霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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神歌(昭和3年7月号)

インフォメーション
題名:神歌(昭和3年7月号) 著者:出口王仁三郎
ページ:上巻 27
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-18 22:22:22 文字数:3455 OBC :B145400c06
神の為御国(みくに)の為につくしたる 人の子神(かみ)の柱とぞなる
常暗(とこやみ)の世に迷ひたるひとの子を 天津(あまつ)御国(みくに)に導く教(のり)かな
高山(たかやま)の伊保理(いほり)掻(か)き分け降(くだ)りたる ひとの御霊(みたま)の出(い)づる御代(みよ)かな
水清(きよ)み源(みなもと)遠(とほ)み常永(とこしへ)に 流れて国をうるほす瑞霊(ずゐれい)
高座(たかくら)の山に大道(おほぢ)を究(きは)めたる 人の子今(いま)は神と倶(とも)なり
天地(あめつち)の神の経綸(しぐみ)に生(うま)れたる 人の教(をし)ふる神国(かみくに)の道
曇りたるひとの憂(う)き世を清(きよ)めんと 瑞(みづ)の御霊(みたま)は現(あら)はれにけり
百(もも)千々(ちぢ)の悩み苦しみ味(あぢは)ひて 道を立てたる人の子神(かみ)なる
草村(くさむら)に落ちたるひとの子あらはれて 闇夜(やみよ)を明(あ)かす時は近(ちか)めり
賎(しづ)の男(を)の家の柱と生(うま)れたる ひとの子今(いま)は神の道宣(の)る
現(うつ)し世に疲れ果てたるひとの子を 神国(みくに)に救(すく)ふ三五(あななひ)の道
呉竹(くれたけ)の伏水(ふしみ)の里(さと)に通ひたる ひとり女(をんな)のいさを生(あ)れけり[※王仁三郎の母・世祢のこと]
神の子を腹に宿して育てたる ひとりの女(をんな)世(よ)の根(ね)なりけり[※王仁三郎の母・世祢のこと。「世の根」に世祢の名が読み込まれている。]
神の御世(みよ)根底(ねそこ)に落ちて守りたる ひとり神(がみ)こそ国(くに)の常立(とこたち)
迷ひたるひとを憐(あはれ)み惟神(かむながら) 道を明かして救ふ大本(おほもと)
地の上(うへ)のあらん限りは主(す)の神の 領有(うしは)ぎ玉ふ貴(うづ)の神国(かみくに)
天地(あめつち)の神の任(よ)さしの神業(かむわざ)を 全(まつた)ふせんと尽(つく)すまめ人(ひと)
世の人に所謂(いはゆる)大本教(おほもとけう)なぞと 茶化(ちやか)され乍ら拡まる大道(おほみち)
世の中のありとあらゆる悪罵(あくば)をば 浴びせかけられ拡まる大本(おほもと)
親は子に妻は夫に生き別(わか)れ あらゆる悩みに逢(あ)ひし信徒(まめひと)
天地(あめつち)の神の大道(おほぢ)を覚(さと)りたる ひとは誠の神の御杖(おんつゑ)
綾の里(さと)神の御庭(みには)に生(うま)れたる ひとの世にたつ時は近めり
朝顔の花にも似たる人の身は 神の恵みに頼る外(ほか)なし
五十鈴川(いすずがは)流れに魂(たま)を洗ひたる ひとの導く麻柱(あななひ)の道
生神(いきがみ)と世に呼ばれたる人草(ひとぐさ)の 花の色香(いろか)に集(つど)ふまめ人(ひと)
何時(いつ)見ても面(おもて)に笑みを湛(たた)へたる 人の姿や神の御容器(ごようき)
産土(うぶすな)の神の形に生(うま)れたる ひとの世にたつ年(とし)の初秋(はつあき)
艮(うしとら)の皇(すめ)大神(おほかみ)のよさしたる ひとの御魂(みたま)ぞ世の柱なる
美(うる)はしき神の御代(みしろ)と生(うま)れたる ひとの世を守(も)る時は近める
選(えら)まれて神の柱と生(うま)れたる ひとつの霊魂(みたま)世の光なる
大本の神の力(ちから)と選まれて 世につくしたるひとぞ幸(さち)なれ
十字架を負ひて此(こ)の代(よ)に降(くだ)りたる ひとは暗世(やみよ)の光なりけり
面白き楽しき神代(かみよ)開(ひら)きたる ひとつの柱(はしら)世に立つ雄々(をを)しさ
天(あめ)と地(つち)すべての法(のり)を覚(さと)りたる ひとの治(をさ)めむ御代(みよ)ぞ尊(たふと)き
高天(たかま)より使命(しめい)を帯びて降(くだ)りたる ひとは此(こ)の代(よ)の生神(いきがみ)なるらむ
昭和三・六・一一
唐国(からくに)の虎(とら)伏(ふ)す野辺(のべ)に軍人(いくさびと) 進めたるひと神と倶(とも)なり
大蒙古(だいもうこ)建設せんと進みたる ひとの出(い)でずば雲霧(うんむ)晴れまじ
惟神(かむながら)誠一つを杖(つゑ)として 進まん道にさやる曲神(まがかみ)
曲神(まがかみ)の如何(いか)に勢(いきほひ)猛(たけ)くとも 言霊剣(ことたまつるぎ)に靡(なび)けてや見む
天地(あめつち)の尊き道を開(ひら)き行く 吾等(われら)にさやる曲(まが)ぞ亡(ほろ)びむ
道の為(ため)世のためつくす人の子を 怪しみて見る暗世(やみよ)忌々(ゆゆ)しき
善(よ)き事を為すとも今の世の中は 蔓(つる)し無ければ光(ひかり)包まる
曲神(まがかみ)の伊猛(いたけ)り狂ふ今の世に 誠の道を開(ひら)く困(かた)さよ
神苑(しんゑん)に醜(しこ)の獣(けもの)の襲ひたる 昔(むかし)思へば今日(けふ)の楽しさ
白雪(しらゆき)の降(ふ)り敷く庭に諸々(もろもろ)の 黒き獣(けもの)の襲ひし事あり
大神(おほかみ)の坐(まし)ます御舎(みあらか)とり毀(こぼ)ち 凱歌(がいか)をあげし曲(まが)憐(あは)れなる
天地(あめつち)の神の稜威(みいづ)を恐るるの あまり御舎(みあらか)毀(こぼ)つ曲(まが)かな
本宮(ほんぐう)の宮は毀(こぼ)たれ無(な)けれども 神の光は充ち満ちにけり
橄欖(かんらん)の山の百樹(ももき)に緑(みどり)して 神の稜威(みいづ)の光る今日(けふ)かな
昭和三・六・一二
天地(あめつち)の神の大道(おほぢ)にまつろひて 悩みに逢ひたるひと世にかてり
苦集(くしふ)滅道(めつだう)うまらに具(つば)らに諭したる 人の子今(いま)は曲世(まがよ)に勝てり
大神(おほかみ)の任(よ)さしのまにまに神の島 開(ひら)きたるひと世に勝てるかな
世の人の前に久しく濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を 着せられたるひと光(ひかり)なりけり
地の上(うへ)のあらゆる国に雷鳴(らいめい)を 轟(とどろ)かしたるひとつ火(び)の魂(たま)
天上(てんじやう)の凡(すべ)てのちから身に受けて 降(くだ)りたるひと早く現(あ)れませ
天降(あも)りたる身魂(みたま)の晴れて働かむ 三年(みとせ)の先を待たれけるかな
昭和三・六・一三
花明山(かめやま)に貴(うづ)の法城(はふじやう)築きたる ひとの世に立つ時は近めり
神島(かみしま)に隠れ玉いし世の元の 神迎(むか)へたるひとぞ雄々しき
惟神(かむながら)誠の道に仕へたる ひと斗(ばか)り立つ弥勒(みろく)の御代(みよ)かな
三十年(みそとせ)を神の大道(おほぢ)に尽(つく)したる ひとの世に立つ弥勒の御代(みよ)かな
地の上のあらむ限りの苦しみに 逢(あ)ひたるひとの出(い)づる神の代(よ)
山に野(の)に汗を流して幼少より 働きたるひと神の御柱(みはしら)
常識に外(はづ)れたるひと欲(ひょく)な大(人)に 取り巻かれたる人の世に勝(か)つ
幾度(いくたび)もその身辺(しんぺん)をねらはれて 免(のが)れたる人神(かみ)の御柱(みはしら)
三五(あななひ)の神の真道(まみち)を開(ひら)きたる ひとは五六七(みろく)の化生(けしやう)なりけり
曲神(まがかみ)に玉の生命(いのち)を幾度(いくたび)か 伺(うかが)はれたる人の世に立つ
現(うつ)し世の人の悉(ことごと)議(はか)らひて そしり受けたるひとは神なる
曇りたるひとの世なれば天地(あめつち)の 神の真道(まみち)の悟る由(よし)なき
道のため御国(みくに)の為に真心(まごころ)を つくし終(を)へたるひとの子神(かみ)なる
草村(くさむら)の中に落ちたる人の種(たね) 芽ばえそめたる神の御代(みよ)かな
和妙(にぎたへ)の綾の高天(たかま)に神教(しんけう)を 伝へたるひと世に勝(か)ちにけり
月となり王星(わうせい)となり玉となり 光となりて闇(やみ)照らす神子(みこ)
昭和三・六・一四
万物に普遍の神霊神(かみ)なれど 肉体人(にくたいじん)の神には如(し)かず
瑞霊(ずゐれい)を神の憑(うつ)りし肉体と 誤解せる人憐(あは)れなりけり
迷信と云はるる迄に信仰を 励(はげ)める人の幸福なるかな
御手代(みてしろ)に短冊拇印(ぼいん)に神像(しんざう)に 神力(しんりき)示せど邪人(まがびと)信ぜず
科学のみ信用したる人々は 世間心(せけんごころ)のみ神徳(しんとく)判らず
天地(あめつち)は肉体神(にくたいじん)を世に現(げん)じ 人間界に交りて経綸(しぐみ)す
伊都能売(いづのめ)の神と現(あ)れます人の子を 神懸(かか)れると思う人間
天(あめ)と地(つち)の経綸(けいりん)司宰(しさい)の人といふは 人間ならずひとり神の子
人間の姿(すがた)現じて世に出(い)でし 誠の人は神の顕現(けんげん)
或(あ)る時は人間となり人となり 天地(てんち)の経綸(しぐみ)司(つかさど)るなり
霊界に立ちて天国霊国を 開(ひら)きし吾(わが)業(わざ)知る人は無し
霊国を宇宙に造り天国の 天人導(みちび)く吾(われ)ぞ忙(いそが)し
何人(なんびと)の拇印(ぼいん)も眼球(がんきう)作用にて 動くは自然の法則なりけり
さり乍(なが)ら理屈斗(ばか)りで天地(あめつち)の 真理の判る道理(だうり)世になし
信仰の浅き人々科学的 知識たよりて吾身(わがみ)亡ぼす
プラチナとプラチノンとは素人眼(しらうとめ)に 見れば何(いづ)れも一つ色(いろ)なる
黄金(わうごん)と真鍮(しんちう)の色は似たれども 真価は天地(てんち)の相違あるなり
金箔(きんぱく)と黄(き)ばみし麦の畠(はたけ)とは 遠眼(とほめ)に一つ色(いろ)と見ゆなり
 天地(てんち)の神霊肉体に留(とど)まりて、神業(しんげふ)遂行する神人(しんじん)を称して、ヒトと云ふ。ヒとは神霊なり、トとは留(とど)まるの意なり。故(ゆゑ)にヒトとは言霊(げんれい)学(がく)上(じやう)大神人(だいしんじん)なり、高天原(たかあまはら)なり、聖地ヱルサレム也。天地(てんち)間(かん)唯一の神留(つ)まり坐(ま)す肉体を称して、ヒトとこそ謂(い)ふ。大本の綱領に曰(い)ふ。
 神は万物普遍の霊、
 人は天地(てんち)経綸の司宰者、
 神人(しんじん)合一して茲(ここ)に無限の権力(けんりよく)を発揮す。
 右の綱領は、是(これ)大本大神(おほかみ)伊都能売神(いづのめのかみ)の宣示なり。五十六年七ケ月の至るまで、和光同塵の神策を墨守(ぼくしゆ)し来(きた)れり。最早(もはや)真象(しんしやう)実相(じつさう)を明(あきら)かにせざる可(べ)からざる時とはなりぬ。
 神諭に曰(い)ふ。実地の事を申せば、誠に致さず、神も扣(ひか)へて居りたが、もう何時(いつ)までも化けては居られぬから、身魂(みたま)の因縁、経綸(しぐみ)を聞かしてやり度(た)いなれど、今の役員信者の心の持方(もちかた)では、誠の事が申してやれんぞよ、云々。
神様は人の肉体宮(みや)となし 人神(じんしん)となり世を救ひ行く
有りふれし神憑(しんぴやう)の如(ごと)誤解して 五六七(みろく)の神を審(さば)かんとする
神と云ふを疑ふならば疑へよ 直(す)ぐ身と霊(たま)に証(あか)しあるべし
吾(われ)も又生神(いきがみ)の名は好まねど 天地(てんち)の経綸(しぐみ)致し方(かた)なき
改心と云へる言葉は大神の 外(ほか)に用ゆる権威者は無し
人間が人間に対し改心を 迫るは僭越(せんゑつ)至極なりけり
弥勒神(みろくしん)胎蔵経(たいざうきやう)を説き行けば 四方(よも)の国民(くにたみ)攻(せ)め来(きた)るなり
弥勒神(みろくしん)胎蔵経(たいざうきやう)を安々と 世に説く霊界物語かな
五六七(みろく)年(とし)いよいよ神と現はれて 苦集滅道の大法(たいはふ)を説く
色々と手を替へ品(しな)かへ諭せども 邪悪(よこさ)の世人(よびと)是(これ)を悟らず
高光(たかひか)る天津(あまつ)御神(みかみ)の神言(みこと)もて 地に降(くだ)りたるひと世に勝てり
諸々(もろもろ)の人にそしられ悩まされ 千座(ちくら)負ひたるひと世に勝てり
闇(くらが)りの世の燈火(ともしび)と生(うま)れたる ひとは地上の光なりけり
たましひのまなこしひたるひとびとに 悩まされつつ世に勝てる吾(われ)
五十年 百年足らずの
人生に 対して地上の天国を
開拓するより 不老不死
無限の生命保ちつつ 楽しく暮す人生の
霊魂界の天国を 造りて人の精霊を
生かすは吾身の 本来の
神の任(よ)さしの本願ぞ 人の現世に生(うま)るるは
その精霊を保育して 永遠無窮の天国の
天人たらん為ぞかし 限りある世の幸福は
朝日に消ゆる露(つゆ)の身の 夢に等しき生命(せいめい)ぞ
人は必ず天国に 復活なして生前(せいぜん)の
事業を継続すべきもの 死すると云ふも
本体は 永遠無窮に亡びない
僅(わづ)か五尺の肉体は 人の本体精霊を
完成すべき苗代(なはしろ)ぞ。
昭和三・六・一五
久方(ひさかた)の天津(あまつ)御空(みそら)の主(す)の神の 内流受けたるひとぞ神なる
内流を受けたるひとは沢(さは)あれど 直接内流受けしはヒトのみ
只(ただ)独(ひと)り只(ただ)吾(われ)ひとり天津神の 御手代(みてしろ)となり世を洗ふなり
草村(くさむら)のしけこき小屋に産声を 挙げたるひとぞ世に生ける神
天津神国津神さえ此度(このたび)の 神の経綸(しぐみ)を知らず勝(がち)なる
天津神国津神たち始めとし 所得(しよえ)せしむる人は生神(いきがみ)
神光(しんくわう)を和(やは)らげ塵(ちり)に同(まじ)はりて 神国(みくに)のために尽(つく)し来(き)しかな
今年(ことし)まで和光(わくわう)同塵(どうぢん)神策を 用(もち)い来(き)にけり御代(みよ)の流れに
戊(つちのえ)の辰(たつ)の年(とし)こそ五六七(みろく)神(しん) 表(おもて)に出(い)づる時節(じせつ)なりけり
地の上(うへ)に現(あら)はれんとする弥勒をば 科学の鍵以(も)て閉(とざ)す曲(まが)かな
昭和三・六・一六
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