淤縢山津見は高彦とその仲間四人らとともにブラジル山の西へ西へと歩を進めた。前方の原野には、黄昏の闇に燈火が瞬いているのが見える。
その中に、松明の光がこうこうと輝いて、大勢のわめき声が聞こえている。一行がその方向に向かっていくと、それは蚊々虎が数百人の群集に取り巻かれながら、怒鳴りつけていたのであった。
蚊々虎は巴留の国の軍勢に向かって、三五教の宣伝歌を歌い、黄泉比良坂の戦いが目前に迫っており、改心しろ、と説教している。
群集はそれを聞いて、きちがいだ、いや勇気のある宣伝使だ、とさまざまに批評している。
群衆の中から、へべれけに酔った男が蚊々虎の前に現れて、酒を飲むなという三五教の教えにいちゃもんをつけはじめた。蚊々虎は男の因縁を無視して、カン声を張り上げて酒を戒める歌を歌った。
男は怒って蚊々虎を殴りつける。蚊々虎はなおも酒をやめよ、と歌う。酔った男はますます怒って蚊々虎を脅しつけるが、蚊々虎がウーンと一声怒鳴りつけると、男はよろめいて転倒し、傍らの石に頭をぶつけて血を流し始めた。
この男は喧嘩虎と言って、巴留の国の鼻抓み者であった。誰も喧嘩虎を助けるものはいない有様であった。喧嘩虎は自分の悪口を言った仲間に喧嘩をふっかけ始めた。
蚊々虎はそこへ割って入って、喧嘩虎に勝負を挑みかける。喧嘩虎は立ち上がって蚊々虎に殴りかかった。蚊々虎はただ、喧嘩虎の打つままに任せている。
そこへ、声さわやかな宣伝歌が聞こえてきた。