上に王はあっても、時代を解し、王を助けて政治を行うべき臣なく、結果として虚偽、罪悪、権謀術数を事とし、重税を課して民の血を絞っていた。
一方ブルジョワ階級は贅を尽くし、文明、教育、病院等の公共の施設は上流階級のみに供され、貧民はそれらの益に預かることなく、飢えと寒さに凍え、生存難の声は日に日に大きくなり、自殺するものは後を絶たない惨状となっていた。
各地に大名、小名撲滅の声があがり、決起大会、争闘が絶え間なく起こり、タラハン国は修羅の巷となっているのが現状であった。
このような世情を背景に、不逞団、過激団その他の団体が都大路に集まり、タラハン国創立記念日の五月五日を期して一斉に放火し、蜂起したのが先の騒ぎであった。
騒ぎが収まった後、有志各団体が罹災民救護のため走り回っていたが、到底すべてを満たすに至らず、流言飛語が盛んに起こり、人心恟々としていた。
そこへ、大兵肥満の女が一人現れ、札ビラを路上に撒き散らし、声高々と歌いながら街中を駆け巡っていた。その歌に曰く、
今は、優勝劣敗の世の中と成り果てている。
この世は神様が万民平等、天国浄土の神政を敷こうとの思し召しにも関わらず、富裕・長者連は国民を苦しめている。
その報いは忽ちにして現れた。今こそ正しき神が神軍を引率し、悪を滅ぼす時が来た。
民衆よ、勇んで悪人を踏みにじり、血潮を持って世を洗え。
自分は、富裕連に出入りする茶湯の宗匠の後妻と化け入り、富裕連の事情を調べていたが、もはや時節が満ちたのを知った。そこで部下に命令してこの大火を起こさせたのだ。
自分こそは民衆団の頭目、バランスである。世界の改造を命の綱と神事、今こそ振るい立ち上がれ。
数百の目付隊は、有無を言わせずバランスを縛り付け、取締所へ連行した。バランスの部下は頭を取り戻そうと目付隊と闘争を始めたが、二千人の侍が押し寄せ、民衆団は退却せざるをえなくなった。
バランスは目付け頭の前に引き出され、尋問を受ける。
バランスは、あまり平等を欠いた世の中なので、平衡をもたらそうと、バランス(balance=均衡、平衡)と命名したと答える。自分の部下は国内に数十万おり、万が一自分を処刑したならば、彼らが一斉に蜂起するだろう、と嘯く。また、太子とスバール姫の情事をすっぱ抜き、王家を非難する。
バランスが明かす王家のスキャンダルに、目付け頭も目付けも色を失い、互いに顔を見合すのみであった。外からは、またしても民衆と目付隊の戦う声が聞こえてくる。