朝香比女の神一行は、葦原比女の神一行に送られ、常磐の浜辺で名残を惜しみつつ、万里の海へとふたたび船出をした。
朝香比女の神一行が舟を南へと進ませていくと、鷹巣の山の頂から黒煙がもうもうと噴出して天に立ち上り、海を指して迫ってきた。黒雲は、グロノス・ゴロスの竜蛇心の形を現して進んできた。
朝香比女の神、初頭比古の神がこの様子に警戒の歌を歌うおりしも、海上に旋風が起こり、一行の乗った磐楠舟は荒波に翻弄され、一進一退どうしようもない羽目に陥った。
しかし、朝香比女の神は平然として微笑しながらこの光景を静かに見つつ、心中に深い成算があるかのようであった。一行の神々は、おのおの少しも恐れずに勇気と祓いの歌を歌い、しばらく望見し落ち着きはらっていた。
すすと、百雷が一時にとどろくようなウーウーウーの唸り声が響き渡り、たちまちに波風は和らいで、あたりを包んでいた魔神の黒雲は薄らいで飛び散り、平静な天地と変わってしまった。
朝香比女の神は、ひそかに祈った言霊によって、鋭敏鳴出の神が現れ、その神力によって曲津神たちを追い払ってしまったことを歌った。従者神たちも、この出来事に述懐の歌をそれぞれ歌った。
しばらくして舟は、海路に横たわる巨大な巌島に近づいた。よくよく見れば、赤・黒さまざまの大蛇が何匹も巌から首を差し出し、大口から火焔の下を吐いて舟を襲おうとするごとくであった。
朝香比女の神はこのありさまに、心穏やかに微笑みながら、この巌島を火の島とするよう、言霊歌を歌った。
すると、高く切り立った周囲約三里の巌島は、たちまち一面が火焔に包まれ、海水は熱湯のように煮えたぎり、大蛇は焼かれ傷つき、あるいは雲を起こして鷹巣の山に逃げ去った。
従者神たちは、この様子を見て驚き感激し、朝香比女の神の言霊の働きを称える歌を歌った。そして、舟は東南に向けて進んでいった。