霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 巡礼者(じゆんれいしや)〔一六三六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻上 山河草木 卯の巻上 篇:第2篇 聖地巡拝 よみ(新仮名遣い):せいちじゅんぱい
章:第7章 巡礼者 よみ(新仮名遣い):じゅんれいしゃ 通し章番号:1636
口述日:1923(大正12)年07月11日(旧05月28日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要: 舞台:エルサレム市街 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる] 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-10-10 01:32:47 OBC :rm64a07
愛善世界社版:83頁 八幡書店版:第11輯 408頁 修補版: 校定版:83頁 普及版:62頁 初版: ページ備考:
001 マリヤは(ふたた)寺院(じゐん)()して、002ユダヤ(じん)クオーターの西端(せいたん)なる所謂(いはゆる)ユダヤ(じん)慟哭(どうこく)(かべ)』を()()かうでは()りますまいかとブラバーサを(かへり)みた。003ブラバーサは(あま)気乗(きの)りがせなかつたけれども、004折角(せつかく)案内(あんない)でもあり(また)一度(いちど)参考(さんかう)のために是非(ぜひ)調(しら)べて()きたいと(おも)つたのでマリヤに一任(いちにん)して()いて()く。005(あら)(おほ)きい(いし)(きづ)()げた(かべ)(あひだ)迷宮(めいきう)(やう)(まは)つて()くと、006神殿(しんでん)広場(ひろば)』のふもとの(たけ)(たか)(かべ)()(あた)つた。007石畳(いしだたみ)になつた(みち)(かべ)引添(ひきそ)ふて三十間(さんじつけん)ばかり(はし)つて()て、008(その)(さき)はピタツと行詰(ゆきつま)りになつて()る。009(その)周囲(しうゐ)(なん)となく(おそ)ろしい(やう)気味(きみ)(わる)(かん)じを(あた)へる。010(ここ)でユダヤ(じん)滅亡(めつぼう)したエルサレムの(ため)(こゑ)(かぎ)りに号泣(がうきふ)するのである。011何時(いつ)幾何(いくばく)かのユダヤ(じん)(ここ)()()て、012(しき)りに祈祷(きたう)(ささ)げたり聖書(せいしよ)拝誦(はいしよう)してユダヤ民族(みんぞく)過去(くわこ)光栄(くわうえい)(おも)()かべて()くのである。013そして金曜日(きんえうび)土曜日(どえうび)との夕刻(ゆふこく)には、014(もつと)多人数(たにんずう)(あつ)まつて()るのである。015(また)ベツスオーウー(渝越節)「ベッスオーウー」とは聖書に記されたユダヤ教の重要な祭典の一つである「過越祭(すぎこしさい)」のこと。ヘブライ語では「ペサハ」。英語でPassover(パスオーバー)と呼ぶが、それを日本語読みしたのが「ベッスオーウー」と思われる。(やう)なユダヤ(じん)祭典日(さいてんび)には、016老若(ろうにやく)男女(だんぢよ)(すべ)ての階級(かいきふ)人々(ひとびと)(あつ)まつてその(なか)長老(ちやうらう)らしきものが、
017 (こは)たれたる(みや)のために
018(うた)ふと群集(ぐんしふ)異口(いく)同音(どうおん)に、
019 (われ)()はひとり()して()
020(こた)へて(うた)(その)有様(ありさま)は、021(じつ)物凄(ものすご)(かん)じを両人(りやうにん)(こころ)(あた)へた。022また、
023 (こは)たれたる(みや)のために
024 (つひ)えたる城壁(じやうへき)のために
025 ()()りし偉大(ゐだい)のために
026 われ()()せる偉人(ゐじん)のために
027 ()かれたる宝玉(はうぎよく)のために
028()(ふう)(うた)ふと群衆(ぐんしう)(おな)(やう)に、
029 われ()はひとり()して()
030(こた)へて(なみだ)をしぼつて()る。
031 (かべ)にはユダヤ時代(じだい)032ローマ時代(じだい)033アラブ時代(じだい)(きづ)()げられた部分(ぶぶん)明瞭(めいれう)見分(みわ)けられて、034一番(いちばん)下層(かそう)大石(おほいし)はユダヤ時代(じだい)(もの)だと(つた)へられて()る。035それ()年代(ねんだい)人々(ひとびと)触接(しよくせつ)との関係(くわんけい)とに()つて非常(ひじやう)(くろ)ずんで(きた)なくなり、036その表面(へうめん)にヘブリユーの文字(もんじ)無数(むすう)()(しる)されてある。037またその大石(おほいし)には方々(はうばう)沢山(たくさん)(くぎ)打込(うちこ)んであるが、038(これ)()諸国(しよこく)散在(さんざい)して()信仰(しんかう)(つよ)きユダヤ(じん)祖先(そせん)()(おとづ)れて遥々(はるばる)(ここ)()(とき)打込(うちこ)んだ(くぎ)で、039それが(いし)(しつか)りと(ささ)つて()れば()るほど、040(かみ)(さま)(かれ)()(とら)へて()らるることが(たしか)だとの信仰(しんかう)(もと)づくものである。
041 両人(りやうにん)(ここ)停立(ていりつ)して往時(わうじ)追懐(つゐくわい)(ふけ)つて()た。042そこへ十二三(じふにさん)(にん)(ひと)(あつ)まつて()て、043(その)(かべ)(あたま)をつけて接吻(せつぷん)(はじ)()した。044ブラバーサは(この)(さま)()一種(いつしゆ)名状(めいじやう)すべからざる(かん)じに(おそ)はれた。045それは勿論(もちろん)宗教(しうけう)(てき)のものでも()く、046また憐愍(れんみん)同情(どうじやう)由来(ゆらい)するものでも()く、047また普通(ふつう)のキリスト教徒(けうと)のユダヤ(じん)(たい)して()つて()反感(はんかん)から(きた)応報(おうはう)(てき)(かん)じでは勿論(もちろん)ない。048それは気味(きみ)(わる)(ほど)根深(ねぶか)いもので、049たとへば執拗(しつえう)運命(うんめい)(たい)する(おそ)れとでも()つたら()ささうな本能(ほんのう)(てき)のものである。050この光景(くわうけい)()両人(りやうにん)は、051()英米人(えいべいじん)のやうに微笑(びせう)しながら平気(へいき)(かれ)()動作(どうさ)()つづけたり、052(その)光景(くわうけい)撮影(さつえい)したりする(やう)(こと)到底(たうてい)出来(でき)ない悲哀(ひあい)()ざされて(しま)つた。053(いつ)分間(ぷんかん)(いへど)もそこに立止(たちど)まつて傍観(ばうくわん)するに()へずなり、054仔細(しさい)(その)有様(ありさま)(かべ)などの歴史(れきし)(てき)構造(こうざう)にも注目(ちうもく)してゐる(ひま)なく、055(かほ)(そむ)けてマリヤと(とも)にその()逸早(いちはや)立去(たちさ)つた。
056 (ここ)(じつ)にエルサレムに()ける(もつと)深刻味(しんこくみ)()いて()場所(ばしよ)である。057永劫(えいごふ)のユダヤ(じん)』と()(こゑ)何処(どこ)からともなく(みみ)(ひび)いて()る。058(これ)()干涸(ひから)びた老人(らうじん)()は、059(いづ)れもアブラハムの(すゑ)ダビデの(すゑ)である(かみ)より(えら)ばれたるイスラエル民族(みんぞく)代表者(だいへうしや)である(かれ)()(なか)から全人類(ぜんじんるゐ)(すく)(ぬし)イエス・キリストが(うま)れたまうたのだ。060(かれ)()二千(にせん)六百(ろくぴやく)(ねん)(あひだ)061祖先(そせん)光栄(くわうえい)正反対(せいはんたい)(ひと)()(なか)一番(いちばん)擯斥(ひんせき)せられ、062軽蔑(けいべつ)せらるるものとして、063その落着(おちつ)くべき祖国(そこく)()たずして世界(せかい)漂浪(へうらう)して()たのである。064欧洲(おうしう)大戦(たいせん)()このパレスチナの故国(ここく)(やうや)くユダヤ(じん)のものと()つたが、065(いま)世界(せかい)漂浪(へうらう)して()るものがその大部分(だいぶぶん)()めて()るといふ有様(ありさま)である。066(これ)もキリストを十字架(じふじか)()けた(かれ)()祖先(そせん)罪業(ざいごふ)(むく)いとも()ふべきものだらうか。067()れにしては(あま)残酷(ざんこく)()ぎると(おも)ふ。068キリストを釘付(くぎつ)けにしたのは(かれ)()ばかりで()く、069人類(じんるゐ)全体(ぜんたい)なのである。070キリストを救世主(きうせいしゆ)(あふ)がなかつたものは(かれ)ユダヤ(じん)ばかりで()く、071世界(せかい)人類(じんるゐ)大多数(だいたすう)である。072聖書(せいしよ)予言(よげん)にかなはせむが(ため)とは()へ、073(あま)りに可哀相(かあいさう)だ。074(かれ)()はキリストの(ふところ)(かへ)つて(つみ)(ゆる)しを()ふこと()しに、075何時(いつ)までメシヤを待望(たいばう)して世界(せかい)放浪(はうらう)するのであらうか。076それにしてもアメリカンコロニーの(ひと)(たち)は、077(はや)くも()()ましてユダヤ(じん)にも()ずキリストの再臨(さいりん)神妙(しんめう)生命(せいめい)078財産(ざいさん)その()一切(いつさい)(ささ)げて()つて()信念(しんねん)(ちから)(つよ)いのには、079感激(かんげき)(いた)りだとブラバーサの(こころ)(たちま)ちコロニーへと(はし)つて(しま)つた。
080 マリヤに(みちび)かれて『汚物(をぶつ)(もん)』を()で、081シロアムの(たに)見下(みお)ろしながら城壁(じやうへき)()ふて(あゆ)()した。082キリストが盲者(まうじや)()(なほ)されたシロアムの(いけ)や、083バアージンが(みづ)()んだ(いづみ)や、084ユダがキリストを()つた(かね)()(もと)めた『()(はた)』や、085そのくびれた()なぞの所在(ありか)案内(あんない)されつつダビデ(わう)(はか)()(ところ)からシオンの(もん)()り、086ダビデ(たふ)(した)(とほ)つて(やうや)くマリヤと(とも)一先(ひとま)づカトリックの僧院(そうゐん)ホテルに(かへ)つて(いき)(やす)め、087夕餉(ゆふげ)()ませることとした。
088 ホテルの食卓(しよくたく)では英米人(えいべいじん)四五(しご)(にん)同席(どうせき)せなければ()らなかつた。089紳士(しんし)(よそほ)つて威厳(ゐげん)()した(なが)沈黙(ちんもく)と、090無意味(むいみ)なあたり(さはり)()会話(くわいわ)とには流石(さすが)のブラバーサも()()られなくなり、091(いま)親切(しんせつ)二度(にど)までも案内(あんない)して()れたユダヤの婦人(ふじん)マリヤとの対照(たいせう)(おも)つて、092宗教(しうけう)信者(しんじや)非信者(ひしんじや)との温情(をんじやう)程度(ていど)雲泥(うんでい)相違(さうゐ)あることを感得(かんとく)したのである。
093 食堂(しよくだう)何十(なんじふ)()(かほ)(いづ)れを()ても、094本当(ほんたう)信仰(しんかう)()()つた巡礼(じゆんれい)(こころ)()られてこの聖地(せいち)(まゐ)つて()ると(おも)ふやうな(ひと)一人(ひとり)()(こと)出来(でき)なかつた。095(かれ)()(いづ)れも物見(ものみ)遊山(ゆさん)(てき)(こころ)でやつて()て、096万事(ばんじ)贅沢(ぜいたく)(つく)し、097(ろく)コースもある(やう)食事(しよくじ)(いち)(にち)二度(にど)もしながら、098それに(みづか)疑問(ぎもん)(いだ)謙遜(けんそん)心持(こころもち)になる(こと)なしに、099満足(まんぞく)()つて盲滅法(めくらめつぱふ)(てき)(くら)して()酔生(すゐせい)夢死(むし)()とよりは()えなかつた。
100 ブラバーサは(かつ)耽読(たんどく)した『二人(ふたり)巡礼者(じゆんれいしや)』と()ふトルストイの童話(どうわ)(おも)()して、101なつかしまずには()られなかつた。102二人(ふたり)敬虔(けいけん)なロシアの百姓(ひやくしやう)は、103一生(いつしやう)かかつて(その)目的(もくてき)のために(はたら)いて(たくは)へた(かね)聖地(せいち)巡礼(じゆんれい)()かけたが、104(その)(なか)一人(ひとり)途中(とちう)不図(ふと)したことから一家(いつか)全体(ぜんたい)疫病(えきびやう)になやんだ。105()一人(ひとり)(みち)すがら全家(ぜんか)(こぞ)つて疫病(えきびやう)にかかつて()不幸(ふかう)全員(ぜんゐん)介抱(かいほう)(はじ)めた(ため)に、106(とも)とはぐれて旅費(りよひ)()つて()(かね)はその(ため)(のこ)らず使(つか)つて(しま)ひ、107結局(けつきよく)目的(もくてき)巡礼(じゆんれい)()()げずして故郷(こきやう)(かへ)つた。108第一(だいいち)巡礼者(じゆんれいしや)(かれ)(とも)()つて巡礼(じゆんれい)をしなかつた(かれ)(とも)(はう)が、109自分(じぶん)よりも(かへ)つて本当(ほんたう)巡礼者(じゆんれいしや)であつたことを(みと)めたと()文句(もんく)心中(しんちう)繰返(くりかへ)しつつ、110食卓(しよくたく)(はな)れて(わが)居間(ゐま)(かへ)り、111長椅子(ながいす)(うへ)(よこ)たはつた。112マリヤは(また)もや(れい)帰神(かむがかり)気分(きぶん)になり、113ブラバーサに(かる)挨拶(あいさつ)()はし、114周章(あわて)再会(さいくわい)(やく)(なが)らアメリカンコロニーをさして(かへ)()く。
115 ブラバーサは大神(おほかみ)神号(しんがう)(とな)天津(あまつ)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)(をは)り、116窓外(そうぐわい)家々(いへいへ)薄明(うすあ)かるい灯火(とうくわ)見下(みお)ろしながら、117草臥(くたび)れてソフアの(うへ)白川(しらかは)夜舟(よふね)()ぐこととなりぬ。
118大正一二・七・一一 旧五・二八 北村隆光録)
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