て、
226
開
(
あ
)
いた
口
(
くち
)
もすぼまりませぬわい。
227
お
生憎
(
あいにく
)
さま、
228
私
(
わたし
)
の
体
(
からだ
)
はまだ
伊太彦
(
いたひこ
)
様
(
さま
)
のお
間
(
ま
)
に
合
(
あは
)
せなければなりませぬから、
229
平
(
ひら
)
にお
断
(
ことわ
)
り
申
(
まを
)
します。
230
どうか
他
(
ほか
)
のお
方
(
かた
)
にお
掛
(
か
)
け
合
(
あ
)
ひなさいませ』
231
とやけ
気味
(
ぎみ
)
になつて、
232
若
(
わか
)
い
優
(
やさ
)
しい
女
(
をんな
)
が
業託
(
ごふたく
)
を
叩
(
たた
)
き
出
(
だ
)
した。
233
女
(
をんな
)
が
命
(
いのち
)
を
放
(
な
)
げ
出
(
だ
)
した
時
(
とき
)
は、
234
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
強
(
つよ
)
い
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふものである。
235
デビス
姫
(
ひめ
)
は
息
(
いき
)
を
潜
(
ひそ
)
めて、
236
二人
(
ふたり
)
の
問答
(
もんだふ
)
を
一言
(
ひとこと
)
も
聞
(
き
)
き
漏
(
もら
)
さじと、
237
耳
(
みみ
)
を
聳
(
そばだ
)
てて
居
(
ゐ
)
る。
238
そこへ
239
ふと
目
(
め
)
をさました
親分
(
おやぶん
)
のセールは、
240
ハールの
姿
(
すがた
)
が
見
(
み
)
えぬので
不審
(
ふしん
)
を
起
(
おこ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
241
便所
(
べんじよ
)
に
立
(
た
)
つて
行
(
ゆ
)
くと、
242
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
を
閉
(
と
)
ぢ
込
(
こ
)
めた
牢屋
(
らうや
)
の
方面
(
はうめん
)
に
何
(
なん
)
だか
囁
(
ささや
)
く
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えるので、
243
未
(
ま
)
だ
酔
(
ゑひ
)
の
残
(
のこ
)
つて
居
(
を
)
る
足許
(
あしもと
)
で、
244
暗
(
くら
)
い
隧道
(
とんねる
)
の
中
(
なか
)
を
探
(
さぐ
)
つて
来
(
き
)
乍
(
なが
)
ら、
245
ドンと
許
(
ばか
)
りハールの
肩
(
かた
)
に
突
(
つ
)
き
当
(
あた
)
つた。
246
ハールは
不意
(
ふい
)
を
打
(
う
)
たれて
引
(
ひつ
)
くりかへり、
247
聊
(
いささ
)
か
岩角
(
いはかど
)
に
頭蓋骨
(
づがいこつ
)
を
打
(
うち
)
つけ『ウン』と
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
倒
(
たふ
)
れて
仕舞
(
しま
)
つた。
248
セール『タタ
誰
(
たれ
)
だい。
249
俺
(
おれ
)
の
未来
(
みらい
)
の
妻
(
つま
)
と
妾
(
めかけ
)
の
前
(
まへ
)
へ、
250
甘
(
うま
)
い
事
(
こと
)
せうと
思
(
おも
)
つて、
251
何奴
(
どいつ
)
か
知
(
し
)
らぬが
口説
(
くどき
)
に
来
(
き
)
て
居
(
を
)
つたな。
252
罰
(
ばち
)
は
覿面
(
てきめん
)
ウンと
云
(
い
)
ふて
倒
(
たふ
)
れよつたが、
253
大方
(
おほかた
)
ハールの
野郎
(
やらう
)
だらう。
254
あいつが
居
(
を
)
るとどうも
俺
(
おれ
)
の
恋
(
こひ
)
の
邪魔
(
じやま
)
になつて
仕方
(
しかた
)
がない。
255
青白
(
あをじろ
)
い
瓜実顔
(
うりざねがほ
)
をしやがつて、
256
女
(
をんな
)
にチヤホヤせられる
奴
(
やつ
)
だから、
257
どうかして
遣
(
や
)
らうと
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
た
所
(
ところ
)
だ。
258
偶然
(
ぐうぜん
)
にも
此
(
この
)
方
(
はう
)
に
突
(
つき
)
当
(
あた
)
られ、
259
頭
(
あたま
)
を
割
(
わ
)
つて
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
となりよつたが、
260
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
は
彼奴
(
あいつ
)
も
一寸
(
ちよつと
)
小才
(
こさい
)
の
利
(
き
)
く
奴
(
やつ
)
だから、
261
トランス
団
(
だん
)
組織
(
そしき
)
には
与
(
あづか
)
つて
力
(
ちから
)
があつたが、
262
もう
斯
(
か
)
う
基礎
(
きそ
)
の
固
(
かた
)
まつた
以上
(
いじやう
)
は、
263
有
(
あ
)
つて
却
(
かへつ
)
て
邪魔
(
じやま
)
になる
代物
(
しろもの
)
だ。
264
ても
扨
(
さ
)
ても、
265
好
(
い
)
い
時
(
とき
)
には
都合
(
つがふ
)
のよい
事
(
こと
)
許
(
ばか
)
り
来
(
く
)
るものだなア』
266
ハールは
頭
(
あたま
)
を
打
(
う
)
つて
気
(
き
)
が
遠
(
とほ
)
くなり、
267
『ウンウン』と
唸
(
うめ
)
いて
居
(
ゐ
)
たが、
268
セールが
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で
笑
(
わら
)
ふたのでフト
気
(
き
)
がつき、
269
暗
(
くら
)
がりで『ウンウン』と
唸
(
うな
)
りながら
様子
(
やうす
)
を
考
(
かんが
)
へて
居
(
を
)
る。
270
セール『オイ、
271
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
、
272
最前
(
さいぜん
)
から
俺
(
おれ
)
の
独言
(
ひとりごと
)
を
聞
(
き
)
いたであらうのう。
273
そして、
274
ハールの
野郎
(
やらう
)
がお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
に
何
(
なに
)
か
云
(
い
)
つたであらう。
275
夫
(
それ
)
を
一
(
ひと
)
つ
聞
(
き
)
かして
呉
(
く
)
れ。
276
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
二人
(
ふたり
)
の
生命
(
いのち
)
は、
277
このセールが
片手
(
かたて
)
の
中
(
うち
)
に
握
(
にぎ
)
つて
居
(
を
)
るのだ。
278
素直
(
すなほ
)
に
致
(
いた
)
さぬと
為
(
ため
)
が
悪
(
わる
)
いぞエーン。
279
あゝ
酔
(
よ
)
ふた
酔
(
よ
)
ふた
280
苦
(
くる
)
しいわい。
281
どうやら
百貨店
(
ひやくくわてん
)
を
開店
(
かいてん
)
しさうだ。
282
兎
(
と
)
に
角
(
かく
)
今日
(
けふ
)
は
舌
(
した
)
が
縺
(
もつ
)
れて
充分
(
じゆうぶん
)
の
交渉
(
かけあい
)
も
出来
(
でき
)
ないから、
283
明日
(
あす
)
迄
(
まで
)
保留
(
ほりう
)
して
置
(
お
)
かう。
284
ハールが
斃
(
くたば
)
つた
以上
(
いじやう
)
は、
285
もう
俺
(
おれ
)
のものだ
286
ハヽヽヽ。
287
かう
見
(
み
)
えても
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
、
288
血
(
ち
)
も
有
(
あ
)
り
涙
(
なみだ
)
も
有
(
あ
)
るセール
大尉
(
たいゐ
)
だ。
289
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
血
(
ち
)
も
涙
(
なみだ
)
もない
悪棘
(
あくらつ
)
の
人間
(
にんげん
)
だと
思
(
おも
)
ふであらうが、
290
義理
(
ぎり
)
人情
(
にんじやう
)
もよく
知
(
し
)
つて
居
(
を
)
る、
291
恋
(
こひ
)
も
味
(
あぢ
)
はつて
居
(
を
)
れば
愛
(
あい
)
も
解
(
かい
)
して
居
(
を
)
る。
292
まづ
今晩
(
こんばん
)
は
楽
(
たの
)
しんで
293
明日
(
あす
)
を
待
(
ま
)
つがよからう』
294
と
勝手
(
かつて
)
の
理窟
(
りくつ
)
を
並
(
なら
)
べ
乍
(
なが
)
ら
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
へ
帰
(
かへ
)
つて
往
(
ゆ
)
く。
295
ハールは
相変
(
あひかは
)
らず『ウンウン』と
唸
(
うな
)
つて
居
(
を
)
る。
296
デビス
姫
(
ひめ
)
、
297
ブラヷーダの
二人
(
ふたり
)
は、
298
同
(
おな
)
じ
思
(
おも
)
ひの
負
(
まけ
)
ず
劣
(
おと
)
らず、
299
暗
(
やみ
)
を
幸
(
さいは
)
ひ
舌
(
した
)
を
出
(
だ
)
し
腮
(
あご
)
をしやくつて
嘲笑
(
てうせう
)
して
居
(
ゐ
)
た。
300
(
大正一二・七・一五
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