霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
目 次設 定
設定
テキストのタイプ[?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
フォント

ルビの表示



アンカーの表示[?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌[?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[?][※]や[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。まだ少ししか付いていませんが、目障りな場合は「表示しない」設定に変えて下さい。ただし[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]


文字の色
背景の色
ルビの色
傍点の色
外字1の色
外字2の色

  

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。


誰も知らなかった日本史
〈 2016年6月3日緊急発刊 〉
王仁三郎昇天50年目に発見された新事実が明らかになる!
『切紙神示と共に甦る孝明天皇の遺勅(予言) 誰も知らなかった日本史 皇室に隠された重大な真実』
出口恒(著) 飯塚弘明(協力) ヒカルランド
アマゾン等で絶賛発売中!
本書の中に出てくる資料は「出口王仁三郎大学」でダウンロードできます
【新着情報】2017/3/17 王仁三郎関連書籍のPDFがこちらでダウンロードできます。たくさんあります。
マーキングパネル
設定パネルで「全てのアンカーを表示」させてアンカーをクリックして下さい。

【引数の設定例】 &mky=a010-a021a034  アンカー010から021と、034を、イエローでマーキング。

          

第二六章 (あま)安河(やすかは)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第4篇 神軍躍動 よみ:しんぐんやくどう
章:第26章 天の安河 よみ:あまのやすかわ 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年2月14日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
いつの間に盧占魁が宣伝したものか、蒙古人たちは、日出雄は蒙古興安嶺中の部落の出身で、日出雄の母は流転の後に日本人と結婚し、異父弟の真澄別が生まれた。のちに日出雄は日本で一派の宗教を樹立し、蒙古を救済するべく帰来した、と信じていた。
蒙古の元老たちは、日出雄をジンギスカンの末裔と信じていた。日出雄は、万一自分が蒙古の外へ出ることがあっても、弟の真澄別を置いていくから心配するな、と彼らを慰めていた。
索倫に引き移ってからは、真澄別が来客の応接に当たり、日出雄は生き神としてみだりにこれを煩わさないような体制になっていた。
上木局子は現地の部落民も獰猛の気がみなぎっていたが、日出雄は親しく交わって病人を治したりと、徳化教育を怠らなかった。
そのうちにも、上木局子出発の日まで、トール河畔で霊的修行を行っていた。修業開始五日目に、日出雄は神がかりとなって身体より霊光を放射し、神言が口を破って出た。
神素盞嗚尊、武速素盞嗚尊と現れて、滅びようとしている神の国の立て替え立て直しを行おうとしている。
小人どもががやがやと立ち騒いでいるが、すべて神の仕組んだ神業であるので、いかなる事変が起ころうとも、神に任せて心を煩わせないように。
武速素盞嗚尊を先頭に、落ち着く場所は大庫倫である。されど途中は紆余曲折が多い。
真澄別には木花姫命ならびに二体の竜神を持って守護させている。守高は天の手力男ならびに二体の竜神を持って守護させている。坂本広一には持国天、名田彦には白狐を持って守護させているが、いまだに修行が足りないので、表には表れていない。
この修行中、真澄別の霊眼霊耳に前途に関するさまざまな問題が映じ、聞こえたという。
日出雄は一度日本内地に帰還して、陣容を立て直さなければならない。
六、七回、倉庫とも感じられる鉄窓の建物が映じ、最後には鉄窓内から女神ののぞく図が見えた。
パインタラの留置場、鄭家屯の留置場、日本領事館留置場、奉天日本領事館監獄、広島県大竹警察留置場、兵庫県上郡警察留置場、そして大阪刑務所生活を経て、身体の自由を得るにいたったことの予告であったのであろう。
名田彦は修行の際、冷水に身を浸したことにより、持病を再発して途中帰国の途についていた。
主な登場人物: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:
愛善世界社版:234頁 八幡書店版:第14輯 633頁 修補版: 校定版:237頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 何時(いつ)()盧占魁(ろせんくわい)宣伝(せんでん)したものか、002蒙古人(もうこじん)()日出雄(ひでを)生立(おひた)ちに(つい)()(ごと)信念(しんねん)(いう)してゐた。
003日出雄(ひでを)蒙古(もうこ)興安嶺中(こうあんれいちう)部落(ぶらく)(うま)れ、004(えう)にして(ちち)(うしな)ひ、005(はは)日出雄(ひでを)(いだ)いて、006各地(かくち)流転(るてん)揚句(あげく)007日本人(につぽんじん)結婚(けつこん)し、008(つひ)日本(につぽん)(ともな)()かれしは日出雄(ひでを)六歳(ろくさい)(とき)であつた。009(その)()日出雄(ひでを)日本(につぽん)にて成長(せいちやう)(かみ)使命(しめい)(さと)つて、010一派(いつぱ)宗教(しうけう)樹立(じゆりつ)しつつも、011故国(ここく)たる蒙古(もうこ)(つね)(かれ)念頭(ねんとう)支配(しはい)し、012(やうや)(とき)()て、013滅亡(めつぼう)(ひん)せる蒙古(もうこ)救治済度(きうぢさいど)すべく帰来(きらい)したのである。014そして真澄別(ますみわけ)(かれ)(はは)後添(のちぞひ)(をつと)(すなは)日本人(につぽんじん)との(あひだ)出来(でき)異父弟(いふてい)である』
015といふのだ。016それかあらぬか、017蒙古(もうこ)元老(げんらう)日出雄(ひでを)成吉思汗(ジンギスカン)再来(さいらい)(しん)じ、018()源義経汗(ジンギスカン)蒙古平定後(もうこへいていご)019世界(せかい)統一(とういつ)し、020(その)根拠(こんきよ)蒙古外(もうこぐわい)(うつ)せし(ため)021蒙古(もうこ)(ふたた)今日(こんにち)(ごと)衰微(すゐび)(きた)結果(けつくわ)となつたのだから、022今回(こんくわい)蒙古(もうこ)平定(へいてい)独立(どくりつ)(うへ)は、023蒙古(もうこ)()(はな)れて(くだ)さるなと、024(をり)()れて日出雄(ひでを)哀願(あいぐわん)すること屡々(しばしば)であつた。025そこで日出雄(ひでを)は、026()自分(じぶん)国外(こくぐわい)()かける場合(ばあひ)は、027異父弟(いふてい)真澄別(ますみわけ)()いて()くから心配(しんぱい)するなと(こた)へて、028彼等(かれら)(なぐさ)めてゐた。029(ゆゑ)索倫(ソーロン)引移(ひきうつ)りて以来(いらい)は、030活仏(くわつぶつ)(その)()人々(ひとびと)応接(おうせつ)交渉(かうせふ)必要(ひつえう)(とき)は、031何時(いつ)真澄別(ますみわけ)日出雄(ひでを)(かは)つて(その)(にん)(あた)つてゐた。032下木局子(しももくきよくし)滞在中(たいざいちう)曼陀汗(マンダハン)親交(しんかう)ある活仏(くわつぶつ)()来訪(らいほう)した場合(ばあひ)も、033日出雄(ひでを)には(たん)敬意(けいい)(へう)して引下(ひきさが)り、034真澄別(ますみわけ)(たい)し、035蒙古(もうこ)窮状(きうじやう)()げ、036赤軍(せきぐん)横暴(わうばう)などを(うつた)へ、037真澄別(ますみわけ)経典(コーラン)(つるぎ)とを両手(りやうて)にして故国救援(ここくきうゑん)第一行動(だいいちかうどう)とすることや、038蒙古喇嘛(もうこラマ)妻帯論(さいたいろん)などをまくし()て、039彼等(かれら)(よろこ)ばせて()た。040そして病人(びやうにん)鎮魂(ちんこん)なども(しゆ)として真澄別(ますみわけ)(これ)(あた)り、041日出雄(ひでを)活神(いきがみ)として尊敬(そんけい)せられ、042(みだ)りに(これ)(わづら)はさぬ(やう)にする(こと)一般(いつぱん)傾向(けいかう)となつて()た。
043 上木局子(かみもくきよくし)仮殿(かりどの)護衛団長(ごゑいだんちやう)何全孝(かぜんかう)は、044或日(あるひ)一人(ひとり)活仏(くわつぶつ)(ともな)ひやつて()た。045(この)活仏(くわつぶつ)北京(ペキン)振出(ふりだ)しに外蒙(ぐわいもう)横断(わうだん)勧請(くわんじやう)しつつ、046興安嶺地帯(こうあんれいちたい)に、047宏大(くわうだい)なる喇嘛廟(ラマメウ)建立(こんりう)すべく運動(うんどう)してゐる(もの)で、048救世主(きうせいしゆ)来降(らいかう)伝聞(でんぶん)(よろこ)(いさ)んで来訪(らいほう)したのであつた。049()団長(だんちやう)真澄別(ますみわけ)筆談(ひつだん)にて活仏(くわつぶつ)来意(らいい)敷衍(ふえん)し、050(さら)()人物(じんぶつ)(つい)()(ごと)(かた)つた。
051自分(じぶん)察哈爾(チヤハル)(うま)れで、052多年(たねん)盧占魁(ろせんくわい)(したが)つて戦場(せんぢやう)馳駆(ちく)(いた)しましたが、053今日(こんにち)騎兵戦争(きへいせんさう)(おい)()司令(しれい)(みぎ)()づる(もの)はありませぬ。054先年(せんねん)察哈爾(チヤハル)より大山脈(だいさんみやく)(ならび)大沙漠(だいさばく)横切(よこぎ)つて外蒙(ぐわいもう)()(したが)へ、055一時(いちじ)大庫倫(だいクーロン)根拠(こんきよ)(かま)へ、056(さら)(てん)じて綏遠(スヰヱン)057山西(さんせい)058雲南(うんなん)(まで)(へい)(すす)めて支那(しな)天地(てんち)震撼(しんかん)せしめましたが、059()()(あひだ)(その)()平定(へいてい)してゐますが、060一度(いちど)()()つた(あと)(また)(もと)(ごと)く、061何時(いつ)しか()制令区域(せいれいくゐき)自然(しぜん)(だつ)した状態(じやうたい)になつて(しま)つて、062(まつた)骨折損(ほねをりぞん)(をは)つてゐます。063これは()司令(しれい)政治的(せいぢてき)手腕(しゆわん)()けてゐる(ため)であります。064実際(じつさい)()司令(しれい)武力(ぶりよく)征服(せいふく)一方(いつぱう)(ひと)ですから、065今回(こんくわい)征服(せいふく)(あと)政治(せいぢ)方面(はうめん)是非(ぜひ)貴方(あなた)(がた)御願(おねが)(いた)しました(やう)次第(しだい)です。066これは(わたし)(だけ)希望(きばう)ではありませぬ、067司令(しれい)以下(いか)吾々(われわれ)同志(どうし)(もの)(ひと)しく希望(きばう)する(ところ)御座(ござ)います』
068 (この)木局子(もくきよくし)一帯(いつたい)()に、069盧占魁(ろせんくわい)所有権(しよいうけん)設定(せつてい)し、070上木局子(かみもくきよくし)仮神殿(かりしんでん)建立(こんりう)し、071(これ)日出雄(ひでを)仮寓(かぐう)とする計劃(けいくわく)(すす)んでゐたが、072軍容整頓事務(ぐんようせいとんじむ)()はれて中々(なかなか)(はかど)らぬので、073取敢(とりあ)へず上木局子(かみもくきよくし)部落中(ぶらくちう)(もつと)瀟洒(せうしや)見受(みう)けられる民家(みんか)徴発(ちようはつ)して、074日出雄(ひでを)仮殿(かりどの)()てたのである。
075 上木局子(かみもくきよくし)最近(さいきん)(れい)のチヨロマン民族(みんぞく)根拠地(こんきよち)であつたので、076現住(げんぢゆう)部落民(ぶらくみん)公爺府(コンエフ)以西(いせい)沿道筋(えんだうすぢ)住民(ぢゆうみん)()(とく)獰猛(だうまう)()(みなぎ)つて()る。077()(この)地点(ちてん)()(くば)りしものか、078張彦三(ちやうけんさん)079何全孝(かぜんかう)080鄒秀明(すうしうめい)三団長(さんだんちやう)をして、081各々(おのおの)(その)部下(ぶか)(ひき)ゐて、082(これ)護衛(ごゑい)警戒(けいかい)せしめて()たのである。083(しか)如何(いか)獰猛(だうまう)(たみ)とはいへ、084(みだり)威圧(ゐあつ)すべきものにあらずして、085日出雄(ひでを)一行(いつかう)十数戸(じふすうこ)民家(みんか)時々(ときどき)訪問(はうもん)し、086(した)しく(まじ)はり、087(あるひ)(たはむ)れ、088(あるひ)病人(びやうにん)(なほ)し、089徳化教育(とくくわけういく)(おこた)らなかつた。090(したが)つて護衛(ごゑい)将卒(しやうそつ)武威(ぶゐ)(ふる)ふの(えう)なく、091(じつ)平和(へいわ)自治体(じちたい)自然(しぜん)形成(けいせい)されてゐたのである。
092 ()かる(なか)洮児河畔(トールかはん)霊的修行(れいてきしうぎやう)は、093日課(につくわ)(ごと)く、094上木局子(かみもくきよくし)出発(しゆつぱつ)(まで)継続(けいぞく)された。095修行場(しうぎやうぢやう)洮児河(トールがは)支流(しりう)三筋(みすぢ)落合(おちあひ)岸辺(きしべ)(やく)一間半(いつけんはん)四方(しはう)()(ぼく)し、096四隅(よすみ)(やなぎ)()てて(さかひ)とし、097外蒙地帯(ぐわいもうちたい)豊富(ほうふ)なる岩塩(がんえん)(もつ)(これ)(きよ)め、098祝詞(のりと)奏上(そうじやう)し、099(かみ)(いの)りて(みだ)りに(をか)すべからざる聖域(せいゐき)(さだ)められたのである。100洮児(トール)(なが)れは(きよ)きこと水晶(すゐしやう)(ごと)く、101(つめ)たきこと(こほり)(ごと)しで、102曹達分(ソーダぶん)含有量(がんいうりやう)豊富(ほうふ)で、103洗濯(せんたく)には石鹸(せつけん)不用(ふよう)である。104内蒙一帯(ないもういつたい)()はすべて曹達分(ソーダぶん)()み、105宝裏山(はうりざん)附近(ふきん)砂漠地帯(さばくちたい)(した)(ごと)きは全部(ぜんぶ)曹達(ソーダ)地層(ちそう)をなしてゐると()つて()(くらゐ)である。
106 修行者(しうぎやうしや)日々(ひび)(この)洮児(トール)清冽(せいれつ)(みづ)身体(しんたい)(きよ)めるを(れい)とし、107守高(もりたか)108萩原(はぎはら)109坂本(さかもと)110名田彦(なだひこ)面々(めんめん)時々(ときどき)参加(さんか)して()た。111修行(しうぎやう)開始(かいし)五日目(いつかめ)(こと)であつた。112日出雄(ひでを)帰神(かむがか)りとなり身体(しんたい)より霊光(れいくわう)放射(はうしや)し、113()()神言(しんげん)(その)(くち)(やぶ)つて()た。
114『ウツフヽヽヽアハツハヽヽヽ面白(おもしろ)面白(おもしろ)し、115秋津洲(あきつしま)より(わた)(きた)りし、116神素盞嗚尊(かむすさのをのみこと)117武速素盞嗚(たけはやすさのを)(あら)はれて(まさ)(ほろ)()かむとする、118(かみ)(つく)りし(かみ)(くに)立替(たてかへ)立直(たてなほし)(おこな)はむとす。119小人(せうじん)(ども)がガヤガヤと立騒(たちさわ)(ども)120(すべ)(かみ)仕組(しぐ)みし神業(かむわざ)なれば、121如何(いか)なる事変(じへん)(おこ)るとも、122(かみ)(まか)せて(こころ)(わづら)はす(こと)(なか)れ。123武速素盞嗚尊(たけはやすさのをのみこと)先頭(せんとう)()ち、124落着(おちつ)場所(ばしよ)大庫倫(だいクーロン)なり。125されど途中(とちう)迂余曲折(うよきよくせつ)(おほ)し、126必要(ひつえう)(みと)むる(こと)(この)肉体(にくたい)(かか)りて(その)都度(つど)()(しめ)すべし。127真澄別(ますみわけ)木花姫命(このはなひめのみこと)(ならび)二体(にたい)竜神(りうじん)(もつ)守護(しゆご)せしめ、128(また)守高(もりたか)(あま)手力男(たぢからを)(ならび)二体(にたい)竜神(りうじん)(もつ)守護(しゆご)せしめあれば、129(かなら)(その)()(けが)(こと)(なか)れ。130(また)坂本(さかもと)広一(くわういち)には法華教(ほけきやう)守護(しゆご)する持国天(じこくてん)をして守護(しゆご)せしめ、131名田彦(なだひこ)白狐(びやくこ)(もつ)守護(しゆご)しあれ(ども)132(いま)修業(しうげふ)()らざるを(もつ)て、133(おもて)(あら)はるるに(いた)らず云々(うんぬん)
134 (これ)()観察(くわんさつ)すれば、135日出雄(ひでを)今日(こんにち)(いま)大庫倫(だいクーロン)(むか)途中(とちう)曲折中(きよくせつちう)()()けるものとなるのである。136(なほ)(この)修業中(しうげふちう)137真澄別(ますみわけ)霊眼(れいがん)霊耳(れいじ)前途(ぜんと)(くわん)する種々(しゆじゆ)なる問題(もんだい)(えい)(あるひ)(きこ)えた(さう)で、138(その)都度(つど)(これ)日出雄(ひでを)報告(はうこく)すると、139日出雄(ひでを)微笑(びせう)しながら(うなづ)くのが(れい)であつた。140(その)(うち)(すで)実現(じつげん)せるは()(ふた)つである。
141(その)(いち)日出雄(ひでを)一旦(いつたん)日本(につぽん)内地(ないち)帰還(きくわん)して陣容(ぢんよう)(なほ)さねばならぬ(こと)
142(その)()六七回(ろくしちくわい)143倉庫(さうこ)とも(かん)ぜられる鉄窓(てつさう)建物(たてもの)(あるひ)(おほ)きく(あるひ)(ちひ)さく(えい)じ、144最後(さいご)には鉄窓内(てつさうない)より女神(めがみ)(のぞ)()()えたと()ふ。
145 (のち)(いた)りて勘考(かんかう)すれば、146日出雄(ひでを)白音太拉(パインタラ)支那留置場(しなりうちぢやう)147鄭家屯(ていかとん)支那留置場(しなりうちぢやう)148(ならび)日本領事館(りやうじくわん)留置場(りうちぢやう)149奉天(ほうてん)日本領事館(につぽんりやうじくわん)監獄(かんごく)150広島県(ひろしまけん)大竹警察(おほたけけいさつ)留置場(りうちぢやう)151兵庫県(ひやうごけん)上郡警察(かみごほりけいさつ)留置場(りうちぢやう)()て、152最後(さいご)大阪刑務所生活(おほさかけいむしよせいくわつ)(もつ)身体(しんたい)自由(じいう)()たる(こと)予告(よこく)であつたと()(ほか)はなからう。153(こと)最後(さいご)のは大阪刑務所(おほさかけいむしよ)外観(ぐわいくわん)(その)(まま)であつたと()ふのだから不思議(ふしぎ)といふも(おろ)かである。
154 (ちなみ)名田彦(なだひこ)(この)修業(しうげふ)(さい)冷水(れいすい)()(ひた)した結果(けつくわ)宿痾(しゆくあ)再発(さいはつ)し、155(つひ)中途(ちうと)帰国(きこく)()()かねばならぬ(こと)となつた。
156大正一四・八 筆録)