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第66巻(巳の巻)
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第68巻(未の巻)
序文
総説
第1篇 名花移植
01 貞操論
〔1725〕
02 恋盗詞
〔1726〕
03 山出女
〔1727〕
04 茶湯の艶
〔1728〕
第2篇 恋火狼火
05 変装太子
〔1729〕
06 信夫恋
〔1730〕
07 茶火酌
〔1731〕
08 帰鬼逸迫
〔1732〕
第3篇 民声魔声
09 衡平運動
〔1733〕
10 宗匠財
〔1734〕
11 宮山嵐
〔1735〕
12 妻狼の囁
〔1736〕
13 蛙の口
〔1737〕
第4篇 月光徹雲
14 会者浄離
〔1738〕
15 破粋者
〔1739〕
16 戦伝歌
〔1740〕
17 地の岩戸
〔1741〕
第5篇 神風駘蕩
18 救の網
〔1742〕
19 紅の川
〔1743〕
20 破滅
〔1744〕
21 祭政一致
〔1745〕
余白歌
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第一七章
地
(
ち
)
の
岩戸
(
いはと
)
〔一七四一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
篇:
第4篇 月光徹雲
よみ(新仮名遣い):
げっこうてつうん
章:
第17章 地の岩戸
よみ(新仮名遣い):
ちのいわと
通し章番号:
1741
口述日:
1925(大正14)年01月30日(旧01月7日)
口述場所:
月光閣
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年9月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
宣伝歌を歌っていたのは、白馬にまたがった梅公別であった。
神示により、水車小屋の地下に立派な人が押し込められていることを知り、地下室に降りて行く。
梅公別は、天の数歌の神力により牢獄の岩戸を解き放ち、太子とスバール姫を救い出す。
太子は、スバール姫との恋愛を貫こうと、城へは戻りたくないと宣伝使に頼むが、事情を聞いた梅公別は、自分が仲人をしようと太子を諭す。
恋愛、父との和解、国家の建て直し、これらすべてを全うする道を、梅公別は示す。
太子・スバール姫は、梅公別にすべてを任せて、城に帰る決心をする。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
[×閉じる]
:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm6817
愛善世界社版:
231頁
八幡書店版:
第12輯 236頁
修補版:
校定版:
235頁
普及版:
69頁
初版:
ページ備考:
001
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
梅公別
(
うめこうわけ
)
は
白馬
(
はくば
)
に
跨
(
またが
)
り、
002
渺茫
(
べうばう
)
として
天
(
てん
)
に
続
(
つづ
)
くデカタン
高原
(
かうげん
)
の
大原野
(
だいげんや
)
を
003
東
(
ひがし
)
へ
東
(
ひがし
)
へと
那美山
(
なみやま
)
の
南麓
(
なんろく
)
を
目当
(
めあて
)
に
進
(
すす
)
み
来
(
きた
)
り、
004
古
(
ふる
)
ぼけた
水車
(
すいしや
)
小屋
(
ごや
)
の
前
(
まへ
)
に
駒
(
こま
)
を
留
(
とど
)
め
独言
(
ひとりごと
)
、
005
梅公
(
うめこう
)
『ハテ、
006
訝
(
いぶ
)
かしや、
007
今
(
いま
)
この
附近
(
あたり
)
に
人声
(
ひとごゑ
)
が
確
(
たしか
)
に
聞
(
きこ
)
えたやうだ。
008
駒
(
こま
)
を
早
(
はや
)
めて
近寄
(
ちかよ
)
り
見
(
み
)
れば
人
(
ひと
)
の
住
(
す
)
みさうにもないこの
破屋
(
あばらや
)
一
(
ひと
)
つ。
009
水車
(
すいしや
)
はあれど
運転
(
うんてん
)
中止
(
ちうし
)
の
有様
(
ありさま
)
、
010
何
(
なに
)
かこの
小屋
(
こや
)
には
秘密
(
ひみつ
)
が
潜
(
ひそ
)
んでゐるに
相違
(
さうゐ
)
ない。
011
どれ
一
(
ひと
)
つ
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
よう』
012
と
駒
(
こま
)
をヒラリと
飛
(
と
)
び
下
(
お
)
り、
013
水車
(
すいしや
)
小屋
(
ごや
)
の
柱
(
はしら
)
に
縛
(
しば
)
りつけおき
乍
(
なが
)
ら、
014
いろいろと
四辺
(
あたり
)
を
耳
(
みみ
)
をすまして
伺
(
うかが
)
つて
見
(
み
)
た。
015
どこともなしに
人
(
ひと
)
の
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
る。
016
地
(
ち
)
の
底
(
そこ
)
のやうでもあり、
017
又
(
また
)
上
(
うへ
)
の
方
(
はう
)
から
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
る
様
(
やう
)
でもあり、
018
声
(
こゑ
)
の
出所
(
でどころ
)
が
解
(
わか
)
らぬ。
019
梅公別
(
うめこうわけ
)
は
菰
(
こも
)
を
敷
(
し
)
きて
端坐
(
たんざ
)
し
瞑目
(
めいもく
)
して
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
めた
其
(
その
)
結果
(
けつくわ
)
は、
020
「
地下室
(
ちかしつ
)
に
立派
(
りつぱ
)
な
人
(
ひと
)
が
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
まれて
居
(
ゐ
)
る」と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
解
(
わか
)
つて
来
(
き
)
た。
021
四辺
(
あたり
)
をよくよく
調
(
しら
)
べ
見
(
み
)
れば、
022
鞋
(
わらぢ
)
に
摺
(
す
)
りみがかれた
床板
(
ゆかいた
)
がある。
023
グツと
手
(
て
)
をかけ
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
めくつて
見
(
み
)
ると、
024
地下室
(
ちかしつ
)
へ
相当
(
さうたう
)
の
階段
(
かいだん
)
が
通
(
とほ
)
つてゐる。
025
梅公別
(
うめこうわけ
)
はこの
階段
(
かいだん
)
を
四五間
(
しごけん
)
許
(
ばか
)
り
右
(
みぎ
)
に
左
(
ひだり
)
に
折
(
を
)
れ
曲
(
まが
)
り
乍
(
なが
)
ら
降
(
くだ
)
つて
往
(
ゆ
)
くと、
026
其処
(
そこ
)
に
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
が
抱
(
だ
)
き
合
(
あ
)
うて
慄
(
ふる
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
027
『やア
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
何者
(
なにもの
)
だ。
028
察
(
さつ
)
する
所
(
ところ
)
029
何
(
なに
)
か
良
(
よ
)
からぬ
秘密
(
ひみつ
)
の
伏在
(
ふくざい
)
する
魔窟
(
まくつ
)
と
見
(
み
)
える。
030
有体
(
ありてい
)
に
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げろ』
031
サ『ハイ、
032
ワヽヽ
私
(
わたし
)
はサヽサーマンと
云
(
い
)
ふヒヽヽ
一人
(
ひとり
)
の
人間
(
にんげん
)
で
厶
(
ござ
)
います。
033
何
(
なに
)
も
別
(
べつ
)
に
悪
(
わる
)
い
悪事
(
あくじ
)
を
致
(
いた
)
した
覚
(
おぼ
)
えは
更
(
さら
)
に
厶
(
ござ
)
いませぬ。
034
右守
(
うもり
)
の
司様
(
かみさま
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
に
依
(
よ
)
りまして、
035
此処
(
ここ
)
に
勤
(
つと
)
めて
居
(
ゐ
)
るので
厶
(
ござ
)
います。
036
どうぞ
今日
(
けふ
)
の
所
(
ところ
)
は
見逃
(
みのが
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
037
お
慈悲
(
じひ
)
です、
038
お
情
(
なさけ
)
です、
039
頼
(
たの
)
みます。
040
コヽコラ、
041
カーク、
042
貴様
(
きさま
)
もチヽ
些
(
ちつ
)
と
云
(
い
)
ひ
訳
(
わけ
)
の
弁解
(
べんかい
)
を
致
(
いた
)
さぬか』
043
カ『いや
申
(
まを
)
し
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
044
私
(
わたし
)
はカークと
申
(
まをし
)
まして
余
(
あま
)
り
悪
(
わる
)
くもない、
045
良
(
よ
)
くもない
世間
(
せけん
)
並
(
なみ
)
の
人間
(
にんげん
)
で
厶
(
ござ
)
います。
046
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
が
大変
(
たいへん
)
な
謀叛
(
むほん
)
を
企
(
たく
)
らみ、
047
カラピン
王
(
わう
)
の
太子
(
たいし
)
スダルマン
太子
(
たいし
)
を、
048
二千
(
にせん
)
円
(
ゑん
)
の
懸賞付
(
けんしやうつき
)
で
取
(
と
)
つ
捉
(
つか
)
まえて
呉
(
く
)
れと、
049
内々
(
ないない
)
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
が
下
(
くだ
)
りましたので、
050
二十
(
にじふ
)
人
(
にん
)
のものが、
051
ソヽその
百
(
ひやく
)
円
(
ゑん
)
づつ
確
(
たしか
)
に
儲
(
まう
)
けさして
頂
(
いただ
)
きました。
052
どうぞ
御
(
ご
)
量見
(
れうけん
)
下
(
くだ
)
さいませ。
053
何時
(
いつ
)
でも
054
取
(
と
)
る
金
(
かね
)
は
取
(
と
)
つたのですから、
055
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
は
何時
(
いつ
)
でもお
返
(
かへ
)
し
申
(
まをし
)
ます。
056
のうサーマン、
057
ソヽさうぢやないか』
058
サ『ソヽそれでも
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
をコヽ
此
(
この
)
人
(
ひと
)
に
渡
(
わた
)
さうものなら、
059
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
のクヽ
首
(
くび
)
が
飛
(
と
)
ぶぢやないか』
060
梅
(
うめ
)
『お
前
(
まへ
)
等
(
たち
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
些
(
ちつ
)
とも
要領
(
えうりやう
)
を
得
(
え
)
ない。
061
要
(
えう
)
するにタラハン
城
(
じやう
)
の
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
を
右守
(
うもり
)
に
頼
(
たの
)
まれて
何処
(
どこ
)
かへ
匿
(
かく
)
したと
申
(
まを
)
すのだな』
062
サ『ハイ、
063
其
(
その
)
通
(
とほ
)
りで
厶
(
ござ
)
います。
064
毛頭
(
まうとう
)
相違
(
さうゐ
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬ。
065
何処
(
どこ
)
かへ
匿
(
かく
)
しまして
厶
(
ござ
)
います』
066
梅
(
うめ
)
『
何処
(
どこ
)
かでは
解
(
わか
)
らぬぢやないか。
067
かつきり
と
在所
(
ありか
)
を
云
(
い
)
つたらどうだ』
068
サ『ハイ、
069
たうとう……
所
(
ところ
)
へ
匿
(
かく
)
しました』
070
梅
(
うめ
)
『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
所
(
ところ
)
へ
匿
(
かく
)
したのだ』
071
サ『ハイ、
072
チヽチのつく
所
(
ところ
)
です。
073
オイ、
074
カークお
前
(
まへ
)
も
半分
(
はんぶん
)
云
(
い
)
へ。
075
俺
(
おれ
)
も
秘密
(
ひみつ
)
を
明
(
あか
)
しては
責任
(
せきにん
)
があるからなア。
076
一口
(
ひとくち
)
づつ
云
(
い
)
はうぢやないか』
077
カ『ハイ、
078
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
079
包
(
つつ
)
まず
隠
(
かく
)
さず
申上
(
まをしあ
)
げます。
080
カーに
匿
(
かく
)
しました』
081
サ『シーに
匿
(
かく
)
しました』
082
カ『ツーに
匿
(
かく
)
しました』
083
梅
(
うめ
)
『
何
(
なに
)
、
084
チーとカーとシーとツーと、
085
アヽ
地下室
(
ちかしつ
)
か。
086
地下室
(
ちかしつ
)
と
云
(
い
)
へば
此処
(
ここ
)
ではないか』
087
サ『サーで
厶
(
ござ
)
います』
088
カ『ヨーで
厶
(
ござ
)
います』
089
梅
(
うめ
)
『オイ、
090
邪魔
(
じやま
)
臭
(
くさ
)
い。
091
左様
(
さやう
)
で
厶
(
ござ
)
いますと
云
(
い
)
へば
可
(
よ
)
いぢやないか』
092
サ『こんな
秘密
(
ひみつ
)
を
申
(
まをし
)
上
(
あげ
)
やうものなら、
093
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
から
打
(
う
)
ち
首
(
くび
)
に
合
(
あ
)
はされますから、
094
夫
(
そ
)
れで
態
(
わざ
)
と
解
(
わか
)
らぬやうに
言葉
(
ことば
)
を
分
(
わ
)
けて
申
(
まを
)
しました。
095
御
(
ご
)
推察
(
すいさつ
)
下
(
くだ
)
さいませ、
096
貴方
(
あなた
)
の
明敏
(
めいびん
)
の
頭脳
(
づなう
)
でお
考
(
かんが
)
へ
下
(
くだ
)
されば
解
(
わか
)
るでせう』
097
梅
(
うめ
)
『
成程
(
なるほど
)
、
098
それも
一理
(
いちり
)
がある、
099
面白
(
おもしろ
)
い。
100
それでは
二人
(
ふたり
)
が
分
(
わ
)
けて
話
(
はな
)
して
呉
(
く
)
れ。
101
自分
(
じぶん
)
は
言霊別
(
ことたまわけ
)
だから
一言
(
ひとこと
)
聞
(
き
)
けば
大抵
(
たいてい
)
解
(
わか
)
る。
102
さうして
此
(
この
)
地下室
(
ちかしつ
)
に
押
(
お
)
し
込
(
こ
)
まれて
居
(
ゐ
)
る
方
(
かた
)
は
一人
(
ひとり
)
か
二人
(
ふたり
)
かどうだ』
103
二人
(
ふたり
)
は
互
(
たがひ
)
に
一言
(
ひとこと
)
づつ、
104
『フ、
105
タ、
106
リ、
107
サ、
108
マ、
109
デ、
110
ゴ、
111
ザ、
112
リ、
113
マ、
114
ス。
115
ソ、
116
シ、
117
テ、
118
ヒ、
119
ト、
120
リ、
121
ハ、
122
ス、
123
ダ、
124
ル、
125
マ、
126
ン、
127
タ、
128
イ、
129
シ、
130
サ、
131
マ、
132
ヒ、
133
ト、
134
リ、
135
ハ、
136
ス、
137
バー、
138
ル、
139
ヒ、
140
メ、
141
サ、
142
マ、
143
デ、
144
ゴ、
145
ザ、
146
イ、
147
マ、
148
ス。
149
ミ、
150
ツ、
151
カ、
152
マ、
153
ヘ、
154
カ、
155
ラ、
156
ナ、
157
ニ、
158
モ、
159
ク、
160
ハ、
161
ズ、
162
ノ、
163
マ、
164
ズ、
165
ニ、
166
オ、
167
シ、
168
コ、
169
メ、
170
ラ、
171
レ、
172
ク、
173
ル、
174
シ、
175
ン、
176
デ、
177
イ、
178
ラ、
179
レ、
180
マ、
181
ス』
182
梅
(
うめ
)
『ヤ、
183
もう
解
(
わか
)
つた。
184
貴様
(
きさま
)
達
(
たち
)
は
此処
(
ここ
)
を
些
(
ちつ
)
とも
動
(
うご
)
く
事
(
こと
)
はならぬぞ』
185
カ『ハイ
動
(
うご
)
けと
仰有
(
おつしや
)
いましても
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
腰
(
こし
)
が
抜
(
ぬ
)
けて
仕舞
(
しま
)
つたものですから、
186
動
(
うご
)
く
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ』
187
梅
(
うめ
)
『
荒金
(
あらがね
)
の
土
(
つち
)
の
洞穴
(
ほらあな
)
底
(
そこ
)
深
(
ふか
)
く
188
繋
(
つな
)
がれ
給
(
たま
)
ふ
君
(
きみ
)
を
救
(
すく
)
はむ。
189
吾
(
われ
)
こそは
三五
(
あななひ
)
の
道
(
みち
)
の
神司
(
かむつかさ
)
190
君
(
きみ
)
を
救
(
すく
)
はむと
忍
(
しの
)
び
来
(
き
)
にけり』
191
太子
(
たいし
)
は
石牢
(
いしらう
)
の
中
(
なか
)
よりさも
爽
(
さはや
)
かなる
声
(
こゑ
)
にて、
192
『
惟神
(
かむながら
)
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐみ
)
の
幸
(
さち
)
はひて
193
岩戸
(
いはと
)
の
開
(
ひら
)
く
時
(
とき
)
は
来
(
き
)
にけり。
194
三五
(
あななひ
)
の
神
(
かみ
)
の
司
(
つかさ
)
の
御恵
(
みめぐみ
)
の
195
露
(
つゆ
)
に
霑
(
うるほ
)
ふ
若緑
(
わかみどり
)
かな。
196
吾
(
わぎ
)
妹子
(
もこ
)
は
隣
(
となり
)
の
牢屋
(
ひとや
)
に
繋
(
つな
)
がれぬ
197
とく
救
(
すく
)
ひませ
吾
(
われ
)
より
先
(
さき
)
に』
198
スバール
姫
(
ひめ
)
は
最前
(
さいぜん
)
から
此
(
この
)
様子
(
やうす
)
を
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たが、
199
地獄
(
ぢごく
)
で
仏
(
ほとけ
)
に
遇
(
あ
)
うたる
心地
(
ここち
)
、
200
喜
(
よろこ
)
びに
堪
(
た
)
えず、
201
さも
嬉
(
うれ
)
し
気
(
げ
)
に、
202
『
訝
(
いぶ
)
かしきこれの
牢屋
(
ひとや
)
にとらはれて
203
泣
(
な
)
き
暮
(
く
)
らしけり
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
二人
(
ふたり
)
は。
204
皇神
(
すめかみ
)
の
珍
(
うづ
)
の
御光
(
みひかり
)
現
(
あら
)
はれて
205
常夜
(
とこよ
)
の
暗
(
やみ
)
を
照
(
て
)
らす
嬉
(
うれ
)
しさ』
206
梅公別
(
うめこうわけ
)
は
牢獄
(
らうごく
)
の
鍵
(
かぎ
)
を
探
(
さが
)
せども
207
何処
(
どこ
)
にも
鍵
(
かぎ
)
らしきものが
見当
(
みあた
)
らないので、
208
両人
(
りやうにん
)
に
向
(
むか
)
ひ
厳
(
きび
)
しく
訊問
(
じんもん
)
して
見
(
み
)
ると
209
牢獄
(
らうごく
)
の
鍵
(
かぎ
)
は
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
が
持
(
も
)
つて
帰
(
かへ
)
つたとの
答
(
こた
)
である。
210
梅公別
(
うめこうわけ
)
は
途方
(
とはう
)
に
暮
(
く
)
れ
乍
(
なが
)
ら
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
天
(
あま
)
の
数歌
(
かずうた
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し
祈
(
いの
)
り
初
(
はじ
)
めた。
211
不思議
(
ふしぎ
)
や
牢獄
(
らうごく
)
の
岩
(
いは
)
の
戸
(
と
)
は
自然
(
しぜん
)
にパツと
開
(
ひら
)
けて
212
五色
(
ごしき
)
の
光明
(
くわうみやう
)
が
室内
(
しつない
)
を
射照
(
いてら
)
した。
213
太子
(
たいし
)
もスバール
姫
(
ひめ
)
も
転
(
ころ
)
ぶが
如
(
ごと
)
く
牢獄
(
らうごく
)
を
走
(
はし
)
り
出
(
い
)
で、
214
梅公別
(
うめこうわけ
)
の
体
(
からだ
)
に
前後
(
ぜんご
)
より
喰
(
くら
)
ひつき
嬉
(
うれ
)
し
涙
(
なみだ
)
にかきくれ、
215
少時
(
しばし
)
言葉
(
ことば
)
さえ
出
(
だ
)
し
得
(
え
)
なかつた。
216
梅
(
うめ
)
『
承
(
うけたま
)
はれば
殿下
(
でんか
)
はタラハン
城
(
じやう
)
の
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
217
又
(
また
)
貴女
(
あなた
)
はスバール
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
との
事
(
こと
)
、
218
どうしてまア
斯
(
か
)
様
(
やう
)
な
所
(
ところ
)
へ
押
(
お
)
し
籠
(
こ
)
められ
玉
(
たま
)
うたので
厶
(
ござ
)
いますか』
219
太
(
たい
)
『
恥
(
はづか
)
し
乍
(
なが
)
ら
吾々
(
われわれ
)
二人
(
ふたり
)
は
恋
(
こひ
)
におち
城内
(
じやうない
)
を
密
(
ひそか
)
に
脱
(
ぬ
)
け
出
(
い
)
で、
220
山奥
(
やまおく
)
の
破
(
やぶ
)
れ
寺
(
でら
)
に
入
(
はい
)
つて
匿
(
かく
)
れ
忍
(
しの
)
んで
居
(
を
)
りました
所
(
ところ
)
、
221
心
(
こころ
)
汚
(
きた
)
なき
右守
(
うもり
)
のサクレンスなるもの、
222
王家
(
わうけ
)
を
奪
(
うば
)
はむ
企
(
たく
)
みより、
223
吾々
(
われわれ
)
を
邪魔者
(
じやまもの
)
と
見做
(
みな
)
し、
224
悪漢
(
わるもの
)
に
命
(
めい
)
じ
金
(
かね
)
を
与
(
あた
)
へてふん
縛
(
じば
)
らせ、
225
斯様
(
かやう
)
な
所
(
ところ
)
へ
連
(
つ
)
れ
参
(
まゐ
)
り、
226
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
二人
(
ふたり
)
を
干
(
ほ
)
し
殺
(
ころ
)
さむとの
企
(
たく
)
み、
227
もはや
決心
(
けつしん
)
の
臍
(
ほぞ
)
は
極
(
き
)
めて
居
(
を
)
りましたが、
228
思
(
おも
)
ひも
寄
(
よ
)
らぬ
貴方
(
あなた
)
のお
助
(
たす
)
け、
229
斯様
(
かやう
)
な
嬉
(
うれ
)
しい
事
(
こと
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬ』
230
ス『
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
231
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
232
お
蔭
(
かげ
)
で
命
(
いのち
)
を
救
(
すく
)
うて
頂
(
いただ
)
きました。
233
此
(
この
)
御恩
(
ごおん
)
はミロクの
世
(
よ
)
迄
(
まで
)
も
忘
(
わす
)
れは
致
(
いた
)
しませぬ。
234
命
(
いのち
)
の
親
(
おや
)
の
神司
(
かむづかさ
)
様
(
さま
)
、
235
辱
(
かたじけ
)
なふ
存
(
ぞん
)
じます』
236
梅
(
うめ
)
『
人
(
ひと
)
を
救
(
すく
)
ふは
宣伝使
(
せんでんし
)
の
役
(
やく
)
、
237
其
(
その
)
様
(
やう
)
に
礼
(
れい
)
を
云
(
い
)
はれては
却
(
かへ
)
つて
迷惑
(
めいわく
)
を
致
(
いた
)
します。
238
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
が
私
(
わたし
)
の
体
(
たい
)
を
通
(
とほ
)
して
貴方
(
あなた
)
等
(
がた
)
をお
救
(
すく
)
ひ
遊
(
あそ
)
ばしたのですから、
239
国祖
(
こくそ
)
国常立
(
くにとこたちの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
、
240
豊雲野
(
とよくもぬの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
にお
礼
(
れい
)
を
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ。
241
サア
私
(
わたし
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
声
(
こゑ
)
を
揃
(
そろ
)
へてお
礼
(
れい
)
を
致
(
いた
)
しませう』
242
『ハイ、
243
有難
(
ありがた
)
う』
244
と
両人
(
りやうにん
)
は
梅公別
(
うめこうわけ
)
司
(
つかさ
)
と
共
(
とも
)
に、
245
心
(
こころ
)
のどん
底
(
ぞこ
)
より
満腔
(
まんこう
)
の
赤誠
(
せきせい
)
を
捧
(
ささ
)
げて、
246
感謝
(
かんしや
)
の
辞
(
じ
)
を
大神
(
おほかみ
)
に
奏上
(
そうじやう
)
し
終
(
をは
)
り、
247
梅公別
(
うめこうわけ
)
は
両人
(
りやうにん
)
に
向
(
むか
)
ひ、
248
梅
(
うめ
)
『サア
皆
(
みな
)
さま、
249
かやうな
所
(
ところ
)
に
永居
(
ながゐ
)
は
恐
(
おそ
)
れが
厶
(
ござ
)
います。
250
これから
私
(
わたし
)
がタラハン
城
(
じやう
)
へお
送
(
おく
)
り
致
(
いた
)
しませう。
251
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
の
間違
(
まちが
)
つた
心
(
こころ
)
を
取
(
と
)
り
直
(
なほ
)
し
城内
(
じやうない
)
へお
帰
(
かへ
)
り
遊
(
あそ
)
ばし、
252
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
宸襟
(
しんきん
)
をお
安
(
やす
)
め
遊
(
あそ
)
ばしませ』
253
太
(
たい
)
『ハイ、
254
何
(
なに
)
から
何
(
なに
)
迄
(
まで
)
、
255
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
に
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
256
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
此
(
この
)
女
(
をんな
)
は
父
(
ちち
)
には
内証
(
ないしよう
)
で
連
(
つ
)
れて
居
(
を
)
りますので、
257
此女
(
これ
)
を
連
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
る
訳
(
わけ
)
には
参
(
まゐ
)
りませぬ。
258
それだと
云
(
い
)
つて
今更
(
いまさら
)
捨
(
す
)
ててゆく
事
(
こと
)
も
可愛
(
かあい
)
さうで
出来
(
でき
)
ませぬ。
259
又
(
また
)
私
(
わたし
)
の
恋愛
(
れんあい
)
至上
(
しじやう
)
主義
(
しゆぎ
)
より
見
(
み
)
ても
捨
(
す
)
てる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
きませぬから、
260
何卒
(
どうぞ
)
お
慈悲
(
じひ
)
に
此処
(
ここ
)
から
二人
(
ふたり
)
をお
見捨
(
みす
)
て
下
(
くだ
)
さいませ。
261
一生
(
いつしやう
)
のお
願
(
ねがひ
)
で
厶
(
ござ
)
います』
262
梅
(
うめ
)
『アーそれは
間違
(
まちが
)
つたお
考
(
かんが
)
へ、
263
どうあつても
私
(
わたし
)
がお
伴
(
とも
)
を
致
(
いた
)
しませう。
264
さうしてお
二人
(
ふたり
)
の
恋愛
(
れんあい
)
は
敗
(
やぶ
)
れないやうに
私
(
わたくし
)
が
媒介
(
なかうど
)
となつて、
265
父王
(
ちちわう
)
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
承諾
(
しようだく
)
を
得
(
う
)
る
事
(
こと
)
に
致
(
いた
)
しませう。
266
必
(
かなら
)
ず
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なくお
館
(
やかた
)
へお
帰
(
かへ
)
りなさいませ』
267
太
(
たい
)
『
父
(
ちち
)
は
大変
(
たいへん
)
に
頑固
(
ぐわんこ
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
268
神司
(
かむつかさ
)
のお
言葉
(
ことば
)
と
雖
(
いへど
)
も
到底
(
たうてい
)
承知
(
しようち
)
は
致
(
いた
)
しますまい』
269
梅
(
うめ
)
『それは
貴方
(
あなた
)
の
心
(
こころ
)
の
偏見
(
ひがみ
)
と
申
(
まを
)
すもの。
270
天
(
あめ
)
の
下
(
した
)
に
子
(
こ
)
を
愛
(
あい
)
せない
親
(
おや
)
が
厶
(
ござ
)
いませうか。
271
貴方
(
あなた
)
がこのスバール
様
(
さま
)
を
愛
(
あい
)
して
居
(
を
)
られるよりも
百層倍
(
ひやくそうばい
)
増
(
まし
)
て
272
貴方
(
あなた
)
の
父上
(
ちちうへ
)
は
貴方
(
あなた
)
を
愛
(
あい
)
して
居
(
を
)
られますよ。
273
愛
(
あい
)
する
貴方
(
あなた
)
の
心
(
こころ
)
を
慰
(
なぐさ
)
むる
恋人
(
こひびと
)
をどうしてお
憎
(
にく
)
み
遊
(
あそ
)
ばしませう。
274
宣伝使
(
せんでんし
)
の
言葉
(
ことば
)
に
二言
(
にごん
)
はありませぬ。
275
生命
(
せいめい
)
を
賭
(
と
)
しても
貴方
(
あなた
)
の
恋
(
こひ
)
を
完全
(
くわんぜん
)
に
成功
(
せいこう
)
させませう。
276
承
(
うけたま
)
はればタラハン
国
(
ごく
)
は
紛擾
(
ふんぜう
)
絶間
(
たえま
)
無
(
な
)
く
277
国家
(
こくか
)
は
危機
(
きき
)
に
瀕
(
ひん
)
して
居
(
ゐ
)
るやうです。
278
御
(
おん
)
父
(
ちち
)
殿下
(
でんか
)
も
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
の
折柄
(
をりから
)
、
279
天
(
てん
)
にも
地
(
ち
)
にも
一人子
(
ひとりご
)
の
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
のお
行衛
(
ゆくゑ
)
が
分
(
わか
)
らないやうな
事
(
こと
)
では
280
層一層
(
そういつそう
)
父殿下
(
ちちでんか
)
の
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
は
増
(
ま
)
す
許
(
ばか
)
り、
281
国家
(
こくか
)
の
擾乱
(
ぜうらん
)
は
日
(
ひ
)
を
逐
(
お
)
うて
激烈
(
げきれつ
)
を
増
(
ま
)
す
計
(
ばか
)
りです。
282
その
虚
(
きよ
)
に
乗
(
じやう
)
じて
悪臣
(
あくしん
)
共
(
ども
)
が
非望
(
ひばう
)
を
企
(
くはだ
)
て
283
世
(
よ
)
は
一
(
いち
)
日
(
にち
)
と
修羅
(
しゆら
)
の
巷
(
ちまた
)
となる
許
(
ばか
)
りでせう。
284
是非
(
ぜひ
)
私
(
わたくし
)
に
跟
(
つ
)
いてお
帰
(
かへ
)
りなさいませ』
285
太
(
たい
)
『ハイ
重
(
かさ
)
ね
重
(
がさ
)
ねの
御
(
ご
)
教訓
(
けうくん
)
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
286
そんならお
言葉
(
ことば
)
に
従
(
したが
)
ひ
一先
(
ひとま
)
づ
城内
(
じやうない
)
に
帰
(
かへ
)
る
事
(
こと
)
に
決心
(
けつしん
)
致
(
いた
)
します。
287
真
(
まこと
)
に
済
(
す
)
みませぬが、
288
どうか
送
(
おく
)
つて
下
(
くだ
)
さいますやう』
289
梅
(
うめ
)
『やア
早速
(
さつそく
)
の
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
、
290
遉
(
さすが
)
はタラハン
国
(
ごく
)
の
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
291
私
(
わたくし
)
も
満足
(
まんぞく
)
致
(
いた
)
しました』
292
ス『
妾
(
わらは
)
もお
言葉
(
ことば
)
に
甘
(
あま
)
へ、
293
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
のお
伴
(
とも
)
を
致
(
いた
)
しまして
294
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
と
共
(
とも
)
に
参
(
まゐ
)
らして
頂
(
いただ
)
きませう。
295
どうか
宜敷
(
よろし
)
うお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します』
296
梅
(
うめ
)
『や、
297
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
遊
(
あそ
)
ばすな。
298
きつと
円満
(
ゑんまん
)
に
解決
(
かいけつ
)
をつけてお
目
(
め
)
にかけませう。
299
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
にお
任
(
まか
)
せ
申
(
まを
)
せば
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
ですから。
300
併
(
しか
)
し
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
301
此
(
この
)
両人
(
りやうにん
)
はどう
遊
(
あそ
)
ばしますか』
302
太
(
たい
)
『ハイ、
303
許
(
ゆる
)
し
難
(
がた
)
い
悪人
(
あくにん
)
で
厶
(
ござ
)
いますれば、
304
此
(
この
)
両人
(
りやうにん
)
を
牢獄
(
らうごく
)
へぶち
込
(
こ
)
み
懲
(
こら
)
しめてやり
度
(
た
)
いは
山々
(
やまやま
)
で
厶
(
ござ
)
いますが、
305
私
(
わたし
)
も
牢獄
(
らうごく
)
生活
(
せいくわつ
)
の
苦
(
くる
)
しみを
味
(
あぢ
)
はひましたので、
306
吾
(
わが
)
身
(
み
)
を
抓
(
つめ
)
つて
人
(
ひと
)
の
痛
(
いた
)
さを
知
(
し
)
れとやら、
307
どうも
可憐
(
かはい
)
さうで
放
(
ほ
)
り
込
(
こ
)
んでやる
気
(
き
)
も
致
(
いた
)
しませぬ。
308
この
処置
(
しよち
)
については
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
判断
(
はんだん
)
に
任
(
まか
)
せませう』
309
カ『アヽ、
310
もしもし
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
311
決
(
けつ
)
して
私
(
わたし
)
は
此
(
この
)
後
(
ご
)
に
於
(
おい
)
て
悪事
(
あくじ
)
は
致
(
いた
)
しませぬから、
312
どうぞ
牢獄
(
らうごく
)
へ
入
(
い
)
れる
事
(
こと
)
だけは
許
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
313
その
代
(
かは
)
りお
馬
(
うま
)
の
別当
(
べつたう
)
でも
何
(
なん
)
でも
致
(
いた
)
します』
314
梅
(
うめ
)
『
人
(
ひと
)
を
救
(
たす
)
けるは
宣伝使
(
せんでんし
)
の
役
(
やく
)
だ。
315
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
恐
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
くも
太子
(
たいし
)
殿下
(
でんか
)
を
苦
(
くる
)
しめ
奉
(
たてまつ
)
つた
其
(
その
)
方
(
はう
)
共
(
ども
)
なれば、
316
一人
(
ひとり
)
だけ
助
(
たす
)
けてやらう。
317
一人
(
ひとり
)
は
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
ながら
此
(
この
)
牢獄
(
らうごく
)
に
打
(
ぶ
)
ち
込
(
こ
)
んでおく
積
(
つも
)
りだ。
318
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
319
どちらが
比較
(
ひかく
)
的
(
てき
)
善人
(
ぜんにん
)
で
厶
(
ござ
)
いますか』
320
太
(
たい
)
『ハイ、
321
私
(
わたし
)
としては
甲
(
かふ
)
乙
(
おつ
)
の
区別
(
くべつ
)
がつきませぬ。
322
揃
(
そろ
)
ひも
揃
(
そろ
)
つて
悪
(
わる
)
い
奴
(
やつ
)
で
厶
(
ござ
)
いますから』
323
サ『もし
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
324
私
(
わたし
)
は
何時
(
いつ
)
も
貴方
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
し
同情
(
どうじやう
)
を
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
たぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか。
325
このカークと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
、
326
私
(
わたし
)
が「
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
にお
腹
(
なか
)
が
空
(
す
)
くだらうから、
327
焼甘藷
(
やきいも
)
の
蔕
(
へた
)
でも
買
(
か
)
つて
来
(
き
)
てソツと
上
(
あ
)
げたらどうだらう」と
云
(
い
)
うた
所
(
ところ
)
、
328
大悪党
(
だいあくたう
)
のカークの
奴
(
やつ
)
、
329
「
私
(
わし
)
はそんな
宋襄
(
そうぜう
)
の
仁
(
じん
)
はやらない、
330
断乎
(
だんこ
)
として
水
(
みづ
)
一杯
(
いつぱい
)
も
呑
(
の
)
ます
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ない。
331
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
にそんな
事
(
こと
)
が
聞
(
きこ
)
えたら、
332
俺
(
おれ
)
の
首
(
くび
)
が
飛
(
と
)
ぶ」と
極端
(
きよくたん
)
に
自己愛
(
じこあい
)
を
発揮
(
はつき
)
した
奴
(
やつ
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
333
どうか
私
(
わたし
)
をお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいませ』
334
梅
(
うめ
)
『アツハヽヽヽ、
335
オイ、
336
カーク、
337
お
前
(
まへ
)
はサーマンが
今
(
いま
)
云
(
い
)
つたやうな
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
したのか』
338
カ『ハイ、
339
是非
(
ぜひ
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬ。
340
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
前
(
まへ
)
で
匿
(
かく
)
したつて
駄目
(
だめ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
341
あの
通
(
とほ
)
り
申
(
まを
)
しました。
342
誠
(
まこと
)
に
今
(
いま
)
となつて
思
(
おも
)
へば
申訳
(
まをしわけ
)
のない
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
しました。
343
どうか
私
(
わたし
)
を
牢獄
(
らうごく
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
んで
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ。
344
サーマンは
女房
(
にようばう
)
も
有
(
あ
)
る
事
(
こと
)
なり、
345
私
(
わたし
)
は
一人身
(
ひとりみ
)
、
346
どうなつても
構
(
かま
)
ひませぬ。
347
妻
(
つま
)
も
無
(
な
)
く、
348
子
(
こ
)
も
無
(
な
)
く、
349
何時
(
いつ
)
死
(
し
)
んでも
泣
(
な
)
く
者
(
もの
)
さえ
厶
(
ござ
)
いませぬから』
350
梅
(
うめ
)
『ハヽヽヽ、
351
割
(
わり
)
とは
正直
(
しやうぢき
)
な
奴
(
やつ
)
だ。
352
どうやらお
前
(
まへ
)
の
方
(
はう
)
が
善人
(
ぜんにん
)
らしい。
353
さう
有体
(
ありてい
)
に
白状
(
はくじやう
)
した
上
(
うへ
)
はお
前
(
まへ
)
の
罪
(
つみ
)
は
消
(
き
)
えて
了
(
しま
)
つた。
354
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
乍
(
なが
)
らサーマンを
牢屋
(
らうや
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
むより
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
からう。
355
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
356
殿下
(
でんか
)
のお
考
(
かんが
)
へは
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
いますかなア』
357
太
(
たい
)
『や、
358
それは
面白
(
おもしろ
)
いでせう。
359
人
(
ひと
)
の
秘密
(
ひみつ
)
を
明
(
あか
)
して
自分
(
じぶん
)
が
助
(
たす
)
からうと
云
(
い
)
ふやうな
悪人
(
あくにん
)
は
懲
(
こら
)
しめの
為
(
た
)
め
360
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
冷
(
つめ
)
たい
牢獄
(
らうごく
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
んでおくが
宜敷
(
よろし
)
いでせう』
361
サ『もし
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
362
殿下
(
でんか
)
様
(
さま
)
、
363
どうぞ
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
の
悪事
(
あくじ
)
は
大目
(
おほめ
)
にみて
下
(
くだ
)
さいませ。
364
其
(
その
)
代
(
かは
)
り
殿下
(
でんか
)
の
為
(
た
)
めならば、
365
今
(
いま
)
死
(
し
)
ねと
仰有
(
おつしや
)
つても
死
(
し
)
にますから』
366
太
(
たい
)
『やア
面白
(
おもしろ
)
い。
367
然
(
しか
)
らば
牢獄
(
らうごく
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
む
事
(
こと
)
は
許
(
ゆる
)
してやらう。
368
どうぢや
嬉
(
うれ
)
しいか』
369
サ『ハイ
嬉
(
うれ
)
しう
厶
(
ござ
)
います。
370
ようまアお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいました。
371
今後
(
こんご
)
は
殿下
(
でんか
)
の
為
(
た
)
めなら
何時
(
いつ
)
でも
命
(
いのち
)
を
差
(
さ
)
し
出
(
だ
)
します』
372
太
(
たい
)
『やア
愛
(
う
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
373
そんなら
余
(
よ
)
の
身代
(
みがは
)
りとなつて
今
(
いま
)
此処
(
ここ
)
で
死
(
し
)
んで
呉
(
く
)
れ。
374
汝
(
なんぢ
)
の
首
(
くび
)
を
提
(
さ
)
げて
右守司
(
うもりのかみ
)
の
前
(
まへ
)
に
差出
(
さしだ
)
し、
375
スダルマン
太子
(
たいし
)
の
生首
(
なまくび
)
と
申
(
まを
)
し、
376
首桶
(
くびをけ
)
に
入
(
い
)
れて
進物
(
しんもつ
)
にいたす
考
(
かんが
)
へだから』
377
サ『メメ
滅相
(
めつさう
)
な、
378
今
(
いま
)
此処
(
ここ
)
で
命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
られては
助
(
たす
)
けて
貰
(
もら
)
つた
甲斐
(
かひ
)
が
厶
(
ござ
)
いませぬ』
379
太
(
たい
)
『ハヽヽヽヽ、
380
汝
(
きさま
)
の
如
(
ごと
)
き
生首
(
なまくび
)
がどうして
余
(
よ
)
の
身代
(
みがは
)
りにならうか。
381
瓦
(
かはら
)
は
金
(
きん
)
の
代
(
かは
)
りにはなるまい。
382
あゝ
総
(
すべ
)
て
人間
(
にんげん
)
の
心
(
こころ
)
は
皆
(
みな
)
こんなものだらう。
383
父王
(
ちちわう
)
殿下
(
でんか
)
の
御
(
お
)
側
(
そば
)
に
親
(
した
)
しく
仕
(
つか
)
へ
侍
(
はべ
)
る
老臣
(
らうしん
)
共
(
ども
)
は「
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
為
(
た
)
めならば
何時
(
いつ
)
でも
命
(
いのち
)
を
的
(
まと
)
に
働
(
はたら
)
きます」と、
384
臆面
(
おくめん
)
もなく
口癖
(
くちぐせ
)
のやうに
申
(
まをし
)
て
居
(
ゐ
)
たが、
385
五月
(
ごぐわつ
)
五日
(
いつか
)
の
大騒擾
(
だいさうぜう
)
の
勃発
(
ぼつぱつ
)
した
時
(
とき
)
は、
386
左守
(
さもり
)
、
387
右守
(
うもり
)
を
始
(
はじ
)
め
重臣
(
ぢうしん
)
共
(
ども
)
は
四方
(
よも
)
に
逃
(
にげ
)
散
(
ち
)
り、
388
唯
(
ただ
)
の
一
(
いち
)
人
(
にん
)
も
参内
(
さんだい
)
したものは
無
(
な
)
かつた。
389
高禄
(
かうろく
)
に
養
(
やしな
)
はれた
重臣
(
ぢうしん
)
でさへも
其
(
その
)
通
(
とほ
)
りだから、
390
匹夫
(
ひつぷ
)
の
汝
(
なんぢ
)
が
命
(
いのち
)
を
惜
(
をし
)
むのは
無理
(
むり
)
もない。
391
余
(
よ
)
は
宣伝使
(
せんでんし
)
に
救
(
すく
)
はれた
祝
(
いはひ
)
として、
392
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
両人
(
りやうにん
)
を
立派
(
りつぱ
)
に
放免
(
はうめん
)
する。
393
何処
(
どこ
)
へなりと
勝手
(
かつて
)
に
行
(
い
)
つたがよからうぞ』
394
太子
(
たいし
)
のこの
情
(
なさけ
)
の
籠
(
こ
)
もつた
言葉
(
ことば
)
を
聞
(
き
)
くより、
395
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
腰
(
こし
)
を
抜
(
ぬ
)
かして
居
(
ゐ
)
た
両人
(
りやうにん
)
はムクムクと
起
(
お
)
き
上
(
あが
)
り、
396
長居
(
ながゐ
)
は
恐
(
おそ
)
れ
又
(
また
)
もや
御意
(
ぎよい
)
の
変
(
かは
)
らぬ
内
(
うち
)
にと
云
(
い
)
つたやうな
調子
(
てうし
)
で、
397
「ア、
398
リ、
399
ガ、
400
ト、
401
ウ、
402
サ、
403
マ」と
互
(
たがひ
)
に
一言
(
ひとこと
)
づつ
謝辞
(
しやじ
)
を
述
(
の
)
べながら、
404
一目散
(
いちもくさん
)
に
階段
(
かいだん
)
を
昇
(
のぼ
)
り
405
雲
(
くも
)
を
霞
(
かすみ
)
と
吾
(
わが
)
家
(
や
)
をさして
馳
(
はせ
)
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
406
梅公別
(
うめこうわけ
)
は
遥
(
はるか
)
の
原野
(
げんや
)
に
遊
(
あそ
)
んで
居
(
ゐ
)
る
二頭
(
にとう
)
の
野馬
(
やば
)
を
捉
(
とら
)
へ
来
(
きた
)
つて
両人
(
りやうにん
)
に
勧
(
すす
)
めた。
407
スバール
姫
(
ひめ
)
は
騎馬
(
きば
)
の
経験
(
けいけん
)
がないので、
408
梅公別
(
うめこうわけ
)
が
乗
(
の
)
り
来
(
きた
)
つた
鞍付
(
くらつき
)
の
馬
(
うま
)
に
乗
(
の
)
せ、
409
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
は
荒馬
(
あらうま
)
に
跨
(
またが
)
り
乍
(
なが
)
ら
駒
(
こま
)
の
蹄
(
ひづめ
)
に
土埃
(
つちぼこり
)
を
立
(
た
)
て、
410
東北
(
とうほく
)
の
空
(
そら
)
を
目当
(
めあて
)
に
駆
(
か
)
けて
行
(
ゆ
)
く。
411
捉
(
とら
)
はれし
太子
(
よつぎ
)
の
御子
(
みこ
)
も
三五
(
あななひ
)
の
412
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐみ
)
に
放
(
はな
)
たれてけり。
413
(
大正一四・一・七
新一・三〇
於月光閣
加藤明子
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