七柱の神々は、舟の中で語り明かすうち、東雲近くになって、海鳥のさえずる声が響き渡り、またときどき鷲の声が神々の耳をそばだてさせた。
一行はそれぞれ、霧の海に東雲の空が明けていく様子を見て、これからの旅立ちに心を新たにし、曲津神との対決に心を引き締める述懐の歌を歌った。
天晴比女は、言霊によって霧の晴れたこのとき、海原を進んで、大蟻の住むという魔の島々にこぎ寄せて上陸しよう、と歌った。
すると不思議にも、舟は櫓も櫂もないのに、自然に海原を進んで行った。神々がおのおの歌を歌いあう間に、数十里の波を渡って、船は魔の島近くにたどり着いた。
朝香比女は、魔の島を間近に眺め、舟を止めて島の様子をうかがっていたが、馬よりも大きな蟻が数十万も群がっている様子を見て、魔の島よ海に沈め、蟻よ消え失せよ、と言霊歌を歌った。蟻はこの歌を聞いて驚き、前後左右に島を駆け巡り始めた。
さて、実はこの魔の島は八十曲津神が地中に潜んで、頭だけを水上に浮かせたものであり、蟻はその頭にわいた虱であった。
朝香比女が「島よ沈め」と歌った言霊も、一時は何の効果もなく、曲津神はますます狂い立って島は高く浮き上がった。そして、曲津神の巨体が水上に浮かび上がり、目鼻口が不規則に並んだ顔は雲よりも高く、膝まで海中につかった巨大な姿を現した。
不規律な歯並の口から発する笑い声は、雷が百も同時に鳴ったかのようであった。そして、朝香比女をののしりあざ笑って、巨大な口から唾を四方八方に吹き散らした。一滴でもこの唾に触れると、全身が固着して、手も足も動かせなくなってしまう。曲津神の魔術を尽くした奥の手であった。
朝香比女の神は少しも恐れた様子なく、天の数歌に続いて、曲津神を巌に固め、蟻虱を土とする言霊歌を歌った。すると、八十曲津神の巨体は、そのまま海中に巨大な巌島と固められてしまった。
従者神たちは朝香比女の言霊の神徳に驚きたたえる述懐歌を歌った。この巌島は、周囲百里に余る、相当に大きな島であった。天中比古の神は、狭野彦を助手として草木の種を蒔き、島の経営に当たりたいと、朝香比女に申し出た。朝香比女はこれを了承した。
天中比古は、生言霊によって草木五穀を生み出した。こうして狭野の食国が出来上がり、天中比古は永遠に鎮まることとなった。