霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二三章 海老坂(ゑびさか)〔一〇三五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第4篇 山青水清 よみ:やまあおくみずきよし
章:第23章 海老坂 よみ:えびさか 通し章番号:1035
口述日:1922(大正11)年10月12日(旧08月22日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
小林貞蔵氏の宅で四五日ばかり滞在し、村中の老若男女が信者になった。信者たちからお礼をいただき、北桑田へ渡ろうと海老坂峠にさしかかった。そこで日暮れになり、坂道の途中にある古寺の地蔵堂で横になり、眠りについてしまった。
夜中に坊主に怒鳴りつけられ、出て行くようにと言われたが、神も仏も元は一株だからと一夜の宿を乞うと、坊主はなかなかものの分かったことを言うと感心し、庫裏に招いてくれた。
話してみると奇遇にも、この坊主は喜楽の伯母の兄の子で、子供のころに四五回遊んだこともある人見与三郎という男であることが判明した。
与三郎と喜楽はすっかり打ち解けて、ここに四五日逗留したのち、再開を約して出立した。安懸という田舎の村では、井戸堀人足たちが生き埋めになる事故に遭遇し、とっさに神勅によって指示を出して人足たちを救うという経験もした。
この村は船岡の妙霊教会の信者が多くいたが、そこは喜楽の伯父が教導職であったため、そこでの布教はせずに園部へ帰ってきた。それ以降、この村の人々は妙霊教会への参拝の途次に、園部に立ち寄ってくれる者がたくさんあった。また、小林貞蔵氏も信者を連れて園部に来ていた。
人見与三郎は大正六年ごろ大本に来ていたが、その後再び乞われて元の地蔵堂に帰ってしまった。
明治三十二年ごろ、船井郡紀伊の庄村木崎の森田民という婆さんに稲荷が乗り移ってたくさん参拝者があるというので、信者に紛れて調べにいったことがある。
婆さんは狐の焼き物に向かって神占をなし、信者たちに判じ物の答えを与えていた。婆さんは喜楽が霊学の先生だと見破り、狐の神様が先生に頼んで教導職を授けてもらうように言っている、と告げた。
聞けば、もともと百姓をしていたときに無実の罪で狐の親子三匹を殺し、狐の霊に悩まされるようになった。そこで狐の霊に談判をし、神様に祀るから赦してくれと頼んだところ、世間の仕事を辞めて人助けをするなら赦してやる、という条件で今のような境遇になったのだという。
喜楽は婆さんに自分のことを判じてくれと頼んだ。すると婆さんの狐の神様が言うことには、今、園部で信者たちが先生としてかつごうとしているが、喜楽が納まるべきところはここから七里ほど西北であり、一月後に迎えがくる、また嫁もちゃんと決まっている、とのことであった。
園部に帰ってみると、田植えが終わったころに再度迎えに行く、という四方氏の手紙がきていたのである。
主な登場人物: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:
愛善世界社版:275頁 八幡書店版:第7輯 134頁 修補版: 校定版:286頁 普及版:138頁 初版: ページ備考:
001 小林(こばやし)貞蔵(ていざう)()(たく)四五日(しごにち)(ばか)滞在(たいざい)してゐる(あひだ)に、002村中(むらぢう)老若男女(らうにやくなんによ)(あつ)まり、003鎮魂(ちんこん)()けたり、004神懸(かむがかり)修行(しうぎやう)をしたりして、005神徳(しんとく)広大(くわうだい)なるに感謝(かんしや)し、006全部(ぜんぶ)信者(しんじや)となつて(しま)つた。007小林(こばやし)()はせめて一月(ひとつき)(ばか)自分(じぶん)(たく)()つて(もら)()いと(たの)むのも()かずに(この)()立出(たちい)で、008信者(しんじや)から二三円(にさんゑん)(ばか)りの(れい)(もら)ひ、009それを(もつ)北桑田(きたくはだ)(わた)らむと、010()(くれ)(まへ)から(かみ)(めい)のまにまに海老坂峠(えびさかたうげ)まで(さし)かかつた。011()はズツポリと()れ、012(その)(うへ)坂路(さかみち)のこととて、013最早(もはや)一歩(いつぽ)(すす)(こと)出来(でき)なくなつた。014(この)坂路(さかみち)中途(ちうと)古寺(ふるでら)()つてゐる。015そして(ふる)(だう)地蔵(ぢざう)(まつ)つてあつた。016()むを()喜楽(きらく)(この)(だう)這入(はい)つて一夜(いちや)()かさうと、017仏壇(ぶつだん)(まへ)でゴロリと(よこ)たはり(その)(まま)(ねむり)()いた。
018 夜中(よなか)時分(じぶん)(めう)物音(ものおと)がしたので、019フト()()まして()れば、020(くろ)提灯(ちやうちん)をさげた大坊主(おほばうず)(だう)入口(いりぐち)()ち、021(おほ)きな(こゑ)心経(しんきやう)(とな)へてゐる。022喜楽(きらく)(おどろ)いて起上(おきあが)ると、023坊主(ばうず)(おほ)きな(こゑ)で、
024坊主(ばうず)(ことわ)りもなく(この)(だう)()てゐる(やつ)何者(なにもの)だ。025()しからぬ、026サア(はや)()()け!』
027呶鳴(どな)りつける。028喜楽(きらく)(おき)あがり、029一寸(ちよつと)(あたま)()げて、
030喜楽(きらく)『お和尚(せう)サン、031(まこと)()まぬ(こと)(いた)しましたが、032(わたし)霊学(れいがく)修行者(しうぎやうしや)で、033神道(しんだう)(ひら)きに(ある)いて()(もの)御座(ござ)りますが、034(おも)ひの(ほか)(みち)(とほ)かつたので、035途中(とちう)()()れ、036一寸(ちよつと)失礼(しつれい)さして(もら)ひました。037どうぞ今晩(こんばん)(だけ)此処(ここ)()めて(くだ)さいな』
038坊主(ばうず)神道(しんだう)行者(ぎやうじや)(ぶつ)(だう)()まるといふ(こと)があるものか。039(まへ)サンはイカサマ神道家(しんだうか)だ。040売僧(マイス)坊主(ばうず)だなア』
041自分(じぶん)坊主(ばうず)たる(こと)(わす)れて、042(こゑ)(かど)()てて呶鳴(どな)つてゐる。
043喜楽(きらく)(かみ)さまも(ほとけ)さまも(もと)一株(ひとかぶ)だから、044そんな区別(くべつ)()てずに今晩(こんばん)(だけ)()めて(くだ)さい』
045坊主(ばうず)『ウンさうか、046(かみ)(ほとけ)一株(ひとかぶ)だといふのか。047中々(なかなか)(まへ)()(わか)つたことを()ふ。048そんなら今晩(こんばん)()まつて(くだ)さい。049(しか)しここでは仕方(しかた)がないから庫裏(くり)(はう)()(くだ)さい。050(なん)だか地蔵堂(ぢざうだう)()(かか)つて()られぬので、051一寸(ちよつと)()()たのだ。052(ちや)なつと(すす)ぜよう』
053()つて(かは)つた(くだ)(かた)喜楽(きらく)はヤツと(むね)をなで(おろ)し、054大坊主(おほばうず)(みちび)かれて、055庫裏(くり)(はう)へついて()つた。
056 (この)(てら)(この)坊主(ばうず)一人(ひとり)より(ほか)(たれ)(ひと)らしい(もの)()んで()なかつた。057ソロソロと()(うへ)(ばなし)(たがひ)(はじ)めて()ると、058不思議(ふしぎ)にも(この)坊主(ばうず)喜楽(きらく)伯母(をば)嫁入(よめい)つて()た、059南桑田郡(みなみくはたぐん)千代川村(ちよかはむら)(あざ)今津(いまづ)人見(ひとみ)弥吉(やきち)といふ伯父(をぢ)(あに)()であつた。060子供(こども)(とき)には四五回(しごくわい)(あそ)んだことのある人見(ひとみ)与三郎(よさぶろう)といふ(をとこ)で、061放蕩(はうたう)結果(けつくわ)(おや)財産(ざいさん)(のこ)らずなくして(しま)ひ、062それから園部(そのべ)監獄(かんごく)看守(かんしゆ)となり、063巡査(じゆんさ)(つと)め、064これも(また)(さけ)(ため)免職(めんしよく)さされ、065それから易者(えきしや)(なら)ひ、066真言(しんごん)秘密(ひみつ)(はふ)(おぼ)え、067無住(むぢう)(てら)(さいは)ひ、068留守(るす)坊主(ばうず)(やと)はれてゐた(こと)(わか)つた。069(この)奇遇(きぐう)両人(りやうにん)(うち)とけて、070いろいろの(こと)(かた)()ひ、071ここに四五日(しごにち)逗留(とうりう)して、072人見(ひとみ)鎮魂帰神(ちんこんきしん)霊術(れいじゆつ)(をし)へてやり、073後日(ごじつ)再会(さいくわい)(やく)して海老坂峠(えびさかたうげ)(きた)(わた)り、074安懸(あかげ)といふ田舎(いなか)(むら)(まで)辿(たど)()いた。
075 さうすると(にはか)警鐘(けいしよう)(ひび)く、076太鼓(たいこ)()つて()る。077村人(むらびと)は『野添(のぞへ)火事(くわじ)がある!』と()つて、078一生懸命(いつしやうけんめい)鳶口(とびぐち)竜頭水(りうとうすゐ)079水桶(みづをけ)などを()つて駆出(かけだ)す。080喜楽(きらく)村人(むらびと)(あと)から(はし)つて野添(のぞへ)といふ小村(こむら)まで()いて()つた。081(しか)(なが)何処(どこ)にも(けぶり)()つてゐず、082火事(くわじ)らしきものも()かつた。083されど野添(のぞへ)(てら)(かね)太鼓(たいこ)(しき)りに()つてゐる。084(むか)うから(はし)つて()(ひと)(はなし)によると、085(ふか)井戸(ゐど)()つてゐた(ところ)086(にはか)にウラが()て、087井戸掘(ゐどほり)人足(にんそく)()まつて(しま)つたから、088()()(ため)に、089近在(きんざい)(ひと)(あつ)める(ため)警鐘(けいしよう)太鼓(たいこ)であつた(こと)(わか)つた。
090 ()つて()れば百人(ひやくにん)(ばか)りの(ひと)井戸(ゐど)(はた)()つて、091鶴嘴(つるばし)(くわ)井戸(ゐど)から四五間(しごけん)わきの(はう)から()りかけてゐる。092グヅグヅしてゐると、093(うま)つた土砂(どしや)(みづ)(ため)(いき)()れて(しま)(おそれ)がある。094喜楽(きらく)(たちま)大地(だいち)瞑目(めいもく)静坐(せいざ)して神勅(しんちよく)()けた。095さうすると(はら)(なか)から、
096小松林(こまつばやし)だ』
097といふ(こゑ)()()て、
098種油(たねあぶら)五六升(ごろくしよう)099井戸(ゐど)(なか)へまくか、100(あぶら)がなければ()一斗(いつと)(ばか)()け』
101といふ神勅(しんちよく)(くだ)る。102そこで(その)(よし)村人(むらびと)()げてやると、103(たちま)酢屋(すや)から五升樽(ごしやうだる)(ふた)(ばか)()つて()て、104井戸(ゐど)(なか)へダブダブと投込(なげこ)んだ。105そして大勢(おほぜい)がよつて(たか)つて二時間(にじかん)(ばか)りかかつて、106(うも)つた人足(にんそく)引上(ひきあ)げて()た。107(さいは)ひに(いき)()えて()なかつた。108(その)(をとこ)口中(くちなか)(ぼう)といふ(をとこ)であつた。109(その)(をとこ)(はなし)によると、
110口中(くちなか)(にはか)にウラが()土砂(どしや)()められた(とき)111(さいは)(よこ)(はう)から()てゐた(おほ)きな(いし)(した)(からだ)をのがれ、112(こし)から(した)(みづ)にひたり、113体中(からだぢう)土砂(どしや)につめられたけれ(ども)114突出(つきで)(いし)のおかげで(くび)(だけ)自由(じいう)(うご)(こと)出来(でき)た。115追々(おひおひ)(いき)(くる)しくなつて、116最早(もはや)生命(いのち)(をは)るかと(おも)つて()ると、117(にはか)()(にほ)ひがして()て、118(いき)(らく)になりました。119(その)(とき)にどこともなしに小松林(こまつばやし)が……(いま)(まへ)生命(いのち)(たす)けてやらう……といふ(こゑ)(きこ)えました』
120(うれ)()きし(なが)物語(ものがた)つてゐる。121大勢(おほぜい)人々(ひとびと)喜楽(きらく)(むか)つて、122非常(ひじやう)感謝(かんしや)をし、123二三日(にさんにち)逗留(とうりう)してくれといふので、124口中(くちなか)(いへ)(とま)つて、125霊学(れいがく)(はなし)をしてゐた。126(しか)(この)(むら)大部分(だいぶぶん)船岡(ふなをか)妙霊教会所(めうれいけうくわいじよ)信者(しんじや)であつた。127そして(その)教会(けうくわい)会長(くわいちやう)といふのが、128喜楽(きらく)伯父(をぢ)(あた)佐野(さの)清六(せいろく)といふ教導職(けうだうしよく)であつた(ため)129宗教上(しうけうじやう)関係(くわんけい)から村人(むらびと)()めるのも()かず、130園部(そのべ)会合所(くわいがふしよ)(かへ)つて()た。
131 それより(この)附近(ふきん)人々(ひとびと)船岡(ふなをか)妙霊教会(めうれいけうくわい)参拝(さんぱい)途次(とじ)132黒田(くろだ)会合所(くわいがふしよ)参拝(さんぱい)して(かへ)(もの)沢山(たくさん)にあつた。133(また)小林(こばやし)貞蔵(ていざう)()沢山(たくさん)信者(しんじや)()れて、134黒田(くろだ)会合所(くわいがふしよ)幾度(いくど)となく(まゐ)つて()た。
135 (ちなみ)海老坂(えびさか)地蔵堂(ぢざうだう)留守(るす)坊主(ばうず)であつた人見(ひとみ)与三郎(よさぶろう)は、136(なん)とかいふ法名(はふめう)()つてゐたが(わす)れて(しま)つた。137大正(たいしやう)六年(ろくねん)(ごろ)大本(おほもと)へやつて()て、138門掃(かどは)きや(その)()種々(いろいろ)(こと)手伝(てつだひ)ふてゐたが、139(ふたた)村人(むらびと)()ひに()つて、140(もと)地蔵堂(ぢざうだう)(かへ)つて(しま)つた。
141 船井郡(ふなゐぐん)紀井(きゐ)庄村(しやうむら)木崎(きざき)の、142森田(もりた)(たみ)といふ五十余(ごじふあま)りの()アサンに稲荷(いなり)サンがのり(うつ)り、143沢山(たくさん)信者(しんじや)参拝(さんぱい)するのを()き、144明治(めいぢ)三十二年(さんじふにねん)五月(ごぐわつ)(すゑ)145喜楽(きらく)羽織袴(はおりはかま)をつけず、146普通(ふつう)百姓(ひやくしやう)のやうな(ふう)をして、147(いつ)ペンどんな神憑(かむがかり)だか調(しら)べて()ようと(おも)ひ、148信者(しんじや)(まぎ)れて()つて()た。
149 産土(うぶすな)大宮(おほみや)神社(じんじや)一町(いつちやう)(ばか)(うへ)(はう)にクヅ屋葺(やぶき)(ちひ)さい(いへ)があつて、150(その)(よこ)六畳敷(ろくでふじき)(ばか)りの(あたら)しい紅殻染(べにがらぞめ)(いへ)()つてゐた。151(その)(まへ)(ちひ)さい(ほこら)(あか)()つて()ててある。152そして焼物(やきもの)(きつね)(よつ)(ばか)(まつ)つてあり、153(ちひ)さき(すず)をつつて、154(あか)(しろ)黄色(きいろ)(かね)()一尺(いつしやく)五寸(ごすん)(ばか)()()がり、155それに何歳(なんさい)(をとこ)とか(をんな)とか()いて五筋六筋(いつすぢむすぢ)づつ()がつてゐる。156数十人(すうじふにん)老若男女(らうにやくなんによ)参詣者(さんけいしや)背後(うしろ)にして、157(その)()アサンは(ほこら)(まへ)にしやがみ、158(すず)をからからとふつては、
159(ばば)『あゝ左様(さやう)か、160へー、161(やう)ですか、162オホヽヽヽヽ』
163などと(ひと)(ごと)をいうてゐるかと(おも)へば、164(また)
165只今(ただいま)何村(なにむら)何某(なにぼう)といふ何才(なんさい)(をとこ)が、166病気(びやうき)(こま)つて()りますが、167これは如何(どう)したら(なほ)りますか?』
168()つては()()ち、
169『あゝ左様(さやう)か、170(わか)りました』
171()ひ、172(また)(つぎ)(うかが)ひをしては、
173『あゝ左様(さやう)か、174そんなら(おほ)バコを(せん)じて()ませばよいのですな。175ヘー黒豆(くろまめ)(やなぎ)()とまぜてどすか、176ハイそない()うてやります』
177()うてる。178(ひと)わたり(うかが)ひがすむと、179記憶(きおく)のよい()アサンと()えて、180一々(いちいち)病気(びやうき)様子(やうす)から(くすり)のさしづをやつてゐる。181不思議(ふしぎ)なことには、182(この)()アサンの指図(さしづ)()つて大体(だいたい)病気(びやうき)(なほ)つたといふことである。183そこで(ひと)可笑(おか)しい(こと)は、184一人(ひとり)()アサンが心配(しんぱい)(さう)(かほ)して(うかが)つて()た。185(その)次第(しだい)は、
186(をんな)何遍(なんべん)(よめ)(もら)うてもすぐに(かへ)つて(しま)ふので、187両親(りやうしん)心配(しんぱい)(いた)して()りますが、188(よめ)(そだ)たぬのは(なん)先祖(せんぞ)(たた)りでもあるのか、189(ただし)家相(かさう)でも(わる)いのですか、190一遍(いつぺん)(うかが)うて(くだ)さい』
191といふ。192沢山(たくさん)信者(しんじや)一人(ひとり)(のこ)らず(かへ)つて(しま)つた(あと)には、193(たみ)といふ()アサンと、194(いま)(たづ)ねてゐる五十(ごじふ)(ばか)りの(をんな)喜楽(きらく)三人(さんにん)であつた。
195 お(たみ)早速(さつそく)(れい)(ほこら)(まへ)(うかが)ひを()て、
196(たみ)義経大明神(よしつねだいみやうじん)さま、197桂大明神(かつらだいみやうじん)さま、198玉房大明神(たまふさだいみやうじん)さま、199玉芳大明神(たまよしだいみやうじん)さま』
200連呼(れんこ)(なが)ら、201以前(いぜん)(をんな)(ねがひ)(うかが)つてゐる。202そして時々(ときどき)『ホヽヽヽヽ』とこけるやうにして(わら)ふ。203(しばら)くするとお(たみ)サン此方(こちら)へやつて()()ふには、
204(たみ)『お(まへ)さんとこの息子(むすこ)はコレで(よめ)さんを五人(ごにん)(もら)うたでせう。205(みな)(かへ)つたのは肝腎(かんじん)のお道具(だうぐ)(みの)○になつてるから、206それで(みな)(かへ)つて(しま)はれるのですから、207此奴(こいつ)一寸(ちよつと)()つかしいものです。208毛抜(けぬき)()いた(ところ)(また)()えますサカえなア』
209(をんな)(なん)とかお稲荷(いなり)サンのおかげで(なほ)して(いただ)(わけ)には()きませぬか』
210心配(しんぱい)(さう)にお(たみ)(かほ)(のぞ)()む。211(たみ)サンは(くび)(かたむ)け、
212(たみ)『マア信心(しんじん)して()なさい。213信心(しんじん)さへ(とほ)つたら、214(かみ)さまの(こと)ですから、215(なん)とかして(くだ)さりませう。216サアもう(かへ)つて(くだ)され。217(わたし)はこれから(ひと)(ぎやう)をせなならぬのです。218(かみ)さまが大変(たいへん)()きですから……』
219といつて(てい)よく(かへ)して(しま)つた。220そしてお(たみ)()アサンは喜楽(きらく)(むか)ひ、
221(たみ)先生(せんせい)222あなたは黒田(くろだ)御方(おかた)ですやろ。223信者(しんじや)()けて(わたし)調(しら)べに()なさつたなア。224(かみ)さまが先生(せんせい)(たの)んで、225教導職(けうだうしよく)()けるやうに手続(てつづ)きをして(もら)へと()うてゐやはります。226どうぞお世話(せわ)をして(くだ)さいな』
227喜楽(きらく)『お(まへ)サンは普通(ふつう)御台(おだい)サンと(ちが)うて仲々(なかなか)()(わか)(ひと)だ。228そして焼物(やきもの)稲荷(いなり)サンに(むか)つていろいろと(はな)しをして御座(ござ)つたが、229あんな焼物(やきもの)稲荷(いなり)サンが物言(ものい)ひますか』
230(たづ)ねて()ると、231(たみ)サンは、232言下(げんか)に、
233(たみ)『へーへー()ははります(とも)234(いま)あの()んだお(かた)息子(むすこ)はんの(こと)(うかが)ひましたが、235(めう)でしたよ。236(わたし)がジツとして焼物(やきもの)稲荷(いなり)サンを()つめて()ると、237稲荷(いなり)サンの(また)から、238突然(とつぜん)にポコンと○○が(あら)はれ、239(さき)まで()一杯(いつぱい)()えて()りましたので、240(わたし)稲荷(いなり)サンに(むか)つて、241……(この)(をとこ)(みの)○だから、242それで(よめ)さまが()りつかぬのどすか、243(たづ)ねましたら、244オヽさうだと()はれました。245オホヽヽヽ』
246(わら)うて()る。247そして、
248(たみ)先生(せんせい)(いつ)ぺんあの稲荷(いなり)サンの(まへ)()うて()なさい』
249とすすめるので、250稲荷(いなり)(まへ)にしやがんで、251いろいろ問答(もんだふ)をしてみたけれど、252(なん)ともかんとも一口(ひとくち)(こた)へなかつた。253それからお(たみ)サンの霊感者(れいかんしや)になつた来歴(らいれき)(たづ)ねて()ると、254()(とほ)面白(おもしろ)経歴(けいれき)物語(ものがた)つた。
255(たみ)(わたし)(うち)太吉(たきち)サンと二人(ふたり)薩摩芋(さつまいも)(くは)(つく)つてゐますと、256毎年(まいねん)毎年(まいねん)薩摩芋(さつまいも)()つて()(やつ)がある。257雪隠(せんち)のおとしわらを引張(ひつぱ)()し、258肝腎(かんじん)(こえ)にする(くそ)まで()つて(しま)うので、259大方(おほかた)(うら)(やま)()んでる奴狐(どぎつね)()(いも)(くそ)(くら)ふのに(ちが)ひないから、260(ひと)つくすべて()つてやらうと相談(さうだん)をきめて、261太吉(たきち)サンと(わたし)(せがれ)留吉(とめきち)三人(さんにん)が、262一方(いつぱう)(あな)松葉(まつば)でくすべ、263一方(いつぱう)から()つて()(ところ)264夫婦(ふうふ)(きつね)()二匹(にひき)うんで()りました。265おのれ(くそ)ぐらひ(きつね)めが……と、266いきなり親子(おやこ)三人(さんにん)備中鍬(びつちうくは)()()げて、267(その)(きつね)四匹(しひき)とも(たた)(ころ)し、268(かは)下木崎(しもきざき)新平(しんぺい)サンに()り、269(にく)(うま)(ところ)()つて(しま)ひました。270さうすると三日目(みつかめ)から(わたし)体中(からだぢう)が、271水腫(みづぶく)れになり、272(くる)しうて(くる)しうて(たま)らず、273(ひつ)()けると(きつね)(かほ)(なか)()る、274雪隠(せんち)()つても(きつね)()る。275(しま)ひには(なに)()(のこ)らずそこらが(きつね)(かほ)になり、276(こわ)(かほ)してねめつけますので、277(わたし)(きつね)(むか)つて……コレお(まへ)(わたし)大事(だいじ)にして(つく)つた(いも)毎年(まいねん)()つて()ひ、278肥料(こやし)にせうと(おも)うた(くそ)まで()たくせに、279(なに)(うら)めしうてアタンをするのだと()ひますと、280(きつね)親子(おやこ)四匹(しひき)が、281そこへ()()()ふには、282(いも)()たのも、283(くそ)()たのも(みな)木崎(きざき)(まる)といふ(いぬ)所作(しよさ)だ。284それに私達(わたしたち)親子(おやこ)(いのち)()り、285(かは)()り、286(にく)まで(くら)うとは(あま)りだから、287前等(まへら)親子(おやこ)三人(さんにん)(いのち)()り、288(おとうと)髯定(ひげさだ)(いのち)()らねば承知(しようち)せぬと()ふて(こわ)(かほ)して(にら)めつけました。289そこで(わたし)(きつね)(むか)つて……ソラ(まこと)にすまなんだ。290(まへ)もモウ()うなつては仕方(しかた)がない因縁(いんねん)ぢやと(あきら)めて(くだ)さい。291私等(わたしら)(いのち)()つた(ところ)で、292(まへ)(いのち)(たす)かる(わけ)もなし、293()うぢやここは(ひと)相談(さうだん)だが、294コレからお(まへ)(かみ)サンに(まつ)つて()げるからどうぞ勘忍(かんにん)して()れと(たの)んで()(ところ)295中々(なかなか)淡白(あつさり)した(きつね)で……さうぢや、296(まへ)のいふ(とほ)り、297(いのち)()つて()(ところ)仕方(しかた)がない、298わしを(まつ)つて()れるのなら勘忍(こらへ)てやろ、299(その)(かは)りに(ひと)(たす)けて、300病気(びやうき)(しろ)したり、301いろいろの(こと)()らしてやるから、302(まへ)(わたし)()(もの)になつて、303モウ今日(けふ)(かぎ)仕事(しごと)なんかすることはならぬぞ。304(その)御礼(おれい)毎日(まいにち)七銭(しちせん)づつのお(かね)をやらう……と()ひました。305そして四匹(しひき)(きつね)義経大明神(よしつねだいみやうじん)306桂大明神(かつらだいみやうじん)307玉房大明神(たまふさだいみやうじん)308玉芳大明神(たまよしだいみやうじん)()をつけて(まつ)つて()れと()ひましたので、309(この)(あか)(ほこら)()てて(まつ)つて()ります。310さうすると沢山(たくさん)(ひと)(まゐ)つて()て、311一文(いちもん)(そな)へていぬる(ひと)五厘(ごりん)(つつ)んで()れる(ひと)や、312(なか)には二十銭(にじつせん)もはり()んで(そな)へてくれる(ひと)もありますが、313(めう)なもんで、314一月(ひとつき)ためて()くとヤツパリ二円(にゑん)十銭(じつせん)で、315一日(いちにち)七銭(しちせん)(わり)になつて()ます。316七銭(しちせん)さへあれば一寸(ちよつと)(こめ)七合(しちがふ)(ばか)()へますから、317(わたし)(だけ)()ふには不自由(ふじゆう)御座(ござ)いませぬ』
318真面目(まじめ)くさつて(はなし)してゐる。319喜楽(きらく)は、
320喜楽(きらく)(なん)(めう)(きつね)サンぢやなア。321それ(だけ)(なに)もかもよく(わか)るのなら、322(わたし)(こと)(ひと)(うかが)つて(もら)へまいかなア』
323ときりだすと、324(たみ)サンは言下(げんか)に、
325(たみ)『あんたは(いま)園部(そのべ)(ひと)沢山(たくさん)()つて、326公園(こうゑん)(なか)教会(けうくわい)()て、327あんたを先生(せんせい)になつて(もら)はうと()うて(さわ)いでゐる。328そして先生(せんせい)もならうかなアと(おも)うて御座(ござ)るやうだが、329あんたの(をさ)まる(ところ)(これ)から七里(しちり)ほど西北(せいほく)に、330チヤンときまつて()ます。331一月(ひとつき)(ほど)したら(むか)へに()(ひと)があります。332あんたの(よめ)サンもチヤンときまつてますで、333(すみ)サンといふ()ですワ』
334(こと)もなげに()ふ。335喜楽(きらく)昨年(さくねん)(あき)336綾部(あやべ)()つた(とき)337教祖(けうそ)にお(りよう)サンといふ(むすめ)のあることは()いてゐたが、338(すみ)()(むすめ)のある(こと)()らなかつた。339そこで大方(おほかた)四方(しかた)すみ()(こと)ではあるまいかとも(おも)うてみた。340(しか)綾部(あやべ)へは(ほとん)十里(じふり)ある。341七里(しちり)()ふのは可笑(おか)しい。342大方(おほかた)和知(わち)方面(はうめん)自分(じぶん)()(ところ)がきまつて()るのかなアとも(かんが)へても()た。343それからお(たみ)(わか)れて黒田(くろだ)会合所(くわいがふしよ)(かへ)つてみると、344綾部(あやべ)より四方(しかた)平蔵(へいざう)として封書(ふうしよ)()てゐる。345(ひら)いて()れば、
346()植付(うゑつ)けが()次第(しだい)347出口教祖(でぐちけうそ)さまの御命令(ごめいれい)で、348御相談(ごさうだん)(まゐ)りますから、349どうぞ何処(どこ)へも()かずに()つてゐて(くだ)さい……』
350といふ意味(いみ)(したた)めてあつた。351……(また)綾部(あやべ)連中(れんちう)から()びに()るのかなア、352モウ去年(きよねん)(やう)(こと)なら()かぬがましだ……と、353()にもとめず、354(また)(たみ)神占(しんせん)をも半信半疑(はんしんはんぎ)で、355手紙(てがみ)(こと)などもスツカリ(わす)れてゐた。
356 (ところ)園部川(そのべがは)(りよう)(ため)瓶付(びんづけ)をしてゐたら、357四方(しかた)()(たづ)ねて()たので、358いよいよ綾部(あやべ)()(こと)となり、359今度(こんど)落付(おちつ)いて教祖(けうそ)(とも)金明会(きんめいくわい)(ひら)き、360御用(ごよう)をする(こと)となつた。
361大正一一・一〇・一二 旧八・二二 松村真澄録)