第二三章 中の高滝〔一八五四〕
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001 太元顕津男の神は、002主の神の神言もちて高日の宮に禊し給ひ、003如衣比女の神に御逢ひて美玉姫の命を生ませ給ひ、004初めて命の名を称へ給へり。005言霊の水火より成り出でましし神霊をすべて神と称へ、006神と神との婚ぎによりて生れませる神霊を命と言ふ。007此より後神と命の御名を判別して、008言霊の神より出でし神なりや、009婚ぎによりて出でし神なりやを明かにすべし。
010 善悪相混じ、011美醜互に交はる惟神の経綸によりて、012紫雲棚曳く高照山の八百八谷の隈には妖邪の気鬱積して茲に邪神は顕現し、013大神の神業に障らむとするぞ忌々しけれ。014世人謂らく、015天界又は天国と言へば、016至善至美至厳至重にして、017寸毫の濁りなく、018塵埃なく、019清浄無垢なるべしと。020吾も亦神界の奥底を探知する迄は世人の如く考へ居たりしが、021実地の探検によりて、022意外の感に打たれたる程なり。023さりながら、024至善至美のみにしては宇宙の気固まらず、025万有は生れざるなり。026悪臭紛々たる糞尿を土に与ふれば、027土地忽ち肥沃して五穀は豊にみのり、028百の花は美しく咲き、029果物蔓物、030野菜に至るまでよく生育し、031且つ味よろしきが如し。032故に醜悪の結果は美となり、033善となり、034良味良智となるものなるを知るべし。035唯善悪の活用の度合によりて其所名を変ずるのみ。036此大宇宙には絶対的の善もなく、037又絶対的の悪もなし。038これ惟神にして自然の大道と言ふなり。
039 如衣比女の神は御子の日に月に生ひ立ちませるを楽しみて、040朝な夕な森林をかきわけ、041高照谷の中津滝に禊せむと出でたまふ。042さしもに鬱蒼として猿もなほ攀づべからざる岩壁を伝ひ出でます事の危さを思ひて、043眼知男の神は女神の後より密かに遠く従ひ給ひぬ。044如衣比女の神は中津滝の水勢の猛烈さと其荘厳とに打たれて、045暫し恍惚として、046吾身のあるを忘れて如衣比女の神は御歌を詠ひたまはく、
047『仰ぎ見れば雲より落る中津滝の
049天地もわるるばかりの滝の音に
050われは寒さを身に感じつつ
051天の河の末の流と思ふまで
052この中滝の水の秀強きも
053たぎち落る水瀬の音に穿たれし
055常磐木は天を封じてそそり立ち
056中を一条おつる滝はも
057国魂の神を生まむと吾はここに
058岩根をよぢて登り来しはや
059滝津瀬の勢いかにつよくとも
060神国の為めに禊せむかな』
061 かく歌ひてざんぶと計り滝壺に飛び込み給へば、062猛烈なる渦に巻き込まれて水底深く沈み給ふ。063折もあれ眼知男の神は息せきと此処に現れ来り、064如衣比女の神の影の失せたまひたるに驚き、065如何はせむと右往左往しながら厳の言霊宣り上げ給ふ。
066『一二三四五六七八九十百千万!
067あはれ今如衣の比女は滝壺の
068底ひも深く隠れましけり
069主の神の深き経綸か知らねども
070この有様をわれ如何にせむ
071主の神の経綸とあれば吾も亦
073滝壺の水底深くかくれにし
074比女神思へば心おちゐず
075美玉姫の御子の命の居ます世に
077 斯く謡ふ折しも、078滝壺より頭に鹿の如き大なる角を生したる大蛇、079如衣比女の神をくはへながら頭を水面に擡げたれば、080眼知男の神は大に驚き、081厳の言霊を繰返し繰返し、082大蛇の帰順を主の大神に祈り給ふ。083如衣比女の神は大蛇の巨口にくはへられながら、
084『吾は今荒振神に呑まれつつ
085主の大神の御許にゆかむ
086背の岐美に吾が事具に語れかし
087なんぢ眼知男の神よ』
088 眼知男の神は慄ひ乍ら、
089『神の代を曇らし奉る大蛇神
090命にかけて言向け和はさむ
091一二三四五六七八の言霊に
092まつろひまつれ大蛇の神よ』
093 斯く詠ひ給ふ眼知男の神を尻目にかけながら、094大蛇は比女神をくはへたるまま姿を水中に匿しける。095眼知男の神は水面の渦を眺め入りながら、096如何にして顕津男の神に復命申さむやと、097とつおひつ思案にくれ給ふ。
098『天地の眼知男の神ながら
099比女を助くるよしなき苦しさ
100わが魂は曇らひにけむ言霊の
101霊験は見えず比女失へり
102如何にしてこの有様を比古神に
104主の神のみはかり事とは知り乍ら
105今日の艱みは目もあてられず
106主の神の御いきになりし天界も
107曲の荒びのあるは悲しき
108喜びと栄えにみつる天界に
110美玉姫命の神代に立たすまでと
111思ひしことも水泡となりける
112中津滝の水泡と消えし如衣比女の
113ゆくへは何処主の神の右か
114顕津男の神言の御稜威も比女神の
116如衣比女神去りますと聞かすならば
117歎かせたまはむ比古遅の神は
118如何にせむ泣けど叫べど如衣比女
119行方は水泡となりたまひぬる
120とうとうと無心の滝はこの歎き
122常磐木の松の梢も声ひそめ
123科戸の風の音づれもなし
124吹く風の便りもがもと思へども
126いざさらば巌を下り岩根樹根
127ふみしめふみしめ宮居に帰らむ』
128 眼知男の神は愁歎やる方なく、129如衣比女の神の沈ませ給ふ滝壺を恨めしげに眺めやりつつ、130悄然として岩壁を下り、131谷の難路を岩の根樹の根踏みわけ踏みしめ、132辛うじて高日の宮に帰り着かせ給ひぬ。
133(昭和八・一〇・一六 旧八・二七 於水明閣 加藤明子謹録)