霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 素破抜(すつぱぬき)〔一〇一六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第1篇 安閑喜楽 よみ:あんかんきらく
章:第4章 素破抜 よみ:すっぱぬき 通し章番号:1016
口述日:1922(大正11)年10月08日(旧08月18日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
勘吉が手打ちの宴会場に指定した呉服町の正月屋には、お愛という勘吉なじみの芸者がいた。勘吉は、次郎松の一件では喜楽が往生して詫びを入れにくるのだ、とふかしていた。
喜楽は次郎松と、嘘勝の弟・長吉と三人で正月屋にやってきて、勘吉と盃を交わして宴会が始まった。宴会の最中に長吉は正月屋の階下へ下りて行き、お愛に本当の事の次第や今日の宴会の予算をしゃべってしまった。
お愛から文句を言われた勘吉は、長吉に対して怒りだした。自分はそれをなだめ、明日は朝早い用事があるからと次郎松と長吉の二人を連れて、正月屋を抜け出した。
主な登場人物: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:
愛善世界社版:44頁 八幡書店版:第7輯 46頁 修補版: 校定版:46頁 普及版:20頁 初版: ページ備考:
001(ひろ)亀岡(かめをか)十三町(じふさんまち)
002(あと)見返(みかへ)女郎(ぢよろ)はない』
003俗謡(ぞくえう)(うた)はれて()亀岡(かめをか)(まち)には、004芸者(げいしや)仲居(なかゐ)(いた)(まで)005(みな)京都(きやうと)田舎下(いなかくだ)し、006パチ(もの)仕入(しい)(もの)ばかりで、007三味線(さみせん)()くと()つたら、008たすきの(ひも)でもくくりつけて、009座敷中(ざしきぢう)(ひき)まはす(くらゐ)(せき)(やま)不見転(みずてん)ばかりである。010(また)(はさ)んで(かね)をとる釘抜女(くぎぬきをんな)がザツと三打(さんダース)(ばか)り、011あちらこちらの料亭(れうてい)にうろついて()つた。012勘公(かんこう)のお宿坊(しゆくばう)にして()呉服町(ごふくまち)正月屋(しやうぐわつや)には、013(ひな)には(まれ)渋皮(しぶかは)()けた、014一寸(ちよつと)小意気(こいき)な、015三味(さみ)()()かぬデモ芸者(げいしや)二三人(にさんにん)(かか)へてあつた。016(いづ)れも(はる)()るのが目的(もくてき)である。017(その)(なか)(とし)二十(はたち)(くらゐ)で、018(あい)といふ(をんな)始終(しじう)河内屋(かはちや)馴染(なじみ)(かさ)ねて、019機嫌(きげん)()年期(ねんき)(つと)めたら、020夫婦(ふうふ)にならうとまで、021約束(やくそく)をして()たのである。
022 勘公(かんこう)五人(ごにん)乾児(こぶん)総揚(そうあ)げして、023意気(いき)揚々(やうやう)として、024正月屋(しやうぐわつや)乗込(のりこ)み、025(うら)六畳(ろくでふ)二間(ふたま)古腐(ふるくさ)つた座敷(ざしき)に、026真黒(まつくろ)けに(あか)(ひか)つた(はしら)背中(せなか)に、027自慢話(じまんばなし)(ふけ)つてゐる。028そこへお(あい)(ちや)()んで()て、
029(あい)哥兄(にい)サン イヤ親方(おやかた)サン、030あの次郎松(じろまつ)事件(じけん)如何(どう)なりました。031きままとか喜楽(きらく)とか()(やつ)032(わり)とは()(ぶと)(やつ)だと(この)(あひだ)()はれましたが、033(なん)とか(うま)(かた)はつきましたかえ』
034勘吉(かんきち)『サア(おれ)威勢(ゐせい)(おそ)れて、035流石(さすが)喜楽(きらく)も、036とうとう()きを()れよつて、037今日(けふ)はあやまりに()るんだ。038今晩(こんばん)七時(しちじ)(ごろ)には喜楽(きらく)039次郎松(じろまつ)040長吉(ちやうきち)三人(さんにん)がここへ謝罪(あやまり)()(はず)だ』
041(あい)『そりや心地(ここち)よい(こと)ですなア。042一遍(いつぺん)喜楽(きらく)親方(おやかた)にあやまる(ところ)()せて()しいもんですな』
043勘吉(かんきち)『アハヽヽヽ、044侠客(けふかく)侠客(けふかく)としてそれ相当(さうたう)礼式(れいしき)があるのだ。045(をんな)なぞの()()(ところ)ぢやない。046どうぞ二階(にかい)(せき)(こしら)へて、047(たれ)()ない(やう)にしておいてくれ。048(その)(しき)さへ()めば()(たた)いてやるから、049(その)(とき)にあがつて()(しやく)をするんだ』
050(あい)一番(いちばん)()ままサンとか喜楽(きらく)サンとかに、051(さけ)()ぐんですか』
052とそんな(こと)()うたか()はぬか、053喜楽(きらく)丁度(ちやうど)(その)時分(じぶん)穴太(あなを)出立(しゆつたつ)しかけてゐる(くらゐ)だから、054何程(なにほど)エライ天耳通(てんじつう)でも、055聞取(ききと)ることは出来(でき)なかつた。
056 午後(ごご)七時(しちじ)(ごろ)057一寸(ちよつと)(こし)具合(ぐあひ)(わる)いヨボヨボした次郎松(じろまつ)サンと、058小男(こをとこ)長吉(ちやうきち)とを()れて、059正月屋(しやうぐわつや)門口(かどぐち)(くぐ)つた。060(れい)のお(あい)(かほ)冷笑(れいせう)(うか)べて、061此方(こちら)御免(ごめん)なさいと()へば、062厭相(いやさう)に『へー』と(こた)へて背中(せなか)()けた。063喜楽(きらく)は……(この)スベタ()064大事(だいじ)のお(きやく)さまを(とら)へて馬鹿(ばか)にしやがる、065そんなことで商売(しやうばい)繁昌(はんじやう)するか……と()ひたくなつた。066されど(なん)とはなしに一方(いつぱう)無頼漢(ぶらいかん)相手(あひて)のこととて、067(やや)不安(ふあん)(くも)(こころ)往復(わうふく)してゐたので、068ワザと笑顔(ゑがほ)(つく)り、
069喜楽(きらく)河内屋(かはちや)サンは()()られますか?』
070()ひかけた、071(あい)は、
072(あい)『へー親分(おやぶん)ですか。073(ひる)(ごろ)から乾児(こぶん)をつれて(あそ)びに()てゐられます。074(まへ)サンは喜楽(きらく)サンですか。075とうとう河内屋(かはちや)ハンに()けなはつたのですやろ』
076(ひや)やかに(わら)ふ。077(その)態度(たいど)(また)むかついた。
078喜楽(きらく)『オイ長吉(ちやうきち)079次郎松(じろまつ)サン、080こんな(ところ)()つて()つても仕方(しかた)がないぢやないか。081女中(ぢよちう)サンに案内(あんない)して(もら)つて(おく)(とほ)らうかい』
082(やや)甲張(かんば)つた(こゑ)呶鳴(どな)()てた。083(には)(うへ)八畳(はちじやう)ばかり二階(にかい)座敷(ざしき)がある。084そこの段階子(だんばしご)をトントンと()りて()たのは与三公(よさこう)であつた。
085与三(よさ)『あゝ喜楽(きらく)サン、086(はや)(あが)つて(くだ)さい。087親方(おやかた)()つて()ます。088約束(やくそく)時間(じかん)(おく)れたと()うて、089大変(たいへん)御立腹(ごりつぷく)ですよ。090サアサア(はや)く』
091(さき)()つて段階子(だんばしご)をあがる。092三人(さんにん)(あと)()いて二階(にかい)(あが)つて()た。093チヤンと(あし)のない(ぜん)に、094(いつ)()つの菓子碗(くわしわん)(さら)(なら)べられ、095盃洗(はいせん)までがランプの(かげ)(うつ)して、096三人(さんにん)ののぼつた(ひびき)に、097ランプの(つき)盃洗(はいせん)(うみ)がゆらつかしてゐる。
098勘公(かんこう)喜楽(きらく)サン、099遠方(ゑんぱう)御苦労(ごくらう)でした。100ズイ(ぶん)(まへ)サンも世話好(せわずき)ですなア。101(あま)(ひと)(こと)(かま)うもんぢやありませんぜ。102(いま)人間(にんげん)(かな)はぬ(とき)神仏(しんぶつ)のやうに()うて(たの)み、103チンコハイコするものだが、104やがて(なん)()ると、105素知(そし)らぬ(かほ)をするもんだ。106(ひと)世話(せわ)もよい加減(かげん)になさるが(よろ)しかろ』
107(なん)だか意味(いみ)ありげな(こと)()ふ。
108喜楽(きらく)河内屋(かはちや)サン、109これも()むを()ずだ。110()りかけた(ふね)で、111(あと)引返(ひきかへ)(わけ)にも()かず、112親類(しんるゐ)のことでもあり、113(きみ)商売(しやうばい)邪魔(じやま)をしては()まんのだけれど、114今度(こんど)事件(じけん)ばかりは例外(れいぐわい)だと(おも)つて(もら)はねばならん』
115勘公(かんこう)『さうでせう、116何分(なにぶん)次郎松(じろまつ)サンに(かね)()つたり、117いろいろと世話(せわ)になつてゐられるさうだから、118こちらも推量(すゐりやう)はしてゐるのだ。119かう()えても河内屋(かはちや)()もあれば(なみだ)もある(をとこ)ですよ。120チツとは可愛(かあい)がつてやつて(くだ)せえ』
121半分(はんぶん)ばかり侠客(けふかく)言葉(ことば)使(つか)うてゐる。122(もと)土百姓(どびやくしやう)あがりの侠客(けふかく)だから、123箱根(はこね)()えずの江戸(えど)()使(つか)はうとするので、124(その)言霊(ことたま)にどこともなく拍子抜(ひやうしぬ)けがして、125(あま)(こは)(さう)にもなく(また)権威(けんゐ)もない。126(なん)だかダラけた(やう)心持(こころもち)がする。
127勘公(かんこう)次郎(じろ)ヨモさんイヤ(まつ)さん、128ズイ(ぶん)(たま)可愛(かあい)がつて(いただ)いた(さう)です。129(この)()もお見捨(みすて)なく御世話(おせわ)をしてやつて(くだ)さい、130(わたくし)(をとこ)一匹(いつぴき)だ。131一旦(いつたん)(をとこ)(けが)された(をんな)(ふたた)()れようとは(おも)ひませぬから、132アハヽヽヽ』
133とワザと豪傑(がうけつ)(わら)ひをして(かた)をゆすつてゐる。
134次郎松(じろまつ)『イヤもう(とし)()つて、135(おも)はぬホテテンゴを(いた)しまして、136(みな)サンに御心配(ごしんぱい)をかけ年甲斐(としがひ)もないことで御座(ござ)いますワイ。137ハーイ』
138勘公(かんこう)『オイ長吉(ちやうきち)139貴様(きさま)もお(たま)少々(せうせう)おかげを(かうむ)つたといふ(こと)だが、140有態(ありてい)白状(はくじやう)せい! 返答(へんたふ)によつては此方(こちら)にも(かんが)へがあるぞ』
141長吉(ちやうきち)(たい)してはガラリと態度(たいど)をかへ、142強圧的(きやうあつてき)(おど)しつけた。
143長吉(ちやうきち)『ハイ、144あの次郎松(じろまつ)サンが(なん)で、145ヘエそしてヤツパリ(まつ)サンがお(たま)サンの(なん)です』
146とモヂモヂし(なが)ら、147ソロソロ(ふる)()した。
148勘公(かんこう)『コラ長吉(ちやうきち)149貴様(きさま)(ゆゑ)にこんなザマの(わる)事件(じけん)(おこ)つたのだ。150(この)責任(せきにん)(のこ)らず貴様(きさま)にあるのだ。151(なん)だウソ(かつ)哥兄(あに)()つたと(おも)うて、152ウソ(かつ)親分(おやぶん)はイロハ孝太郎(かうたらう)だと()つて威張(ゐば)つてゐやがるが、153(おれ)貴様(きさま)()つてる(とほ)り、154島原(しまばら)のカンテラ親分(おやぶん)兄弟分(きやうだいぶん)だ。155(こと)(しな)によつたら、156貴様(きさま)(ため)親分(おやぶん)同士(どうし)一悶錯(ひともんさく)(おこ)らうも()れぬぞ』
157長吉(ちやうきち)『オヽオウ河内屋(かはちや)158そんなこと()うたて、159シシ()らぬワイ。160さう(やかま)()はずに、161今日(けふ)仲直(なかなほ)りに()たんだから、162ゆつくりと(さけ)でも()んで(わか)れよぢやないか』
163勘公(かんこう)『コリヤ侠客(けふかく)儀式(ぎしき)()つてるか、164(おれ)(さかづき)(いただ)かうと(おも)うたら、165それ(だけ)方法(はうはふ)()らなくては今日(けふ)(やく)(つと)まらぬぞ。166モシも仕損(しそん)じをしよつたら、167それこそ承知(しようち)せぬから、168さう(おも)へ』
169喜楽(きらく)170次郎松(じろまつ)(たい)する不平(ふへい)を、171(よわ)(をとこ)長吉(ちやうきち)一人(ひとり)集中(しふちう)してゐる(その)可笑(をか)しさ。
172喜楽(きらく)(きみ)173(ぼく)素人(しろうと)だ。174(きみ)()しも()されもせぬ立派(りつぱ)侠客(けふかく)サンだ。175侠客(けふかく)同士(どうし)ならば、176どんな(むつ)かしい儀式(ぎしき)もあらうかも()れぬが、177俺達(おれたち)素人(しろうと)だから、178(まへ)(もつ)(ことわ)つておく。179侠客(けふかく)作法(さはふ)(かな)はないと()つて、180因縁(いんねん)をつけるのなら、181もう(さかづき)(もら)はぬワ』
182次郎松(じろまつ)(わし)喜楽(きらく)サンのいふ(とほ)(むつ)かしいことは()らぬのだから、183こちらの流儀(りうぎ)にして(もら)ひたい、184なア河内屋(かはちや)サン』
185勘公(かんこう)『あゝさういへばさうだ、186そんなら随意(ずゐい)に、187仲直(なかなほ)りの(さけ)()みかはすことにしませう。188オイ与三(よさ)189()第一(だいいち)喜楽(きらく)サンに()いで、190それから(おれ)()ぐのだ、191(おれ)(さかづき)(まつ)サンに()すのだ、192それから(あと)勝手(かつて)()いで()んだがよい』
193与三(よさ)『へー』
194()(なが)ら、195燗徳利(かんどくり)(にぎ)れぬやうなあつい(やつ)から、196朝顔(あさがほ)(はな)(かたち)したうす(ひら)たい(さかづき)にドブドブドブと()ぐ。197喜楽(きらく)一口(ひとくち)にグイと()んで、
198喜楽(きらく)失敬(しつけい)!』
199といひ(なが)勘公(かんこう)(わた)した。200勘公(かんこう)巻舌(まきじた)まぜりのドス(ごゑ)で、
201勘公(かんこう)『ハーイ(よろ)しい』
202()(なが)受取(うけと)り、203与三公(よさこう)()がせた。204与三公(よさこう)()がうとするやつを無理(むり)(さかづき)(うへ)(はう)()げて一滴(いつてき)()れさせず、205()んだふりをして……ヘン貴様(きさま)(さかづき)表面(へうめん)()(かく)206実際(じつさい)(たれ)()むものか……といふやうな面付(つらつき)をしてゐる。207河内屋(かはちや)(さかづき)次郎松(じろまつ)(まへ)猿臂(ゑんぴ)()ばしてグツと差出(さしだ)し、
208勘公(かんこう)『サア色男(いろをとこ)(まつ)サン、209ワツちの(さかづき)はお()()りますまいが、210今日(けふ)仲直(なかなほ)りの(しき)だから、211ドツサリと()けて(くだ)さい。212イヤ十分(じふぶん)(うち)とけて()うて(もら)はねば、213仲直(なかなほ)りの精神(せいしん)貫徹(くわんてつ)しません』
214()(なが)ら、215与三(よさ)徳利(とくり)をグイと(ひき)たくり、216ドブドブドブと(まつ)サンの()つてゐる(さかづき)()いだ。217(まつ)サンは、
218次郎松(じろまつ)『エヽモウ結構(けつこう)結構(けつこう)219ちります ちります、220こぼれます』
221()つてゐるのを(かま)はず、222燗徳利(かんどくり)をグイと(むか)うへつきつけ、223(ひざ)(うへ)一杯(いつぱい)(さけ)をダブダブとこぼして(しま)つた。
224次郎松(じろまつ)『あゝ勿体(もつたい)ない、225(この)結構(けつこう)(さけ)を』
226()(なが)ら、227(ひざ)(うへ)(たたみ)(うへ)にこぼれた(さけ)平手(ひらで)にすはしてはチウーチウーと()うてゐる。
228勘公(かんこう)『コレ(まつ)サン、229わつちの(さかづき)()()らぬのか、230(みな)づちあけて(しま)うとは、231(あま)馬鹿(ばか)にした仕打(しうち)ぢやねいか』
232無理難題(むりなんだい)()つかけて、233()つかからうとしてゐる。
234喜楽(きらく)『オイ(きみ)235そんな冗談(ぜうだん)()ふもんだないよ。236(きみ)親切(しんせつ)があふれて()たのだから、237(まつ)サンも感謝(かんしや)してゐるんだろ。238(ぼく)感謝(かんしや)してゐる。239何分(なにぶん)燗酒(かんしゆ)だからな、240アハヽヽヽ』
241(わら)ひに(まぎ)らす。242主客(しゆきやく)双方(さうはう)九人(くにん)表面(へうめん)仲直(なかなほ)りといひ(なが)ら、243非常(ひじやう)(ふか)溝渠(こうきよ)(なか)において、244(あぶな)丸木橋(まるきばし)(わた)(やう)心持(こころもち)で、245仲直(なかなほ)りの(さかづき)()みかはしてゐた。246ソロソロ勘公(かんこう)()てこすりだらけの都々逸(どどいつ)(うた)()した。
247 (その)()長吉(ちやうきち)(すこ)しく(さけ)がまはり、248階段(かいだん)無断(むだん)(くだ)つて(しま)つた。
249 下座敷(したざしき)には勘公(かんこう)(おも)(もの)(あい)(はじ)め、250二人(ふたり)不見転芸者(みずてんげいしや)長火鉢(ながひばち)(かこ)んで河内屋話(かはちやばなし)(ふけ)つてゐた。251長吉(ちやうきち)はヒヨロヒヨロし(なが)三人(さんにん)(まへ)にドツカと(すわ)つた。
252(あい)『コレ長吉(ちやうきち)ヤン、253とうとう喜楽安閑坊(きらくあんかんばう)(はじ)めは(えら)(をとこ)だつたが、254尻尾(しつぽ)()しよつたぢやおへんか。255そんなことなら、256(てい)よく(はじ)めからあやまつておくといいのに、257何程(なにほど)(ちから)があると()つても、258河内屋(かはちや)旦那(だんな)にかけたら、259到底(たうてい)駄目(だめ)なことはきまつて()るのに、260本当(ほんたう)喜楽(きらく)といふ(をとこ)安閑坊(あんかんばう)だなア』
261長吉(ちやうきち)(なに)262()をまいたんでも(なん)でもない。263(この)(まへ)にも河内屋(かはちや)下河原(しもかはら)喧嘩(けんくわ)をした(とき)に、264河内屋(かはちや)(はう)子分(こぶん)野次馬(やじうま)三十人(さんじふにん)ばかりで、265一人(ひとり)喜楽(きらく)(とり)まいたが、266それでも喜楽(きらく)五六人(ごろくにん)なぐりたふして(うま)()げよつた(くらゐ)だから、267今度(こんど)だつて(まけ)たんぢやない。268マアマア五分々々(ごぶごぶ)にしとかうかい』
269(あい)(なん)卑怯(ひけふ)喜楽(きらく)サンだなア。270何十人(なんじふにん)相手(あひて)にしても、271(かな)はんやうになつたら()げるのなら、272あたいだつて、273そんな(やす)喧嘩(けんくわ)出来(でき)ますワ。274次郎松(じろまつ)に、275(なん)でも喜楽(きらく)サンは(かね)(もら)つたとか、276()つたとか()ふことだから、277それであれ(だけ)278義理(ぎり)にでも(ほね)()らんならんのだと、279与三(よさ)ハンが()うてゐましたよ。280事情(じじやう)()けば、281喜楽(きらく)ハンも本当(ほんたう)可哀相(かはいさう)なとこがあるなア』
282長吉(ちやうきち)『ナアニそんな(こと)あるものか。283河内屋(かはちや)()五人(ごにん)乾児(こぶん)()れて、284あんな痳病(りんびやう)やみの次郎松(じろまつ)サンとこへ(おし)よせて()たもんだから、285(いま)まで何回(なんくわい)喜楽(きらく)サンが掛合(かけあ)つて()つたのだけれど、286今度(こんど)はたまりかねて応援(おうゑん)()つたのだ。287河内屋(かはちや)()いた(かたな)(さや)(をさ)まりかねて(こま)つて()つた(ところ)288わしの(あに)(かつ)ちやんが仲裁(ちうさい)這入(はい)つて、289ソレから(また)喜楽(きらく)談判(だんぱん)をして、290次郎松(じろまつ)から十五円(じふごゑん)291河内屋(かはちや)から十五円(じふごゑん)292勝負(かちまけ)なしに、293仲直(なかなほ)りといふ相談(さうだん)出来(でき)たのだ。294一方(いつぱう)侠客(けふかく)親分(おやぶん)295一方(いつぱう)安閑坊(あんかんばう)喜楽(きらく)296そんな(もの)喧嘩(けんくわ)をして、297五分々々(ごぶごぶ)(わか)れと()ふのだから、298つまり河内屋(かはちや)(まけ)なのだ。299そこを喜楽(きらく)折角(せつかく)()()した河内屋(かはちや)(かほ)(つぶ)しては可哀相(かあいさう)だと(おも)うて、300ズツと譲歩(じやうほ)して五分々々(ごぶごぶ)()(ところ)(てい)()うキリをつけたのだよ。301今夜(こんや)御馳走(ごちそう)三十円(さんじふゑん)御馳走(ごちそう)だのに、302なぜ(また)これ(ほど)(たか)いのだ。303吉川(よしかは)桑酒屋(くはざけや)()つて五円(ごゑん)()しや、304これ(くらゐ)御馳走(ごちそう)はしてくれるが、305(まへ)とこもチト勉強(べんきやう)せぬと、306商売(しやうばい)流行(はや)らぬやうになるかも()れぬぞ』
307(あい)『ソラ(また)本当(ほんたう)ですか?』
308長吉(ちやうきち)(おれ)はウソ(かつ)(おとうと)だけれど、309(うま)れてから(うそ)坊主(ばうず)(あたま)とはいうたことがないのぢや』
310 お(あい)顔色(かほいろ)()へて二階(にかい)へトントンとあがり、
311(あい)『モシ河内屋(かはちや)旦那(だんな)一寸(ちよつと)……』
312目配(めくば)せした。313河内屋(かはちや)は『ウン』と()(なが)ら、314(あい)のあとについて階段(かいだん)()り、315十分間(じつぷんかん)(ばか)姿(すがた)(かく)した。316長吉(ちやうきち)酔眼(すゐがん)朦朧(もうろう)として階段(かいだん)()(ばひ)になつて二階(にかい)(あが)つて()た。317そこへ勘公(かんこう)顔色(かほいろ)()へて(のぼ)(きた)り、
318勘公(かんこう)『コリヤ長吉(ちやうきち)319今度(こんど)事件(じけん)貴様(きさま)(おこ)したやうなものだ。320(おれ)たちや、321喜楽(きらく)サンや、322(まつ)サンがまだここに(すわ)つてゐるのに、323貴様(きさま)勝手(かつて)(せき)(はづ)すといふ(こと)があるものか。324仲直(なかなほ)りの儀式(ぎしき)(やぶ)り、325侠客(けふかく)(かほ)(どろ)をぬりやがつた。326オイ与三(よさ)327(とく)328長吉(ちやうきち)引括(ひきくく)つて、329井戸端(ゐどばた)へつれて()き、330ドタマから(みづ)百杯(ひやつぱい)ほどかけてやれ!』
331口汚(くちぎたな)なく(ののし)(なが)ら、332()ひつぶれてる長吉(ちやうきち)(あたま)(こし)荒男(あらをとこ)(ちから)(まか)して、333()んだり()つたりし(はじ)めた。
334喜楽(きらく)『オイ河内屋(かはちや)335仲直(なかなほ)りの(さかづき)がすんだ以上(いじやう)は、336長吉(ちやうきち)がどこへ()かうと(かま)はぬぢやないか。337長吉(ちやうきち)(わる)(こと)があるのなら、338(あと)(なん)なつとしたがよかろ。339明日(あす)(あさ)までは(おれ)長吉(ちやうきち)(おや)兄弟(きやうだい)から、340身柄(みがら)(あづか)つてきたのだから、341指一本(ゆびいつぽん)()へさすこたア出来(でき)ぬのだ』
342勘公(かんこう)(ゆる)(がた)(やつ)だけど、343喜楽(きらく)サンや次郎松(じろまつ)サンに(めん)じて、344今晩(こんばん)(ゆる)しておく。345明日(あす)()があけたら、346(おれ)(たく)までキツと()()い』
347長吉(ちやうきち)()まなんだ、348どうぞ勘忍(かんにん)してくれ。349わしや(べつ)にお(まへ)(わる)(こと)()うたのぢやない。350(した)女中(ぢよちう)今晩(こんばん)御馳走(ごちそう)五円(ごゑん)がポチで十円(じふゑん)御馳走(ごちそう)だと()うたから、351そんな(はず)がない、352三十円(さんじふゑん)だと()うたのぢやから、353()(わる)うせんとこらへてくれ』
354勘公(かんこう)(やかま)しいワイ、355仲直(なかなほ)りが()んでからゴテゴテ(ぬか)すと、356(また)(ひと)物言(ものい)ひがつくぞ。357サア(はや)貴様(きさま)(かへ)れ……喜楽(きらく)サン、358(まつ)サン、359どうぞゆつくり機嫌(きげん)(なほ)して()()ける(まで)()んで(くだ)さい。360これから(をんな)()げますから、361前席(ぜんせき)十円(じふゑん)362二次会(にじくわい)二十円(にじふゑん)といふ段取(だんどり)にしてあるのだのに、363(わけ)もきかずに長吉(ちやうきち)がそんな(こと)()ひやがつて、364本当(ほんたう)仕方(しかた)のない(やつ)だ……オイお(あい)365貴様(きさま)もよいかげんに(しやべ)つておけ、366これから第二次会(だいにじくわい)注文(ちうもん)をする(ところ)だ。367仕様(しやう)もない(こと)いふもんだから、368喜楽(きらく)サンにも(いた)くない(はら)(さぐ)られ、369(をとこ)面目玉(めんぼくだま)をつぶしよつた』
370()(なが)ら、371最愛(さいあい)のお(あい)横面(よこづら)をピシヤピシヤとなぐりつけた。372(あい)は『キヤツ』と悲鳴(ひめい)をあげて段階子(だんばしご)をころげおち、373(には)(しろ)(しり)をあらはしたまま平太(へた)つてゐる。374二人(ふたり)女中(ぢよちう)はあわてて()(おこ)し、375(うら)別建(べつたて)(いへ)()れていつたやうである。
376喜楽(きらく)(きみ)377(ぼく)明日(あす)(はや)()かねばならぬ(ところ)があるから、378二次会(にじくわい)(れつ)したいのだが、379これで失礼(しつれい)する。380どうぞ(きみ)たち、381(ぼく)(かは)りに二人前(ににんまへ)()んで十分(じふぶん)(さわ)いでくれ。382(まつ)サンも長吉(ちやうきち)()れて(かへ)るから……』
383勘公(かんこう)御用(ごよう)があらば仕方(しかた)がない。384そんならあと二十円(にじふゑん)がとこ、385(きみ)(かは)りに散財(さんざい)をする。386オイ与三(よさ)387(とく)388(かね)389(した)へおりて注文(ちうもん)して()い』
390 勘公(かんこう)意中(いちう)()らぬ三人(さんにん)はあわてて(した)()びおり、391(この)(いへ)主婦(しゆふ)をつかまへて第二次会(だいにじくわい)注文(ちうもん)をして()る。392喜楽(きらく)(ほか)二人(ふたり)此処(ここ)立出(たちい)で、393穴太(あなを)さして(よる)(みち)(かへ)つて()く。394何時(なんどき)勘公(かんこう)手下(てした)(やつ)(さき)まはりをして、395どんな(こと)をするか()れないと()()(おこ)り、396(いそ)いで(かへ)らうとすれ(ども)397痳病(りんびやう)やみのヒヨロヒヨロ(をとこ)(さけ)()ひ、398(また)長吉(ちやうきち)がヘベレケに()うてゐるので、399(おな)(ところ)(ばか)(かに)(やう)(ある)いて()つて、400()つから(みち)がはか()らず、401十時(じふじ)(ごろ)正月屋(しやうぐわつや)立出(たちい)で、402わづか十二三町(じふにさんちやう)(まつ)(した)まで二時間(にじかん)(ばか)(つひ)やして(しま)つた。
403大正一一・一〇・八 旧八・一八 松村真澄録)