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第66巻(巳の巻)
第67巻(午の巻)
第68巻(未の巻)
第69巻(申の巻)
第70巻(酉の巻)
第71巻(戌の巻)
第72巻(亥の巻)
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天祥地瑞
第73巻(子の巻)
第74巻(丑の巻)
第75巻(寅の巻)
第76巻(卯の巻)
第77巻(辰の巻)
第78巻(巳の巻)
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第68巻(未の巻)
序文
総説
第1篇 名花移植
01 貞操論
〔1725〕
02 恋盗詞
〔1726〕
03 山出女
〔1727〕
04 茶湯の艶
〔1728〕
第2篇 恋火狼火
05 変装太子
〔1729〕
06 信夫恋
〔1730〕
07 茶火酌
〔1731〕
08 帰鬼逸迫
〔1732〕
第3篇 民声魔声
09 衡平運動
〔1733〕
10 宗匠財
〔1734〕
11 宮山嵐
〔1735〕
12 妻狼の囁
〔1736〕
13 蛙の口
〔1737〕
第4篇 月光徹雲
14 会者浄離
〔1738〕
15 破粋者
〔1739〕
16 戦伝歌
〔1740〕
17 地の岩戸
〔1741〕
第5篇 神風駘蕩
18 救の網
〔1742〕
19 紅の川
〔1743〕
20 破滅
〔1744〕
21 祭政一致
〔1745〕
余白歌
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第一三章
蛙
(
かはづ
)
の
口
(
くち
)
〔一七三七〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
篇:
第3篇 民声魔声
よみ(新仮名遣い):
みんせいませい
章:
第13章 蛙の口
よみ(新仮名遣い):
かわずのくち
通し章番号:
1737
口述日:
1925(大正14)年01月30日(旧01月7日)
口述場所:
月光閣
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年9月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
右守宅へ、女中頭のシノブが勅旨を装いたずねてくる。
シノブは、恋人のアリナを王に立てて、自分は王妃に上ろうとしていた。そのために邪魔になる太子を亡き者にしようと、右守に協力を乞いにたってきたのであった。
右守はシノブの計画に賛意を表明したように見せかけるが、その実は、シノブから太子・アリナ両人の居場所を聞き出して亡きものにし、自分の計画を推し進めようとの腹であった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2018-07-08 09:38:37
OBC :
rm6813
愛善世界社版:
172頁
八幡書店版:
第12輯 215頁
修補版:
校定版:
173頁
普及版:
69頁
初版:
ページ備考:
001
五月
(
ごぐわつ
)
五日
(
いつか
)
の
城下
(
じやうか
)
の
騒乱
(
さうらん
)
勃発
(
ぼつぱつ
)
に
恐怖心
(
きようふしん
)
を
極端
(
きよくたん
)
に
抱
(
いだ
)
きたる
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
サクレンスの
邸宅
(
ていたく
)
は、
002
衛兵
(
ゑいへい
)
警吏
(
けいり
)
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
を
以
(
もつ
)
て
厳
(
きび
)
しく
警固
(
けいご
)
され、
003
怪
(
あや
)
しきものの
影
(
かげ
)
だにも
近寄
(
ちかよ
)
るを
許
(
ゆる
)
さなかつた。
004
かかる
物々
(
ものもの
)
しき
警戒裡
(
けいかいり
)
の
門
(
もん
)
を
潜
(
くぐ
)
つて
悠然
(
いうぜん
)
と
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
る
一人
(
ひとり
)
の
女
(
をんな
)
は
005
殿中
(
でんちう
)
深
(
ふか
)
く
仕
(
つか
)
へたる
女中頭
(
ぢよちうがしら
)
のシノブであつた。
006
彼
(
かれ
)
は
何
(
なん
)
の
恐
(
おそ
)
るる
色
(
いろ
)
もなく
殿中
(
でんちう
)
に
奉仕
(
ほうし
)
するという
権威
(
けんゐ
)
を
肩
(
かた
)
にふりかざし
乍
(
なが
)
ら、
007
玄関口
(
げんくわんぐち
)
に
立現
(
たちあら
)
はれ、
008
シノブ『
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
、
009
殿中
(
でんちう
)
のお
使
(
つかひ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
010
通
(
とほ
)
つても
宜
(
よろ
)
しう
厶
(
ござ
)
いますか』
011
と
訪
(
おとの
)
うてゐる。
012
玄関番
(
げんくわんばん
)
のサールは
丁寧
(
ていねい
)
に
頭
(
かしら
)
をさげ
乍
(
なが
)
ら、
013
『
之
(
これ
)
はシノブ
様
(
さま
)
、
014
よくマア
入
(
い
)
らせられました。
015
只今
(
ただいま
)
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
に
伝
(
つた
)
へて
参
(
まゐ
)
りますから、
016
暫時
(
しばらく
)
ここにお
待
(
ま
)
ちを
願
(
ねが
)
ひます』
017
と
云
(
い
)
ひ
捨
(
す
)
てコソコソと
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
に
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
つた。
018
少時
(
しばし
)
あつて
右守
(
うもり
)
はニコニコし
乍
(
なが
)
ら
出
(
い
)
で
来
(
きた
)
り
笑
(
ゑみ
)
を
満面
(
まんめん
)
に
浮
(
うか
)
べ、
019
いとも
慇懃
(
いんぎん
)
な
口調
(
くてう
)
にて、
020
右守
(
うもり
)
『ヤアこれはこれはシノブ
様
(
さま
)
で
厶
(
ござ
)
いましたか。
021
サア
何卒
(
どうぞ
)
奥
(
おく
)
へお
通
(
とほ
)
り
下
(
くだ
)
さいませ。
022
御用
(
ごよう
)
の
趣
(
おもむき
)
承
(
うけたま
)
はりませう』
023
此
(
この
)
シノブの
職掌
(
しよくしやう
)
は
右守
(
うもり
)
に
比
(
ひ
)
して
非常
(
ひじやう
)
に
低級
(
ていきふ
)
ではあるが、
024
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
御
(
お
)
居間
(
ゐま
)
近
(
ちか
)
く
仕
(
つか
)
へ
奉
(
まつ
)
る
身
(
み
)
なるを
以
(
もつ
)
て、
025
どことなく
権威
(
けんゐ
)
備
(
そな
)
はり、
026
且
(
かつ
)
又
(
また
)
左守
(
さもり
)
、
027
右守
(
うもり
)
と
雖
(
いへど
)
、
028
殿中
(
でんちう
)
の
女官
(
ぢよくわん
)
に
対
(
たい
)
しては
常
(
つね
)
に
一歩
(
いつぽ
)
を
譲
(
ゆづ
)
らねばならなくなつてゐた。
029
万一
(
まんいち
)
女官
(
ぢよくわん
)
の
怒
(
いか
)
りに
触
(
ふ
)
れやうものなら、
030
忽
(
たちま
)
ち
影響
(
えいきやう
)
は
各自
(
かくじ
)
の
地位
(
ちゐ
)
に
及
(
およ
)
ぼすの
恐
(
おそ
)
れあるを
以
(
もつ
)
てである。
031
奸侫
(
かんねい
)
邪智
(
じやち
)
に
長
(
た
)
けたる
流石
(
さすが
)
の
右守
(
うもり
)
も、
032
特
(
とく
)
に
此
(
この
)
女中頭
(
ぢよちうがしら
)
たるシノブに
対
(
たい
)
しては、
033
あらむ
限
(
かぎ
)
りの
媚
(
こび
)
を
呈
(
てい
)
し、
0331
追従
(
つゐしよう
)
至
(
いた
)
らざるなく、
034
地
(
ち
)
にもおかぬ
待遇
(
もてなし
)
振
(
ぶ
)
りを
発揮
(
はつき
)
するのが
常
(
つね
)
である。
035
シノブは
悠然
(
いうぜん
)
として
右守
(
うもり
)
に
導
(
みちび
)
かれ
庭
(
には
)
の
植込
(
うゑこみ
)
をすかして、
036
彼方
(
あなた
)
に
見
(
み
)
ゆる、
037
余
(
あま
)
り
広
(
ひろ
)
からねども、
038
どこともなく
瀟洒
(
せうしや
)
たる
別間
(
べつま
)
に
案内
(
あんない
)
され、
039
宣徳
(
せんとく
)
の
火鉢
(
ひばち
)
を
中
(
なか
)
において
二人
(
ふたり
)
は
頭
(
あたま
)
を
鳩
(
あつ
)
め
密談
(
みつだん
)
に
耽
(
ふけ
)
る。
040
右
(
う
)
『これはこれは
早朝
(
さうてう
)
より
御
(
ご
)
入来
(
じゆらい
)
下
(
くだ
)
さいまして
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
041
ツイ
寝坊
(
ねばう
)
をかわきまして
屋内
(
をくない
)
の
掃除
(
さうぢ
)
も
行届
(
ゆきとど
)
かず、
042
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
の
騒動
(
さうだう
)
によつて
下男
(
げなん
)
下女
(
げぢよ
)
等
(
など
)
も
逃走
(
たうそう
)
致
(
いた
)
し、
043
誠
(
まこと
)
に
不都合
(
ふつがふ
)
極
(
きは
)
まる
処
(
ところ
)
へ
御
(
ご
)
来臨
(
らいりん
)
を
仰
(
あふ
)
ぎ、
044
実
(
じつ
)
に
汗顔
(
かんがん
)
の
至
(
いた
)
りで
厶
(
ござ
)
います。
045
さうして
今日
(
こんにち
)
お
越
(
こ
)
し
遊
(
あそ
)
ばした
御用
(
ごよう
)
の
趣
(
おもむき
)
は、
046
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
で
厶
(
ござ
)
いませうか。
047
仰
(
おほ
)
せ
聞
(
き
)
けられ
下
(
くだ
)
さいますれば
誠
(
まこと
)
に
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います』
048
シノブは
儼然
(
げんぜん
)
として
威儀
(
ゐぎ
)
を
正
(
ただ
)
し
049
言葉
(
ことば
)
もやや
荘重
(
さうちよう
)
に
右守
(
うもり
)
を
見下
(
みくだ
)
し
乍
(
なが
)
ら
言
(
い
)
ふ、
050
『
今日
(
こんにち
)
参
(
まゐ
)
りしは
余
(
よ
)
の
儀
(
ぎ
)
に
非
(
あら
)
ず、
051
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
勅使
(
ちよくし
)
として
右守
(
うもり
)
殿
(
どの
)
に
申
(
まを
)
し
渡
(
わた
)
し
度
(
た
)
き
事
(
こと
)
これあれば、
052
謹
(
つつし
)
んで
承
(
うけたま
)
はり
召
(
め
)
され』
053
右守
(
うもり
)
はハツと
頭
(
かしら
)
を
下
(
さ
)
げ
二足
(
ふたあし
)
三足
(
みあし
)
、
054
後退
(
あとしざ
)
りし
乍
(
なが
)
ら、
055
『
御
(
お
)
勅使
(
ちよくし
)
様
(
さま
)
には
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
千万
(
せんばん
)
、
056
殿下
(
でんか
)
より
御諚
(
ごぢやう
)
の
趣
(
おもむき
)
、
057
謹
(
つつし
)
んで
拝承
(
はいしよう
)
仕
(
つかまつ
)
りまする』
058
シノブ『
今日
(
こんにち
)
妾
(
わらは
)
、
059
勅使
(
ちよくし
)
として
参
(
まゐ
)
りしは
余
(
よ
)
の
儀
(
ぎ
)
に
非
(
あら
)
ず。
060
「
汝
(
なんぢ
)
も
知
(
し
)
る
如
(
ごと
)
くスダルマン
太子
(
たいし
)
の
君
(
きみ
)
は
行衛
(
ゆくへ
)
不明
(
ふめい
)
と
成
(
な
)
り、
061
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
に
於
(
お
)
かせられても
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
の
折柄
(
をりから
)
、
062
御
(
ご
)
煩慮
(
はんりよ
)
の
最中
(
さいちう
)
、
063
又
(
また
)
もや
王女
(
わうぢよ
)
バンナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
064
昨夜
(
さくや
)
より
御
(
お
)
行衛
(
ゆくへ
)
を
見失
(
みうしな
)
ひ、
065
殿中
(
でんちう
)
は
上
(
うへ
)
を
下
(
した
)
への
御
(
ご
)
混雑
(
こんざつ
)
、
066
折
(
をり
)
悪
(
あ
)
しくも
左守
(
さもり
)
の
司
(
かみ
)
は
先日
(
せんじつ
)
の
罹災
(
りさい
)
に
依
(
よ
)
つて、
067
胸骨
(
きようこつ
)
を
打
(
う
)
ち
病床
(
びやうしやう
)
に
呻吟
(
しんぎん
)
いたし、
068
未
(
いま
)
だ
参内
(
さんだい
)
致
(
いた
)
さず
069
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
警官
(
けいくわん
)
を
四方
(
しはう
)
に
派
(
は
)
し、
070
夜
(
よ
)
を
徹
(
てつ
)
して
捜索
(
そうさく
)
すれども、
071
今
(
いま
)
に
何
(
なに
)
の
手掛
(
てがか
)
りも
無
(
な
)
し。
072
汝
(
なんぢ
)
右守
(
うもり
)
も
病気中
(
びやうきちう
)
とは
聞
(
き
)
けど、
073
今日
(
こんにち
)
の
場合
(
ばあひ
)
、
074
少々
(
せうせう
)
の
病気
(
びやうき
)
は
隠忍
(
いんにん
)
し、
075
勇気
(
ゆうき
)
を
皷
(
こ
)
して
参内
(
さんだい
)
せよ」との
御諚
(
ごぢやう
)
で
厶
(
ござ
)
る。
076
右守
(
うもり
)
殿
(
どの
)
、
077
御
(
ご
)
返答
(
へんたふ
)
は
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
る』
078
右
(
う
)
『ハイ、
079
畏
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
くも
御
(
お
)
勅使
(
ちよくし
)
の
趣
(
おもむき
)
、
080
拝承
(
はいしよう
)
仕
(
つかまつ
)
りました。
081
直様
(
すぐさま
)
、
082
身
(
み
)
を
浄
(
きよ
)
め、
083
身拵
(
みごしら
)
へをなして
参内
(
さんだい
)
致
(
いた
)
しますれば、
084
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
御前
(
ごぜん
)
、
085
よろしく
御
(
お
)
取
(
とり
)
なしを
願
(
ねがひ
)
上
(
あ
)
げ
奉
(
たてまつ
)
ります』
086
シ『
早速
(
さつそく
)
の
承引
(
しよういん
)
、
087
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
に
於
(
お
)
かせられても
088
右守
(
うもり
)
が
誠忠
(
せいちう
)
を
御
(
ご
)
満足
(
まんぞく
)
遊
(
あそ
)
ばさるるであらう。
089
然
(
しか
)
らばこれにてお
別
(
わか
)
れ
申
(
まを
)
す』
090
と
言葉
(
ことば
)
終
(
をは
)
ると
共
(
とも
)
に
091
ツと
立上
(
たちあが
)
り
早
(
はや
)
くも
帰路
(
きろ
)
につかむとする。
092
右守
(
うもり
)
は
低頭
(
ていとう
)
平身
(
へいしん
)
、
093
敬意
(
けいい
)
を
表
(
へう
)
し
乍
(
なが
)
ら、
094
勅使
(
ちよくし
)
の
玄関
(
げんくわん
)
を
出
(
い
)
づる
迄
(
まで
)
見送
(
みおく
)
つてゐた。
095
シノブは
一旦
(
いつたん
)
表門
(
おもてもん
)
迄
(
まで
)
立出
(
たちい
)
で
再
(
ふたた
)
び
引返
(
ひきかへ
)
し
来
(
きた
)
り、
096
又
(
また
)
もや
玄関口
(
げんくわんぐち
)
に
立
(
た
)
つて、
097
『
右守
(
うもり
)
の
司様
(
かみさま
)
、
098
御
(
ご
)
在宅
(
ざいたく
)
で
厶
(
ござ
)
いますか。
099
妾
(
わらは
)
は
女中頭
(
ぢよちうがしら
)
のシノブと
申
(
まを
)
しまして
卑
(
いや
)
しき
身分
(
みぶん
)
のもので
厶
(
ござ
)
いますが、
100
折
(
をり
)
入
(
い
)
つてお
願
(
ねがひ
)
申上
(
まをしあ
)
げ
度
(
た
)
き
事
(
こと
)
の
厶
(
ござ
)
いますれば、
101
どうか
玄関番
(
げんくわんばん
)
様
(
さま
)
、
102
別格
(
べつかく
)
の
御
(
ご
)
詮議
(
せんぎ
)
を
以
(
もつ
)
て、
103
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
に
面会
(
めんくわい
)
の
出来
(
でき
)
ますやう
御
(
お
)
取次
(
とりつぎ
)
を
願
(
ねがひ
)
上
(
あげ
)
奉
(
たてまつ
)
りまする』
104
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
玄関
(
げんくわん
)
の
次
(
つぎ
)
の
間
(
ま
)
に
出張
(
でば
)
つて
頭
(
かしら
)
を
傾
(
かたむ
)
け
思案
(
しあん
)
にくれてゐたサクレンスは、
105
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
くより
隔
(
へだ
)
ての
襖
(
ふすま
)
をサツと
引
(
ひき
)
あけ、
106
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
107
右
(
う
)
『やア
其女
(
そなた
)
はシノブ
殿
(
どの
)
か。
108
ようまア
厶
(
ござ
)
つた。
109
どうか
奥
(
おく
)
へ
通
(
とほ
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
110
いろいろと
相談
(
さうだん
)
もし
度
(
た
)
いからな』
111
シ『やア
之
(
これ
)
は
之
(
これ
)
は
右守
(
うもり
)
の
司様
(
かみさま
)
、
112
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
なお
顔
(
かほ
)
を
拝
(
はい
)
し、
113
大慶
(
たいけい
)
至極
(
しごく
)
に
存
(
ぞん
)
じます。
114
妾
(
わらは
)
のやうな
不束者
(
ふつつかもの
)
が
朝
(
あさ
)
も
早
(
はや
)
うからお
驚
(
おどろ
)
かせ
致
(
いた
)
しまして
誠
(
まこと
)
に
申訳
(
まをしわけ
)
も
厶
(
ござ
)
いませぬ』
115
右
(
う
)
『いや、
116
その
御
(
ご
)
挨拶
(
あいさつ
)
には
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
る。
117
さう
七難
(
しちむつかし
)
く
云
(
い
)
はれずに
奥
(
おく
)
の
別室
(
はなれ
)
においで
下
(
くだ
)
さい。
118
内々
(
ないない
)
相談
(
さうだん
)
があるから』
119
シ『ハイ
有難
(
ありがた
)
う。
120
左様
(
さやう
)
ならば
遠慮
(
ゑんりよ
)
なく、
121
奥
(
おく
)
へ
通
(
とほ
)
らして
頂
(
いただ
)
きませう』
122
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
右守
(
うもり
)
の
後
(
あと
)
について
別室
(
はなれ
)
座敷
(
ざしき
)
の
一間
(
ひとま
)
に
坐
(
ざ
)
を
占
(
しめ
)
た。
123
右守
(
うもり
)
は、
124
さも
鷹揚
(
おうやう
)
な
体
(
てい
)
にて
巻煙草
(
まきたばこ
)
を
燻
(
くゆ
)
らし
乍
(
なが
)
ら、
125
右
(
う
)
『ハヽヽヽ、
126
シノブ
殿
(
どの
)
、
127
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
の
騒動
(
さうだう
)
には
随分
(
ずいぶん
)
気
(
き
)
を
揉
(
も
)
んだでせうね』
128
シ『はい、
129
気
(
き
)
を
揉
(
も
)
むの
揉
(
も
)
まないのつて、
130
口
(
くち
)
で
申
(
まを
)
すやうな
事
(
こと
)
では
厶
(
ござ
)
いませぬワ。
131
最前
(
さいぜん
)
もお
勅使
(
ちよくし
)
の
申
(
まを
)
された
通
(
とほ
)
り、
132
殿内
(
でんない
)
は
大騒動
(
おほさうどう
)
で
御座
(
ござ
)
いますよ。
133
さうしてアリナ
様
(
さま
)
迄
(
まで
)
が
行衛
(
ゆくゑ
)
不明
(
ふめい
)
と
成
(
な
)
られたのですから、
134
妾
(
わらは
)
の
心配
(
しんぱい
)
と
申
(
まを
)
したら
一通
(
ひととほ
)
りや
二通
(
ふたとほ
)
りでは
厶
(
ござ
)
いませぬ』
135
右
(
う
)
『ハヽヽヽ、
136
貴女
(
あなた
)
の
最
(
もつと
)
も
気
(
き
)
にかかるのはアリナさまと
見
(
み
)
えますな』
137
シ『ホヽヽヽヽ、
138
そらさうですとも、
139
二世
(
にせ
)
を
契
(
ちぎ
)
つた
夫
(
をつと
)
ですもの。
140
女房
(
にようばう
)
の
妾
(
わらは
)
、
141
これがどうしてジツとしてゐられませうか。
142
御
(
ご
)
推量
(
すゐりやう
)
を
願
(
ねが
)
ひまする』
143
右
(
う
)
『イヤ、
144
これは
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
つた。
145
別
(
べつ
)
に
結婚
(
けつこん
)
の
御
(
ご
)
披露
(
ひろう
)
もあつたやうでもなし、
146
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
に
情約
(
じやうやく
)
締結
(
ていけつ
)
をなさつたのですかい』
147
シ『どうかお
察
(
さつ
)
しを
願
(
ねが
)
ひます。
148
年頃
(
としごろ
)
の
女
(
をんな
)
に
対
(
たい
)
し
根
(
ね
)
ほり
葉
(
は
)
ほりお
聞
(
き
)
き
遊
(
あそ
)
ばすのはチと
惨酷
(
ざんこく
)
ぢやありませぬか、
149
ホヽヽヽヽ』
150
と
些
(
ちつ
)
と
顔
(
かほ
)
を
赤
(
あか
)
らめ
袖
(
そで
)
に
顔
(
かほ
)
をかくす。
151
右
(
う
)
『
貴女
(
あなた
)
はかかる
混乱
(
こんらん
)
の
際
(
さい
)
にも
拘
(
かかは
)
らず、
152
恋愛味
(
れんあいみ
)
を
充分
(
じゆうぶん
)
に
味
(
あぢ
)
はひ
遊
(
あそ
)
ばす
余裕
(
よゆう
)
がおありなさるのですから、
153
実
(
じつ
)
に
偉大
(
ゐだい
)
な
女傑
(
ぢよけつ
)
ですよ。
154
この
右守
(
うもり
)
も
驚愕
(
きやうがく
)
、
155
否
(
いな
)
感服
(
かんぷく
)
仕
(
つかまつ
)
りました。
156
時
(
とき
)
にシノブさま、
157
最前
(
さいぜん
)
御
(
ご
)
勅使
(
ちよくし
)
のお
伝
(
つた
)
へによれば、
158
バンナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
は
御
(
お
)
行衛
(
ゆくゑ
)
不明
(
ふめい
)
との
事
(
こと
)
、
159
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
と
云
(
い
)
ひ、
160
お
二人
(
ふたり
)
共
(
とも
)
に
肝腎
(
かんじん
)
の
方
(
かた
)
が
御
(
ご
)
不在
(
ふざい
)
では、
161
城内
(
じやうない
)
は
重鎮
(
ぢうちん
)
を
失
(
うしな
)
ひ、
162
王家
(
わうけ
)
前途
(
ぜんと
)
のため
実
(
じつ
)
に
憂慮
(
いうりよ
)
に
堪
(
た
)
へないぢやありませぬか』
163
シ『その
点
(
てん
)
は
妾
(
わらは
)
も、
164
貴郎
(
あなた
)
と
同感
(
どうかん
)
で
厶
(
ござ
)
います。
165
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
も
王女
(
わうぢよ
)
様
(
さま
)
も
貴族
(
きぞく
)
生活
(
せいくわつ
)
を
大変
(
たいへん
)
に
忌
(
い
)
み
嫌
(
きら
)
つて
居
(
ゐ
)
らつしやつたから、
166
彼
(
あ
)
の
騒動
(
さうだう
)
を
幸
(
さいは
)
ひ、
167
何処
(
どこ
)
かの
山奥
(
やまおく
)
にでも
隠
(
かく
)
れて、
168
簡易
(
かんい
)
生活
(
せいくわつ
)
を
送
(
おく
)
らるる
御
(
ご
)
所存
(
しよぞん
)
のやうに
伺
(
うかが
)
ひます』
169
右
(
う
)
『ヤアーかかる
王家
(
わうけ
)
の
一大事
(
いちだいじ
)
をシノブ
殿
(
どの
)
は、
170
余
(
あま
)
り
意
(
い
)
に
介
(
かい
)
してゐられないやうだが、
171
殿中
(
でんちう
)
深
(
ふか
)
く
仕
(
つか
)
ふる
臣下
(
しんか
)
の
身
(
み
)
として、
172
余
(
あま
)
りに
不都合
(
ふつがふ
)
ぢやありませぬか』
173
シ『
不都合
(
ふつがふ
)
でも
仕方
(
しかた
)
がないぢやありませぬか。
174
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つても
肝腎
(
かんじん
)
の
方
(
かた
)
が
居
(
ゐ
)
られ
無
(
な
)
いのですもの、
175
沢山
(
たくさん
)
の
警官
(
けいくわん
)
やスパイは
四方
(
しはう
)
八方
(
はつぱう
)
に
駆
(
か
)
け
廻
(
まは
)
り、
176
鵜
(
う
)
の
目
(
め
)
、
177
鷹
(
たか
)
の
目
(
め
)
で
捜索
(
そうさく
)
しても
見当
(
みあた
)
らないもの、
178
もう
此
(
この
)
上
(
うへ
)
は
人力
(
じんりよく
)
の
如何
(
いかん
)
ともすべき
処
(
ところ
)
では
厶
(
ござ
)
いますまい。
179
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のなさるままですわ』
180
右
(
う
)
『イヤ、
181
呆
(
あき
)
れましたね。
182
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
拙者
(
せつしや
)
はお
前
(
まへ
)
さまの
心
(
こころ
)
の
底
(
そこ
)
を
看破
(
かんぱ
)
してゐるのだが、
183
何事
(
なにごと
)
も
包
(
つつ
)
み
隠
(
かく
)
さず、
184
ここで
打割
(
うちわ
)
つて
明
(
あか
)
して
貰
(
もら
)
へますまいか。
185
類
(
るゐ
)
は
友
(
とも
)
を
呼
(
よ
)
ぶとか
云
(
い
)
つて、
186
此
(
この
)
右守
(
うもり
)
とても
腹
(
はら
)
を
叩
(
たた
)
けばお
前
(
まへ
)
さまも
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
、
187
余
(
あまり
)
心
(
こころ
)
の
白
(
しろ
)
うない
男
(
をとこ
)
ですよ、
188
アツハヽヽヽ』
189
シ『
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
、
190
貴方
(
あなた
)
のお
心
(
こころ
)
の
底
(
そこ
)
も、
191
妾
(
わらは
)
にはよく
解
(
わか
)
つて
居
(
を
)
ります。
192
貴方
(
あなた
)
は
弟御
(
おとうとご
)
のエールさまを
此
(
この
)
際
(
さい
)
王位
(
わうゐ
)
に
上
(
のぼ
)
せバンナ
様
(
さま
)
に
娶
(
めあは
)
し、
193
貴方
(
あなた
)
は
外戚
(
ぐわいせき
)
となつて
国務
(
こくむ
)
を
総攬
(
そうらん
)
し、
194
大望
(
たいまう
)
を
遂
(
と
)
げむとして、
195
種々
(
いろいろ
)
劃策
(
くわくさく
)
を
廻
(
めぐ
)
らしてゐらつしやるでせう』
196
と
星
(
ほし
)
をさされて、
197
右守
(
うもり
)
は
稍
(
やや
)
たぢろぎ
乍
(
なが
)
ら
流石
(
さすが
)
の
曲者
(
くせもの
)
、
198
わざとケロリとした
顔
(
かほ
)
を
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
し、
199
右
(
う
)
『ハヽヽヽ、
200
シノブさま、
201
お
前
(
まへ
)
さまの
天眼通
(
てんがんつう
)
は
落第
(
らくだい
)
ですよ。
202
どうしてそんな
野心
(
やしん
)
を
持
(
も
)
ちませう。
203
よく
考
(
かんが
)
へて
下
(
くだ
)
さい、
204
拙者
(
せつしや
)
が
平素
(
へいそ
)
の
行動
(
かうどう
)
を』
205
シ『ホヽヽヽ、
206
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
の
白々
(
しらじら
)
しいお
言葉
(
ことば
)
、
207
妾
(
わらは
)
は
平素
(
へいそ
)
の
貴方
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
行動
(
かうどう
)
によつて
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
く
推定
(
すゐてい
)
したので
厶
(
ござ
)
いますよ。
208
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
秘密
(
ひみつ
)
を
明
(
あ
)
かし
遊
(
あそ
)
ばしても、
209
妾
(
わらは
)
は
決
(
けつ
)
して
口外
(
こうぐわい
)
は
致
(
いた
)
しませぬから
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
下
(
くだ
)
さいませ』
210
右
(
う
)
『エー、
211
拙者
(
せつしや
)
の
事
(
こと
)
は、
212
おつて
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げませう。
213
種々
(
いろいろ
)
と
痛
(
いた
)
くない
腹
(
はら
)
を
探
(
さぐ
)
られては、
214
この
右守
(
うもり
)
もやりきれませぬからな、
215
ハヽヽヽ。
216
それよりもシノブさま、
217
お
前
(
まへ
)
さまの
心
(
こころ
)
の
秘密
(
ひみつ
)
を、
218
スツパ
抜
(
ぬ
)
きませうかな』
219
シノブは
思
(
おも
)
はずビクツとしたが、
220
こいつも
曲者
(
くせもの
)
、
221
ワザと
平気
(
へいき
)
を
粧
(
よそほ
)
ひ、
222
片頬
(
かたほほ
)
に
笑
(
ゑみ
)
を
湛
(
たた
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
223
シ『サア
何
(
なん
)
なつと
仰
(
おつ
)
しやつて
下
(
くだ
)
さいませ。
224
妾
(
わらは
)
の
心
(
こころ
)
はあく
迄
(
まで
)
清浄
(
しやうじやう
)
潔白
(
けつぱく
)
、
225
只一点
(
ただいつてん
)
の
野心
(
やしん
)
もなければ
欲望
(
よくばう
)
もありませぬ』
226
右
(
う
)
『どこ
迄
(
まで
)
も
押
(
おし
)
の
強
(
つよ
)
い
貴女
(
あなた
)
のやり
口
(
くち
)
には、
227
流石
(
さすが
)
の
右守
(
うもり
)
も
舌
(
した
)
をまきました。
228
お
前
(
まへ
)
さまは
左守
(
さもり
)
の
悴
(
せがれ
)
アリナ
殿
(
どの
)
を
王位
(
わうゐ
)
につかせ、
229
自分
(
じぶん
)
は
王妃
(
わうひ
)
となつて
栄耀
(
えいえう
)
栄華
(
えいぐわ
)
にタラハン
国
(
ごく
)
の
名花
(
めいくわ
)
と
謳
(
うた
)
はれ
暮
(
くら
)
すつもりで
厶
(
ござ
)
いませうがな』
230
シ『
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
、
231
何事
(
なにごと
)
かと
思
(
おも
)
へば
身
(
み
)
に
覚
(
おぼ
)
えもない
232
否
(
いや
)
、
233
心
(
こころ
)
にも
期
(
き
)
せない
妙
(
めう
)
な
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
いますな。
234
妾
(
わらは
)
は、
235
左様
(
さやう
)
な
陰謀
(
いんぼう
)
を
企
(
たく
)
むやうな
悪人
(
あくにん
)
では
厶
(
ござ
)
いませぬよ』
236
右
(
う
)
『アツハヽヽヽ、
237
それ
丈
(
だ
)
けの
度胸
(
どきよう
)
があれば、
238
一国
(
いつこく
)
の
王妃
(
わうひ
)
として
恥
(
はづか
)
しからぬ
人格者
(
じんかくしや
)
だ。
239
又
(
また
)
左守
(
さもり
)
の
悴
(
せがれ
)
アリナ
殿
(
どの
)
も
近来
(
きんらい
)
稀
(
まれ
)
なる
才子
(
さいし
)
だ。
240
寛仁
(
くわんじん
)
大度
(
たいど
)
にして
慈悲
(
じひ
)
を
弁
(
わきま
)
へ、
2401
人情
(
にんじやう
)
に
通
(
つう
)
じ、
241
その
上
(
うへ
)
容色
(
ようしよく
)
端麗
(
たんれい
)
にして
美男子
(
びだんし
)
の
誉
(
ほまれ
)
高
(
たか
)
く、
242
一国
(
いつこく
)
の
主権者
(
しゆけんしや
)
として、
243
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
が
頭
(
かしら
)
に
戴
(
いただ
)
いても
恥
(
はづか
)
しからぬ
人材
(
じんざい
)
、
244
いゝ
処
(
ところ
)
へシノブさまは
気
(
き
)
がつきましたね。
245
ヤア
右守
(
うもり
)
もズツと
感心
(
かんしん
)
致
(
いた
)
しました。
246
御存
(
ごぞん
)
じの
通
(
とほ
)
り、
247
殆
(
ほとん
)
ど
暗黒
(
あんこく
)
に
等
(
ひと
)
しい
今日
(
こんにち
)
の
国状
(
こくじやう
)
、
248
アリナさまの
胆勇
(
たんゆう
)
と、
249
シノブさまの
度胸
(
どきよう
)
を
以
(
もつ
)
て、
2491
国政
(
こくせい
)
の
総攬
(
そうらん
)
をなさつたら、
250
キツト
国家
(
こくか
)
は
安全
(
あんぜん
)
無事
(
ぶじ
)
に
治
(
をさ
)
まるでせう。
251
実
(
じつ
)
は
右守
(
うもり
)
に
於
(
おい
)
ても
大賛成
(
だいさんせい
)
で
厶
(
ござ
)
います。
252
その
代
(
かは
)
り、
253
アリナさまと
貴方
(
あなた
)
の
目的
(
もくてき
)
が
達成
(
たつせい
)
した
上
(
うへ
)
は、
254
この
右守
(
うもり
)
を
抜擢
(
ばつてき
)
して、
255
国務
(
こくむ
)
総監
(
そうかん
)
左守
(
さもり
)
の
役
(
やく
)
に
使
(
つか
)
つて
下
(
くだ
)
さるでせうな』
256
と、
257
うまく
釣
(
つ
)
り
込
(
こ
)
んで
蛙
(
かはづ
)
の
腸
(
はらわた
)
を
暴露
(
ばくろ
)
させむと
試
(
こころ
)
みた。
258
賢
(
かしこ
)
いやうでも
流石
(
さすが
)
は
女
(
をんな
)
、
259
さも
嬉
(
うれ
)
しげに
答
(
こた
)
へて
云
(
い
)
ふ、
260
シ『
流石
(
さすが
)
は
賢明
(
けんめい
)
なる
右守
(
うもり
)
殿
(
どの
)
、
261
その
天眼力
(
てんがんりき
)
には
敬服
(
けいふく
)
致
(
いた
)
しました。
262
御
(
ご
)
推量
(
すゐりやう
)
の
通
(
とほ
)
りで
厶
(
ござ
)
います。
263
さうしてアリナ
様
(
さま
)
は
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
とお
約束
(
やくそく
)
が
済
(
す
)
んで
居
(
を
)
ります。
264
それ
故
(
ゆゑ
)
アリナ
様
(
さま
)
が
太子
(
たいし
)
に
成
(
な
)
られるのは
別
(
べつ
)
に
何
(
なん
)
の
不思議
(
ふしぎ
)
も
厶
(
ござ
)
いませぬ』
265
右
(
う
)
『
成程
(
なるほど
)
、
266
承
(
うけたま
)
はれば
承
(
うけたま
)
はる
程
(
ほど
)
、
267
万事
(
ばんじ
)
万端
(
ばんたん
)
、
268
注意
(
ちうい
)
が
行届
(
ゆきとど
)
き、
269
水
(
みづ
)
も
洩
(
も
)
らさぬ
御
(
ご
)
経綸
(
けいりん
)
、
270
愈
(
いよいよ
)
右守
(
うもり
)
、
271
末
(
すゑ
)
頼
(
たの
)
もしく
欣喜
(
きんき
)
に
堪
(
た
)
へませぬ。
272
ついては、
273
ここに
一
(
ひと
)
つの
大
(
だい
)
妨害物
(
ばうがいぶつ
)
が
厶
(
ござ
)
いますが、
274
之
(
これ
)
を
何
(
なん
)
とかして
排除
(
はいじよ
)
せねばなりますまい』
275
シ『
妨害物
(
ばうがいぶつ
)
と
仰有
(
おつしや
)
るのは
何物
(
なにもの
)
で
厶
(
ござ
)
いますか』
276
右
(
う
)
『
外
(
ほか
)
でも
厶
(
ござ
)
らぬ、
277
太子
(
たいし
)
の
君
(
きみ
)
を
此
(
この
)
儘
(
まま
)
放任
(
はうにん
)
して
置
(
お
)
いては
後日
(
ごじつ
)
の
迷惑
(
めいわく
)
、
278
仮令
(
たとへ
)
太子
(
たいし
)
殿下
(
でんか
)
に
於
(
おい
)
て、
279
再
(
ふたた
)
び
王位
(
わうゐ
)
に
就
(
つ
)
かむとする
念慮
(
ねんりよ
)
は
起
(
おこ
)
らないにしても、
280
金枝
(
きんし
)
玉葉
(
ぎよくえふ
)
の
御
(
お
)
方
(
かた
)
なれば、
281
又
(
また
)
良
(
よ
)
からぬ
不逞団
(
ふていだん
)
が
太子
(
たいし
)
を
擁立
(
ようりつ
)
し、
282
王統
(
わうとう
)
連綿
(
れんめん
)
の
真理
(
しんり
)
の
旗
(
はた
)
を
飜
(
ひるが
)
へし
押寄
(
おしよ
)
せ
来
(
きた
)
らば、
283
折角
(
せつかく
)
の
貴女
(
あなた
)
の
幸福
(
かうふく
)
も、
2831
夢
(
ゆめ
)
となるぢやありませぬか。
284
貴女
(
あなた
)
が
太子
(
たいし
)
のお
行衛
(
ゆくゑ
)
を
御存
(
ごぞん
)
じの
筈
(
はず
)
、
285
先
(
ま
)
づ
此
(
この
)
方面
(
はうめん
)
から
処置
(
しよち
)
を
致
(
いた
)
さねば
成
(
な
)
りますまい』
286
シ『
如何
(
いか
)
にもお
説
(
せつ
)
の
通
(
とほ
)
り、
287
将来
(
しやうらい
)
の
邪魔者
(
じやまもの
)
は、
288
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
で
御座
(
ござ
)
います。
289
幸
(
さいは
)
ひ
妾
(
わらは
)
は
御
(
お
)
所在
(
ありか
)
を
存
(
ぞん
)
じて
居
(
を
)
りますれば、
290
何
(
なん
)
ならお
知
(
し
)
らせ
申
(
まを
)
しても
宜
(
よろ
)
しう
厶
(
ござ
)
います』
291
右
(
う
)
『
大王
(
だいわう
)
様
(
さま
)
も
御存
(
ごぞん
)
じでいらつしやるのかな』
292
シ『イエイエ、
293
どうしてどうして
御存
(
ごぞん
)
じが
厶
(
ござ
)
いませうぞ。
294
妾
(
わらは
)
はアリナ
様
(
さま
)
から
詳
(
くは
)
しう
承
(
うけたま
)
はつて
居
(
を
)
ります』
295
右
(
う
)
『
成程
(
なるほど
)
、
296
ア、
297
そりやおでかしなさつた。
298
それでは
太子
(
たいし
)
を
捕虜
(
ほりよ
)
となし、
299
再
(
ふたた
)
び
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
上
(
あが
)
れ
無
(
な
)
いやうに
取計
(
とりはから
)
ひ、
300
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
くアリナさまを
迎
(
むか
)
へて
王位
(
わうゐ
)
に
即
(
つ
)
かせ、
301
新
(
あらた
)
に
華燭
(
くわしよく
)
の
典
(
てん
)
を
挙
(
あ
)
げさせ、
302
国政
(
こくせい
)
の
重任
(
ぢうにん
)
を
背負
(
せお
)
つて
立
(
た
)
つて
頂
(
いただ
)
かねばなりませぬから、
303
どうぞお
二方
(
ふたかた
)
の
所在
(
ありか
)
を
明細
(
めいさい
)
にお
知
(
し
)
らせ
下
(
くだ
)
さいませ』
304
シ『これ
右守
(
うもり
)
様
(
さま
)
、
305
高
(
たか
)
うは
言
(
い
)
はれませぬ。
306
天
(
てん
)
に
口
(
くち
)
、
307
壁
(
かべ
)
に
耳
(
みみ
)
、
308
どうかお
耳
(
みみ
)
をお
貸
(
か
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
309
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
右守
(
うもり
)
の
耳許
(
みみもと
)
にて
何事
(
なにごと
)
かクシヤクシヤと
囁
(
ささや
)
いた。
310
右守
(
うもり
)
は
吾
(
わが
)
計略
(
けいりやく
)
図
(
づ
)
に
当
(
あた
)
れりと
心中
(
しんちう
)
雀躍
(
こをど
)
りし
乍
(
なが
)
らワザと
真面目
(
まじめ
)
を
粧
(
よそほ
)
ひ、
311
右
(
う
)
『イヤ
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました。
312
シノブ
殿
(
どの
)
313
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
下
(
くだ
)
さいませ。
314
大王
(
だいわう
)
の
手前
(
てまへ
)
、
315
よしなにお
取
(
と
)
り
計
(
はか
)
らひを
願
(
ねが
)
ひます。
316
そして
拙者
(
せつしや
)
は
御存
(
ごぞん
)
じの
通
(
とほ
)
り
目
(
め
)
も
悪
(
わる
)
く
足
(
あし
)
も
悪
(
わる
)
く、
317
且
(
かつ
)
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
流行
(
りうかう
)
の
感冒
(
かんぱう
)
に
犯
(
をか
)
されて
居
(
を
)
りますれば、
318
到底
(
たうてい
)
ここ
二三
(
にさん
)
日
(
にち
)
は
参内
(
さんだい
)
は
叶
(
かな
)
はないだらうと、
319
そこは、
320
それ、
321
宜
(
よろ
)
しく
云
(
い
)
つておいて
下
(
くだ
)
さい。
322
何
(
なに
)
よりも
太子
(
たいし
)
を
処分
(
しよぶん
)
し、
323
アリナさまをお
迎
(
むか
)
へ
申
(
まを
)
すのが
焦眉
(
せうび
)
の
一大
(
いちだい
)
急務
(
きふむ
)
ですからな』
324
シノブは
心
(
こころ
)
の
中
(
なか
)
にて、
325
『しすましたり、
326
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
も
比較
(
ひかく
)
的
(
てき
)
組
(
くみ
)
しやすき
人物
(
じんぶつ
)
だ。
327
欲
(
よく
)
に
迷
(
まよ
)
うて
吾
(
わが
)
弁舌
(
べんぜつ
)
に
翻弄
(
ほんろう
)
され、
328
本音
(
ほんね
)
を
吐
(
は
)
き、
329
且
(
か
)
つ
妾
(
わらは
)
がためによくも
欺
(
あざむ
)
かれよつたな』
330
と
微笑
(
ほほゑ
)
みつつ
自分
(
じぶん
)
が
騙
(
だま
)
されてゐるのを、
331
うまく
騙
(
だま
)
してやつたと
得意
(
とくい
)
になつてゐる。
332
実
(
じつ
)
にうすつぺらの
智慧
(
ちゑ
)
の
持主
(
もちぬし
)
である。
333
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
、
334
もし
此
(
この
)
場
(
ば
)
に
御
(
ご
)
降臨
(
かうりん
)
あらば
彼
(
かれ
)
が
心
(
こころ
)
を
憐
(
あはれ
)
み、
335
且
(
かつ
)
笑
(
わら
)
はせ
玉
(
たま
)
ふであらう。
336
シノブは
欣然
(
きんぜん
)
として
右守
(
うもり
)
に
別
(
わか
)
れを
告
(
つ
)
げ、
337
足
(
あし
)
もイソイソ
殿内
(
でんない
)
さして
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
338
後
(
あと
)
見送
(
みおく
)
つて
右守
(
うもり
)
は
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
し、
339
『アツハヽヽヽヽ、
340
到頭
(
たうとう
)
、
341
シノブの
古狸
(
ふるだぬき
)
を
征服
(
せいふく
)
してやつた。
342
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
利口
(
りこう
)
に
見
(
み
)
えて
居
(
を
)
つても
女
(
をんな
)
は
女
(
をんな
)
だ。
343
華族
(
くわぞく
)
女学校
(
ぢよがくかう
)
の
校長
(
かうちやう
)
を
勤
(
つと
)
め
天下一
(
てんかいち
)
の
才女
(
さいぢよ
)
と
云
(
い
)
はれてゐる
女
(
をんな
)
でさへも
344
葦野
(
あしの
)
の
如
(
ごと
)
き
怪行者
(
くわいぎやうしや
)
に
頤使
(
いし
)
され
345
情
(
なさけ
)
の
種
(
たね
)
迄
(
まで
)
宿
(
やど
)
し
馬鹿
(
ばか
)
を
天下
(
てんか
)
に
曝
(
さら
)
す
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
だから、
346
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
偉
(
えら
)
いと
云
(
い
)
つても、
347
女
(
をんな
)
はヤツパリ
女
(
をんな
)
だ、
348
アツハヽヽヽ。
349
たうとうこの
右守
(
うもり
)
が
智慧
(
ちゑ
)
の
光
(
ひかり
)
に
晦
(
くらま
)
され、
350
最愛
(
さいあい
)
の
夫
(
をつと
)
の
難儀
(
なんぎ
)
になる
事
(
こと
)
も
知
(
し
)
らず、
351
本音
(
ほんね
)
を
吹
(
ふ
)
いて
帰
(
かへ
)
りよつたわい、
352
イツヒヽヽヽ』
353
かく
一人
(
ひとり
)
笑壺
(
ゑつぼ
)
に
入
(
い
)
つてゐる。
354
其処
(
そこ
)
へ
襖
(
ふすま
)
をソツと
押
(
おし
)
あけ
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
りしはサクラン
姫
(
ひめ
)
であつた。
355
『
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
356
天晴
(
あつぱれ
)
々々
(
あつぱれ
)
、
357
それでこそ
妾
(
わらは
)
の
夫
(
をつと
)
、
358
右守
(
うもり
)
の
司様
(
かみさま
)
ですわ。
359
否
(
いな
)
近
(
ちか
)
き
将来
(
しやうらい
)
における
国務
(
こくむ
)
総監
(
そうかん
)
様
(
さま
)
。
360
本当
(
ほんたう
)
に、
361
知識
(
ちしき
)
の
宝庫
(
はうこ
)
とは
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
の
事
(
こと
)
ですね。
362
妾
(
わらは
)
、
363
只今
(
ただいま
)
の
掛合
(
かけあひ
)
を
襖
(
ふすま
)
を
隔
(
へだ
)
てて
一伍
(
いちぶ
)
一什
(
しじう
)
承
(
うけたま
)
はり、
364
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
の、
365
非凡
(
ひぼん
)
な
端倪
(
たんげい
)
すべからざる
御
(
お
)
智慧
(
ちゑ
)
には
366
ゾツコン
惚
(
ほれ
)
て
了
(
しま
)
つたのですよ、
367
ホヽヽヽ』
368
右守
(
うもり
)
は
威猛高
(
ゐたけだか
)
になり、
369
『エツヘヽヽヽ、
370
俺
(
おれ
)
の
腕前
(
うでまへ
)
は、
371
まア、
372
ザツと
此
(
この
)
通
(
とほ
)
りだ。
373
俺
(
おれ
)
の
今後
(
こんご
)
の
活動
(
くわつどう
)
を
刮目
(
くわつもく
)
して
待
(
ま
)
つてゐるがよからう、
374
イツヒヽヽヽ』
375
と
腕
(
うで
)
を
組
(
く
)
んだまま、
376
上下
(
じやうげ
)
に
身体
(
しんたい
)
を
揺
(
ゆ
)
すり、
377
床板
(
ゆかいた
)
迄
(
まで
)
もメキメキと
泣
(
な
)
かしてゐる。
378
(
大正一四・一・七
新一・三〇
於月光閣
北村隆光
録)
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