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第75巻(寅の巻)
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第65巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 盗風賊雨
01 感謝組
〔1657〕
02 古峽の山
〔1658〕
03 岩侠
〔1659〕
04 不聞銃
〔1660〕
05 独許貧
〔1661〕
06 噴火口
〔1662〕
07 反鱗
〔1663〕
第2篇 地異転変
08 異心泥信
〔1664〕
09 劇流
〔1665〕
10 赤酒の声
〔1666〕
11 大笑裡
〔1667〕
12 天恵
〔1668〕
第3篇 虎熊惨状
13 隔世談
〔1669〕
14 山川動乱
〔1670〕
15 饅頭塚
〔1671〕
16 泥足坊
〔1672〕
17 山颪
〔1673〕
第4篇 神仙魔境
18 白骨堂
〔1674〕
19 谿の途
〔1675〕
20 熊鷹
〔1676〕
21 仙聖郷
〔1677〕
22 均霑
〔1678〕
23 義侠
〔1679〕
第5篇 讃歌応山
24 危母玉
〔1680〕
25 道歌
〔1681〕
26 七福神
〔1682〕
余白歌
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> 第1篇 盗風賊雨 > 第5章 独許貧
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(B)
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第五章
独許貧
(
とくきよひん
)
〔一六六一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻
篇:
第1篇 盗風賊雨
よみ(新仮名遣い):
とうふうぞくう
章:
第5章 独許貧
よみ(新仮名遣い):
とっきょひん
通し章番号:
1661
口述日:
1923(大正12)年07月15日(旧06月2日)
口述場所:
祥雲閣
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年4月14日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
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:
主な登場人物
[?]
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2018-07-15 10:29:10
OBC :
rm6505
愛善世界社版:
61頁
八幡書店版:
第11輯 632頁
修補版:
校定版:
63頁
普及版:
30頁
初版:
ページ備考:
001
伊太彦
(
いたひこ
)
『
吾
(
わが
)
師
(
し
)
の
君
(
きみ
)
に
相別
(
あひわか
)
れ
002
ハルセイ
山
(
ざん
)
をスタスタと
003
登
(
のぼ
)
りつめたる
折
(
をり
)
もあれ
004
木花姫
(
このはなひめ
)
の
御
(
ご
)
化身
(
けしん
)
に
005
吾
(
わが
)
魂
(
たましひ
)
を
試
(
ため
)
されて
006
ここに
悔悟
(
くわいご
)
の
花
(
はな
)
開
(
ひら
)
き
007
身魂
(
みたま
)
に
芳香
(
はうかう
)
薫
(
くん
)
じつつ
008
蓮
(
はちす
)
の
花
(
はな
)
の
匂
(
にほ
)
ふ
野
(
の
)
を
009
あてどもなしに
進
(
すす
)
み
来
(
く
)
る
010
山
(
やま
)
又
(
また
)
山
(
やま
)
の
谷間
(
たにあひ
)
を
011
神
(
かみ
)
の
御稜威
(
みいづ
)
を
杖
(
つゑ
)
となし
012
力
(
ちから
)
となして
漸
(
やうや
)
くに
013
ハルセイ
沼
(
ぬま
)
の
辺
(
ほとり
)
まで
014
来
(
きた
)
りて
見
(
み
)
れば
虎熊
(
とらくま
)
の
015
山
(
やま
)
雲表
(
うんぺう
)
に
聳
(
そび
)
え
立
(
た
)
ち
016
雲
(
くも
)
に
被
(
おほ
)
はれ
居
(
を
)
る
中
(
なか
)
ゆ
017
音
(
おと
)
に
名高
(
なだか
)
き
噴火口
(
ふんくわこう
)
018
天
(
てん
)
を
焦
(
こが
)
せる
凄
(
すさま
)
じさ
019
吾
(
わが
)
師
(
し
)
の
君
(
きみ
)
は
今
(
いま
)
いづこ
020
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
は
嘸
(
さぞ
)
や
嘸
(
さぞ
)
021
行
(
ゆ
)
く
手
(
て
)
になやみ
足
(
あし
)
痛
(
いた
)
め
022
苦
(
くる
)
しみ
艱
(
なや
)
む
事
(
こと
)
だらう
023
魔神
(
まがみ
)
の
猛
(
たけ
)
る
月
(
つき
)
の
国
(
くに
)
024
もし
悪者
(
わるもの
)
に
捕
(
と
)
らへられ
025
身
(
み
)
も
世
(
よ
)
もあられぬ
苦
(
くるし
)
みに
026
会
(
あ
)
ふてゐるのぢやあるまいか
027
心
(
こころ
)
のせいか
知
(
し
)
らねども
028
何
(
なん
)
だか
胸
(
むね
)
が
騒
(
さわ
)
がしく
029
不安
(
ふあん
)
の
空気
(
くうき
)
が
襲
(
おそ
)
ふて
来
(
き
)
た
030
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
031
皇
(
すめ
)
大神
(
おほかみ
)
の
御
(
ご
)
威徳
(
ゐとく
)
に
032
繊弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
の
一人旅
(
ひとりたび
)
033
いと
安
(
やす
)
らけく
平
(
たひら
)
けく
034
神
(
かみ
)
のあれますエルサレム
035
貴
(
うづ
)
の
都
(
みやこ
)
へ
送
(
おく
)
りませ
036
吾
(
われ
)
は
男
(
をとこ
)
の
身
(
み
)
にしあれば
037
如何
(
いか
)
なる
艱難
(
なやみ
)
も
枉神
(
まがかみ
)
も
038
少
(
すこ
)
しも
恐
(
おそ
)
れず
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く
039
デビスの
姫
(
ひめ
)
やブラヷーダ
040
二人
(
ふたり
)
の
身魂
(
みたま
)
が
気
(
き
)
にかかり
041
進
(
すす
)
みかねたる
膝栗毛
(
ひざくりげ
)
042
神
(
かみ
)
の
司
(
つかさ
)
となりし
身
(
み
)
は
043
実
(
げ
)
に
断腸
(
だんちやう
)
の
思
(
おも
)
ひをば
044
幾度
(
いくたび
)
となく
嘗
(
な
)
めて
行
(
ゆ
)
く
045
実
(
げ
)
に
味気
(
あぢき
)
なき
人
(
ひと
)
の
世
(
よ
)
と
046
朝
(
あさ
)
な
夕
(
ゆふ
)
なに
愚痴
(
ぐち
)
こぼす
047
伊太彦
(
いたひこ
)
司
(
つかさ
)
の
過
(
あやま
)
ちを
048
直日
(
なほひ
)
に
見直
(
みなほ
)
し
聞直
(
ききなほ
)
し
049
詔直
(
のりなほ
)
しつつ
許
(
ゆる
)
しませ
050
雲霧
(
くもきり
)
深
(
ふか
)
き
虎熊
(
とらくま
)
の
051
麓
(
ふもと
)
を
進
(
すす
)
む
森林地
(
しんりんち
)
052
猛獣
(
まうじう
)
毒蛇
(
どくじや
)
は
云
(
い
)
ふも
更
(
さら
)
053
心
(
こころ
)
汚
(
きたな
)
き
盗人
(
ぬすびと
)
の
054
頻
(
しき
)
りに
出没
(
しゆつぼつ
)
すると
聞
(
き
)
く
055
心
(
こころ
)
もとなき
吾
(
わが
)
旅路
(
たびぢ
)
056
守
(
まも
)
らせ
給
(
たま
)
へ
三五
(
あななひ
)
の
057
神
(
かみ
)
の
柱
(
はしら
)
の
瑞御霊
(
みづみたま
)
058
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大御神
(
おほみかみ
)
059
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
元
(
もと
)
の
大御祖
(
おほみおや
)
060
国治立
(
くにはるたち
)
の
大神
(
おほかみ
)
の
061
貴
(
うづ
)
の
御前
(
みまへ
)
に
願
(
ね
)
ぎ
奉
(
まつ
)
る
062
朝日
(
あさひ
)
は
照
(
て
)
るとも
曇
(
くも
)
るとも
063
月
(
つき
)
は
盈
(
み
)
つとも
虧
(
か
)
くるとも
064
仮令
(
たとへ
)
大地
(
だいち
)
は
沈
(
しづ
)
むとも
065
誠
(
まこと
)
の
力
(
ちから
)
は
世
(
よ
)
を
救
(
すく
)
ふ
066
誠
(
まこと
)
の
力
(
ちから
)
は
世
(
よ
)
を
救
(
すく
)
ふ
067
誠
(
まこと
)
一
(
ひと
)
つの
宣伝使
(
せんでんし
)
068
神
(
かみ
)
の
教
(
をしへ
)
を
蒙
(
かうむ
)
りて
069
進
(
すす
)
まむ
道
(
みち
)
に
枉神
(
まがかみ
)
の
070
妨害
(
さや
)
らむ
筈
(
はず
)
はなけれども
071
どうしたものか
近頃
(
ちかごろ
)
は
072
姫
(
ひめ
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
気
(
き
)
にかかる
073
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
074
御霊
(
みたま
)
の
恩頼
(
ふゆ
)
を
給
(
たま
)
へかし
075
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
造
(
つく
)
りし
神直日
(
かむなほひ
)
076
心
(
こころ
)
も
広
(
ひろ
)
き
大直日
(
おほなほひ
)
077
直日
(
なほひ
)
に
見直
(
みなほ
)
し
詔直
(
のりなほ
)
し
078
勇気
(
ゆうき
)
を
鼓
(
こ
)
して
虎熊
(
とらくま
)
の
079
魔神
(
まがみ
)
の
猛
(
たけ
)
ぶ
山坂
(
やまさか
)
を
080
吾
(
われ
)
は
淋
(
さび
)
しく
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く』
081
と
歌
(
うた
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
密林
(
みつりん
)
の
中
(
なか
)
の
小径
(
こみち
)
を、
082
スタスタ
登
(
のぼ
)
つて
来
(
く
)
るのは、
083
伊太彦
(
いたひこ
)
司
(
つかさ
)
であつた。
084
道
(
みち
)
の
傍
(
かたはら
)
に
又
(
また
)
もや
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
が、
085
ヒソビソ
話
(
ばなし
)
に
耽
(
ふけ
)
つて
居
(
を
)
る。
086
エム『オイ、
087
タツ、
088
お
前
(
まへ
)
もいい
加減
(
かげん
)
に、
089
トランスを
止
(
や
)
めたらどうだ』
090
タツ『ヘン、
091
そりや
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだ。
092
貴様
(
きさま
)
だつてトランスぢやないか。
093
豆腐屋
(
とうふや
)
は
豆腐
(
とうふ
)
を
造
(
つく
)
つて
売
(
う
)
り、
094
酒屋
(
さかや
)
は
酒
(
さけ
)
を
造
(
つく
)
つて
売
(
う
)
り、
095
泥棒
(
どろばう
)
は
人
(
ひと
)
の
懐
(
ふところ
)
を
狙
(
ねら
)
つて
自分
(
じぶん
)
の
懐
(
ふところ
)
を
肥
(
こ
)
やすのが
商売
(
しやうばい
)
だ。
096
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
自分
(
じぶん
)
の
商売
(
しやうばい
)
に、
097
勉強
(
べんきやう
)
せなくちやならないよ。
098
税金
(
ぜいきん
)
の
要
(
い
)
らぬ
資本
(
もとで
)
の
要
(
い
)
らぬ、
099
こんないい
商売
(
しやうばい
)
があるか』
100
エム『
一寸
(
ちよつと
)
聞
(
き
)
くとボロい
商売
(
しやうばい
)
の
様
(
やう
)
だが、
101
一月
(
ひとつき
)
に
一度
(
いちど
)
か
二度
(
にど
)
、
102
収入
(
しうにふ
)
があつても、
103
大部分
(
だいぶぶん
)
は
親方
(
おやかた
)
に
取
(
と
)
られ、
104
食
(
く
)
ふや
食
(
く
)
はずで
戦々
(
せんせん
)
恟々
(
きやうきやう
)
と
105
此
(
この
)
広
(
ひろ
)
い
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
を
狭
(
せま
)
く
暮
(
くら
)
すと
云
(
い
)
ふ
詮
(
つま
)
らぬ
事
(
こと
)
はないぢやないか。
106
俺
(
おれ
)
等
(
たち
)
は
元
(
もと
)
はバラモンの
軍人
(
ぐんじん
)
だから、
1061
泥棒
(
どろばう
)
も
面白
(
おもしろ
)
いと
思
(
おも
)
ひ
107
又
(
また
)
人
(
ひと
)
を
殺
(
ころ
)
すのも
何
(
なん
)
とも
思
(
おも
)
はなかつたが、
108
あの
虎熊山
(
とらくまやま
)
のセールの、
109
元親分
(
もとおやぶん
)
の
鬼春別
(
おにはるわけ
)
の
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
が
比丘
(
びく
)
の
姿
(
すがた
)
となり、
110
法螺
(
ほら
)
を
吹
(
ふ
)
いておいで
遊
(
あそ
)
ばすのに
出会
(
であ
)
ひ、
111
結構
(
けつこう
)
な
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
いて
改心
(
かいしん
)
した
処
(
ところ
)
だ。
112
ところが
俺
(
おれ
)
の
相棒
(
あいぼう
)
のタールと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
、
113
どこ
迄
(
まで
)
も
悪
(
あく
)
を
立通
(
たてとほ
)
すと
云
(
い
)
ひやがるものだから、
114
袂
(
たもと
)
を
別
(
わか
)
ちてここ
迄
(
まで
)
来
(
き
)
たのだ。
115
すると
此処
(
ここ
)
迄
(
まで
)
来
(
く
)
ると、
116
お
前
(
まへ
)
が
居
(
ゐ
)
るので、
117
俺
(
おれ
)
は
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
救
(
すく
)
はれたのだから、
118
お
前
(
まへ
)
も
善人
(
ぜんにん
)
にしてやり
度
(
た
)
いと
思
(
おも
)
つて
意見
(
いけん
)
するのだから、
119
些
(
ちつ
)
と
身
(
み
)
を
入
(
い
)
れて
聞
(
き
)
いてくれ。
120
決
(
けつ
)
して
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
はぬのだからな』
121
タツ『ウン、
122
さう
聞
(
き
)
けばさうだな。
123
俺
(
おれ
)
だつて
泥棒
(
どろばう
)
が
好
(
す
)
きでやつてるのぢやない。
124
親譲
(
おやゆづ
)
りの
財産
(
ざいさん
)
が
沢山
(
たくさん
)
あつたのだが、
125
一
(
ひと
)
つ
新奇
(
しんき
)
発明
(
はつめい
)
の
商売
(
しやうばい
)
をやつて、
126
ガラリと
失敗
(
しつぱい
)
し、
127
国所
(
くにところ
)
にも
居
(
を
)
れぬので
乞食
(
こじき
)
となつて、
128
ここにやつて
来
(
き
)
た
処
(
ところ
)
が、
129
セールの
親分
(
おやぶん
)
が
拾
(
ひろ
)
ひ
上
(
あ
)
げて
呉
(
く
)
れたので
鼻
(
はな
)
の
下
(
した
)
丈
(
だ
)
け、
130
どうなり、
131
かうなり、
1311
濡
(
ぬ
)
らせる
様
(
やう
)
に
成
(
な
)
つたのだ。
132
三丁町
(
さんちやうまち
)
、
133
五丁町
(
ごちやうまち
)
歩
(
ある
)
いて
一文
(
いちもん
)
の
金
(
かね
)
を
貰
(
もら
)
ひ、
134
乞食
(
こじき
)
々々
(
こじき
)
とさげすまれ、
135
人
(
ひと
)
の
軒
(
のき
)
に
寝
(
ね
)
ては
足蹴
(
あしげ
)
にされ、
136
辻堂
(
つじだう
)
に
一夜
(
いちや
)
明
(
あ
)
かしては
追
(
お
)
ひ
立
(
た
)
てを
喰
(
く
)
つてゐた
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
の
境遇
(
きやうぐう
)
に
比
(
くら
)
ぶれば、
137
余程
(
よほど
)
気
(
き
)
が
利
(
き
)
いてると
思
(
おも
)
つて
泥棒
(
どろばう
)
になつたのだ。
138
然
(
しか
)
し
何
(
なに
)
かいい
商売
(
しやうばい
)
があれば、
139
こんな
事
(
こと
)
ア
為
(
し
)
度
(
た
)
くないのだが、
140
之
(
これ
)
も
因縁
(
いんねん
)
だらうかい』
141
エム『お
前
(
まへ
)
商売
(
しやうばい
)
をしたと
云
(
い
)
ふが、
142
どんな
商売
(
しやうばい
)
して
失敗
(
しつぱい
)
したのか』
143
タツ『ウン、
144
マア
一
(
ひと
)
つ
聞
(
き
)
いて
呉
(
く
)
れ。
145
俺
(
おれ
)
は
凡
(
すべ
)
て
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
から
発明
(
はつめい
)
好
(
ず
)
きで
専売
(
せんばい
)
特許
(
とくきよ
)
を
十二三
(
じふにさん
)
も
取
(
と
)
つて
居
(
を
)
るのだ。
146
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
専売
(
せんばい
)
特許
(
とくきよ
)
は
農商務
(
のうしやうむ
)
省
(
しやう
)
で
許
(
ゆる
)
して
呉
(
く
)
れたが、
147
然
(
しか
)
し
之
(
これ
)
を
売出
(
うりだ
)
す
段
(
だん
)
となると
一
(
ひと
)
つも
動
(
うご
)
かぬのだから
困
(
こま
)
つてゐるのだ。
148
それがために
親譲
(
おやゆづ
)
りの
財産
(
ざいさん
)
を、
149
スツカリ
すつて
了
(
しま
)
つたのだ』
150
エム『どんな
物
(
もの
)
を
発明
(
はつめい
)
したのだい』
151
タツ『エー、
152
ワツトが
鉄瓶
(
てつびん
)
の
湯気
(
ゆげ
)
を
見
(
み
)
て
蒸汽
(
じようき
)
を
発明
(
はつめい
)
したり、
153
ニュートンが
林檎
(
りんご
)
の
落
(
お
)
ちるのを
見
(
み
)
て
地球
(
ちきう
)
の
引力説
(
いんりよくせつ
)
を
称
(
とな
)
へたやうに、
154
俺
(
おれ
)
も
何
(
なに
)
かの
動機
(
どうき
)
がなくちや、
155
発明
(
はつめい
)
が
出来
(
でき
)
ぬが、
156
或
(
ある
)
時
(
とき
)
ランプのホヤの
掃除
(
さうぢ
)
してゐたのだ。
157
あのホヤの
黒
(
くろ
)
くなつたのをホヤ
掃除器
(
さうぢき
)
で
上下
(
じやうげ
)
へ
擦
(
こす
)
ると
云
(
い
)
ふと、
158
全然
(
すつかり
)
埃
(
ほこり
)
が
除
(
と
)
れる。
159
真黒
(
まつくろ
)
の
奴
(
やつ
)
が
元
(
もと
)
の
透明体
(
とうめいたい
)
のホヤになるだらう』
160
エム『ウン
成
(
なる
)
程
(
ほど
)
、
161
随分
(
ずいぶん
)
綺麗
(
きれい
)
になるな。
162
それからどうしたと
云
(
い
)
ふのだ』
163
タツ『それからお
前
(
まへ
)
、
164
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
百夜
(
ひやくや
)
、
165
首
(
くび
)
をひねつて
考
(
かんが
)
へた
結果
(
けつくわ
)
、
166
人身
(
じんしん
)
清潔器
(
せいけつき
)
と
云
(
い
)
ふのを
発明
(
はつめい
)
したのだ』
167
エム『
成程
(
なるほど
)
、
168
そりや
面白
(
おもしろ
)
からう。
169
お
前
(
まへ
)
医学
(
いがく
)
でも
研究
(
けんきう
)
した
事
(
こと
)
があるのか』
170
タツ『
何
(
なに
)
、
171
医学
(
いがく
)
なんか
駄目
(
だめ
)
だよ。
172
今時
(
いまどき
)
の
医者
(
いしや
)
に
本当
(
ほんたう
)
の
病
(
やまひ
)
を
直
(
なほ
)
すものはない。
173
病気
(
びやうき
)
は
決
(
けつ
)
して
薬
(
くすり
)
なんか
呑
(
の
)
んでも
癒
(
なほ
)
るものぢやない。
174
癒
(
なほ
)
る
病気
(
びやうき
)
はホツといても
癒
(
なほ
)
るものだ。
175
俺
(
おれ
)
はそれよりも
病気
(
びやうき
)
の
起
(
おこ
)
らぬやう
人身
(
じんしん
)
清潔器
(
せいけつき
)
を
作
(
つく
)
つたのだ。
176
即
(
すなは
)
ちランプのホヤ
掃除
(
さうぢ
)
するブラシと
云
(
い
)
ふ
器械
(
きかい
)
を
八
(
はつ
)
尺
(
しやく
)
程
(
ほど
)
迄
(
まで
)
延長
(
えんちやう
)
し、
177
向上虫
(
かうじやうむし
)
の
這
(
は
)
つて
居
(
を
)
る
様
(
やう
)
な
格好
(
かくかう
)
に
作
(
つく
)
り
上
(
あ
)
げ、
178
大地
(
だいち
)
に
並
(
なら
)
べて
見
(
み
)
た
処
(
ところ
)
、
179
大蜈蚣
(
おほむかで
)
が
這
(
は
)
ふてる
様
(
やう
)
なものが
出来
(
でき
)
上
(
あが
)
つた。
180
それを
人体
(
じんたい
)
掃除器
(
さうぢき
)
として
売出
(
うりだ
)
したのだ。
181
兎角
(
とかく
)
酒
(
さけ
)
を
呑
(
の
)
み
過
(
す
)
ぎたり、
182
飯
(
めし
)
を
食
(
く
)
ひすぎたりすると
腹
(
はら
)
を
悪
(
わる
)
うし
塵芥
(
ごもく
)
がたまるから、
183
ランプの
掃除
(
さうぢ
)
する
様
(
やう
)
に
口
(
くち
)
から
尻
(
しり
)
の
穴
(
あな
)
へ
通
(
とほ
)
して、
184
上下
(
うへした
)
へギユーギユーと
擦
(
こす
)
ると
云
(
い
)
ふと、
185
スツカリ
腹
(
はら
)
の
中
(
なか
)
の
垢目
(
ごもく
)
が
出
(
で
)
ると
云
(
い
)
ふ
考案
(
かうあん
)
だ。
186
さうした
処
(
ところ
)
が
人間
(
にんげん
)
の
口
(
くち
)
と
尻
(
しり
)
とが
余
(
あんま
)
り
細
(
ほそ
)
うて
腹
(
はら
)
が
太
(
ふと
)
いので、
187
口
(
くち
)
と
尻
(
しり
)
とは
掃除
(
さうぢ
)
が
出来
(
でき
)
るが
肝腎
(
かんじん
)
の
腹
(
はら
)
の
掃除
(
さうぢ
)
が
駄目
(
だめ
)
だ。
188
それで
誰
(
たれ
)
も
彼
(
かれ
)
も
使
(
つか
)
ひもせずに、
189
くさして
買
(
か
)
つて
呉
(
く
)
れぬのだ。
190
売出
(
うりだ
)
す
積
(
つも
)
りで
一万本
(
いちまんぼん
)
許
(
ばか
)
り
作
(
つく
)
つたが
駄目
(
だめ
)
だつたよ』
191
エム『ハヽヽヽ、
192
そいつア
話
(
はなし
)
にならぬわい。
193
それからどうしたのだ』
194
タツ『それからお
前
(
まへ
)
、
195
今度
(
こんど
)
は
余
(
あま
)
り
資本金
(
しほんきん
)
の
要
(
い
)
らぬ
天造物
(
てんざうぶつ
)
を
売出
(
うりだ
)
す
事
(
こと
)
を
発明
(
はつめい
)
したのだ。
196
それはそれは
実
(
じつ
)
に
奇想
(
きさう
)
天外
(
てんぐわい
)
の
考案
(
かうあん
)
だつた』
197
エム『その
奇想
(
きさう
)
天外
(
てんぐわい
)
を
一
(
ひと
)
つ
聞
(
き
)
かしてくれないか』
198
タツ『
是
(
これ
)
は
大々
(
だいだい
)
的
(
てき
)
秘密
(
ひみつ
)
だ。
199
口外
(
こうぐわい
)
しないと
云
(
い
)
ふことを
誓
(
ちか
)
ふなら
話
(
はな
)
して
遣
(
や
)
らう。
200
実
(
じつ
)
は
華氏
(
くわし
)
の
二十七八
(
にじふしちはち
)
度
(
ど
)
と
云
(
い
)
ふ
寒
(
さむ
)
さの
時
(
とき
)
に
採取
(
さいしゆ
)
するのだ。
201
当世
(
たうせい
)
は
床屋
(
とこや
)
から
商売屋
(
しやうばいや
)
百姓
(
ひやくしやう
)
まで
需要
(
じゆよう
)
の
多
(
おほ
)
いガラスの
代用品
(
だいようひん
)
を
発明
(
はつめい
)
したのだ。
202
池
(
いけ
)
の
面
(
おも
)
に
張
(
は
)
つて
居
(
を
)
る
厚
(
あつ
)
さ
一分
(
いちぶ
)
乃至
(
ないし
)
二分
(
にぶ
)
位
(
くらゐ
)
の
薄
(
うす
)
い
氷
(
こほり
)
を
引割
(
ひきわ
)
つて
之
(
これ
)
を
石油
(
せきゆ
)
の
空箱
(
あきばこ
)
につめ
込
(
こ
)
み
鏡
(
かがみ
)
や
障子用
(
しやうじよう
)
として
売出
(
うりだ
)
すのだ。
203
夏
(
なつ
)
なぞは
氷
(
こほり
)
のガラスを
障子
(
しやうじ
)
にハメ
込
(
こ
)
んで
置
(
お
)
くと、
204
自然
(
しぜん
)
に
氷
(
こほり
)
に
風
(
かぜ
)
が
当
(
あた
)
つて
夏
(
なつ
)
の
最中
(
さいちう
)
でも
居間
(
ゐま
)
が
涼
(
すず
)
しうなつて
来
(
く
)
る。
205
何分
(
なにぶん
)
原料
(
げんれう
)
が
只
(
ただ
)
だから
斯
(
こ
)
んなボロい
金儲
(
かねまう
)
けはないと
思
(
おも
)
つて、
206
セツセと
寒
(
さむ
)
いのに
池
(
いけ
)
の
中
(
なか
)
へ
小舟
(
こぶね
)
を
浮
(
うか
)
べて
切採
(
きりと
)
り、
207
家
(
いへ
)
に
帰
(
かへ
)
つて
秘蔵
(
ひざう
)
し、
208
新奇
(
しんき
)
発明
(
はつめい
)
の「
清涼
(
せいりやう
)
ガラス
夏知
(
なつし
)
らず」と
名
(
な
)
を
付
(
つ
)
けて、
209
広告料
(
くわうこくれう
)
を
沢山
(
たくさん
)
に
都鄙
(
とひ
)
の
大新聞
(
だいしんぶん
)
に
払
(
はら
)
つて
開業
(
かいげふ
)
した
所
(
ところ
)
、
210
世間
(
せけん
)
の
奴
(
やつ
)
は
馬鹿
(
ばか
)
にして
一人
(
ひとり
)
も
注文
(
ちうもん
)
して
呉
(
く
)
れない。
211
何故
(
なぜ
)
だらうかと
庫
(
くら
)
を
開
(
あ
)
けて
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
たら
倉
(
くら
)
の
中
(
なか
)
はズクズクに
水
(
みづ
)
が
溜
(
たま
)
つて
居
(
ゐ
)
た。
212
大方
(
おほかた
)
鼠
(
ねずみ
)
が
小便
(
せうべん
)
でも
垂
(
た
)
れよつたのかと
思
(
おも
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
氷
(
こほり
)
ガラスを
納
(
をさ
)
めた
箱
(
はこ
)
を
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
ると、
213
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
も
残
(
のこ
)
らず
皆
(
みな
)
解
(
と
)
けて
居
(
ゐ
)
よつたのだ。
214
そこで
氷解
(
ひようかい
)
防止法
(
ばうしはふ
)
をまだ
研究中
(
けんきうちう
)
なのだ。
215
是
(
これ
)
さへ
成功
(
せいこう
)
すれば、
216
馬鹿
(
ばか
)
らしい
泥棒
(
どろばう
)
なんか
稼
(
かせ
)
がなくても、
217
立派
(
りつぱ
)
な
紳士
(
しんし
)
として
暮
(
く
)
らされるのだからなア』
218
エム『オイ、
219
お
前
(
まへ
)
そんな
事
(
こと
)
を
真面目
(
まじめ
)
に
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
るのか。
220
実
(
じつ
)
に
感珍
(
かんちん
)
の
至
(
いた
)
りだ。
221
古今
(
ここん
)
独歩
(
どくぽ
)
だ。
222
珍奇
(
ちんき
)
無類
(
むるゐ
)
飛切
(
とびき
)
りの
考案
(
かうあん
)
だ。
223
アハヽヽヽ、
224
お
前
(
まへ
)
モウ
夫
(
そ
)
れだけの
発明
(
はつめい
)
でしまひか、
225
君
(
きみ
)
の
事
(
こと
)
だから、
226
まだ
外
(
ほか
)
に
発明品
(
はつめいひん
)
があるだらうなア』
227
タツ『ウン、
228
それからお
前
(
まへ
)
、
229
今度
(
こんど
)
はも
一
(
ひと
)
つ
脳味噌
(
なうみそ
)
を
圧搾
(
あつさく
)
して
用心箱
(
ようじんばこ
)
と
云
(
い
)
ふものを
造
(
つく
)
つて
売
(
う
)
り
出
(
だ
)
す
事
(
こと
)
を
考
(
かんが
)
へ
出
(
だ
)
したのだ。
230
俺
(
おれ
)
も
元
(
もと
)
はハルナの
生
(
うま
)
れだ。
231
ハルナの
都
(
みやこ
)
は
大変
(
たいへん
)
に
風
(
かぜ
)
が
烈
(
はげ
)
しうて
土埃
(
つちほこり
)
が
立
(
た
)
つのだ。
232
それで
道
(
みち
)
行
(
ゆ
)
く
人
(
ひと
)
の
二
(
ふた
)
つの
目
(
め
)
へ
埃
(
ほこり
)
が
這入
(
はい
)
り、
233
その
為
(
た
)
め
目
(
め
)
を
病
(
や
)
んで
盲
(
めくら
)
になるものが
沢山
(
たくさん
)
出
(
で
)
て
来
(
く
)
る。
234
盲
(
めくら
)
になりや
大抵
(
たいてい
)
の
奴
(
やつ
)
が
三味弾
(
しやみひき
)
になつたり、
235
三味線
(
しやみせん
)
の
師匠
(
ししやう
)
になるから
猫
(
ねこ
)
の
皮
(
かは
)
が
必要
(
ひつえう
)
だ。
236
それでハルナの
都
(
みやこ
)
の
猫
(
ねこ
)
の
種
(
たね
)
が
殆
(
ほとん
)
ど
絶
(
た
)
えて
了
(
しま
)
ふだらう。
237
そしたら
鼠
(
ねずみ
)
が
自分
(
じぶん
)
の
天下
(
てんか
)
だと
云
(
い
)
ふやうな
顔
(
かほ
)
して
家々
(
いへいへ
)
に
持
(
も
)
つてゐる
着物
(
きもの
)
や
道具
(
だうぐ
)
を
噛
(
かぢ
)
るに
違
(
ちが
)
ひない。
238
又
(
また
)
箱類
(
はこるゐ
)
等
(
など
)
も
噛
(
かぢ
)
りさがすに
違
(
ちが
)
ひないから、
239
今
(
いま
)
の
中
(
うち
)
に
箱
(
はこ
)
を
沢山
(
たくさん
)
作
(
つく
)
つて
売出
(
うりだ
)
したら
儲
(
まう
)
かると
思
(
おも
)
つて
240
今度
(
こんど
)
は、
2401
乗
(
の
)
るか
反
(
そ
)
るかで、
241
ある
丈
(
だ
)
けの
財産
(
ざいさん
)
を
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
し、
242
沢山
(
たくさん
)
の
箱
(
はこ
)
を
作
(
つく
)
つた
処
(
ところ
)
が、
243
一
(
ひと
)
つも
売
(
う
)
れず、
244
到頭
(
たうとう
)
貧乏
(
びんばふ
)
して
了
(
しま
)
ひ、
245
国所
(
くにところ
)
にも
居
(
を
)
れぬやうになつて
乞食
(
こじき
)
になつたのだよ。
246
俺
(
おれ
)
位
(
くらゐ
)
不運
(
ふうん
)
のものは
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
にありやせぬわ。
247
あれ
丈
(
だ
)
けの
金
(
かね
)
があればハルナで
僕
(
しもべ
)
の
三
(
さん
)
人
(
にん
)
も
使
(
つか
)
ひ、
248
妾
(
めかけ
)
の
一人
(
ひとり
)
も
置
(
お
)
いて
紳士
(
しんし
)
で
暮
(
くら
)
されるのだが、
249
困
(
こま
)
つた
事
(
こと
)
をしたわい』
250
エム『ハヽヽヽ、
251
其奴
(
そいつ
)
ア
駄目
(
だめ
)
だわい。
252
お
前
(
まへ
)
も
随分
(
ずいぶん
)
賢
(
かしこ
)
い
割
(
わり
)
とは
知恵
(
ちゑ
)
がないわい。
253
余
(
あんま
)
り
気
(
き
)
が
利
(
き
)
き
過
(
す
)
ぎると
間
(
ま
)
がぬけるからな。
254
そんな
頓馬
(
とんま
)
では、
255
泥棒
(
どろばう
)
しても
駄目
(
だめ
)
だぞ。
256
矢張
(
やつぱ
)
りもとの
乞食
(
こじき
)
が
性
(
しやう
)
に
合
(
あ
)
ふとるわ。
257
それだから、
258
改心
(
かいしん
)
をして
泥棒
(
どろばう
)
をやめ、
259
何
(
なに
)
か
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
と
一所
(
いつしよ
)
に、
260
よい
商売
(
しやうばい
)
にありつかぬかと
云
(
い
)
ふのだ』
261
タツ『
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
、
262
兄貴
(
あにき
)
に
任
(
まか
)
しておくわ。
263
ヤア、
264
何
(
なん
)
だか
宣伝歌
(
せんでんか
)
の
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
るぢやないか、
265
何
(
なん
)
と
恐
(
おそ
)
ろしい
声
(
こゑ
)
だのう』
266
エム『ヤア、
267
ありや
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝歌
(
せんでんか
)
だ。
268
マア
気
(
き
)
を
落付
(
おちつ
)
けて、
269
ここに
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
らうぢやないか。
270
もう
泥坊
(
どろばう
)
をやめた
以上
(
いじやう
)
、
271
別
(
べつ
)
に
人間
(
にんげん
)
も
恐
(
こは
)
くないからな。
272
それよりも
貴様
(
きさま
)
、
273
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
、
274
岩窟
(
いはや
)
の
中
(
なか
)
へ
引
(
ひき
)
込
(
こ
)
まれた
二人
(
ふたり
)
の
美人
(
びじん
)
は、
275
素敵
(
すてき
)
な
者
(
もの
)
ぢやないか』
276
タツ『
本当
(
ほんたう
)
に
凄
(
すご
)
いやうな
美人
(
びじん
)
だつたね。
277
大方
(
おほかた
)
大将
(
たいしやう
)
が
レコ
にするのだらうよ。
278
アツハヽヽヽ』
279
かかる
所
(
ところ
)
へ
近
(
ちか
)
づいて
来
(
き
)
たのは
伊太彦
(
いたひこ
)
であつた。
280
伊太
(
いた
)
『
一寸
(
ちよつと
)
物
(
もの
)
を
尋
(
たづ
)
ねますが
281
此
(
この
)
山道
(
やまみち
)
を
十六七
(
じふろくしち
)
の
女
(
をんな
)
は
通
(
とほ
)
らなかつたですか』
282
エム『ハイ、
283
二三
(
にさん
)
日前
(
にちまへ
)
に、
284
それはそれは
立派
(
りつぱ
)
な
女
(
をんな
)
宣伝使
(
せんでんし
)
が
一人
(
ひとり
)
、
285
又
(
また
)
その
翌日
(
よくじつ
)
、
286
今
(
いま
)
貴方
(
あなた
)
の
仰有
(
おつしや
)
つた
様
(
やう
)
な
若
(
わか
)
い
若
(
わか
)
い
御
(
ご
)
婦人
(
ふじん
)
が
一人
(
ひとり
)
、
287
ここをお
通
(
とほ
)
りになつた
処
(
ところ
)
、
288
此
(
この
)
山
(
やま
)
で
働
(
はたら
)
く
大泥棒
(
おほどろばう
)
の
親分
(
おやぶん
)
に
捕
(
とら
)
へられ、
289
岩窟
(
いはや
)
の
中
(
なか
)
へ
連
(
つ
)
れ
込
(
こ
)
まれて
了
(
しま
)
ひましたよ。
290
本当
(
ほんたう
)
に
可憐
(
かはい
)
さうでたまりませぬわ』
291
伊太
(
いた
)
『その
女
(
をんな
)
はデビス
姫
(
ひめ
)
、
292
ブラヷーダと
云
(
い
)
ふ
名
(
な
)
ではなかつたか』
293
エム『ハイ、
294
エベスだとか、
295
ブラブラ
婆
(
ば
)
アだとか
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
ですが、
296
仲々
(
なかなか
)
どうしてどうして
297
婆
(
ば
)
ア
処
(
どころ
)
ですか、
298
水
(
みづ
)
の
垂
(
た
)
るやうな
別嬪
(
べつぴん
)
でした。
299
今
(
いま
)
はセール
親方
(
おやかた
)
の
居間
(
ゐま
)
の
近
(
ちか
)
くの
牢獄
(
らうごく
)
に
打
(
ぶ
)
ち
込
(
こ
)
んで
厶
(
ござ
)
います』
300
伊太
(
いた
)
『コリヤ、
301
その
方
(
はう
)
は
泥棒
(
どろばう
)
だな』
302
エム『いえ、
303
滅相
(
めつさう
)
もない。
304
私
(
わたし
)
は
真人間
(
まにんげん
)
で
厶
(
ござ
)
います』
305
伊太
(
いた
)
『
馬鹿
(
ばか
)
申
(
まを
)
せ、
306
真人間
(
まにんげん
)
が
岩窟
(
いはや
)
の
中
(
なか
)
に
姫
(
ひめ
)
が
隠
(
かく
)
してある
事
(
こと
)
が、
307
どうして
分
(
わか
)
らうか。
308
大方
(
おほかた
)
貴様
(
きさま
)
は
乾児
(
こぶん
)
だらう』
309
エム『ハイ、
310
今日
(
けふ
)
迄
(
まで
)
は
泥棒
(
どろばう
)
の
乾児
(
こぶん
)
で
厶
(
ござ
)
いましたが、
311
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
が
比丘
(
びく
)
となつて、
312
ここをお
通
(
とほ
)
り
遊
(
あそ
)
ばし、
313
結構
(
けつこう
)
なお
道
(
みち
)
を
教
(
をし
)
へて
下
(
くだ
)
さつたので、
314
漸
(
やうや
)
く
改心
(
かいしん
)
しまして、
315
仲間
(
なかま
)
の
目
(
め
)
を
忍
(
しの
)
び、
316
ここ
迄
(
まで
)
逃
(
に
)
げて
来
(
き
)
ました
処
(
ところ
)
、
317
ここに
又
(
また
)
一人
(
ひとり
)
の
小泥棒
(
こどろぼう
)
が
休
(
やす
)
んで
居
(
ゐ
)
ましたので、
318
早
(
はや
)
く
改心
(
かいしん
)
したらどうだ、
319
と
今
(
いま
)
も
今
(
いま
)
とて
意見
(
いけん
)
をして
居
(
を
)
つた
所
(
ところ
)
で
厶
(
ござ
)
います』
320
伊太
(
いた
)
『お
前
(
まへ
)
ももはや
善心
(
ぜんしん
)
に
立
(
たち
)
帰
(
かへ
)
つたのか。
321
それに
間違
(
まちがひ
)
はないのかな』
322
両人
(
りやうにん
)
慄
(
ふる
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
口
(
くち
)
を
揃
(
そろ
)
へて、
323
両人
(
りやうにん
)
『ハイ、
324
間違
(
まちがひ
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬ』
325
伊太
(
いた
)
『
然
(
しか
)
らばその
岩窟
(
いはや
)
とやらへ
案内
(
あんない
)
してくれ。
326
二人
(
ふたり
)
の
姫
(
ひめ
)
を
救
(
すく
)
ひ
出
(
だ
)
さねばならぬから』
327
エム『どうも
沢山
(
たくさん
)
な
泥棒
(
どろばう
)
が
居
(
を
)
りますので、
328
貴方
(
あなた
)
お
一人
(
ひとり
)
では
危
(
あぶ
)
なう
厶
(
ござ
)
いますから、
329
お
止
(
や
)
めになつたらどうです。
330
現
(
げん
)
に
鬼春別
(
おにはるわけ
)
様
(
さま
)
が
親分
(
おやぶん
)
を
改心
(
かいしん
)
さすと
云
(
い
)
つて
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
の
子分
(
こぶん
)
をつれて
御
(
お
)
出
(
い
)
でになりました。
331
やがて
一件
(
いつけん
)
落着
(
らくちやく
)
して
無事
(
ぶじ
)
にお
帰
(
かへ
)
りになるでせうからな』
332
伊太
(
いた
)
『
何
(
なに
)
、
333
あの
比丘姿
(
びくすがた
)
の
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
がおいでになつたと
云
(
い
)
ふのか。
334
それなれば
尚
(
なほ
)
の
事
(
こと
)
だ。
335
之
(
これ
)
を
聞
(
き
)
いた
以上
(
いじやう
)
は
見逃
(
みのが
)
す
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
かぬ。
336
サア
案内
(
あんない
)
をせい』
337
エム『ハイ、
338
案内
(
あんない
)
をせいと
仰有
(
おつしや
)
れば、
339
せぬ
事
(
こと
)
はありませぬが、
340
私
(
わたし
)
は
最早
(
もはや
)
泥棒
(
どろばう
)
を
改心
(
かいしん
)
したのですから、
341
彼奴
(
あいつ
)
等
(
ら
)
に
見付
(
みつ
)
けられたら
命
(
いのち
)
が
厶
(
ござ
)
いませぬ。
342
何卒
(
どうぞ
)
之
(
これ
)
許
(
ばか
)
りは
御
(
ご
)
堪弁
(
かんべん
)
を
願
(
ねが
)
ひ
度
(
た
)
う
厶
(
ござ
)
います』
343
伊太
(
いた
)
『ナニ、
344
心配
(
しんぱい
)
は
要
(
い
)
らぬ。
345
私
(
わし
)
は
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
神変
(
しんぺん
)
不思議
(
ふしぎ
)
のウバナンダ
竜王
(
りうわう
)
から
頂
(
いただ
)
いた
夜光
(
やくわう
)
の
玉
(
たま
)
がある。
346
之
(
これ
)
があれば
百万
(
ひやくまん
)
の
敵
(
てき
)
も
恐
(
おそ
)
るるに
及
(
およ
)
ばないのだ。
347
サア
案内
(
あんない
)
せい』
348
此
(
この
)
言葉
(
ことば
)
に
二人
(
ふたり
)
は
不安
(
ふあん
)
の
念
(
ねん
)
にかられ
乍
(
なが
)
ら、
349
伊太彦
(
いたひこ
)
が
恐
(
こは
)
さに、
350
屠所
(
としよ
)
の
羊
(
ひつじ
)
の
如
(
ごと
)
くスゴスゴと
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
つて、
351
岩窟
(
がんくつ
)
目
(
め
)
がけて
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
352
(
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旧六・二
於祥雲閣
北村隆光
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