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第68巻(未の巻)
序文
総説
第1篇 名花移植
01 貞操論
〔1725〕
02 恋盗詞
〔1726〕
03 山出女
〔1727〕
04 茶湯の艶
〔1728〕
第2篇 恋火狼火
05 変装太子
〔1729〕
06 信夫恋
〔1730〕
07 茶火酌
〔1731〕
08 帰鬼逸迫
〔1732〕
第3篇 民声魔声
09 衡平運動
〔1733〕
10 宗匠財
〔1734〕
11 宮山嵐
〔1735〕
12 妻狼の囁
〔1736〕
13 蛙の口
〔1737〕
第4篇 月光徹雲
14 会者浄離
〔1738〕
15 破粋者
〔1739〕
16 戦伝歌
〔1740〕
17 地の岩戸
〔1741〕
第5篇 神風駘蕩
18 救の網
〔1742〕
19 紅の川
〔1743〕
20 破滅
〔1744〕
21 祭政一致
〔1745〕
余白歌
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第一一章
宮山嵐
(
みややまあらし
)
〔一七三五〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
篇:
第3篇 民声魔声
よみ(新仮名遣い):
みんせいませい
章:
第11章 宮山嵐
よみ(新仮名遣い):
みややまあらし
通し章番号:
1735
口述日:
1925(大正14)年01月29日(旧01月6日)
口述場所:
月光閣
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年9月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
タラハン城の南にある大宮山は、タラハン王家の氏神盤古神王をまつった聖地である。
アリナはその社殿に潜めているが、そこへ父親のガンヂーがやってきて、事態収拾のために息子の処断もやむをえないと祈願する。
アリナは身の危険を感じ、父親の意気をくじこうと天狗の真似をする。
脅されたガンヂーは思わず、自分の身よりも息子の将来の守護を祈願し始める。
守旧派のガンヂーとて、国家や息子を思う心に変わりはないことが示される。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm6811
愛善世界社版:
149頁
八幡書店版:
第12輯 206頁
修補版:
校定版:
150頁
普及版:
69頁
初版:
ページ備考:
001
タラハン
城
(
じやう
)
より
正南
(
まみなみ
)
に
当
(
あた
)
つて
三千
(
さんぜん
)
メートル
許
(
ばか
)
りの
地点
(
ちてん
)
に
002
千
(
せん
)
年
(
ねん
)
の
老木
(
らうぼく
)
鬱蒼
(
うつさう
)
として
生
(
は
)
え
茂
(
しげ
)
る
風景
(
ふうけい
)
のよき
小高
(
こだか
)
き
独立
(
どくりつ
)
したる
山
(
やま
)
がある。
003
是
(
これ
)
を
国人
(
くにびと
)
はタラハンの
大宮山
(
おほみややま
)
と
称
(
とな
)
へて
居
(
ゐ
)
る。
004
山
(
やま
)
の
周
(
まは
)
りに
深
(
ふか
)
い
池
(
いけ
)
が
廻
(
めぐ
)
つて
居
(
ゐ
)
て
碧潭
(
へきたん
)
を
湛
(
たた
)
えて
居
(
ゐ
)
る。
005
此
(
この
)
山
(
やま
)
にはウラル
教
(
けう
)
の
祖神
(
そしん
)
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
が
宮柱
(
みやばしら
)
太敷
(
ふとしき
)
建
(
た
)
て、
006
開闢
(
かいびやく
)
の
昔
(
むかし
)
より
鎮祭
(
ちんさい
)
され
007
タラハン
王家
(
わうけ
)
の
氏神
(
うぢがみ
)
として
王家
(
わうけ
)
の
尊敬
(
そんけい
)
最
(
もつと
)
も
深
(
ふか
)
く
008
市民
(
しみん
)
は
此地
(
ここ
)
を
唯一
(
ただひとつ
)
の
遊園地
(
いうゑんち
)
として
公園
(
こうゑん
)
の
如
(
ごと
)
くに
取
(
と
)
り
扱
(
あつ
)
かつて
居
(
ゐ
)
た。
009
八日
(
やうか
)
の
月
(
つき
)
は
楕円形
(
だゑんけい
)
の
姿
(
すがた
)
を
現
(
あら
)
はして
宮山
(
みややま
)
の
空
(
そら
)
高
(
たか
)
く
輝
(
かがや
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
010
幾百
(
いくひやく
)
とも
知
(
し
)
れぬ
時鳥
(
ほととぎす
)
の
鳴
(
な
)
き
声
(
ごゑ
)
は
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
雅趣
(
がしゆ
)
を
帯
(
お
)
び、
011
文人
(
ぶんじん
)
墨客
(
ぼくきやく
)
の
夜
(
よ
)
な
夜
(
よ
)
な
杖
(
つゑ
)
を
曳
(
ひ
)
くもの
引
(
ひ
)
きも
切
(
き
)
らない
有様
(
ありさま
)
である。
012
然
(
しか
)
るにタラハン
市
(
し
)
の
大火災
(
だいくわさい
)
が
起
(
おこ
)
つてからは
時鳥
(
ほととぎす
)
を
聞
(
き
)
きに
行
(
ゆ
)
くやうな
閑人
(
かんじん
)
もなく、
013
又
(
また
)
あつた
所
(
ところ
)
が
世間
(
せけん
)
を
憚
(
はば
)
かつて
足
(
あし
)
を
踏
(
ふ
)
み
込
(
こ
)
む
者
(
もの
)
も
無
(
な
)
かつた。
014
左守
(
さもり
)
ガンヂーの
悴
(
せがれ
)
アリナは
取締所
(
とりしまりしよ
)
の
捜索隊
(
さうさくたい
)
を
避
(
さ
)
けて、
015
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
を
祭
(
まつ
)
りたる
古
(
ふる
)
き
社殿
(
しやでん
)
の
中
(
なか
)
に
身
(
み
)
を
忍
(
しの
)
び
時
(
とき
)
の
至
(
いた
)
るを
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
た。
016
民衆
(
みんしう
)
救護団
(
きうごだん
)
の
団員
(
だんゐん
)
として
聞
(
きこ
)
えたるハンダ、
017
ベルツの
両人
(
りやうにん
)
は、
018
目付
(
めつけ
)
の
鋭鋒
(
えいほう
)
を
避
(
さ
)
けて
社
(
やしろ
)
の
階段
(
かいだん
)
の
中程
(
なかほど
)
に
腰
(
こし
)
打
(
う
)
ちかけ
019
ヒソビソと
囁
(
ささや
)
いてゐる。
020
ハンダ『オイ、
021
ベルツ、
022
惜
(
を
)
しい
事
(
こと
)
をしたぢやないか。
023
も
些
(
すこ
)
し
目付
(
めつけ
)
連
(
れん
)
の
出動
(
しゆつどう
)
が
遅
(
おそ
)
ければ、
024
右守
(
うもり
)
の
館
(
やかた
)
も
遣
(
や
)
つ
付
(
つ
)
けて
仕舞
(
しま
)
ふのだつたのに、
025
取返
(
とりかへ
)
しの
付
(
つ
)
かぬ
事
(
こと
)
を
遣
(
や
)
つて
了
(
しま
)
つたぢや
無
(
な
)
いか。
026
彼
(
あ
)
の
際
(
さい
)
に
遣
(
や
)
り
損
(
そこ
)
ねたものだから
目付
(
めつけ
)
の
奴
(
やつ
)
、
027
四方
(
しはう
)
八方
(
はつぱう
)
にスパイを
廻
(
まは
)
し、
028
危
(
あぶな
)
くつて
手
(
て
)
も
足
(
あし
)
も
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
出
(
だ
)
す
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ない。
029
何
(
なん
)
とかして
彼奴
(
きやつ
)
を
片付
(
かたづ
)
けねば、
030
到底
(
たうてい
)
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
の
目的
(
もくてき
)
は
達
(
たつ
)
せられないだらうよ』
031
ベルツ『
今
(
いま
)
となつて
死
(
し
)
んだ
子
(
こ
)
の
年
(
とし
)
を
数
(
かぞ
)
えるやうに
愚痴
(
ぐち
)
つて
見
(
み
)
た
所
(
ところ
)
で
仕
(
し
)
やうが
無
(
な
)
いぢやないか。
032
まアまア
時節
(
じせつ
)
を
待
(
ま
)
つのだなア。
033
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
惜
(
を
)
しい
事
(
こと
)
には
左守
(
さもり
)
のガンヂーを
取逃
(
とりにが
)
したのが
残念
(
ざんねん
)
だ。
034
彼
(
あ
)
の
夜
(
よ
)
さ
035
彼奴
(
あいつ
)
は
玉
(
たま
)
の
原
(
はら
)
の
別荘
(
べつさう
)
に
居
(
ゐ
)
やがつたので、
036
死損
(
しにぞこな
)
ひの
命
(
いのち
)
を
助
(
たす
)
かりやがつたのだ。
037
も
些
(
ちつ
)
と
彼奴
(
あいつ
)
の
居処
(
ゐどころ
)
を
調
(
しら
)
べてから
遣
(
や
)
つたら
宜
(
よ
)
かつたのだけれどもなア』
038
ハンダ『
何
(
なに
)
039
あんな
老耄爺
(
おいぼれおやぢ
)
、
040
放
(
ほ
)
つて
置
(
お
)
いても、
041
もう
爰
(
ここ
)
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
と
寿命
(
じゆみやう
)
は
有
(
あ
)
るまい。
042
手
(
て
)
を
下
(
くだ
)
さずに
敵
(
てき
)
を
亡
(
ほろ
)
ぼさうと
儘
(
まま
)
だ、
043
放
(
ほ
)
つとけば
自然
(
しぜん
)
死
(
し
)
ぬる
代物
(
しろもの
)
だ』
044
ベルツ『
俺
(
おれ
)
だつて
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つたら
死
(
し
)
ぬるぢやないか。
045
是
(
これ
)
丈
(
だけ
)
国民
(
こくみん
)
の
苦
(
くる
)
しむで
居
(
ゐ
)
る
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に、
046
彼
(
あ
)
んな
奴
(
やつ
)
を
一
(
いち
)
日
(
にち
)
でも
生
(
い
)
かして
置
(
お
)
けば
一
(
いち
)
日
(
にち
)
丈
(
だけ
)
でも
国家
(
こくか
)
の
損害
(
そんがい
)
だ、
047
彼奴
(
きやつ
)
が、
048
一
(
いち
)
日
(
にち
)
早
(
はや
)
く
死
(
し
)
ねば、
049
少
(
すくな
)
くとも
千
(
せん
)
人
(
にん
)
位
(
ぐらゐ
)
の
人
(
ひと
)
が
助
(
たす
)
かるのだ。
050
彼奴
(
きやつ
)
が
十日
(
とをか
)
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
居
(
を
)
れば
万人
(
ばんにん
)
の
人
(
ひと
)
が
饑餓
(
かつゑ
)
て
死
(
し
)
ぬる
勘定
(
かんぢやう
)
だ。
051
夫
(
そ
)
れだから
俺
(
おれ
)
は「
一刻
(
いつこく
)
も
猶予
(
いうよ
)
ならぬ」と
主張
(
しゆちやう
)
したのだが、
052
大体
(
だいたい
)
貴様
(
きさま
)
のやり
方
(
かた
)
が
緩漫
(
くわんまん
)
だから
蜂
(
はち
)
の
巣
(
す
)
を
突
(
つ
)
いたやうな
事
(
こと
)
をやつて
仕舞
(
しま
)
つて、
053
二進
(
につち
)
も
三進
(
さつち
)
も
仕
(
し
)
やうのないやうな
事
(
こと
)
になつて
了
(
しま
)
つたぢやないか。
054
大頭目
(
だいとうもく
)
のバランス
女史
(
ぢよし
)
は
取締所
(
とりしまりしよ
)
へ
引
(
ひ
)
かれると
云
(
い
)
ふ
有様
(
ありさま
)
、
055
先
(
ま
)
づ
吾々
(
われわれ
)
の
計画
(
けいくわく
)
が
甘
(
うま
)
く
図
(
づ
)
に
当
(
あた
)
つて
漸
(
やうや
)
く
取返
(
とりかへ
)
しは
仕
(
し
)
たものの、
056
其
(
その
)
後
(
ご
)
と
云
(
い
)
ふものは
七八
(
しちはち
)
人
(
にん
)
のスパイが
尾行
(
びかう
)
して
居
(
ゐ
)
るから、
057
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
英雄
(
えいゆう
)
豪傑
(
がうけつ
)
のバランス
親分
(
おやぶん
)
だつて、
058
手
(
て
)
の
出
(
だ
)
しやうが
無
(
な
)
いぢやないか』
059
ハ『まアさう
慌
(
あわ
)
てるものぢやない。
060
親分
(
おやぶん
)
はあゝして
尾行
(
びかう
)
付
(
つき
)
として
置
(
お
)
けば、
061
取締所
(
とりしまりしよ
)
の
奴
(
やつ
)
は
凡暗
(
ぼんくら
)
だから、
062
安心
(
あんしん
)
して
段々
(
だんだん
)
と
目配線
(
めくばりせん
)
を
緩
(
ゆる
)
めるに
相違
(
さうゐ
)
ない。
063
其
(
その
)
時
(
とき
)
はバランス
親分
(
おやぶん
)
に
成
(
な
)
り
代
(
かは
)
り、
064
俺
(
おれ
)
とお
前
(
まへ
)
が
国内
(
こくない
)
の
団員
(
だんいん
)
を
煽動
(
せんどう
)
して
065
水
(
みづ
)
も
漏
(
も
)
らさぬ
計画
(
けいくわく
)
の
下
(
もと
)
に、
0651
クーデターを
決行
(
けつかう
)
しようぢや
無
(
な
)
いか。
066
今日
(
けふ
)
のやうにスパイが
迂路
(
うろ
)
つき
圧迫
(
あつぱく
)
を
受
(
う
)
けて
居
(
ゐ
)
ては、
067
如何
(
いか
)
に
智謀
(
ちぼう
)
絶倫
(
ぜつりん
)
の
俺
(
おれ
)
だと
云
(
い
)
つても
手
(
て
)
の
着
(
つ
)
けやうが
無
(
な
)
い。
068
まアまア
時節
(
じせつ
)
を
待
(
ま
)
つ
事
(
こと
)
だなア』
069
ベ『
左守
(
さもり
)
右守
(
うもり
)
を
取
(
と
)
り
逃
(
に
)
がしたのは
残念
(
ざんねん
)
だが、
070
併
(
しか
)
し
彼
(
あ
)
の
左守
(
さもり
)
の
悴
(
せがれ
)
アリナと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は、
071
今
(
いま
)
はあゝして
居
(
ゐ
)
るけれど、
072
実際
(
じつさい
)
は
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
の
味方
(
みかた
)
だよ。
073
今度
(
こんど
)
事
(
こと
)
を
挙
(
あ
)
げても
彼奴
(
きやつ
)
ばかり、
074
助
(
たす
)
けねば
成
(
な
)
るまい』
075
ハ『ウンさうかも
知
(
し
)
れない。
076
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
大目付
(
おほめつけ
)
に
憎
(
にく
)
まれて
何処
(
どこ
)
かへ
逃
(
に
)
げたと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
077
鳶
(
とび
)
が
鷹
(
たか
)
を
生
(
う
)
むと
云
(
い
)
ふ
譬
(
たとへ
)
があるが、
078
本当
(
ほんたう
)
に
彼
(
あ
)
のアリナと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は、
079
吾々
(
われわれ
)
に
取
(
と
)
つては
頼母
(
たのも
)
しい
人物
(
じんぶつ
)
かも
知
(
し
)
れない。
080
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
からサクレンスの
屋敷
(
やしき
)
を
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
の
部下
(
ぶか
)
に
交
(
かは
)
る
交
(
がは
)
る
伺
(
うかが
)
はして
居
(
ゐ
)
るが、
081
彼
(
あ
)
の
大火災
(
だいくわさい
)
以来
(
いらい
)
警戒
(
けいかい
)
が
厳
(
げん
)
になり、
082
屋敷
(
やしき
)
の
周囲
(
ぐるり
)
には
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
目付
(
めつけ
)
を
以
(
もつ
)
て
固
(
かた
)
め、
083
外出
(
ぐわいしゆつ
)
の
時
(
とき
)
には
侍
(
さむらひ
)
に
鉄砲
(
てつぱう
)
を
担
(
かつ
)
がせて
登城
(
とじやう
)
すると
云
(
い
)
ふ
厳重
(
げんぢう
)
の
目配
(
めくばり
)
振
(
ぶ
)
りだから、
084
マア
暫
(
しばら
)
くの
間
(
あひだ
)
は
彼奴
(
きやつ
)
の
命
(
いのち
)
も
預
(
あづ
)
かつて
置
(
お
)
くより
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
いワ』
085
ベ『
左守
(
さもり
)
の
悴
(
せがれ
)
、
086
アリナは
何処
(
どこ
)
かへ
逃
(
に
)
げたと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だが、
087
噂
(
うはさ
)
に
聞
(
き
)
けば
妙法
(
スダルマ
)
様
(
さま
)
も
亦
(
また
)
行衛
(
ゆくへ
)
が
不明
(
ふめい
)
だと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
ぢや
無
(
な
)
いか、
088
彼
(
あ
)
の
太子
(
たいし
)
も
余程
(
よほど
)
新
(
あた
)
らしい
思想
(
しさう
)
を
以
(
もつ
)
て
居
(
ゐ
)
るらしい。
089
彼
(
あ
)
のアリナを
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
寵臣
(
ちようしん
)
として
使
(
つか
)
つて
居
(
ゐ
)
た
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
へば、
090
カラピン
大王
(
だいわう
)
のやうな
没分暁漢
(
わからずや
)
では
有
(
あ
)
るまい。
091
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
は
別
(
べつ
)
に
妙法
(
スダルマ
)
様
(
さま
)
が
世
(
よ
)
に
出
(
で
)
て
立派
(
りつぱ
)
な
政治
(
せいぢ
)
をさへして
下
(
くだ
)
されば、
092
何所
(
どこ
)
までも
喜
(
よろこ
)
んで
従
(
したが
)
ふのだ。
093
唯
(
ただ
)
憎
(
にく
)
らしいのは
君側
(
くんそく
)
を
汚
(
けが
)
す
右守
(
うもり
)
、
094
左守
(
さもり
)
、
095
其
(
その
)
他
(
た
)
の
重臣
(
ぢうしん
)
共
(
ども
)
だ。
096
そして
第一
(
だいいち
)
気
(
き
)
に
喰
(
く
)
はないのは
大小名
(
だいせうみやう
)
や
物持
(
ものも
)
ちの
奴
(
やつ
)
等
(
ら
)
だ。
097
是
(
これ
)
丈
(
だ
)
け
民衆
(
みんしう
)
の
声
(
こゑ
)
が
彼奴
(
きやつ
)
等
(
ら
)
の
奴聾
(
どつんぼ
)
の
耳
(
みみ
)
には
通
(
とほ
)
ら
無
(
な
)
いのだから、
098
寧
(
むし
)
ろ
憐
(
あはれ
)
むべき
代物
(
しろもの
)
だ。
099
地雷火
(
ぢらいくわ
)
の
伏
(
ふ
)
せて
有
(
あ
)
る
上
(
うへ
)
に
安閑
(
あんかん
)
として
睡
(
ねむ
)
つて
居
(
ゐ
)
る
代物
(
しろもの
)
だよ』
100
ハ『オイ、
101
ベルツ、
102
何
(
なん
)
だか
階段
(
かいだん
)
を
登
(
のぼ
)
つて
来
(
く
)
る
影
(
かげ
)
が
見
(
み
)
えるぢやないか』
103
ベ『
成
(
な
)
る
程
(
ほど
)
、
104
あの
提灯
(
ちやうちん
)
は
左守家
(
さもりけ
)
の
印
(
しるし
)
が
這入
(
はい
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
105
左守
(
さもり
)
の
奴
(
やつ
)
、
106
沢山
(
たくさん
)
の
守侍
(
もりざむらひ
)
を
連
(
つ
)
れて
遣
(
や
)
つて
来
(
き
)
たのだ。
107
何
(
ど
)
うやら
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
を
取
(
と
)
り
押
(
おさ
)
へに
来
(
きた
)
らしいよ。
108
オイ、
109
油断
(
ゆだん
)
は
大敵
(
たいてき
)
だ、
110
逃
(
に
)
げろ
逃
(
に
)
げろ』
111
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
二人
(
ふたり
)
は
階段
(
かいだん
)
を
上
(
のぼ
)
り、
1111
社殿
(
しやでん
)
の
後
(
うしろ
)
へ
廻
(
まは
)
り
112
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
下樹
(
したき
)
の
生
(
お
)
ひ
茂
(
しげ
)
つた
森
(
もり
)
の
中
(
なか
)
を
倒
(
こ
)
けつ
転
(
まろ
)
びつ
113
茨
(
いばら
)
にひつかかれ
顔
(
かほ
)
と
手
(
て
)
とを
傷
(
きず
)
つけながら
1131
森
(
もり
)
を
潜
(
くぐ
)
り
114
宮山
(
みややま
)
の
南麓
(
なんろく
)
の
一本橋
(
いつぽんばし
)
を
渡
(
わた
)
つて
115
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
並山
(
なみやま
)
の
方面
(
はうめん
)
さして
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
く。
116
左守
(
さもり
)
のガンヂーは
太
(
ふと
)
い
杖
(
つゑ
)
を
突
(
つ
)
き
乍
(
なが
)
ら
漸
(
やうや
)
く
階段
(
かいだん
)
を
昇
(
のぼ
)
り
来
(
きた
)
り、
117
二十
(
にじふ
)
人
(
にん
)
の
護衛兵
(
ごゑいへい
)
に
四方
(
しはう
)
を
取
(
と
)
り
巻
(
ま
)
かせ
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
に
坐
(
すわ
)
り
込
(
こ
)
み、
118
拍手
(
はくしゆ
)
の
音
(
おと
)
も
静
(
しづか
)
に
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
め
初
(
はじ
)
めた。
119
『
掛巻
(
かけまく
)
も
畏
(
かしこ
)
き
大宮山
(
おほみややま
)
の
上
(
うは
)
つ
岩根
(
いはね
)
に
宮柱
(
みやばしら
)
太敷
(
ふとし
)
き
立
(
た
)
てて
永久
(
とことは
)
に
鎮
(
しづ
)
まります
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
塩長彦
(
しほながひこの
)
命
(
みこと
)
の
大前
(
おほまへ
)
に
120
タラハン
城
(
じやう
)
の
柱石
(
ちうせき
)
と
仕
(
つか
)
へまつる
左守
(
さもり
)
の
司
(
かみ
)
ガンヂー
謹
(
つつし
)
み
敬
(
ゐやま
)
ひ
畏
(
かしこ
)
み
畏
(
かしこ
)
み
祈
(
いの
)
り
奉
(
たてまつ
)
ります。
121
如何
(
いか
)
なる
曲神
(
まがかみ
)
の
曲禍
(
まがわざはひ
)
にや、
122
カラピン
王
(
わう
)
様
(
さま
)
は
思
(
おも
)
ひがけない
重病
(
ぢうびやう
)
に
罹
(
かか
)
らせたまひ、
123
お
命
(
いのち
)
の
程
(
ほど
)
も
計
(
はか
)
られず、
124
お
蔭様
(
かげさま
)
によつて
殆
(
ほと
)
んど
御
(
ご
)
臨終
(
りんじう
)
かと
大小名
(
だいせうみやう
)
一同
(
いちどう
)
が
憂
(
うれ
)
ひに
沈
(
しづ
)
みましたが、
125
漸
(
やうや
)
く
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
少
(
すこ
)
しく
御
(
お
)
快
(
こころ
)
よき
方
(
はう
)
にならせられましたなれど、
126
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つても
御
(
ご
)
老体
(
らうたい
)
、
127
到底
(
たうてい
)
此
(
この
)
儘
(
まま
)
では
平年
(
へいねん
)
の
御
(
ご
)
寿命
(
じゆみやう
)
も
難
(
むつかし
)
からうと
存
(
ぞん
)
じます。
128
今
(
いま
)
やタラハン
国
(
ごく
)
は、
129
各地
(
かくち
)
に
暴動
(
ばうどう
)
起
(
おこ
)
り
国家
(
こくか
)
の
危急
(
ききう
)
目前
(
もくぜん
)
に
迫
(
せま
)
り
居
(
を
)
ります
際
(
さい
)
、
130
国
(
くに
)
の
要
(
かなめ
)
のカラピン
王
(
わう
)
殿下
(
でんか
)
が
万一
(
まんいち
)
御
(
ご
)
昇天
(
しやうてん
)
でも
遊
(
あそ
)
ばすやうな
事
(
こと
)
が
御座
(
ござ
)
いましては、
131
吾々
(
われわれ
)
大名
(
だいみやう
)
を
初
(
はじ
)
め
国民
(
こくみん
)
の
歎
(
なげ
)
きは
如何
(
いか
)
ばかりか
計
(
はか
)
り
知
(
し
)
られませぬ、
132
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
が
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
に
依
(
よ
)
りまして、
133
一
(
いち
)
日
(
にち
)
も
早
(
はや
)
く
御
(
ご
)
全快
(
ぜんくわい
)
遊
(
あそ
)
ばしますやう、
134
偏
(
ひとへ
)
に
祈
(
いの
)
り
奉
(
たてまつ
)
ります。
135
次
(
つぎ
)
には
妙法
(
スダルマン
)
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
136
先日
(
せんじつ
)
の
火災
(
くわさい
)
の
有
(
あ
)
りし
日
(
ひ
)
より、
137
踪跡
(
そうせき
)
を
晦
(
くら
)
まし
給
(
たま
)
ひ
138
今
(
いま
)
に
御
(
お
)
行衛
(
ゆくへ
)
も
分明
(
ぶんめい
)
ならず、
139
大名
(
だいみやう
)
共
(
ども
)
は
日夜
(
にちや
)
殿内
(
でんない
)
に
集
(
あつ
)
まり
種々
(
しゆじゆ
)
と
協議
(
けふぎ
)
を
為
(
な
)
し、
140
目付
(
めつけ
)
連
(
れん
)
を
四方
(
よも
)
に
派遣
(
はけん
)
し
捜索
(
そうさく
)
に
勤
(
つと
)
めて
居
(
を
)
りますが、
141
今
(
いま
)
に
何
(
なん
)
の
頼
(
たよ
)
りも
御座
(
ござ
)
いませぬ。
142
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
一
(
いち
)
日
(
にち
)
も
早
(
はや
)
く
太子
(
たいし
)
のお
行衛
(
ゆくへ
)
が
分
(
わか
)
りまして
城内
(
じやうない
)
へお
迎
(
むか
)
へ
申
(
まを
)
す
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ますやうに、
143
お
祈
(
いの
)
り
申
(
まを
)
します。
144
不幸
(
ふかう
)
にして
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
が
御
(
ご
)
昇天
(
しようてん
)
遊
(
あそ
)
ばす
様
(
やう
)
な
事
(
こと
)
が
御座
(
ござ
)
いましたら、
145
直
(
すぐ
)
様
(
さま
)
王位
(
わうゐ
)
を
継承
(
けいしやう
)
遊
(
あそ
)
ばさねばならぬ
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
のお
行衛
(
ゆくへ
)
が
知
(
し
)
れぬやうな
事
(
こと
)
では
146
此
(
この
)
乱
(
みだ
)
れたる
国家
(
こくか
)
を
治
(
をさ
)
める
事
(
こと
)
は
到底
(
たうてい
)
不可能
(
ふかのう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
147
どうぞ
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
が
御
(
ご
)
無事
(
ぶじ
)
でいらせられまして、
148
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
城内
(
じやうない
)
へお
帰
(
かへ
)
り
下
(
くだ
)
さいますやう、
149
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
を
祈
(
いの
)
り
上
(
あ
)
げ
奉
(
たてまつ
)
ります。
150
又
(
また
)
私
(
わたくし
)
の
悴
(
せがれ
)
アリナと
申
(
まを
)
すもの、
151
去
(
さ
)
る
五日
(
いつか
)
の
火災
(
くわさい
)
の
夜
(
よる
)
より
行方
(
ゆくへ
)
不明
(
ふめい
)
となりまして
厶
(
ござ
)
いますれば、
152
是
(
これ
)
も
恐
(
おそ
)
れ
乍
(
なが
)
ら
無事
(
ぶじ
)
に
帰
(
かへ
)
つて
参
(
まゐ
)
りますやう、
153
さうして
彼
(
かれ
)
は
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
を
唆
(
そそのか
)
し
種々
(
いろいろ
)
の
好
(
よ
)
からぬ
智慧
(
ちゑ
)
をつけましたもので
厶
(
ござ
)
いますから、
154
彼
(
かれ
)
を
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
捕縛
(
ほばく
)
致
(
いた
)
しまして、
155
民衆
(
みんしう
)
の
前
(
まへ
)
で
重
(
おも
)
き
刑
(
けい
)
に
処
(
しよ
)
さねば、
156
何時
(
いつ
)
までも
此
(
この
)
国
(
くに
)
は
治
(
をさま
)
りませぬ。
157
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
様
(
さま
)
、
158
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
此
(
この
)
老臣
(
らうしん
)
が
願
(
ねが
)
ひをお
聞
(
き
)
き
下
(
くだ
)
さいますやう、
159
王家
(
わうけ
)
の
為
(
た
)
め
国家
(
こくか
)
の
為
(
た
)
め
赤心
(
まごころ
)
を
捧
(
ささ
)
げて
祈
(
いの
)
り
奉
(
たてまつ
)
ります』
160
アリナは
社
(
やしろ
)
の
中
(
なか
)
に
身
(
み
)
を
潜
(
ひそ
)
め
乍
(
なが
)
ら、
161
父
(
ちち
)
ガンヂーの
祈願
(
きぐわん
)
を
残
(
のこ
)
らず
聞
(
き
)
き
終
(
をは
)
り、
162
『や、
163
こいつは
大変
(
たいへん
)
だ。
164
爺
(
おやぢ
)
までがグルに
成
(
な
)
つて
俺
(
おれ
)
を
探
(
さが
)
し
出
(
だ
)
し
民衆
(
みんしう
)
の
前
(
まへ
)
で
殺
(
ころ
)
す
積
(
つも
)
りだな。
165
よし
一人
(
ひとり
)
より
無
(
な
)
い
子
(
こ
)
を
殺
(
ころ
)
さうと
云
(
い
)
ふ
鬼心
(
おにごころ
)
なら、
166
此方
(
こつち
)
も
此方
(
こつち
)
だ。
167
父
(
ちち
)
々
(
ちち
)
たらずんば
子
(
こ
)
々
(
こ
)
たらずとは
聖者
(
せいじや
)
の
金言
(
きんげん
)
、
168
よし
一
(
ひと
)
つ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
仮声
(
こはいろ
)
を
使
(
つか
)
つて
169
爺
(
おやぢ
)
の
肝玉
(
きもだま
)
を
挫
(
くじ
)
いて
呉
(
く
)
れむ』
170
と
独
(
ひと
)
り
諾
(
うなづ
)
き
乍
(
なが
)
ら、
171
社殿
(
しやでん
)
も
はじける
許
(
ばか
)
りの
唸
(
うな
)
り
声
(
ごゑ
)
を
出
(
だ
)
し、
172
臍下
(
さいか
)
丹田
(
たんでん
)
に
息
(
いき
)
を
詰
(
つ
)
めて、
173
『ウーウー』
174
と
唸
(
うな
)
り
出
(
だ
)
した。
175
左守
(
さもり
)
のガンヂーを
初
(
はじ
)
め
守侍
(
もりざむらひ
)
共
(
ども
)
は
殿内
(
でんない
)
の
唸
(
うな
)
り
声
(
ごゑ
)
に
肝
(
きも
)
を
潰
(
つぶ
)
し、
176
体
(
からだ
)
を
慄
(
ふる
)
はせ
乍
(
なが
)
ら
大地
(
だいち
)
に
蹲
(
うづく
)
まつて
仕舞
(
しま
)
つた。
177
アリナ『
此
(
この
)
方
(
はう
)
は
大宮山
(
おほみややま
)
に
斎
(
いつ
)
き
祭
(
まつ
)
れる
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
塩長彦
(
しほながひこの
)
大神
(
おほかみ
)
の
一
(
いち
)
の
眷族
(
けんぞく
)
天真坊
(
てんしんばう
)
で
厶
(
ござ
)
るぞよ。
178
汝
(
なんぢ
)
ガンヂーとやら、
179
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
不届
(
ふとどき
)
至極
(
しごく
)
にも
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
の
昔
(
むかし
)
モンドル
姫
(
ひめ
)
を
唆
(
そその
)
かし
悪逆
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
を
敢行
(
かんかう
)
せしめ、
180
カラピン
王
(
わう
)
の
精神
(
せいしん
)
迄
(
まで
)
も
狂
(
くる
)
はせ、
181
無二
(
むに
)
の
忠臣
(
ちうしん
)
左守
(
さもり
)
のシャカンナを
城内
(
じやうない
)
より
追
(
お
)
ひ
出
(
だ
)
し、
182
己
(
おのれ
)
取
(
と
)
つて
代
(
かは
)
つて
左守
(
さもり
)
となり、
183
国民
(
こくみん
)
を
苦
(
くる
)
しめ、
1831
国家
(
こくか
)
を
乱
(
みだ
)
せし
悪逆
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
の
張本人
(
ちやうほんにん
)
だ。
184
去
(
さ
)
る
五日
(
いつか
)
の
城下
(
じやうか
)
の
大騒動
(
おほさうどう
)
も
元
(
もと
)
を
糺
(
ただ
)
せば
汝
(
なんぢ
)
がため。
185
なぜ
責任
(
せきにん
)
を
悟
(
さと
)
つて
自殺
(
じさつ
)
を
遂
(
と
)
げ、
186
王家
(
わうけ
)
及
(
およ
)
び
国民
(
こくみん
)
に
其
(
その
)
罪
(
つみ
)
を
謝
(
しや
)
さないのか、
187
不届
(
ふとどき
)
至極
(
しごく
)
の
痴漢
(
しれもの
)
奴
(
め
)
。
188
其
(
その
)
皺腹
(
しわばら
)
を
掻
(
か
)
き
切
(
き
)
る
位
(
くらゐ
)
が
惜
(
を
)
しいのか、
189
否
(
いや
)
命
(
いのち
)
が
惜
(
を
)
しいのか。
190
痛
(
いた
)
さに
怯
(
おび
)
えてよう
切
(
き
)
らないのか。
191
てもさてもいい
腰抜
(
こしぬけ
)
野郎
(
やらう
)
だなア』
192
ガンヂーは
慄
(
ふる
)
ひ
声
(
ごゑ
)
を
出
(
だ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
193
『いやもう
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
つて
厶
(
ござ
)
います。
194
老先
(
おいさき
)
短
(
みじ
)
かき
吾
(
わが
)
命
(
いのち
)
、
195
決
(
けつ
)
して
惜
(
を
)
しみは
致
(
いた
)
しませぬが、
196
今
(
いま
)
此
(
この
)
際
(
さい
)
私
(
わたくし
)
が
目
(
め
)
を
眠
(
つむ
)
りますればタラハン
国
(
ごく
)
は
瞬
(
またた
)
く
間
(
うち
)
に
滅亡
(
めつぼう
)
致
(
いた
)
し、
197
王家
(
わうけ
)
は
滅
(
ほろ
)
び、
198
遂
(
つひ
)
に
赤色旗
(
せきしよくき
)
が
城頭
(
じやうとう
)
に
立
(
た
)
てらるる
様
(
やう
)
に
成
(
な
)
るで
御座
(
ござ
)
りませう。
199
是
(
これ
)
を
思
(
おも
)
へば
大切
(
だいじ
)
な
私
(
わたくし
)
の
命
(
いのち
)
、
200
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
を
思
(
おも
)
へば
死
(
し
)
ぬ
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ』
201
ア『
其
(
その
)
方
(
はう
)
が
此
(
この
)
世
(
よ
)
にある
事
(
こと
)
一日
(
いちじつ
)
なれば
一
(
いち
)
日
(
にち
)
国家
(
こくか
)
の
損害
(
そんがい
)
だ。
202
国家
(
こくか
)
の
滅亡
(
めつぼう
)
を
早
(
はや
)
めるのは
其
(
その
)
方
(
はう
)
が
生
(
いき
)
て
居
(
を
)
るからだ。
203
真
(
しん
)
に
国家
(
こくか
)
国民
(
こくみん
)
を
救
(
すく
)
はむとする
赤心
(
まごころ
)
あらば、
204
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
自殺
(
じさつ
)
を
致
(
いた
)
すか、
205
それがつらいと
思
(
おも
)
はば
一切
(
いつさい
)
の
重職
(
ぢうしよく
)
を
王家
(
わうけ
)
に
返上
(
へんじやう
)
し、
206
焼
(
や
)
け
残
(
のこ
)
つた
別荘
(
べつさう
)
も
国家
(
こくか
)
に
献
(
けん
)
じ
民衆
(
みんしう
)
の
娯楽場
(
ごらくぢやう
)
と
為
(
な
)
し、
207
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
罪亡
(
つみほろ
)
ぼしの
為
(
た
)
め
乞食
(
こじき
)
となつて
天下
(
てんか
)
を
流浪
(
るらう
)
致
(
いた
)
し、
208
下
(
しも
)
万民
(
ばんみん
)
の
生活
(
せいくわつ
)
状態
(
じやうたい
)
を
新
(
あたら
)
しく
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
るがよからう。
209
どうだ
210
合点
(
がつてん
)
が
行
(
い
)
つたか』
211
ガン『ハハ、
212
ハイ、
213
左様
(
さやう
)
心得
(
こころえ
)
まして
厶
(
ござ
)
います。
214
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
私
(
わたくし
)
は
乞食
(
こじき
)
になつても
国家
(
こくか
)
の
為
(
た
)
めなら
厭
(
いと
)
いませぬが、
215
あの
悴
(
せがれ
)
奴
(
め
)
を
代
(
かは
)
りに
助
(
たす
)
けて
下
(
くだ
)
さいませ。
216
さうして
細々
(
ほそぼそ
)
乍
(
なが
)
らも
左守
(
さもり
)
の
家
(
いへ
)
を
継
(
つ
)
ぎますやう、
217
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
を
願
(
ねが
)
ひ
奉
(
たてまつ
)
ります』
218
ア『これやこれや
老耄
(
おいぼれ
)
、
219
汝
(
なんぢ
)
は
狼狽
(
うろたへ
)
たか、
220
血迷
(
ちまよ
)
うたか。
221
「
悴
(
せがれ
)
のアリナを
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
捕縛
(
ほばく
)
し、
222
民衆
(
みんしう
)
の
面前
(
めんぜん
)
にて
重
(
おも
)
き
刑
(
けい
)
に
処
(
しよ
)
せなくては
民心
(
みんしん
)
を
治
(
をさ
)
める
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ない」と
唯今
(
ただいま
)
申
(
まを
)
したではないか。
223
汝
(
なんぢ
)
は
神
(
かみ
)
の
前
(
まへ
)
に
来
(
きた
)
つて
口
(
くち
)
と
心
(
こころ
)
の
裏表
(
うらおもて
)
を
使
(
つか
)
ふ
不届
(
ふとどき
)
至極
(
しごく
)
の
奴
(
やつ
)
だ。
224
待
(
ま
)
て、
225
今
(
いま
)
に
神
(
かみ
)
が
手
(
て
)
づから
成敗
(
せいばい
)
を
致
(
いた
)
してくれむ、
226
ウー』
227
と
社殿
(
しやでん
)
も
割
(
わる
)
る
許
(
ばか
)
りの
大音声
(
だいおんじやう
)
にて
唸
(
うな
)
り
立
(
た
)
てた。
228
守侍
(
もりざむらひ
)
はガンヂーを
捨
(
す
)
てて
吾
(
われ
)
先
(
さき
)
にと
階段
(
かいだん
)
を
下
(
くだ
)
り、
229
武器
(
ぶき
)
を
捨
(
す
)
て
命辛々
(
いのちからがら
)
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
く。
230
ガンヂーも
亦
(
また
)
、
231
怖
(
おそろし
)
さ
淋
(
さび
)
しさに
居耐
(
ゐたた
)
まらず
232
百二十
(
ひやくにじふ
)
段
(
だん
)
の
階段
(
かいだん
)
を
毬
(
まり
)
の
如
(
ごと
)
く
転
(
ころ
)
げ
乍
(
なが
)
ら
落
(
お
)
ち
下
(
くだ
)
り、
233
数ケ所
(
すうかしよ
)
に
打
(
う
)
ち
創
(
きず
)
を
負
(
お
)
ひ、
234
はふはふの
体
(
てい
)
にて
玉
(
たま
)
の
原
(
はら
)
の
別荘
(
べつさう
)
さして
杖
(
つゑ
)
を
力
(
ちから
)
に
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
235
アリナは
父
(
ちち
)
ガンヂー
其
(
その
)
他
(
た
)
の
逃
(
に
)
げ
帰
(
かへ
)
りしを
見
(
み
)
て、
236
やつと
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
で
下
(
おろ
)
し、
237
宮山
(
みややま
)
を
南
(
みなみ
)
に
下
(
くだ
)
り
危
(
あぶな
)
げな
一本橋
(
いつぽんばし
)
を
渡
(
わた
)
つて
山
(
やま
)
と
云
(
い
)
はず
河
(
かは
)
と
云
(
い
)
はず、
238
膝栗毛
(
ひざくりげ
)
に
鞭
(
むちう
)
ちて
月
(
つき
)
照
(
て
)
る
夜
(
よる
)
の
途
(
みち
)
を、
239
薄
(
すすき
)
の
穂
(
ほ
)
にも
怖
(
おぢ
)
乍
(
なが
)
ら、
240
もしや
追手
(
おひて
)
に
出遇
(
であ
)
ひはせぬかと
安
(
やす
)
き
心
(
こころ
)
もなく
西南
(
せいなん
)
の
空
(
そら
)
を
目当
(
めあ
)
てに
逃
(
にげ
)
て
行
(
ゆ
)
く。
241
父
(
おや
)
と
子
(
こ
)
が
内
(
うち
)
と
外
(
そと
)
との
掛合
(
かけあひ
)
を
242
聞
(
き
)
きて
御神
(
みかみ
)
は
笑
(
ゑ
)
ませたまはむ。
243
赤心
(
まごころ
)
は
確
(
たし
)
かアリナの
悴
(
せがれ
)
とは
244
知
(
し
)
りつつ
爺
(
おやぢ
)
御前
(
みまへ
)
に
訴
(
うつた
)
ふ。
245
或
(
ある
)
時
(
とき
)
は
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
を
憎
(
にく
)
み
或
(
ある
)
時
(
とき
)
は
246
いとしと
思
(
おも
)
ふ
親心
(
おやごころ
)
かな。
247
タラハンの
城
(
しろ
)
の
曲神
(
まがみ
)
も
大宮
(
おほみや
)
の
248
佯
(
いつは
)
り
神
(
がみ
)
に
恐
(
おそ
)
れて
帰
(
かへ
)
りぬ。
249
守侍
(
もりざむらひ
)
は
吾
(
わが
)
職掌
(
しよくしやう
)
を
打
(
う
)
ち
忘
(
わす
)
れ
250
主
(
あるじ
)
をすてて
帰
(
かへ
)
る
卑怯
(
ひけふ
)
さ。
251
(
大正一四・一・六
新一・二九
於月光閣
加藤明子
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