第七章 外苑の逍遥〔一九二四〕
インフォメーション
著者:出口王仁三郎
巻:霊界物語 第76巻 天祥地瑞 卯の巻
篇:第2篇 晩春の神庭
よみ(新仮名遣い):ばんしゅんのしんてい
章:第7章 外苑の逍遥
よみ(新仮名遣い):がいえんのしょうよう
通し章番号:1924
口述日:1933(昭和8)年12月06日(旧10月19日)
口述場所:水明閣
筆録者:谷前清子
校正日:
校正場所:
初版発行日:1934(昭和9)年3月23日
概要:
舞台:
あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:旅に疲れた諸神たちは各々眠りにつき、高地秀の宮居の広庭は水を打ったように静まり、小鳥のさえずる声のみが聞こえていた。
胎別男の神は神駒の疲れを休ませようと、外苑の庭に放して遊ばせていた。春風は花の香りを四辺に送り、いたるところおぼろのもやが立ち込めて、のどかな晩春の景色となっていた。
そんな中、ひとり朝香比女の神は、長閑な春の日に眠るのは惜しいと、清庭に立ち居で、心静かに歌を歌っていた。
晩春の景色を述懐していた朝香比女だが、その歌は次第に、旅立っていった顕津男の神への思慕に変わっていった。そして御樋代の神として顕津男の神をどこまでも探し追い求めて行こう、高地秀の宮居を旅立とう、という思いにまでなっていった。
その歌を耳にした胎別神は、大いに驚いて宮居に急ぎ帰り、他の御樋代神と鋭敏鳴出神、天津女雄の神に報告した。一同は驚いて外苑に出てきてみれば、朝香比女はすでに駒の背に倉を置き、片手に手綱を取ってまさにあぶみに足を掛けて乗り出でようとするところだった。
高野比女は急ぎ馳せよって駒のくつわを固く握って押さえ、出立をいさめる歌を歌った。
朝香比女は右手に手綱を取りながら、返答歌にて、顕津男の神への恋しさに、道にそむくと知りながらも、旅立つ心を押さえられない気持ちを伝えた。
高野比女は厳然として諭しの歌を歌うが、朝香比女はさらに強い自分の思いを返答歌にして返すのみであった。
朝香比女の神の勢いに驚いたその他の神々も、比女を思い止めようとさまざまに諭しの歌を歌うが、朝香比女はそのたびに自分の強い決意を歌にして返した。
最後に天津女雄の神がいさめの歌を歌うが、朝香比女は決然として別れの歌を歌い、駒に一鞭あてると、まっしぐらに夕闇の中へ旅立っていってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :rm7607
愛善世界社版:
八幡書店版:第13輯 533頁
修補版:
校定版:291頁
普及版:
初版:
ページ備考:
001 長途の旅に疲れたる百神等は、002各自春の日の夢を結ばせ給ひ、003高地秀の宮居の広庭は水を打ちたる如く静まりて、004小鳥の春を囀り交す声のみぞ聞ゆ。
005 胎別男の神は駒の疲れを休ませむとして、006限りも無き広き外苑の若草萌ゆる清庭に、007駒を放ちて遊ばせ給ひつつありける。
008 春風は徐ろに吹き花の香を四辺に送り、009四方はおぼろに靄立ちこめて、010げに長閑なる晩春の景色なりける。
011 朝香比女の神は長途の疲れもいとひ給はず、012この長閑なる春日を眠るは惜ししと、013花の蕾のほぐれたる清庭に立ち出で給ひ、014心静に御歌詠ませ給ふ。
015『梓弓春の女神は夏山の
017吹く風も長閑なりけり晩春の
018野辺の景色は湯の沸ける如し
019百千草所せきまで萌え出づる
020野辺の遊びは心地よろしも
021露おびし若草の上を踏みて行く
022素足の裏のさも心地よき
023紫の花はほぐれて池水に
024咲くも床しき庭のあやめよ
025やがて今あやめの花は紫と
026日々に匂ひて夏深むらむ
027池水の底に泳げる大魚小魚
029背の岐美はいづくの果てにお在すらむと
030朝な夕なを思ひわづらふ
031爛漫と咲きほこりたる桜木の
032花もつれなく散る世なりけり
033白梅は早や散り果てて若葉萌ゆる
035天津日は霞の空にほのぼのと
037駿馬の嘶き強く草むしる
038愛ぐしき姿に夏は来むかふ
039山も野もみどりの衣着飾りて
041われもまた御樋代神の一柱
043天地の森羅万象はうつり行く
045いたづらに岐美を恋ひつつ歳を経し
046わがおろかさを今更悔ゆるも
047御樋代神は御子生みのみにあらずとは
048知れど如何でか忍ばるべしやは
049岐美を恋ふる心の駒ははやり立ちて
050女神の胸は高鳴り止まずも
051草の露素足に踏みて行く庭の
052果てにも霞む晩春の色
053躊躇の弱き心を立直し
054勇み進まむわが背の岐美許に
055吾行かば背の岐美怒らせ給ふらむ
056言霊照して和らげて見むかも
057鋭敏鳴出の神の出でましし大宮居は
059百神に議らば心ず止められむ
061天津日の西にかたむく夕暮を
062駒に跨り御空をたづねむ』
063 朝香比女の神はひそひそと述懐歌をうたひ乍ら、064芝生を逍遥し給ひけるが、065胎別男の神は耳ざとくも朝香比女の神の御歌を聞き給ひ、066驚きて大宮居に馳せ帰り、067七柱の御樋代神始め鋭敏鳴出の神、068天津女雄の神に事の由を詳細に告げ給へば、069各自驚き給ひて夢を破らせつつ、070朝香比女の神の出立を止めむと、071夏草萌ゆる外苑に立出で給へば、072朝香比女の神は吾乗らむ駒の背に鞍を置かせ給ひ、073片御手に手綱を取り、074左の御足を駒の鐙に半ばかけむとし給ふ折なりければ、075高野比女の神は驚き給ひて馳せより、076駒の轡を堅く握らせ給ひて御歌詠ませ給ふ。
077『春さりて夏来むかへる清庭に
078何故汝は駒に召さすか
079駿馬に跨りいゆく旅衣も
080早や夏の日となりにけらしな
081草枕旅に立たすは春と秋の
082花と紅葉の頃なるべきを』
083 朝香比女の神は右手に手綱を取りながら答の御歌詠ませ給ふ。
084『背の岐美の御上思へば恋ふしさの
086八十筋に乱れ初めにしわが心
088大道に違ひ奉ると知りつつも
089吾進まばや背の岐美許に
090駿馬のはやる心を止めます
091公の言の葉恨めしきかな
092いか程にとどめ給ふもわが心
094なまじひに止め給ひそわが駒は
095旅に立たむと足掻き止まずも』
096 高野比女の神は儼然として御歌詠ませ給ふ。
097『主の神の汝は依さしの御樋代よ
098許しなくして旅に立たすか
099天界は主の大神の御樋代よ
100いかで許さむ独断心を』
101 朝香比女の神は答の御歌詠ませ給ふ。
102『主の神の道に背くと知りながら
103恋ふしさつのりて死なまく苦し
104日に夜に苦しみもがきし吾魂は
105消なば消ぬべく死なば死ぬべし
106矢も楯もたまらぬまでの恋ふしさに
107胸の高鳴り苦しく止まずも
108今となりて恋ふしき心をひるがへす
109力なきわれを許させ給へ』
110 鋭敏鳴出の神はこの様を見て驚きながら、111御歌詠ませ給ふ。
112『主の神に御樋代神とまけられし
114草枕女神の一人旅立ちは
115危ふかりけむ時を待たせよ
116いか程に心はやらせ給ふとも
117この稚国土は進む道なし』
118 朝香比女の神は決然として歌ひ給ふ。
119『よしやよし万里の荒野を渉るとも
120吾は恐れじ言霊剣もてれば
121言霊の貴の剣をふりかざし
122さやらむ曲津を斬りはふり行かむ
123高地秀の宮居は尊し背の岐美は
124一入なつかし黙しあるべきや
125吾一人これの宮居にあらずとも
126鋭敏鳴出の神ひかへますなり
127遠くはかり深く思ひて吾は今
128御子生みの旅に立たむとすなり
129主の神の依さしの神業遂ぐるまで
130吾は帰らじ許させ給へ
131御樋代の比女神等よわが願ひ
132𪫧怜に委曲に聞きて許さへ
133わが心千引の巌より重くして
134如何なる力も動かし得ざらむ』
135 梅咲比女の神はしとやかに御歌詠ませ給ふ。
136『背の岐美を思はす心のあさからぬ
137朝香の比女の真言を悲しむ
138吾とても日々に恋ふしく思へども
139御許しなければせむ術もなし
140あらためて神の許しの下るまでは
141朝香の比女よ暫く待ちませ
142いたづらにわが思ひねをつき通し
143後にて悔います公を悲しむ
144御樋代の神と仕へてわれとても
145心苦しくけ長く待ちぬる
146汝が心吾は知らぬにあらねども
147神の許しのなきを恐るる
148兎も角も高地秀の宮居に帰りませ
150落ちつきて身の行く末を語らひつ
151静かに静かにおこなはせませ』
152 朝香比女の神は御歌もて答へ給ふ。
153『ありがたし梅咲比女の神宣
154心に刻みて忘れざるべし
155さりながら生命消ぬまでこがれてし
156岐美はわが身に捨て難きかも
157百神はいかにわが身をはかゆとも
158恐れず行かむ駒に鞭うちて
159御樋代の神等宮居の司等
160わが旅立ちを詳細に許せよ
161いざさらば駒に跨り出で行かむ
162すこやかにませ御樋代神等』
163と言ひつつ、164再び駒に跨らむとし給ふにぞ、165寿々子比女の神は駒の轡をきびしく手握り給ひて、166御歌詠ませ給ふ。
167『吾とても岐美を恋ひつつ朝夕を
168歎きて暮らす神魂なりけり
169さりながら主の大神の許しなくて
171汝が神の清き心のそこひまで
172吾は悟れりとどむるも悲し
173止めあへぬ涙かくして夜昼を
175さりながら神の依さしの重ければ
176忍びて待ちぬ長の月日を
177この度は思ひ止まり給へかし
178牡丹の花も開き初むれば
179爛漫と咲き匂ひたる桜花も
180夜嵐に散る世を思ひませ
181愛善の紫微天界も永久に
183 宇都子比女の神は、184駿馬の前にしとやかに立たせ給ひつつ、185朝香比女の神の旅立ちを止めむとして御歌詠ませ給ふ。
186『春さりて夏はやうやく来向へる
187野に若草は萌えさかりける
188夏草の萌ゆる聖所を後にして
189旅立たす公の心あやしも
190願はくば暫しを待たせ主の神の
191やがて許しの下る日来らむ
192何事も己が心のままにならば
193吾も黙して止まらざるべし
194汝が神の切なる心は悟れども
196大宮居に朝な夕なを仕へます
197汝の勤めを汚し給ふな
198言霊の御樋代神とつつしみて
199高地秀の宮居に暫し仕へませ
200吾とても同じ思ひに泣きながら
201忍びて宮居に仕へゐるなり』
202 狭別比女の神は御歌詠ませ給ふ。
203『朝香比女神の神言の出で立ちを
205苦しさを忍びてとどむるわが言葉
206うべなひ給へ朝香の比女神よ
207高地秀の峰の桜は散り果てて
208野は常夏の色をそめたり
209高地秀の春のはじめの桜花も
210はや散りにけり御樋代神の身に
211春過ぎし花なき木草の如何にして
212花なる岐美と水火の合ふべき
213夏草は所せきまで萌え出でぬ
214汝が神すでに歳古りにける
215歳古りし御樋代神は言霊の
216もとゐとなりて天界を守れよ
217吾も亦歳ふりし身よ言霊の
218御樋代神となりて仕へむ
219高地秀の宮居の名花を散らすかと
220思へば惜しし公の旅立ち』
221 花子比女の神は御歌詠ませ給ふ。
222『花子比女花の姿はあせにけり
223朝香の比女も斯くやましけむ
224あさからぬ朝香の比女の志
226顕津男の神の御後を訪ねむと
227思ほす公の心かなしも
228顕津男の神は国土生み神生みの
229神業忙しく顧みたまはじ
230遥々と遠の山野をのり越えて
231無情に泣かす公を悲しむ
232村肝の心の駒を立て直し
233止まり給へ高地秀の宮居に』
234 小夜子比女の神は御歌詠ませ給ふ。
235『小夜更けし身ながら光の顕津男の
236神の御後を訪はす術なさ
237春さりて夏の夕べを旅立たす
238公を悲しとおもひて泣くも』
239 朝香比女の神は、240決心の色を面に浮べて御歌詠ませ給ふ。
241『神々のあつき心は悟れども
242心の駒の足掻き止まずも
243わが神魂愛ぐしと思し給はれば
244許させ給へ今日の旅立ちを
245よしやよし曲神道にさやるとも
246生言霊になびけ進まむ
247言霊の幸に生れしわれにして
248言霊の水火輝かざらめや
249駿馬のはやる心を貫ぬきて
250吾は進まむ背の岐美許に』
251 天津女雄の神は憮然として歌ひ給ふ。
252『朝香比女の強き心は悟れども
253今暫くを待たせたまはれ
254比女神の矢竹心をおさへむと
255百神等の真心かなしも
256百神のやさしき心をよそにして
257旅立たむとする公ぞつれなき』
258 朝香比女の神は矢も楯もたまらず、259決然として鞭を右手に手握り、260左手に手綱をささげながら御歌詠ませ給ふ。
261『いざさらば百神等よ大宮居に
262朝な夕なを仕へましませ
263百神等の御旨にそむくと思へども
264かたき心をわれ如何にせむ』
265と言挙げしつつ一鞭あててまつしぐらに夕闇の幕分けつつ一目散に駆け出で給ふぞ是非なけれ。
266(昭和八・一二・六 旧一〇・一九 於水明閣 谷前清子謹録)