霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 強請(がうせい)〔一四四七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻 篇:第4篇 三五開道 よみ(新仮名遣い):あなないかいどう
章:第17章 強請 よみ(新仮名遣い):ごうせい 通し章番号:1447
口述日:1923(大正12)年03月17日(旧02月1日) 口述場所:竜宮館 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
オールスチンの館では、せがれのワックスが、エキス、ヘルマンの二人をあぐらをかいてひそひそ話にふけっていた。悪友のエキスとヘルマンに、ワックスはおだてられ、お金をゆすられていた。
ワックスは小国別の長女デビス姫に恋慕していたが、デビス姫は馬鹿息子のワックスをげじげじの如く喰らっていた。エキスとヘルマンの二人はワックスに入れ知恵して、如意宝珠を盗んで小国別の弱みを握り、玉を発見した者に娘をめとらせ跡継ぎにさせる計略を立てた。
当座の金をせびるエキスとワックスは喧嘩になり、そこへ外で聞き耳を立てていたオールスチンが入ってきた。エキスとヘルマンは、オールスチンに赦しを乞うが、固いオールスチンは息子と言えども重罪を許すことはできないと突っぱねる。
エキスとヘルマンは、オールスチンを襲って亡き者にしようとした。ワックスはさすがに父親の危難を救おうと奮闘する。
そこへ小国別の僕のエルが突然入ってきたので、エキスとヘルマンは逃げてしまった。エルはこの有様を報告するために館に馳せ帰った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm5617
愛善世界社版:243頁 八幡書店版:第10輯 236頁 修補版: 校定版:257頁 普及版:116頁 初版: ページ備考:
001 オールスチンの(やかた)には(せがれ)のワツクスとエキスとヘルマンの二人(ふたり)胡床(あぐら)をかいて密々話(ひそびそばなし)(ふけ)つて()る。
002ワツクス『お(まへ)(たち)二人(ふたり)はさう何遍(なんべん)何遍(なんべん)無心(むしん)()()れては(こま)るぢやないか。003(おれ)もお(まへ)()つて()(とほ)部屋住(へやずみ)だから、004さう(かね)自由(じいう)になるものぢやない。005あの禿(はげ)チヤンがうまく()んで()れたら(この)()財産(ざいさん)(おれ)自由(じいう)だからどうでもしてやるが……さう()はずに(しばら)()つて()()れ、006さうすれば小国別(をくにわけ)夫婦(ふうふ)(たま)紛失(ふんしつ)(とが)()つて職務(しよくむ)()()げられ、007厳罰(げんばつ)(しよ)せられて(しま)ふ、008さうすりや(おれ)がこの(たま)発見(はつけん)したと()うて大黒主(おほくろぬし)(さま)(とど)けたならば、009屹度(きつと)小国別(をくにわけ)跡目(あとめ)相続(さうぞく)をデビスにさすに(きま)つて()る。010さうすれば(おれ)(たま)発見(はつけん)した褒美(はうび)として婿(むこ)になるのだ。011モウそこ出世(しゆつせ)がぶらついて()るのだから、012さう八釜(やかま)しう()はずと(しばら)()つて()()れ、013その(かは)り、014(まへ)重役(ぢうやく)(まも)()て、015さうして幾何(いくら)でも(かね)(わた)してやるからなア。016親父(おやぢ)(さと)られやうものなら、017(いへ)放逐(おひだ)され、018(いち)()らず()()らずになつて仕舞(しま)ふ。019さうすればお(まへ)(たち)(こま)るぢやないか』
020 エキス、021ヘルマンの両人(りやうにん)はワツクスの悪友(あくいう)(つね)()からぬ(こと)(ばか)(すす)めては親父(おやぢ)(かね)(ぬす)()させ()()ひに(つひや)してゐた。022ワツクスは元来(ぐわんらい)何処(どこ)かに()けた(ところ)のある馬鹿(ばか)息子(むすこ)である。023けれども家令(かれい)息子(むすこ)()(こと)非常(ひじやう)(わか)(もの)仲間(なかま)には()(はや)され、024調子(てうし)()つては親父(おやぢ)(かね)(ぬす)()し、025悪友(あくいう)(とも)飲食(いんしよく)(つか)つて()た。026(ちち)のオールスチンは女房(にようばう)には先立(さきだ)たれ、027(ただ)一人(ひとり)(せがれ)ワツクスを(ちから)とし、028()(なか)(はい)つても(いた)くない(ほど)(あい)して()た。029それ(ゆゑ)段々(だんだん)増長(ぞうちよう)して()にも(あし)にも()はなくなつて仕舞(しま)つた。030そしてワツクスは小国別(をくにわけ)(むすめ)デビス(ひめ)恋慕(れんぼ)し、031()けても()れてもデビス デビスと口癖(くちぐせ)のやうに()つて()た。032(しか)肝腎(かんじん)のデビス(ひめ)は、033馬鹿(ばか)息子(むすこ)のワツクスを蚰蜒(げじげじ)(ごと)(きら)ひ、034()(ほそ)くして()()(たび)に、035手厳(てきび)しく肱鉄(ひぢてつ)をかませ(はづ)かしめて()た。036(しか)(なが)らワツクスは益々(ますます)(こひ)(つの)つて(きら)へば(きら)(ほど)可愛(かはゆ)くなり、037(なん)とかして目的(もくてき)(たつ)せむものと、038エキス、039ヘルマンの二人(ふたり)相談(さうだん)をかけた。040狡猾(わるがしこ)いエキスは(いち)()もなく嘲笑(あざわら)つて()ふ。
041エキス『デビス(ひめ)(きみ)(つま)にせうと(おも)へば(なん)でもない(こと)だ。042如意(によい)宝珠(ほつしゆ)をそつと(ぬす)()(かく)してやつたなら、043きつと監督(かんとく)不行届(ふゆきとど)きの(かど)によつて小国別(をくにわけ)夫婦(ふうふ)(およ)家族(かぞく)一同(いちどう)免職(めんしよく)()ひ、044その(うへ)刑罰(けいばつ)(しよ)せらるるに(きま)つて()る。045まづ第一(だいいち)(その)(たま)(かく)心配(しんぱい)をさせてやると、046小国別(をくにわけ)夫婦(ふうふ)が、047(しまひ)(はて)には百計(ひやくけい)()きて、048「もしもあの紛失(ふんしつ)した如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(さが)して()(もの)があつたらデビス(ひめ)()らう」とか、049婿(むこ)にせう」とか()ふに(きま)つて()る。050()(その)(たま)(かく)すが一番(いちばん)である』
051とエキス、052ヘルマンが知恵(ちゑ)をつけた。053そこで薄野呂(うすのろ)のワツクスは(よる)(ひそか)奥殿(おくでん)(しの)()み、054エキス、055ヘルマンと共力(きようりよく)して(たま)(ぬす)()し、056床下(ゆかした)()つて人知(ひとし)れず(かく)して()いた。057そして当座(たうざ)鼻塞(はなふさ)ぎとして(ひやく)(りやう)(づつ)(わた)して()いたのである。058(しか)しエキス、059ヘルマンの二人(ふたり)は、060(たちま)酒食(しゆしよく)使用(つか)つて仕舞(しま)ひ、061幾度(いくど)幾度(いくど)弱身(よわみ)をつけ()んでワツクスの(ところ)無心(むしん)にやつて()る。062(その)(たび)(ごと)にワツクスもいろいろ工夫(くふう)して(わた)しておいた。063(しか)父親(ちちおや)(かね)も、064もう()(ところ)(まで)(ぬす)()して(わた)して()たのだから、065もう幾何(いくら)請求(せいきう)されても(わた)(かね)()いのである。066それ(ゆゑ)ワツクスは最早(もはや)一文(いちもん)()いから……(しばら)()つて()れ、067(いま)願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)すれば、068幾何(いくら)でも(かね)をやるから……と(ことわ)つて()たのである、069されどエキスは……(この)家令(かれい)(いへ)には金銀(きんぎん)()()いてゐるに(ちが)ひない、070脅迫(けふはく)さへすれば、071この馬鹿(ばか)息子(むすこ)幾何(いくら)でも()して()るに(ちが)()い……と悪胴(わるどう)()(こゑ)(とが)らし、
072エキス『オイ、073ワツクス、074(あま)馬鹿(ばか)にして(もら)ふまいかい。075金剛(こんがう)不壊(ふゑ)如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(いのち)がけで(ぬす)()し、076もし発覚(はつかく)したら(おれ)(たち)(いのち)がないのだ。077さうして(うま)(しる)()ふのはお(まへ)(ばか)りぢやないか。078天下(てんか)一品(いつぴん)のナイス、079デビス(ひめ)さまの婿(むこ)となり、080さうしてテルモン(ざん)神司(かむつかさ)となつて覇張(はばり)()らす身分(みぶん)になれるぢやないか。081(おれ)(たち)両人(りやうにん)何程(なにほど)(まへ)出世(しゆつせ)した(ところ)で、082デビスを女房(にようばう)にする(わけ)にも()かず、083神司(かむつかさ)にもなれないのだから()()はないのだ。084それだからお(まへ)から酒代(さかて)でも(もら)つて(さけ)でも()まねば不安(ふあん)(くる)しうて、085(いち)(にち)でも()うして()(こと)出来(でき)ない。086グヅグヅ()はずに(ひやく)(りやう)(ばか)()さつしやい。087(それ)でなければ自分(じぶん)(たち)(つみ)になるのを覚悟(かくご)して、088(おそ)(なが)ら」と罪状(ざいじやう)自白(じはく)する(つもり)だ、089それでもよいか』
090ワツクス『さう(おほ)きな(こゑ)()ふものぢやない、091近所(きんじよ)(きこ)えたらどうするのだ。092(おれ)(たち)迷惑(めいわく)のみではない親父(おやぢ)(まで)迷惑(めいわく)するではないか』
093エキス『迷惑(めいわく)したつて(なん)でい。094(おれ)アもう(やぶ)れかぶれだ。095のうヘルマン、096犬骨(いぬぼね)()つて(たか)()られるやうな荒仕事(あらしごと)をやらされて(たま)つたものぢやない。097此奴(こいつ)はきつと目的(もくてき)成就(じやうじゆ)したが最後(さいご)098自分(じぶん)権威(けんゐ)(かさ)()て、099(おれ)(たち)反対(はんたい)(つみ)(おと)すかも()れないぞ。100それより(いま)(うち)もぐる(だけ)もぐつ(うま)(しる)でも()ふて()かねば算盤(そろばん)()てないや。101オイ ワツクスの先生(せんせい)102(おれ)(いま)バラしたが最後(さいご)103(まへ)(かさ)(だい)()んで仕舞(しま)ふぞ。104(ひやく)(りやう)(いのち)安価(やすい)ものだ、105どうだ()()はないか』
106ワツクス『(ひやく)(りやう)安価(やすい)やうなものの、107さう何遍(なんべん)(ひやく)(りやう)々々(ひやくりやう)()ふて()られては(たま)らないぢやないか。108親父(おやぢ)臍繰金(へそくりがね)(まで)(みな)貴様(きさま)()してやつたし、109もう(さか)さに()つたつて()()ないのだ。110(ちつと)(おれ)(こころ)(さつ)して()れないか。111九分(くぶ)九厘(くりん)()(ところ)になつて(ひつ)くり(かへ)つては(つま)らないぢやないか。112(おれ)目的(もくてき)さへ()てば、113(まへ)(おも)ふやうにしてやるのだから』
114エキス『ヘン(うま)(こと)()つて乞食(こじき)(しらみ)ぢやないが、115(くち)(ころ)さうと(おも)つても()()()るやうな哥兄(あにい)ぢやないぞ。116(すゑ)(ひやく)(りやう)より(いま)五十(ごじふ)(りやう)だ。117さつぱりと五十(ごじふ)(りやう)にまけて()く。118サアきつぱりと()したり()したり』
119ワツクス『何程(なにほど)()せと()ふても()(そで)()れんぢやないか。120そんな無茶(むちや)(こと)()はずに、121(いま)(しばら)くの(ところ)我慢(がまん)してくれ、122()(あは)して(たの)むから』
123エキス『ヘン、124貴様(きさま)()(あは)して(かね)(いち)(りやう)()つて()るのなら辛抱(しんばう)もしない(こと)はないが、125(をが)(たふ)さうと(おも)つても、126そんな(こと)()るやうな(おれ)ぢやないわい。127こんな(おほ)きな屋台骨(やたいぼね)をした(いへ)(せがれ)でありながら、128親父(おやぢ)(かね)()くなつたと()つたつて(たれ)本当(ほんたう)にするものか、129(ひと)馬鹿(ばか)にするない。130()さにや()さぬでよいわ。131これから(おれ)一伍(いちぶ)一什(しじふ)をデビス(ひめ)(ところ)()らしに()き、132二人(ふたり)証人(しようにん)となつて報告(はうこく)するからさう(おも)へ。133オイ、134ヘルマン、135こんな(やつ)にかかつて()ても仕方(しかた)がないわ。136さア()かう』
137()(あが)らうとするをワツクスは(あわ)てて()(にぎ)り、138真青(まつさを)(かほ)をしてビリビリ(ふる)(なが)ら、
139ワツクス『オイ、140エキス、141さう短気(たんき)()すものぢやない。142暫時(しばらく)()つてくれと(たの)むのにお(まへ)()(わけ)のない(をとこ)だなア。143(まへ)(おれ)(こころ)()つとるだらう、144()(かね)(かく)して千騎(せんき)一騎(いつき)(この)場合(ばあひ)145(たれ)()いと()ふものか。146(ちつと)(かんが)へて()れ』
147エキス『千騎(せんき)一騎(いつき)場合(ばあひ)になつてゴテゴテ()(やつ)駄目(だめ)だ。148(かんが)へもヘチマ()つたものかい、149薬罐頭(やくわんあたま)(かへ)つて()ない(うち)(はや)()さないと陰謀(いんぼう)露見(ろけん)(おそ)れがあるぞ。150貴様(きさま)親父(おやぢ)(こは)いのか。151親父(おやぢ)(こは)いやうな(こと)では伊勢(いせ)神楽(かぐら)()られないぞ……、
152(おや)財産(ざいさん)あてにすれや
153薬罐頭(やくわんあたま)邪魔(じやま)になる
154()ふのは(おれ)(たち)(おやぢ)(こと)だ。155貴様(きさま)らは(おや)一人(ひとり)()一人(ひとり)156羊羹(やうかん)よりも(あま)(やつ)だから、157貴様(きさま)何程(なにほど)(ぬす)()して(おれ)()れたとて、158(せがれ)(いのち)とつりがへだと()いたら、159滅多(めつた)(おこ)気遣(きづか)ひはない、160余程(よほど)貴様(きさま)はケチな(やつ)だなア』
161ワツクス『どうか(たの)みだから、162今日(けふ)(だけ)柔順(おとなし)(かへ)つて()れ、163(なん)とか(また)(かんが)へて()くからなア』
164エキス『(おれ)(をとこ)だ。165一旦(いつたん)(くち)()した以上(いじやう)滅多(めつた)(はぢ)()いて(かへ)るやうな哥兄(にいさん)ぢやないぞ。166サア、167グヅグヅ()はずに()しやがらないか、168グヅグヅ()ふと(この)鉄拳(てつけん)貴様(きさま)(あたま)にお見舞(みまひ)(まを)すぞ』
169()びつかうとする。170ヘルマンは(あわて)(うしろ)より抱留(だきと)め、
171ヘルマン『()つた()つた、172短気(たんき)損気(そんき)だ、173大事(だいじ)(まへ)小事(せうじ)だ、174(いま)短気(たんき)()しては(おれ)(たち)(さん)(にん)(くび)()くなるぢやないか。175(くび)()くなつては(さけ)()むと()つたつて()めないぢやないか。176今日(けふ)はまア此処(ここ)銀瓶(ぎんびん)でも()つて(かへ)らう、177ナア、178ワツクス、179(かね)(かは)りに銀瓶(ぎんびん)ならお(まへ)(なん)とも()ひはすまい』
180ワツクス『(それ)何卒(どうぞ)(こら)へて()れ、181(いま)親父(おやぢ)(かへ)つて()調(しら)べたら大変(たいへん)だからのう』
182エキス『そんなら(とこ)置物(おきもの)無垢(むく)らしいから、183彼品(あいつ)(さら)つて()かう、184これなら(せん)(りやう)二千(にせん)(りやう)価値(ねうち)はあるだらうから』
185ワツクス『何卒(どうぞ)それだけは(こら)へて()れ、186親父(おやぢ)()つけられては(こま)るからなア』
187エキス『ヘン、188(ふた)()には親父(おやぢ)々々(おやぢ)(ぬか)しやがつて、189親父(おやぢ)煮汁(だし)(おれ)(たち)要求(えうきう)拒絶(きよぜつ)する(かんが)へであらう、190(おな)(あな)(むじな)だ。191親父(おやぢ)だつて貴様(きさま)陰謀(いんぼう)をすつかり()つて()て、192素知(そし)らぬ(かほ)をしてけつかるのだ。193ええもう()うなつては(かま)ふものか、194悪胴(わるどう)()ゑて(ひやく)(りやう)(わた)すか、195この無垢(むく)置物(おきもの)(わた)すかする(まで)は、196十日(とをか)でも廿日(はつか)でも(すわ)()んで(うご)かない覚悟(かくご)()めやうかい』
197ヘルマン『ワツクスの()(とほ)り、198今日(けふ)柔順(おとなし)(かへ)つて()らうぢやないか、199(おれ)(たち)矢張(やはり)(きず)()(あし)だからなア』
200エキス『(おれ)一旦(いつたん)()()した(こと)(あと)へは退()かぬのだ。201馬鹿(ばか)らしい、202(をとこ)がこれ(だけ)金銀(きんぎん)()()いて()(いへ)()請求(せいきう)すべきものを請求(せいきう)せずして(かへ)(こと)出来(でき)るものか、203貴様(きさま)もよい腰抜(こしぬ)けだなア』
204 ヘルマンはムツと(はら)()て、205(かほ)()()にしながら、206腹立紛(はらたちまぎ)れに(なに)()(わす)れて仕舞(しま)ひ、
207ヘルマン『こりやエキス、208悪垂口(あくたれぐち)(たた)くにも(ほど)がある。209(おれ)腰抜(こしぬ)けなら貴様(きさま)魂抜(たまぬ)けだ。210(いま)()(もの)()せてやらう、211覚悟(かくご)せよ』
212()ふより(はや)(とこ)にあつた無垢(むく)置物(おきもの)をグツと頭上(づじやう)にさし()げ、213エキスを目蒐(めが)けて()げつけた。214エキスは()(そこな)うて向脛(むかうずね)にカンと()ちあてられ、
215『アイタタタ』
216()つたきり座敷(ざしき)中央(まんなか)(たふ)れて仕舞(しま)つた。217折柄(をりから)門口(かどぐち)(あわ)ただしく()()けて這入(はい)つて()たのは(この)()主人(しゆじん)オールスチンである。
218オールス『オイ、219ワツクス、220(わし)留守中(るすちう)(なに)喧嘩(けんくわ)して()るのだ。221(ちつと)(しづか)にせないか』
222ワツクス『ヘエ、223ほんの(さけ)(うへ)(わけ)もない喧嘩(けんくわ)をおつ(ぱじ)めまして(まこと)申訳(まをしわけ)(ござ)いませぬ』
224オールス『さうではあるまい。225最前(さいぜん)から門口(かどぐち)ですつかり立聞(たちぎき)をした。226貴様(きさま)(さん)(にん)如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(ぬす)んだ大罪人(だいざいにん)だ。227仮令(たとへ)(わが)()(いへど)(ゆる)(こと)出来(でき)ぬ。228サア(さん)(にん)とも()(うしろ)(まは)せ』
229ワツクス『お(とう)さま、230(まこと)()まぬ(こと)(いた)しました。231(しか)(なが)らもう今日(こんにち)(かぎ)(こころ)(あらた)めますから、232何卒(どうぞ)内証(ないしよう)にして(くだ)さい』
233オールス『馬鹿(ばか)()ふな、234(まこと)(みち)親疎(しんそ)区別(くべつ)はない。235オールスチンの(せがれ)貴様(きさま)のやうな大悪人(だいあくにん)出来(でき)たかと(おも)へば、236(かみ)(さま)(たい)し、237先祖(せんぞ)(たい)し、238申訳(まをしわけ)がない、239どうして(おれ)(かほ)()つか。240グヅグヅ()はずに(つみ)(ふく)するが()い。241これやエキス、242ヘルマンの両人(りやうにん)243(もと)()へばお(まへ)(たち)(せがれ)知恵(ちゑ)をかつたのだから、244(まへ)()(つみ)(もつと)(おも)い、245(しか)(なが)(せがれ)(わる)いのだから(のが)れる(わけ)にはゆかぬ。246(さん)(にん)(とも)覚悟(かくご)してバラモンのお(きやう)でも(とな)へたがよからう』
247両眼(りやうがん)(なみだ)(たた)えて()る。248エキスは吃驚(びつくり)して、
249エキス『もしオールスチン(さま)250(まこと)()まぬ(こと)(ござ)いましたが、251(これ)には貴方(あなた)息子(むすこ)のワツクスも(はい)つて()るのですから、252何卒(どうぞ)大目(おほめ)()(くだ)さい。253何卒(どうぞ)(その)(すぢ)()()(こと)だけは(ゆる)して(くだ)さい。254その(かは)(たま)直様(すぐさま)(かへ)(まを)しますから』
255オールス『(たま)(かへ)(こと)勿論(もちろん)だ。256(しか)(なが)一旦(いつたん)()つた(つみ)はどうしても(ゆる)(こと)出来(でき)ぬ。257さてもさても(こま)つた(こと)をして()れたものだなア。258この(まま)にして()いたら()主人(しゆじん)(いへ)断絶(だんぜつ)259(したが)つて(この)家令(かれい)監督(かんとく)不行届(ふゆきとどき)(つみ)によつて、260どんな厳罰(げんばつ)(しよ)せらるるかも()れない。261貴様(きさま)()(さん)(にん)突出(つきだ)して主家(しゆけ)(わが)()(まも)らねばならぬ。262斯様(かやう)(とき)(せがれ)(あい)()かれて大事(だいじ)(あやま)るやうなオールスチンではないぞ』
263声高(こわだか)(しか)りつけて()る。264(さん)(にん)()蜘蛛(ぐも)のやうになつて(たたみ)(かしら)をにぢりつけ、265只々(ただただ)詫入(わびい)(ばか)りであつた。266オールスチンは(ただち)神前(しんぜん)(ぬか)づき『(わが)()(つみ)(ゆる)させたまへ』と一生(いつしやう)懸命(けんめい)(いの)つて()る。267されど一旦(いつたん)大罪(だいざい)(おか)した(この)(さん)(にん)はどうしても(たす)ける工夫(くふう)()い。268もしも自分(じぶん)()なるが(ゆゑ)をもつて(つみ)(ゆる)さば綱紀(かうき)紊乱(ぶんらん)端緒(たんしよ)(はつ)し、269不公平(ふこうへい)(そしり)()け、270(まこと)(みち)(つぶ)して仕舞(しま)はねばならぬ、271ああ如何(いか)にせむと(たき)(ごと)くに落涙(らくるゐ)して()る。272二人(ふたり)()()見合(みあは)せ、273(うしろ)から細縄(ほそなは)(くび)()つかけ引倒(ひきたふ)折重(をりかさ)なつて()(ころ)さうとして()る。274オールスチンは(ちから)(かぎ)りに、275(ふせ)(たたか)ひ、276()(のが)れむとすれども(ちから)()らず、277(かれ)()がなす(まま)(まか)すより仕方(しかた)がなかつた。
278ワツクス『オイ、279エキス、280ヘルマン、281(おれ)親父(おやぢ)をさう(ひど)(こと)をして()れな、282()んで(しま)ふぢやないか。283打転(うちこか)(くらゐ)はよいけれど、284(いのち)(まで)()らうとするのか』
285エキス『(きま)つた(こと)だい。286此奴(こいつ)(いのち)()らねば(おれ)(たち)(いのち)()くなるのだ。287貴様(きさま)(いのち)もなくなるのだぞ。288(なに)(とぼ)けて()るのだ。289オイ、290ヘルマン(おれ)老耄(おいぼれ)をバラして(しま)うから、291貴様(きさま)はワツクスをやつつけて(しま)へ』
292ヘルマン『よし()た』
293とワツクスに(くら)ひつく。294(ここ)二組(ふたくみ)(ころ)()ひが(はじ)まり、295ジタン、296バタンと(あや)しき物音(ものおと)戸外(こぐわい)まで(きこ)えて()る。297(この)物音(ものおと)()きつけ(あわ)ただしく()()んで()たのは、298小国別(をくにわけ)(しもべ)エルであつた。299エキス、300ヘルマンはエルの(かほ)()るより一目散(いちもくさん)裏口(うらぐち)から(くも)(かすみ)山越(やまごし)()げて仕舞(しま)つた。301そしてエルは最前(さいぜん)からの喧嘩(けんくわ)顛末(てんまつ)由来(ゆらい)(のこ)らず()いて仕舞(しま)つた。302オールスチンは(やうや)くにして()(あが)首筋(くびすぢ)(いた)みを()でて()る。303ワツクスは、304(くら)(なか)()()み、305(なか)より(ぢやう)(おろ)して(ふる)つて()る。306エルは一目散(いちもくさん)にこの有様(ありさま)報告(はうこく)せむと、307(ちう)()つて(やかた)馳帰(はせかへ)()く。
308大正一二・三・一七 旧二・一 於竜宮館階上 加藤明子録)

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