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第64巻(卯の巻)上
序
総説
第1篇 日下開山
01 橄欖山
〔1630〕
02 宣伝使
〔1631〕
03 聖地夜
〔1632〕
04 訪問客
〔1633〕
05 至聖団
〔1634〕
第2篇 聖地巡拝
06 偶像都
〔1635〕
07 巡礼者
〔1636〕
08 自動車
〔1637〕
09 膝栗毛
〔1638〕
10 追懐念
〔1639〕
第3篇 花笑蝶舞
11 公憤私憤
〔1640〕
12 誘惑
〔1641〕
13 試練
〔1642〕
14 荒武事
〔1643〕
15 大相撲
〔1644〕
16 天消地滅
〔1645〕
第4篇 遠近不二
17 強請
〔1646〕
18 新聞種
〔1647〕
19 祭誤
〔1648〕
20 福命
〔1649〕
21 遍路
〔1650〕
22 妖行
〔1651〕
第5篇 山河異涯
23 暗着
〔1652〕
24 妖蝕
〔1653〕
25 地図面
〔1654〕
26 置去
〔1655〕
27 再転
〔1656〕
余白歌
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> 第3篇 花笑蝶舞 > 第13章 試練
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荒武事 >>>
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第一三章
試練
(
しれん
)
〔一六四二〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第64巻上 山河草木 卯の巻上
篇:
第3篇 花笑蝶舞
よみ(新仮名遣い):
かしょうちょうぶ
章:
第13章 試練
よみ(新仮名遣い):
しれん
通し章番号:
1642
口述日:
1923(大正12)年07月12日(旧05月29日)
口述場所:
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年10月16日
概要:
舞台:
橄欖山、ゲッセマネの園
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2018-05-05 01:57:08
OBC :
rm64a13
愛善世界社版:
148頁
八幡書店版:
第11輯 432頁
修補版:
校定版:
148頁
普及版:
62頁
初版:
ページ備考:
001
ブラバーサは
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
の
人影
(
ひとかげ
)
を
見
(
み
)
て、
002
ブラバーサ
『
御祠
(
みやしろ
)
の
御前
(
みまへ
)
に
居
(
ゐ
)
ます
物影
(
ものかげ
)
は
003
いづれの
人
(
ひと
)
か
聞
(
き
)
かまほしけれ
004
吾
(
われ
)
こそは
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
の
島
(
しま
)
を
立
(
た
)
ち
出
(
い
)
でて
005
登
(
のぼ
)
り
来
(
き
)
ませるプロパガンディストぞや』
006
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
007
スバッフォード
『アメリカンコロニー
守
(
まも
)
る
神司
(
かむづかさ
)
008
スバツフオードの
翁
(
おきな
)
なるぞや
009
大空
(
おほぞら
)
の
月
(
つき
)
淡雲
(
あはくも
)
に
包
(
つつ
)
まれて
010
君
(
きみ
)
の
御姿
(
みすがた
)
見擬
(
みまが
)
ひぬるかな』
011
ブラバーサ
『
貴方
(
あなた
)
は、
012
スバツフオード
様
(
さま
)
で
御座
(
ござ
)
いましたか、
013
これはこれは
失礼
(
しつれい
)
致
(
いた
)
しました。
014
御
(
ご
)
老体
(
らうたい
)
として
今頃
(
いまごろ
)
に
唯
(
ただ
)
お
一人
(
ひとり
)
伴
(
とも
)
をも
連
(
つ
)
れずにお
出
(
いで
)
なさいましたには、
015
何
(
なに
)
か
理由
(
りいう
)
が
御座
(
ござ
)
いませうなア』
016
スバッフォード
『いやもう、
017
年
(
とし
)
はとつても
心
(
こころ
)
は
矢張
(
やはり
)
元
(
もと
)
の
十八
(
じふはち
)
、
018
どこともなしに
愛熱
(
あいねつ
)
に
浮
(
う
)
かされてコンナ
所
(
ところ
)
迄
(
まで
)
引張
(
ひつぱ
)
られて
参
(
まゐ
)
りました。
019
アハヽヽヽ、
020
何程
(
なにほど
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
道
(
みち
)
を
遵奉
(
じゆんぽう
)
し、
021
女
(
をんな
)
に
目
(
め
)
をかけまいと
思
(
おも
)
つても
心
(
こころ
)
に
潜
(
ひそ
)
む
心猿
(
しんゑん
)
意馬
(
いば
)
と
云
(
い
)
ふ
曲者
(
くせもの
)
が、
022
五
(
ご
)
尺
(
しやく
)
の
男子
(
だんし
)
を
自由
(
じいう
)
自在
(
じざい
)
に
翻弄
(
ほんろう
)
致
(
いた
)
します。
023
人間
(
にんげん
)
と
云
(
い
)
ふものは
本当
(
ほんたう
)
に
意志
(
いし
)
の
弱
(
よわ
)
いものですよ。
024
一挙手
(
いつきよしゆ
)
三軍
(
さんぐん
)
を
叱咤
(
しつた
)
する
勇将
(
ゆうしやう
)
も、
025
繊弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
の
一瞥
(
いつべつ
)
に
会
(
あ
)
つて
忽
(
たちま
)
ち
骨
(
ほね
)
も
肉
(
にく
)
も
砕
(
くだ
)
いて
仕舞
(
しま
)
ふ
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
で
御座
(
ござ
)
いますからなア。
026
アハヽヽヽ』
027
ブラバーサはハツと
胸
(
むね
)
をつき……
最前
(
さいぜん
)
からのマリヤとの
話
(
はなし
)
をもしや
此
(
この
)
老人
(
らうじん
)
に
聞
(
き
)
かれたのではあるまいか
意味
(
いみ
)
ありげの
今
(
いま
)
の
言葉
(
ことば
)
、
028
はて
恥
(
はづ
)
かしい
事
(
こと
)
だわい、
029
かう
老人
(
らうじん
)
の
方
(
はう
)
から
先鞭
(
せんべつ
)
をつけられては
何
(
なに
)
も
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
無
(
な
)
くなつて
了
(
しま
)
つた。
030
罰
(
ばち
)
は
覿面
(
てきめん
)
だ、
031
なぜあの
時
(
とき
)
マリヤの
脅迫
(
けふはく
)
を
郤
(
しりぞ
)
けなかつたのだらう、
032
吾
(
われ
)
ながら
意志
(
いし
)
の
弱
(
よわ
)
いのにはあきれた。
033
いやいや
決
(
けつ
)
して
意志
(
いし
)
の
弱
(
よわ
)
いのではない、
034
心
(
こころ
)
の
中
(
なか
)
の
曲者
(
くせもの
)
の
為
(
ため
)
だ。
035
八千
(
はつせん
)
哩
(
マイル
)
を
隔
(
へだ
)
てた
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
の
島
(
しま
)
に
妻子
(
さいし
)
を
残
(
のこ
)
し、
036
一人身
(
ひとりみ
)
の
淋
(
さび
)
しさをつくづくと
感
(
かん
)
じ
絶対
(
ぜつたい
)
無限
(
むげん
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
力
(
ちから
)
を
頼
(
たよ
)
る
事
(
こと
)
を
忘
(
わす
)
れて
居
(
ゐ
)
た
為
(
ため
)
に、
037
吾
(
わが
)
心中
(
しんちゆう
)
に
悪魔
(
あくま
)
が
擡頭
(
たいとう
)
してあのやうな
弱
(
よわ
)
い
一時逃
(
いちじのが
)
れの
偽
(
いつは
)
りを
云
(
い
)
つたのだ。
038
あゝ
済
(
す
)
まない
事
(
こと
)
をした。
039
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つてこの
翁
(
おきな
)
に
答
(
こた
)
へやうかなア……
040
と
双手
(
もろて
)
を
組
(
く
)
んで
俯向
(
うつむ
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
041
スバッフォード
『アハヽヽヽ、
042
ブラバーサ
様
(
さま
)
、
043
仮
(
かり
)
にもルートバハーの
宣伝使
(
せんでんし
)
として
一時逃
(
いちじのが
)
れの
言葉
(
ことば
)
を
用
(
もち
)
ゆるやうな
事
(
こと
)
はなさいますまいなア、
044
女
(
をんな
)
と
云
(
い
)
ふものは
比較
(
ひかく
)
的
(
てき
)
正直
(
しやうぢき
)
なもので
御座
(
ござ
)
いますから、
045
男
(
をとこ
)
の
言葉
(
ことば
)
を
真面目
(
まじめ
)
に
信
(
しん
)
ずるものです。
046
若
(
も
)
し
男子
(
だんし
)
の
言葉
(
ことば
)
に
一言
(
いちげん
)
たりとも
偽
(
いつは
)
りある
事
(
こと
)
を
発見
(
はつけん
)
した
時
(
とき
)
には、
047
それこそ
命
(
いのち
)
がけになるものです。
048
貴方
(
あなた
)
は
誰
(
たれ
)
か
女
(
をんな
)
と
約束
(
やくそく
)
を
為
(
な
)
さつた
事
(
こと
)
はありませぬか』
049
ブラバーサ
『ハイ、
050
エー
何
(
なん
)
で
御座
(
ござ
)
います。
051
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
一寸
(
ちよつと
)
約束
(
やくそく
)
を
致
(
いた
)
しました。
052
本当
(
ほんたう
)
にお
恥
(
はづ
)
かしい
事
(
こと
)
です。
053
貴方
(
あなた
)
は
吾々
(
われわれ
)
の
秘密話
(
ひみつばなし
)
をすつかりお
聞
(
きき
)
なさつたのですか』
054
スバッフォード
『アハヽヽヽ、
055
年
(
とし
)
は
寄
(
よ
)
つても
耳
(
みみ
)
は
未
(
ま
)
だ
隠居
(
いんきよ
)
を
致
(
いた
)
しませぬ、
056
あれだけ
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で、
057
情約
(
じやうやく
)
や
談判
(
だんぱん
)
をして
居
(
を
)
られたものですから、
058
手
(
て
)
に
取
(
と
)
るが
如
(
ごと
)
く
聞
(
きこ
)
えました。
059
一伍
(
いちぶ
)
一什
(
しじふ
)
承
(
うけたま
)
はりましたよ。
060
随分
(
ずゐぶん
)
貴方
(
あなた
)
も
思
(
おも
)
はれたものですなあ。
061
アハヽヽヽ』
062
ブラバーサ
『
実
(
じつ
)
に
困
(
こま
)
りましたよ、
063
九寸
(
くすん
)
五分
(
ごぶ
)
を
咽喉
(
のど
)
もとへつきつけられての
談判
(
だんぱん
)
同様
(
どうやう
)
ですから、
064
私
(
わたし
)
としてはあれより
応戦
(
おうせん
)
の
仕方
(
しかた
)
がないので
思
(
おも
)
はぬ
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
しました。
065
決
(
けつ
)
して
心
(
こころ
)
から
宣伝使
(
せんでんし
)
の
身
(
み
)
として
女
(
をんな
)
なんかに
恋着
(
れんちやく
)
致
(
いた
)
しませうか』
066
スバッフォード
『さうすると
貴方
(
あなた
)
はあのマリヤさまに
対
(
たい
)
し
偽
(
いつは
)
りを
云
(
い
)
つたのですか。
067
実
(
じつ
)
に
怪
(
け
)
しからぬぢやありませぬか。
068
日
(
ひ
)
の
出島
(
でじま
)
の
人間
(
にんげん
)
は
嘘
(
うそ
)
つきだ、
069
油断
(
ゆだん
)
がならぬと
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
りましたが、
070
まさか
誠
(
まこと
)
の
道
(
みち
)
を
宣伝
(
せんでん
)
する
貴方
(
あなた
)
に
限
(
かぎ
)
り
塵
(
ちり
)
程
(
ほど
)
も
偽
(
いつは
)
りはあるまいと
思
(
おも
)
ひましたが、
071
宣伝使
(
せんでんし
)
にして
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
しとすれば
日
(
ひ
)
の
出島
(
でじま
)
の
人間
(
にんげん
)
は
一人
(
ひとり
)
も
信用
(
しんよう
)
する
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ますまい。
072
左様
(
さやう
)
な
所
(
ところ
)
からどうして
救世主
(
きうせいしゆ
)
が
現
(
あら
)
はれませう。
073
あゝ
心細
(
こころぼそ
)
い
事
(
こと
)
だなア』
074
ブラバーサ
『イエイエ
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
日
(
ひ
)
の
出島
(
でじま
)
だと
云
(
い
)
つて
嘘言者
(
うそつき
)
ばかりではありませぬ。
075
私
(
わたし
)
は
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ずあの
女
(
をんな
)
を
助
(
たす
)
けるため
心
(
こころ
)
にもない
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つたのです。
076
恋
(
こひ
)
に
熱
(
ねつ
)
しきつた
彼
(
か
)
の
女
(
ぢよ
)
をたつた
一時
(
いつとき
)
でも
安心
(
あんしん
)
させたいと、
077
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
予約
(
よやく
)
をしたので
御座
(
ござ
)
います』
078
スバッフォード
『ソンナ
意志
(
いし
)
の
弱
(
よわ
)
い
事
(
こと
)
でどうして
神政
(
しんせい
)
成就
(
じやうじゆ
)
の
神業
(
しんげふ
)
が
勤
(
つと
)
まりませうか。
079
其方
(
そなた
)
も
見
(
み
)
かけによらない
意志
(
いし
)
の
弱
(
よわ
)
い
方
(
かた
)
ですな。
080
吾々
(
われわれ
)
ユダヤ
人
(
じん
)
は
二千
(
にせん
)
六百
(
ろくぴやく
)
年
(
ねん
)
以前
(
いぜん
)
に
国
(
くに
)
を
滅
(
ほろぼ
)
され
亡国
(
ばうこく
)
の
民
(
たみ
)
となつて
世界
(
せかい
)
の
人類
(
じんるゐ
)
より
土芥
(
どかい
)
の
如
(
ごと
)
く
卑
(
いや
)
しめられ
漸
(
やうや
)
く
二千
(
にせん
)
六百
(
ろくぴやく
)
年
(
ねん
)
の
辛苦
(
しんく
)
を
経
(
へ
)
て
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
賜
(
たまは
)
つたパレスチナの
地
(
ち
)
を
恢復
(
くわいふく
)
したので
御座
(
ござ
)
います。
081
ユダヤ
人
(
じん
)
には
一人
(
ひとり
)
として
貴方
(
あなた
)
のやうな
意志
(
いし
)
の
弱
(
よわ
)
い
人間
(
にんげん
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬよ』
082
ブラバーサ
『ヤ、
083
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りました。
084
さう
云
(
い
)
はれては
一言
(
いちごん
)
の
辞
(
じ
)
も
御座
(
ござ
)
いませぬ。
085
これから
心
(
こころ
)
を
取
(
と
)
り
直
(
なほ
)
し、
086
誠一
(
まことひと
)
つを
立
(
た
)
て
貫
(
ぬい
)
てユダヤ
人
(
じん
)
に
負
(
まけ
)
ない
熱烈
(
ねつれつ
)
さと
信仰力
(
しんかうりよく
)
を
養
(
やしな
)
ひませう』
087
スバッフォード
『
貴方
(
あなた
)
は
今
(
いま
)
マリヤさまに
仰有
(
おつしや
)
つた
言葉
(
ことば
)
を
反古
(
ほご
)
となさず、
088
実行
(
じつかう
)
なさるでせうな。
089
ユダヤ
人
(
じん
)
の
女
(
をんな
)
に
嘘
(
うそ
)
でも
仰有
(
おつしや
)
らうものならそれこそ
大変
(
たいへん
)
ですよ。
090
貴方
(
あなた
)
の
御
(
おん
)
身
(
み
)
のため、
091
道
(
みち
)
のために
老婆心
(
らうばしん
)
ながら
御
(
ご
)
注意
(
ちうい
)
を
申
(
まを
)
し
上
(
あ
)
げて
置
(
お
)
きまする。
092
実際
(
じつさい
)
の
所
(
ところ
)
は
貴方
(
あなた
)
にマリヤさまが
遇
(
あ
)
ふてから
後
(
あと
)
と
云
(
い
)
ふものは
恋
(
こひ
)
に
陥
(
お
)
ち、
093
朝夕
(
あさゆふ
)
吐息
(
といき
)
を
漏
(
も
)
らし
見
(
み
)
るに
見
(
み
)
られぬ
憐
(
あは
)
れさ、
094
どうかして
私
(
わたし
)
が
仲媒
(
なかうど
)
をせうと
思
(
おも
)
ふて
一足先
(
ひとあしさき
)
へ
廻
(
まは
)
りお
二人
(
ふたり
)
の
談判
(
だんぱん
)
を
伺
(
うかが
)
ふて
居
(
ゐ
)
たので
御座
(
ござ
)
います。
095
どうか
約束
(
やくそく
)
を
違
(
ちが
)
へないやうにしてやつて
貰
(
もら
)
ひたいものです。
096
彼
(
か
)
の
女
(
ぢよ
)
はほんたうに
信仰
(
しんかう
)
の
強
(
つよ
)
い
赤心
(
まごころ
)
の
女
(
をんな
)
で
御座
(
ござ
)
いますから、
097
もし
違約
(
ゐやく
)
でもなさらうものなら
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
を
偽
(
いつは
)
つたも
同様
(
どうやう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
098
あなたの
御
(
おん
)
身
(
み
)
に
忽
(
たちま
)
ち
禍
(
わざはひ
)
が
報
(
むく
)
ふて
来
(
く
)
るかも
知
(
し
)
れませぬ。
099
サアどうかキツパリと
私
(
わたし
)
に、
100
も
一度
(
いちど
)
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ。
101
さすれば
七十
(
しちじふ
)
日
(
にち
)
の
間
(
あいだ
)
マリヤさまに
私
(
わたし
)
が
申付
(
まをしつ
)
けて
貴方
(
あなた
)
の
行
(
ぎやう
)
の
邪魔
(
じやま
)
にならないやうに
致
(
いた
)
しますから』
102
ブラバーサは
退
(
の
)
つ
引
(
びき
)
ならぬ
翁
(
をう
)
の
言葉
(
ことば
)
に
胸
(
むね
)
を
痛
(
いた
)
め
如何
(
いかが
)
はせむと
案
(
あん
)
じ
煩
(
わづら
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
103
暫
(
しばら
)
くあつて
種々
(
しゆじゆ
)
と
思案
(
しあん
)
の
結果
(
けつくわ
)
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つたやうに、
104
ブラバーサ
『ハイ、
105
キツと
約束
(
やくそく
)
を
守
(
まも
)
ります。
106
マリヤさまにも
安心
(
あんしん
)
なさるやうに
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ』
107
スバッフォード
『
貴方
(
あなた
)
はさうすると
日
(
ひ
)
の
出島
(
でじま
)
でも
独身
(
どくしん
)
生活
(
せいくわつ
)
をして
居
(
を
)
られたのでせうな。
108
さうで
無
(
な
)
ければたとへ
女
(
をんな
)
が
恋
(
こひ
)
したからつて
冗談
(
じやうだん
)
にも
約束
(
やくそく
)
を
結
(
むす
)
ぶ
道理
(
だうり
)
はありますまい。
109
マリヤが
貴方
(
あなた
)
を
慕
(
した
)
ふやうに、
110
もし
貴方
(
あなた
)
に
妻女
(
さいぢよ
)
がありとすればその
妻女
(
さいぢよ
)
はきつと
貴方
(
あなた
)
を
慕
(
した
)
つて
居
(
を
)
られるでせう。
111
神
(
かみ
)
の
道
(
みち
)
を
伝
(
つた
)
ふる
宣伝使
(
せんでんし
)
として
仮
(
かり
)
にもそんな
無慈悲
(
むじひ
)
、
112
いや
不貞
(
ふてい
)
の
事
(
こと
)
はなさいますまいな』
113
ブラバーサは
進退
(
しんたい
)
茲
(
ここ
)
に
谷
(
きは
)
まつて
返
(
かへ
)
す
言葉
(
ことば
)
もなく、
114
一層
(
いつそう
)
のこと
云
(
い
)
ひ
訳
(
わけ
)
の
為
(
た
)
めガリラヤの
海
(
うみ
)
へ
身
(
み
)
を
投
(
とう
)
じ
苦痛
(
くつう
)
を
免
(
まぬ
)
がれむかと
思案
(
しあん
)
に
暮
(
く
)
れて
居
(
ゐ
)
る。
115
スバツフオードは
大声
(
おほごゑ
)
をあげて
打
(
う
)
ち
笑
(
わら
)
ひ、
116
スバッフォード
『アハヽヽヽガリラヤの
海
(
うみ
)
へ
投身
(
とうしん
)
した
所
(
ところ
)
で
貴方
(
あなた
)
の
偽
(
いつはり
)
の
罪
(
つみ
)
は
消
(
き
)
えるものではありませぬよ。
117
サアどうなさいますか』
118
ブラバーサ
『あゝ
仕方
(
しかた
)
がない、
119
こんな
羽目
(
はめ
)
に
陥
(
おちい
)
らうとは
夢
(
ゆめ
)
にも
知
(
し
)
らず、
120
一時逃
(
いちじのが
)
れにマリヤさまをたらして
帰
(
かへ
)
したのが
悪
(
わる
)
かつた。
121
あゝ
惟神
(
かむながら
)
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
。
122
国治立
(
くにはるたちの
)
大神
(
おほかみ
)
許
(
ゆる
)
したまへ』
123
と
涙
(
なみだ
)
と
共
(
とも
)
に
詫
(
わび
)
入
(
い
)
る。
124
暫
(
しばら
)
くあつて
首
(
くび
)
をあぐれば
以前
(
いぜん
)
の
老人
(
らうじん
)
は
姿
(
すがた
)
も
見
(
み
)
えず、
125
月
(
つき
)
は
淡雲
(
あはくも
)
の
衣
(
きぬ
)
の
綻
(
ほころ
)
びより
皎々
(
かうかう
)
と
古
(
ふる
)
き
祠
(
ほこら
)
の
屋根
(
やね
)
を
照
(
てら
)
して
居
(
ゐ
)
る。
126
ブラバーサは
訝
(
いぶ
)
かりながら
祠
(
ほこら
)
に
拝礼
(
はいれい
)
をなし、
127
スタスタと
元来
(
もとき
)
し
道
(
みち
)
へ
引返
(
ひきかへ
)
し
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
暗愚
(
あんぐ
)
を
嘆
(
なげ
)
きつつ
橄欖山
(
かんらんざん
)
を
下
(
くだ
)
り
僧院
(
そうゐん
)
ホテルを
指
(
さ
)
して
帰
(
かへ
)
り
往
(
ゆ
)
く。
128
因
(
ちなみ
)
に
云
(
い
)
ふ。
129
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
に
現
(
あら
)
はれた、
130
スバツフオードと
見
(
み
)
えた
老人
(
らうじん
)
は
国治立
(
くにはるたちの
)
大神
(
おほかみ
)
の
化身
(
けしん
)
であつた。
131
大神
(
おほかみ
)
はブラバーサの
身魂
(
みたま
)
を
錬
(
きた
)
へむと、
132
化相
(
けさう
)
をもつて
現
(
あら
)
はれ
訓誡
(
くんかい
)
を
垂
(
た
)
れたまふたのである。
133
ゲツセマネの
園
(
その
)
の
壁際
(
かべぎは
)
迄
(
まで
)
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
た
時
(
とき
)
に
白
(
しろ
)
い
淡
(
うす
)
い
被衣
(
かつぎ
)
を
被
(
かぶ
)
つて
背
(
せ
)
のすらりと
高
(
たか
)
い、
134
色
(
いろ
)
の
飽迄
(
あくまで
)
白
(
しろ
)
い
一人
(
ひとり
)
の
美人
(
びじん
)
が
急
(
いそ
)
ぎやつて
来
(
く
)
るのに
出遇
(
であ
)
つた。
135
ブラバーサは
立
(
た
)
ちとまり
何
(
いづ
)
れの
女
(
をんな
)
かと
丸
(
まる
)
い
目
(
め
)
をむいて
眺
(
なが
)
めて
居
(
ゐ
)
ると、
136
女
(
をんな
)
はつかつかと
遠慮気
(
ゑんりよげ
)
もなく
傍
(
そば
)
に
寄
(
よ
)
り
来
(
き
)
たり、
137
無雑作
(
むざふさ
)
にブラバーサの
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
り
二
(
ふた
)
つ
三
(
み
)
つゆすりながら、
138
サロメ
『
今日
(
けふ
)
はえらう
早
(
はや
)
う
御座
(
ござ
)
いましたねえ。
139
妾
(
わたし
)
は
未
(
ま
)
だ
貴方
(
あなた
)
がお
山
(
やま
)
に
居
(
を
)
られるかと
思
(
おも
)
ふて
急
(
いそ
)
いで
参
(
まゐ
)
りました、
140
マリヤさまはもうお
帰
(
かへ
)
りになりましたか』
141
ブラバーサは
其
(
その
)
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
いてサロメなる
事
(
こと
)
を
知
(
し
)
つた。
142
さうしてマリヤの
名
(
な
)
を
呼
(
よ
)
ばれて
今日
(
けふ
)
はいつになく
胸
(
むね
)
を
躍
(
をど
)
らせ
頬
(
ほほ
)
を
紅
(
くれなゐ
)
に
染
(
そ
)
めた。
143
サロメは
層一層
(
そういつそう
)
固
(
かた
)
く
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
りしめ、
144
サロメ
『
遉
(
さすが
)
は
日
(
ひ
)
の
出島
(
でじま
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
、
145
貴方
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
名望
(
めいばう
)
はエルサレム
市中
(
しちう
)
に
誰一人
(
たれひとり
)
知
(
し
)
らぬものはありませぬよ。
146
妾
(
わたし
)
だつて
貴方
(
あなた
)
のやうな
人気
(
にんき
)
のあるお
方
(
かた
)
の
傍
(
そば
)
へ
唯
(
ただ
)
一時
(
いつとき
)
でも
置
(
お
)
いて
欲
(
ほ
)
しう
御座
(
ござ
)
いますわ』
147
ブラバーサ
『
貴方
(
あなた
)
はサロメ
様
(
さま
)
では
御座
(
ござ
)
いませぬか。
148
姫君
(
ひめぎみ
)
様
(
さま
)
のあられもない
貴族
(
きぞく
)
のお
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
の
身
(
み
)
をもつて
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
冗談
(
じやうだん
)
を
仰有
(
おつしや
)
います、
149
どうぞよい
加減
(
かげん
)
に
揶揄
(
からか
)
つて
置
(
お
)
いて
下
(
くだ
)
さいませ。
150
随分
(
ずゐぶん
)
貴女
(
あなた
)
も
悪戯
(
いたづら
)
がお
上手
(
じやうづ
)
ですね』
151
サロメ
『ホヽヽヽヽ、
152
悪戯
(
いたづら
)
のお
上手
(
じやうづ
)
なのは
貴方
(
あなた
)
ぢや
御座
(
ござ
)
いませぬか。
153
男
(
をとこ
)
と
云
(
い
)
ふものは
随分
(
ずいぶん
)
女
(
をんな
)
を
玩具
(
おもちや
)
のやうに
扱
(
あつか
)
ふものですが、
154
女
(
をんな
)
の
恋
(
こひ
)
は
真剣
(
しんけん
)
ですよ、
155
一
(
ひと
)
つ
違
(
ちが
)
へばお
腹
(
なか
)
が
膨
(
ふく
)
れ
命
(
いのち
)
がけですからな。
156
女
(
をんな
)
に
冗談
(
じやうだん
)
や
戯
(
たはむ
)
れはありませぬ。
157
貴方
(
あなた
)
もマリヤさまをどうか
末長
(
すゑなが
)
う
可愛
(
かあい
)
がつて
上
(
あ
)
げて
下
(
くだ
)
さいませや。
158
もし
貴方
(
あなた
)
がマリヤさまに
対
(
たい
)
し
約束
(
やくそく
)
を
破
(
やぶ
)
るやうな
事
(
こと
)
をなさいませうものなら、
159
ユダヤ
人
(
じん
)
は
団結
(
だんけつ
)
が
固
(
かた
)
う
御座
(
ござ
)
いますから、
160
貴方
(
あなた
)
を
恨
(
うら
)
んでどんな
事
(
こと
)
をするか
分
(
わか
)
りませぬよ。
161
御
(
ご
)
注意
(
ちうい
)
なさいませ』
162
ブラバーサ
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
163
未
(
ま
)
だ
別
(
べつ
)
に
堅
(
かた
)
い
約束
(
やくそく
)
をしたと
云
(
い
)
ふのでもなく、
164
ほんの
予備
(
よび
)
行為
(
かうゐ
)
をたつた
今
(
いま
)
やつた
所
(
ところ
)
で
御座
(
ござ
)
います。
165
マリヤさまだつてどうして
吾々
(
われわれ
)
のやうなものに
恋慕
(
れんぼ
)
される
筈
(
はず
)
が
御座
(
ござ
)
いませう。
166
橄欖山
(
かんらんざん
)
は
霊地
(
れいち
)
で
御座
(
ござ
)
いますから
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
がマリヤさまとなつて
私
(
わたくし
)
の
気
(
き
)
を
引
(
ひ
)
かれたのかと
思
(
おも
)
ひます。
167
いやもう
結構
(
けつこう
)
な
所
(
ところ
)
の
恐
(
おそ
)
ろしい
所
(
ところ
)
で
御座
(
ござ
)
いますわ。
168
貴女
(
あなた
)
も
是
(
これ
)
からお
一人
(
ひとり
)
で
橄欖山
(
かんらんざん
)
にお
登
(
のぼ
)
りなさるので
御座
(
ござ
)
いますか、
169
よくまあ
御
(
ご
)
信神
(
しんじん
)
が
出来
(
でき
)
ますなあ』
170
サロメ
『
妾
(
わたし
)
が
橄欖山
(
かんらんざん
)
へ
女
(
をんな
)
の
身
(
み
)
で
唯
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
参
(
まゐ
)
りますのも
聖師
(
せいし
)
にお
目
(
め
)
にかかり
度
(
た
)
いばかりで
御座
(
ござ
)
います。
171
貴方
(
あなた
)
がお
帰
(
かへ
)
りとあれば
妾
(
わたし
)
も
一所
(
いつしよ
)
に
登山
(
とざん
)
はやめてお
宿
(
やど
)
迄
(
まで
)
送
(
おく
)
らせて
頂
(
いただ
)
きませう。
172
気
(
き
)
の
多
(
おほ
)
い
貴方
(
あなた
)
に
滅多
(
めつた
)
に
情約
(
じやうやく
)
締結
(
ていけつ
)
を
迫
(
せま
)
るやうな
事
(
こと
)
は
致
(
いた
)
しませぬから、
173
安心
(
あんしん
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
174
オホヽヽヽ』
175
ブラバーサ
『これこれサロメ
様
(
さま
)
、
176
あまり
揶揄
(
からか
)
つて
下
(
くだ
)
さいますな。
177
ほんたうに
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
にも
似合
(
にあ
)
はず、
178
お
意地
(
いぢ
)
が
悪
(
わる
)
いでは
御座
(
ござ
)
いませぬか』
179
サロメ
『それでも
貴方
(
あなた
)
、
180
アラブのクリー
[
※
クリーとは「もとインド・中国の下層労働者の呼称。転じて、東南アジア諸地域の筋肉労働者」」(広辞苑)のことで、クーリー、苦力とも呼ぶ。
]
と
手
(
て
)
を
繋
(
つな
)
いで
歩
(
ある
)
くより
私
(
わたし
)
と
手
(
て
)
を
繋
(
つな
)
ぐ
方
(
はう
)
が
幾分
(
いくぶん
)
かお
心持
(
こころもち
)
がよいでせう』
181
ブラバーサ
『いやもう
結構
(
けつこう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
182
どうか
放
(
はな
)
して
下
(
くだ
)
さい、
183
もう
沢山
(
たくさん
)
です。
184
アイタヽヽ
指
(
ゆび
)
が
痺
(
しび
)
れさうで
御座
(
ござ
)
いますわ』
185
サロメ
『さうでせうともマリヤさまには
指
(
ゆび
)
の
二本
(
にほん
)
や
三本
(
さんぼん
)
は
切
(
き
)
つてお
与
(
あた
)
へなさつても
痛
(
いた
)
くはありますまいが、
186
私
(
わたし
)
の
手
(
て
)
が
触
(
ふ
)
れるとそれだけ
御
(
ご
)
気分
(
きぶん
)
が
悪
(
わる
)
いのでせう。
187
私
(
わたし
)
も
女
(
をんな
)
の
意地
(
いぢ
)
です。
188
滅多
(
めつた
)
にマリヤさまには
選挙
(
せんきよ
)
競争
(
きやうそう
)
をして
負
(
まけ
)
るやうな
事
(
こと
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬよ。
189
御
(
お
)
覚悟
(
かくご
)
なさいませ。
190
ほんとに
海洋
(
かいやう
)
万里
(
ばんり
)
を
渡
(
わた
)
つて
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
に
恋慕
(
れんぼ
)
される
貴方
(
あなた
)
は
天下
(
てんか
)
の
幸福者
(
かうふくもの
)
ですよ。
191
オホヽヽヽ』
192
ブラバーサ
『そのオホヽヽヽが
気
(
き
)
に
入
(
い
)
りませぬわい。
193
本当
(
ほんたう
)
に
六
(
ろく
)
尺
(
しやく
)
の
男子
(
だんし
)
を、
194
腹
(
はら
)
の
悪
(
わる
)
い
玩具
(
おもちや
)
になさいますのか、
195
ユダヤ
人
(
じん
)
は
油断
(
ゆだん
)
がなりませぬなア』
196
サロメ
『
油断
(
ゆだん
)
がならぬからユダヤ
人
(
じん
)
と
云
(
い
)
ふのですよ。
197
ホヽヽヽヽ』
198
ブラバーサ
『ヤア
此奴
(
こいつ
)
は
些
(
ちつと
)
怪
(
あや
)
しいぞ、
199
化州
(
ばけしう
)
だな。
200
本当
(
ほんたう
)
のサロメさまがどうしてこんなお
転婆
(
てんば
)
式
(
しき
)
の
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
るものか。
201
大方
(
おほかた
)
金毛
(
きんまう
)
九尾
(
きうび
)
白面
(
はくめん
)
の
悪狐
(
あくこ
)
が
瞞
(
だま
)
して
居
(
ゐ
)
るのだらう。
202
今
(
いま
)
山上
(
さんじやう
)
で
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
に
叱
(
しか
)
られて
来
(
き
)
た
所
(
ところ
)
だ』
203
と
眉毛
(
まゆげ
)
に
唾
(
つばき
)
をつけて
居
(
ゐ
)
る。
204
サロメ
『もし
聖師
(
せいし
)
様
(
さま
)
、
205
眉毛
(
まゆげ
)
に
唾
(
つばき
)
をつけたりして
貴方
(
あなた
)
は
妾
(
わたし
)
を
侮辱
(
ぶじよく
)
するのですか、
206
狐
(
きつね
)
や
狸
(
たぬき
)
ではありませぬ。
207
正真
(
しやうしん
)
正銘
(
しやうめい
)
のサロメです。
208
余
(
あま
)
り
見違
(
みちが
)
ひをして
下
(
くだ
)
さいますな』
209
ブラバーサ
『ヘン、
210
何程
(
なにほど
)
甘
(
うま
)
く
化
(
ばけ
)
たつて
駄目
(
だめ
)
だ。
211
日
(
ひ
)
の
出島
(
でじま
)
から
選抜
(
せんばつ
)
されて
来
(
く
)
るやうな、
212
プロバガンディストだから
其
(
その
)
手
(
て
)
には
乗
(
の
)
らないのだ。
213
今
(
いま
)
に
尻尾
(
しつぽ
)
を
現
(
あら
)
はしてやらう。
214
ド
狐
(
ぎつね
)
奴
(
め
)
』
215
と
後
(
あと
)
の
一言
(
ひとこと
)
を
雷
(
らい
)
の
如
(
ごと
)
く
呶鳴
(
どな
)
りつけた。
216
サロメは、
217
サロメ
『オホヽヽヽ』
218
とお
ちよぼ
口
(
ぐち
)
で
笑
(
わら
)
ひながらクレツと
尻
(
しり
)
を
捲
(
まく
)
つた
途端
(
とたん
)
に
毛
(
け
)
の
生
(
は
)
えた
真白
(
まつしろ
)
の
狐
(
きつね
)
となり、
219
箒
(
はうき
)
のやうな
尾
(
を
)
をプリプリと
振
(
ふ
)
り
乍
(
なが
)
らのそりのそりと
這
(
は
)
ひ
出
(
だ
)
した。
220
ブラバーサは
匆徨
(
さうくわう
)
として
慄
(
ふる
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
221
カトリックの
僧院
(
そうゐん
)
に
立
(
た
)
ち
帰
(
かへ
)
り、
222
ソフアの
上
(
うへ
)
に
横
(
よこた
)
はり
漸
(
やうや
)
く
寝
(
しん
)
についた。
223
(
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加藤明子
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